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51話 涙の理由
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弟との再会は図書室でということになった。
図書室か中庭、それがカインの望んだ場所だったからだ。少しでも気楽にできるようにと、俺が彼に選択権を与えた。
他人に聞かれたくない会話になることを予想し、カインが提示した二つの中から図書室を選ぶ。
俺の方が先に入室し、弟の訪れを待った。
「レオン兄様……」
扉がゆっくり開かれると共にか細い声が俺の名を呼ぶ。俺を兄と呼ぶ人間は一人しかいない。
「カイン」
久しぶりに会った弟は思ったよりは健康そうだった。しかし子供らしく輝いていた大きな瞳に隠し切れない疲労が宿っていた。
それは肉体的なものというより精神的なものが強いかもしれない。
第二皇子らしく上等な衣服を纏い牢に入っていたとは思えない程清潔に身なりを整えられたカイン。
侍女に連れられ図書室に入ってきた彼は、どこか怯えた目で俺を見ていた。
まるで、俺が謝罪する為彼を待ち構えていたあの時のようだ。俺に虐められると思って泣き出した小さい子供。
それはカインの顔立ちが整っていることもあり大層同情心を誘う表情だった。とても加害者だと思えない。
だとしても彼が教師に大怪我をさせた上に皇帝からの詰問にも黙し牢屋に入っていた人物であることを忘れてはならない。
カインを連れてきた侍女は俺に一礼をすると去っていった。トピアではなかった。
ここまであっさりと二人きりにされるということは、恐らくカインはずっと牢の中で大人しくしていたのだろう。
いや、二人きりではなかった。
「にゃあ」
弟の細腕の中には見慣れた黒猫が抱えられていた。気まぐれに鳴いただけで、こちらが呼びかけても完全に無視だ。
カインに抱かれ暴れもせず媚も売らず何を考えているのかわからない顔をムクロはしている。相変わらずだ。
「今まで預かってくれてありがとう、助かった」
そう礼を言いながら俺は飼い猫を引き取るように手を伸ばした。しかし黒猫はそれを無視してさっと地面に飛び降りてしまった。
俺を一顧だにすることなく日当たりのよさそうな場所に移動して寝始める。
黒猫の自由な行動を呆れながら許容し、笑い話にしようとカインを振り返る。
その瞳を見た途端、心臓を撫でられるような悪寒が走った。俺はろくに考えもせず口から言葉を放つ。
「猫はこういう生き物だ、俺は全く気にしていない!」
「あ……」
俺の台詞が終わると同時にカインの瞳から物騒な輝きが失せる。そして傷ついた子供の表情に戻った。
「あ、あ……僕……ごめんなさい、兄様の大切な猫なのに……」
「カイン、大丈夫だ。お前は何もしていない、俺は怒っていない」
震える体を温めるように抱きしめる。抜き身の剣を抱いているようだなと思いながら。
粗暴なだけの弟なら、逆に楽だったかもしれない。
俺はやっぱりこのカインでも恐ろしいと思う。それは変わらない。
けれどだからといって遠ざけることもできない。それはリヒトの命令だからではない。
「俺の為に怒ってくれたんだな、ありがとうカイン」
でも俺の代わりに誰かを傷つけようとしなくていいんだ。そんなことは望んでいない。
そう続けて口にすると弟は捨てられたような目をして大粒の涙を零した。俺にはやはりその理由がわからなかった。
図書室か中庭、それがカインの望んだ場所だったからだ。少しでも気楽にできるようにと、俺が彼に選択権を与えた。
他人に聞かれたくない会話になることを予想し、カインが提示した二つの中から図書室を選ぶ。
俺の方が先に入室し、弟の訪れを待った。
「レオン兄様……」
扉がゆっくり開かれると共にか細い声が俺の名を呼ぶ。俺を兄と呼ぶ人間は一人しかいない。
「カイン」
久しぶりに会った弟は思ったよりは健康そうだった。しかし子供らしく輝いていた大きな瞳に隠し切れない疲労が宿っていた。
それは肉体的なものというより精神的なものが強いかもしれない。
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まるで、俺が謝罪する為彼を待ち構えていたあの時のようだ。俺に虐められると思って泣き出した小さい子供。
それはカインの顔立ちが整っていることもあり大層同情心を誘う表情だった。とても加害者だと思えない。
だとしても彼が教師に大怪我をさせた上に皇帝からの詰問にも黙し牢屋に入っていた人物であることを忘れてはならない。
カインを連れてきた侍女は俺に一礼をすると去っていった。トピアではなかった。
ここまであっさりと二人きりにされるということは、恐らくカインはずっと牢の中で大人しくしていたのだろう。
いや、二人きりではなかった。
「にゃあ」
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カインに抱かれ暴れもせず媚も売らず何を考えているのかわからない顔をムクロはしている。相変わらずだ。
「今まで預かってくれてありがとう、助かった」
そう礼を言いながら俺は飼い猫を引き取るように手を伸ばした。しかし黒猫はそれを無視してさっと地面に飛び降りてしまった。
俺を一顧だにすることなく日当たりのよさそうな場所に移動して寝始める。
黒猫の自由な行動を呆れながら許容し、笑い話にしようとカインを振り返る。
その瞳を見た途端、心臓を撫でられるような悪寒が走った。俺はろくに考えもせず口から言葉を放つ。
「猫はこういう生き物だ、俺は全く気にしていない!」
「あ……」
俺の台詞が終わると同時にカインの瞳から物騒な輝きが失せる。そして傷ついた子供の表情に戻った。
「あ、あ……僕……ごめんなさい、兄様の大切な猫なのに……」
「カイン、大丈夫だ。お前は何もしていない、俺は怒っていない」
震える体を温めるように抱きしめる。抜き身の剣を抱いているようだなと思いながら。
粗暴なだけの弟なら、逆に楽だったかもしれない。
俺はやっぱりこのカインでも恐ろしいと思う。それは変わらない。
けれどだからといって遠ざけることもできない。それはリヒトの命令だからではない。
「俺の為に怒ってくれたんだな、ありがとうカイン」
でも俺の代わりに誰かを傷つけようとしなくていいんだ。そんなことは望んでいない。
そう続けて口にすると弟は捨てられたような目をして大粒の涙を零した。俺にはやはりその理由がわからなかった。
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