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56話 愚行の内にあるもの

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 カインは再び牢へと戻った。

 正確に言えば自分から戻っていったのだ。正直俺には理解できない行動だった。

 解放されたくはないのかと問うと「そこまで酷い場所ではありません」と微笑まれた。七歳なのに身も心も強すぎる。

 そんな彼は笑みを消すと俺をまっすぐな目で見た。あどけないのに射抜かれそうな瞳だった。


「レオン兄様の死を喜ぶ行為をあの人がしたことを僕はきっと一生許せないでしょう」


 あの人というのは、カイン付きの教師のことか。確か城に来る前から仕えていたという。


「でも兄様の言葉を聞いて考えました。許さないという決定以外にアーダル先生に気持ちは残っていないのかと」

「カイン……」

「彼は尊敬する大人の一人で僕に色々なことを教えてくれました。頭が良くて、いつも落ち着いていて、そういうことを思い出したら変だなって気持ちが出来たんです」

「変?」

「先生は僕のことをよく知っています。……僕の気性のことも。僕がレオン兄様を大好きだってことも知っていた、筈なんです」

「……成程」


 カインの言いたいことが何となく見えてきた。そういう事情があるなら確かにおかしい。

 冷静に考えるなら、確かに教師にしては浅はか過ぎる行動かもしれない。

 侍女たちですら弟であるカインの前で俺を貶すことはなかったというのに。

 何故アーダルという教師は眠れる獅子を槍で突くような真似をした?

 もしカインが激怒しなくても、皇族の耳に入れば首が飛びかねないというのに。


「レオン兄様に酷いことを言った人です。そのことは許しません。ただ、どうしてという気持ちが僕の中にあることに気が付きました」


 もしかして彼はそういう発言をしなければいけない強い理由があったのではないか。

 カインの左右で色が違う瞳はそのような迷いを俺に告げていた。

 だから彼は牢に戻ると言っているのか。教師の言葉をまだ皇帝に伝えるべきではないと判断して。

 そしてカインは口にしないけれど、きっと彼はアーダルという教師に厳罰が下されるのを恐れているのだ。

 俺も弟の言葉を聞く内にその教師に興味を覚えてきた。人格を持ち血の通った人間であるという認識になったといってもいい。

 今までは正直余計なことをしてくれた、虎の尾を踏んだ色々な意味で軽率な大人という評価しかしていなかった。

 だが軽率なのは俺のほうだったのだろう。


「わかった、俺がそのアーダルという教師と話をしてみよう」


 俺がそう言って胸を叩くとカインの頬が喜びに染まる。

 また安請け合いをしてとぼやく皮肉気な賢者の声が聞こえた気がしたが幻聴だろう。

 いやこれはカインの情操教育に必要なことなのだと想像上のリヒトに説明する。

 相手が罪を犯した理由について考えることはカインにも、そして俺にも必要なことなのだ。

 他者の立場になって考えるという行為自体は寧ろ愚かで鈍感な部分のある俺こそが心掛けねばならない。

 しかし他社の立場ということなら個人的に気になるのはカインの母上、現皇妃のことだ。

 俺はカインにこの件についての彼女の発言やスタンスを尋ねた。


「……母様は、私が決めることではないとだけ仰ってました」


 確かにそれは事実だ。

 だがそうだとしても素直に受け止めることはまだ俺には難しかった。

 なんというか大人たちはもう少し親切でわかりやすい言葉で話してくれた方がいいと思う。俺が言えた義理ではないけれども。

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