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54話 無色の岐路

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 飼っていた鳥を食い殺そうとした猫を床に叩きつけた。

 兄が瀕死であることを喜んだ人間の手にペンを突き刺した。

 この二つの事実だけでカインを悪だと責めることはできない。

 一番近い感想は「やりすぎだ」というもので、ただ本当に過剰攻撃なのかと問われれば口ごもってしまうだろう。

 けれど、だからといって弟のその衝動を肯定してしまったなら、きっとその先は。

 彼が死ぬまで赤い道が続くのだという確信があった。

 俺は息を深く吸う。知らないうちに汗が首の下を伝っていた。

 俺に、俺に言えることは。


「その感情を俺に吐き出してくれ、カイン」


 許せないと感じたなら、傷つけたいと思ったなら。

 振り上げた手を止めて、俺にそれを訴えてくれ。

 殺さなくてもいいのなら、傷つけずに止められるなら。

 そう言葉を紡ぎながら弟の体を抱きしめた。


「お前はまだ、誰も殺していない。お前は強い。そしてもっと強くなる。……だからこそ躊躇いを知ってくれ」

「レオン兄様……」

「我儘が我慢できないなら俺が受け入れる。話を聞く、だからその場で発散しなくていい」

「嫌です、いやです、レオン兄さまが汚れてしまいます。僕のけだものみたいな感情で兄様を汚してしまう」


 その言葉に内心苦笑いする。俺は汚してはいけないような綺麗な人間ではない。

 母親違いとは言え実の弟を憎み立場を利用して追放した。野の獣よりも愚かな白豚だ。最後は惨めに殺されて果てた。

 いや俺の愚行を考えればあれでも綺麗な死に方だったと思える。
 
 しかしカインは俺を美化しすぎている。そう仕向けたのも俺だが。


「馬鹿だな、俺はお前よりずっと年上なんだぞ。子供の我儘で汚れるものか」

「でも兄様、僕だって大人になります。大人になった僕がまだ我儘だったら……」


 兄様は僕を捨てますか。その台詞に心臓を刃で貫かれたような冷やかさを感じた。

 なんだろう。こういう怪談を前に聞いたことがあるような気がする。いやこのカインに以前の記憶はないのだろうけれど。

 とりあえず返す言葉は一つだけだ。ほかに選択肢はない。


「捨てないよ、お前は俺の弟だ。俺たちはずっと一緒だ」


 だからそう居続けられる為の努力をしよう。

 俺の言葉にカインは鼻が詰まったような声で「はい」と返事をした。

 その了承に膝から崩れ落ちそうなくらい安堵する。自分で思っていたよりずっと緊張していたようだ。

 自分の対応は間違っていなかったと信じたい。肯定は駄目で否定だけでもいけない。

 俺はこの獣性を宿した弟を受け入れることを選んだ。

 きっとこれからも彼に対し心臓を掴まれるような選択を迫られるだろう。そういう気がするのだ。

 それでも、今だけは後悔などしないと胸を張りたい。

 同じ道も血塗られた道も歩まないし歩ませないのだと。
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