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52話 言葉の暴力
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カインが教師を傷つけた理由を俺はまだ聞いていない。
だがそれでもわかる。
その行動が計画的なものでないのなら、それが衝動的なものであるのなら。
今ここで俺が彼を変えなければいけない。
そうでなければ被害者を変えて同じことは又起きるだろう。
「大丈夫だ、ムクロは傷一つない。お前は何も危害を加えていない」
「でも、でも……兄様が止めなければ僕はあの猫を罰していました!」
兄様にあれ程いけないと言われていたのに。弟は後悔を瞳に宿し泣きじゃくる。
やはり以前手を引っ掻かれた時のことを彼は覚えていた。
だが、あの時に駄目だと言っただろうと叱るつもりはない。
恐らく、カインが俺の言葉をちゃんと受け止めていなかったなら先程俺が叫ぶ前に彼の手は出ていた。
「……カイン、お前の教師はどんな理由で罰されたんだ?」
腕の中の体がびくりと跳ねる。そのことに俺はほっとした。
もしきらきらとした瞳で誇らしげに自身の行動を語りだしたなら、そちらの方が恐ろしい。
カインは小さな声で、言えませんと口にした。
「どうしてだ?」
俺は感情を表に出さないようにして弟に尋ねる。
ここに来る前に洗ってきたのだろう、艶やかで柔らかな彼の黒髪を撫でる。
「言いたくないからです……言って、それが本当のことになったら、僕は死んでしまいます」
俺は目を丸くする。口を閉ざしていた理由は予想外のものだった。
言葉にしてそれが現実になるのが嫌だ。だから話さない。
幼い理屈だ。しかし実際カインは七歳の子供なのだ。おかしいことでも笑う事でもない。
「ならないよ、口に出しただけで本当になんか、絶対にならない」
白豚皇帝だとしても三十年以上生きてきたからわかる。
第一皇子として生を受け、皇帝になった俺だ。口にすればある程度のこと願いは叶った。
だとしても誰も居ない場所で呟いた願いはただの言葉でしかなかった。
この世界には魔術がある。奇跡も呪いもある。それでも言葉は言葉でしかない。
「それにお前がそこまで嫌がることなら、俺が絶対そうならないようにするよカイン」
「レオン兄様……」
「ムクロを罰しようとしたことも、教師を罰してしまったことも後悔しているなら、そういうことをしないようにする訓練をしよう」
「くんれん……」
「ただ、お前がその教師を傷つけた理由次第だな。もし相手から危害を加えてきたなら仕方ないかと思うし」
個人的に暴力は苦手だし嫌いだが、自分の身を守るための行動なら仕方ないと思う。
俺が一方的に暴力は駄目だとカインに命令した結果、無抵抗で敵や悪漢に傷つけられたり万が一殺されりしたなら後悔してもし足りない。
だからそう言った意味でも理由を聞く必要がある。俺の言葉にカインは震えを止め、しかしこちらを見上げることなく語り始めた。
「アーダル先生は……叩いたりとかはしてないです。でも叩かれたり殴られたりした方がずっとよかった……」
「カイン?」
「あの日、レオン兄様が熱を出して、とても高い熱でずっと眠っているって先生は言って、僕はそれだけで死んでしまいそうになりました」
それは先日のことか。こちらの情報はカイン陣営には結構筒抜けらしい。いや城勤めなら知っていてもおかしくないか。
しかし俺が熱を出して寝込んでいたことは事実だ。それを知らせたからと言って掌を貫くのは過剰行為過ぎる。俺は弟の言葉を待った。
「それなのに、兄様が亡くなったら僕が、次の皇帝になれるって、嬉しそうに笑うから……僕は」
その笑顔が許せなくて、見たくなくて、彼をペンで刺しました。
だからアーダル先生を傷つけた理由は罰じゃなく我儘です。そう暗く語る声にそれでも後悔は含まれていない気がした。
だがそれでもわかる。
その行動が計画的なものでないのなら、それが衝動的なものであるのなら。
今ここで俺が彼を変えなければいけない。
そうでなければ被害者を変えて同じことは又起きるだろう。
「大丈夫だ、ムクロは傷一つない。お前は何も危害を加えていない」
「でも、でも……兄様が止めなければ僕はあの猫を罰していました!」
兄様にあれ程いけないと言われていたのに。弟は後悔を瞳に宿し泣きじゃくる。
やはり以前手を引っ掻かれた時のことを彼は覚えていた。
だが、あの時に駄目だと言っただろうと叱るつもりはない。
恐らく、カインが俺の言葉をちゃんと受け止めていなかったなら先程俺が叫ぶ前に彼の手は出ていた。
「……カイン、お前の教師はどんな理由で罰されたんだ?」
腕の中の体がびくりと跳ねる。そのことに俺はほっとした。
もしきらきらとした瞳で誇らしげに自身の行動を語りだしたなら、そちらの方が恐ろしい。
カインは小さな声で、言えませんと口にした。
「どうしてだ?」
俺は感情を表に出さないようにして弟に尋ねる。
ここに来る前に洗ってきたのだろう、艶やかで柔らかな彼の黒髪を撫でる。
「言いたくないからです……言って、それが本当のことになったら、僕は死んでしまいます」
俺は目を丸くする。口を閉ざしていた理由は予想外のものだった。
言葉にしてそれが現実になるのが嫌だ。だから話さない。
幼い理屈だ。しかし実際カインは七歳の子供なのだ。おかしいことでも笑う事でもない。
「ならないよ、口に出しただけで本当になんか、絶対にならない」
白豚皇帝だとしても三十年以上生きてきたからわかる。
第一皇子として生を受け、皇帝になった俺だ。口にすればある程度のこと願いは叶った。
だとしても誰も居ない場所で呟いた願いはただの言葉でしかなかった。
この世界には魔術がある。奇跡も呪いもある。それでも言葉は言葉でしかない。
「それにお前がそこまで嫌がることなら、俺が絶対そうならないようにするよカイン」
「レオン兄様……」
「ムクロを罰しようとしたことも、教師を罰してしまったことも後悔しているなら、そういうことをしないようにする訓練をしよう」
「くんれん……」
「ただ、お前がその教師を傷つけた理由次第だな。もし相手から危害を加えてきたなら仕方ないかと思うし」
個人的に暴力は苦手だし嫌いだが、自分の身を守るための行動なら仕方ないと思う。
俺が一方的に暴力は駄目だとカインに命令した結果、無抵抗で敵や悪漢に傷つけられたり万が一殺されりしたなら後悔してもし足りない。
だからそう言った意味でも理由を聞く必要がある。俺の言葉にカインは震えを止め、しかしこちらを見上げることなく語り始めた。
「アーダル先生は……叩いたりとかはしてないです。でも叩かれたり殴られたりした方がずっとよかった……」
「カイン?」
「あの日、レオン兄様が熱を出して、とても高い熱でずっと眠っているって先生は言って、僕はそれだけで死んでしまいそうになりました」
それは先日のことか。こちらの情報はカイン陣営には結構筒抜けらしい。いや城勤めなら知っていてもおかしくないか。
しかし俺が熱を出して寝込んでいたことは事実だ。それを知らせたからと言って掌を貫くのは過剰行為過ぎる。俺は弟の言葉を待った。
「それなのに、兄様が亡くなったら僕が、次の皇帝になれるって、嬉しそうに笑うから……僕は」
その笑顔が許せなくて、見たくなくて、彼をペンで刺しました。
だからアーダル先生を傷つけた理由は罰じゃなく我儘です。そう暗く語る声にそれでも後悔は含まれていない気がした。
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