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50話 家族という他人

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「おつかれっす、子豚ちゃん」

「リヒト」


 トピアが部屋を出た後、俺は大鏡に駆け寄り布を取り払った。

 そうすると見慣れたローブ姿の賢者が姿を現し、俺を緩く労わってくれた。


「本当に!疲れた!!」

「わかるー俺もああいうタイプ苦手ー」


 大袈裟に吐いた弱音に軽い調子の同意が心地良い。


「ああいうおっさんって、口数の多い男はダサいとか情けないって思い込んでるよね絶対」


 古い価値観過ぎて無理。相手は皇帝だというのに、ばっさりと切り捨てるリヒトについ笑ってしまう。

 リヒトが父上と話している所が見たいな。そう口から零れる。彼は非常に嫌そうな顔をした。


「俺が一方的にべらべら喋っても、向うは一言でそれ潰すタイプじゃん。カインとちょっと似てるかもしれないけどカインじゃないから無理だね」


 リヒトが今思い浮かべているカインは成長後の姿だろう。だがそれが白豚皇帝時代のものなのか、その次の鮮血の時なのかまでは分からなかった。

 白豚皇帝の時なら俺も思い出せる。髪色や顔立ちは違っていたが、確かに背は高く鍛えられた体つきをしていた。あの時の彼は皇族でも貴族でもなく、戦士だった。

 彼が発していた威圧感は父と似ているかもしれない。


「いやでもカインは口下手なだけだし、兄貴の前だと別人みたいに笑顔振りまいてたし、あのおっさんよりは断然器用で愛想もいいから、一緒にしないでくれる?」

「似ているって言ったのはお前の方だぞ……」

「えっそうだっけ、じゃあ気の迷いってことで」


 しかし本当にリヒトはよく喋る。一言一言に圧があった父との会話後だとまるで子猫の前脚でじゃれつかれているようだ。

 カインも彼のこういうところに癒されていた部分もあったのではないだろうか。

 俺はリヒトと弟の馴れ合いを想像してみた、そこに父と伯父上が一瞬重なったけれどすぐに消えた。どちらも俺が実際に見た事のない光景だ。

 この世界でもカインとリヒトを会わせてやりたいし、また親友になって欲しい気持ちはある。

 けれど鏡の向こうにいるリヒトと何も知らない少年であるカインが顔を合わせて同じ関係になれるのだろうか。

 何よりそれをリヒトは望むだろうか。彼は俺がカインを可愛がり幸せにすることしか願っていないようだった。

 なら俺は余計な気を回すより、彼の願いを叶える為に尽力するべきだろう。少なくとも優先されるべきはそちらだ。


「でも口数少ないのも駄目だけど口が上手すぎる奴も駄目だよね。胡散臭いしろくでもないし、肝心なことは黙ってるし」

「それは大人になったディストのことを当て擦っているのか?」

「俺は誰の名前も出してないけど?でもすぐそうやって連想するなら子豚ちゃん的にもあいつはそういう奴なんだね」

「悪趣味だぞ」

「はは、今更。俺は自分が嫌いな奴は周囲からも嫌われていて欲しいタイプだからね」

「ディストのことはよくわからない部分もあるし警戒すべきだとは思っているが嫌いではないよ」

「子豚ちゃんってそもそも人を嫌いになるとかあまりないでしょ、あの父親のことだって俺がボロクソに言ったら庇いそう」

「それは……」

「俺はあいつ嫌いだね。心底の下種でも悪人でもないことは今日見てなんとなくはわかった。だからこそ腹が立つ」

「リヒト……」

「何が腹立つってあいつが皇帝や父親として考えて動いた結果が全部失敗してることだよ、異母兄弟が不仲でも当然?そこで思考停止すんなハゲって感じ」


 いや禿げてないけど。俺が指摘する前に自分で訂正しつつ賢者は不機嫌そうに空中に座り込んだ。


「自分が居れば大丈夫だと思った?そんなに早く死ぬとは思わなかった?どちらにしろ駄目過ぎ、ねえ、陛下は自分の父親の事好き?」

「え……」


 いきなり陛下と呼ばれて戸惑う。この部屋には俺しかいないしリヒトが会話できるのも俺だけだ。つまり陛下とは俺の事だろう。

 しかし普段子豚呼ばわりしている彼からそう呼ばれると、どうしても聞き間違いかと思ってしまう。

 そもそも俺が皇帝だった時にリヒトはその命を狙う側だったのだから、陛下呼びは皮肉にしか聞こえない。

 ただリヒトが感情的になる気持ちは理解できる。弟を嫌って追放した俺も、生前長男の次男に対する悪感情を知りながら咎めなかった父も憎いのだろう。

 憎いと言うより許せないという感じだろうか。

 だが父を好きかと訊かれて俺は戸惑う。そんなこと考えたこともなかった。

 そのまま正直に口にする。


「好きとか嫌いとかわからないな。苦手だとは思う」

「ああ、そう。そういう感じ」


 ならまあいいか。そう気のないような返事をして賢者はぷかぷか浮かび続ける。

 俺は彼に自分の父親の事を聞いた。


「父親?俺は好きだったり嫌いだったりしたな。可愛がられた記憶もあるけど、嫌な事されたのも覚えてる。家族だけど他人だし」


 まあもう二度と会うことは無いけど、長生きはして欲しいよね。

 逆さまになりそう口にする彼の視線は俺が見ることのできない場所に向けられていた。

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