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55話 もう一人の弟への悔悟
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「レオン兄様は本当に凄い方です」
「えっ、何がだ?」
落ち着きを取り戻したカインを膝に乗せて頭を撫でてやっていたら唐突に称賛される。
弟の俺に対する過剰な信頼には多少慣れてきたが、それでも突然過ぎる。
カインはやたらときらきらした瞳で俺を見上げながら語り始めた。
「前からずっと思っていたんです。最初は僕のことをあんなに怖い目で睨んでいたのに、少ししたらこんなに優しくしてくださるなんて」
僕と違ってレオン兄様はとても慈悲深い方なのですね。そう真っ直ぐな視線で告げられ反射的に舌を噛みきりたくなった。
いや違う。それは違う。少しではない。三十年以上かかっている。それに犠牲になったのは歳月だけではない。
ただそのような事実を何も知らないカインに告げられる訳がなく、彼の幼い瞳からそっと目をそらした。
「……少しでは、ないさ。俺は子供過ぎた」
ただどうしても隠し切れない言葉は零れる。けれどこの世界でも俺は一年は弟を敵視していた筈だ。
寧ろ凄いのは、そのような扱いをしてきた相手に対し恨みも憎みもせずこのように甘えられるカインの方だ。
俺の方から歩み寄った形ではあるが、だとしても無防備すぎるだろう。
「……お城に来る前も、来た後も僕がレオン兄様に嫌われるのは、仕方ないって皆が言ってしました」
「そんなことを……」
誰がお前に言ったんだ。問い詰めようとして父の顔が浮かぶ。息子たちの不仲を傍観し続けたらしき彼の事を。
異母兄弟が不仲でも珍しくないと彼は言っていた。それは事実ではあるだろう。
特に俺とカインのような場合は。弟の年齢は七歳だ。つまり俺の母が存命な内から父は別の女性と。
七年前の時点で母は一日の殆どを寝床で過ごしていた。
つまり父の男としての行動を責めることはできても弾劾することはできない。
もしカインの母がそう息子に言い聞かせてたのなら謙虚な行動だと言えなくはない。
どちらにしろ弟を追放した破滅の元凶である俺が偉そうに言う資格はないだろう。
ただ、そうだとしても、正妻との子でなかったとしても、生まれた子供に「弁えろ」と言うのは違うだろう。
努力しろ、お前らが。父親と母親が。異母兄に嫌われても仕方ないと子供に言い聞かせるのではなくて。
わかっているのなら、大人が関係の改善に心を砕くべきだろう。
そんな憤りを感じれば感じる程、白豚皇帝だった時代の己の愚行が刃となってぐさぐさと精神を突き刺してくる。
俺だって他人の事は言えない。カインとは五歳も年齢が違うのだ。
それに彼を憎んだのは俺の意思だ。結局俺が一番悪い。
いつだってそういう結論に辿り着く。リヒトがカインではなく俺に変われと言った理由も納得できた。
「でも僕は待っていました。ずっと待っていました。何年でも何十年でも。いつかレオン兄様が僕に笑いかけてくれないかなって」
兄様が僕を許してくれる日をずっと待っていたんです。
そう幸福そうに赤と琥珀の瞳が微笑む。その瞳にあの日俺に向けた男の姿を幻視する。
自分を弟として認めろと迫ってきたあの目は、隷属命令などではなく懇願だったのではないだろうか。
心臓が押し潰されそうな程の後悔は、それでも後悔でしかなかった。俺はあの彼の元に戻ることなどできないのだから。
「えっ、何がだ?」
落ち着きを取り戻したカインを膝に乗せて頭を撫でてやっていたら唐突に称賛される。
弟の俺に対する過剰な信頼には多少慣れてきたが、それでも突然過ぎる。
カインはやたらときらきらした瞳で俺を見上げながら語り始めた。
「前からずっと思っていたんです。最初は僕のことをあんなに怖い目で睨んでいたのに、少ししたらこんなに優しくしてくださるなんて」
僕と違ってレオン兄様はとても慈悲深い方なのですね。そう真っ直ぐな視線で告げられ反射的に舌を噛みきりたくなった。
いや違う。それは違う。少しではない。三十年以上かかっている。それに犠牲になったのは歳月だけではない。
ただそのような事実を何も知らないカインに告げられる訳がなく、彼の幼い瞳からそっと目をそらした。
「……少しでは、ないさ。俺は子供過ぎた」
ただどうしても隠し切れない言葉は零れる。けれどこの世界でも俺は一年は弟を敵視していた筈だ。
寧ろ凄いのは、そのような扱いをしてきた相手に対し恨みも憎みもせずこのように甘えられるカインの方だ。
俺の方から歩み寄った形ではあるが、だとしても無防備すぎるだろう。
「……お城に来る前も、来た後も僕がレオン兄様に嫌われるのは、仕方ないって皆が言ってしました」
「そんなことを……」
誰がお前に言ったんだ。問い詰めようとして父の顔が浮かぶ。息子たちの不仲を傍観し続けたらしき彼の事を。
異母兄弟が不仲でも珍しくないと彼は言っていた。それは事実ではあるだろう。
特に俺とカインのような場合は。弟の年齢は七歳だ。つまり俺の母が存命な内から父は別の女性と。
七年前の時点で母は一日の殆どを寝床で過ごしていた。
つまり父の男としての行動を責めることはできても弾劾することはできない。
もしカインの母がそう息子に言い聞かせてたのなら謙虚な行動だと言えなくはない。
どちらにしろ弟を追放した破滅の元凶である俺が偉そうに言う資格はないだろう。
ただ、そうだとしても、正妻との子でなかったとしても、生まれた子供に「弁えろ」と言うのは違うだろう。
努力しろ、お前らが。父親と母親が。異母兄に嫌われても仕方ないと子供に言い聞かせるのではなくて。
わかっているのなら、大人が関係の改善に心を砕くべきだろう。
そんな憤りを感じれば感じる程、白豚皇帝だった時代の己の愚行が刃となってぐさぐさと精神を突き刺してくる。
俺だって他人の事は言えない。カインとは五歳も年齢が違うのだ。
それに彼を憎んだのは俺の意思だ。結局俺が一番悪い。
いつだってそういう結論に辿り着く。リヒトがカインではなく俺に変われと言った理由も納得できた。
「でも僕は待っていました。ずっと待っていました。何年でも何十年でも。いつかレオン兄様が僕に笑いかけてくれないかなって」
兄様が僕を許してくれる日をずっと待っていたんです。
そう幸福そうに赤と琥珀の瞳が微笑む。その瞳にあの日俺に向けた男の姿を幻視する。
自分を弟として認めろと迫ってきたあの目は、隷属命令などではなく懇願だったのではないだろうか。
心臓が押し潰されそうな程の後悔は、それでも後悔でしかなかった。俺はあの彼の元に戻ることなどできないのだから。
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