50 / 89
50話 家族という他人
しおりを挟む
「おつかれっす、子豚ちゃん」
「リヒト」
トピアが部屋を出た後、俺は大鏡に駆け寄り布を取り払った。
そうすると見慣れたローブ姿の賢者が姿を現し、俺を緩く労わってくれた。
「本当に!疲れた!!」
「わかるー俺もああいうタイプ苦手ー」
大袈裟に吐いた弱音に軽い調子の同意が心地良い。
「ああいうおっさんって、口数の多い男はダサいとか情けないって思い込んでるよね絶対」
古い価値観過ぎて無理。相手は皇帝だというのに、ばっさりと切り捨てるリヒトについ笑ってしまう。
リヒトが父上と話している所が見たいな。そう口から零れる。彼は非常に嫌そうな顔をした。
「俺が一方的にべらべら喋っても、向うは一言でそれ潰すタイプじゃん。カインとちょっと似てるかもしれないけどカインじゃないから無理だね」
リヒトが今思い浮かべているカインは成長後の姿だろう。だがそれが白豚皇帝時代のものなのか、その次の鮮血の時なのかまでは分からなかった。
白豚皇帝の時なら俺も思い出せる。髪色や顔立ちは違っていたが、確かに背は高く鍛えられた体つきをしていた。あの時の彼は皇族でも貴族でもなく、戦士だった。
彼が発していた威圧感は父と似ているかもしれない。
「いやでもカインは口下手なだけだし、兄貴の前だと別人みたいに笑顔振りまいてたし、あのおっさんよりは断然器用で愛想もいいから、一緒にしないでくれる?」
「似ているって言ったのはお前の方だぞ……」
「えっそうだっけ、じゃあ気の迷いってことで」
しかし本当にリヒトはよく喋る。一言一言に圧があった父との会話後だとまるで子猫の前脚でじゃれつかれているようだ。
カインも彼のこういうところに癒されていた部分もあったのではないだろうか。
俺はリヒトと弟の馴れ合いを想像してみた、そこに父と伯父上が一瞬重なったけれどすぐに消えた。どちらも俺が実際に見た事のない光景だ。
この世界でもカインとリヒトを会わせてやりたいし、また親友になって欲しい気持ちはある。
けれど鏡の向こうにいるリヒトと何も知らない少年であるカインが顔を合わせて同じ関係になれるのだろうか。
何よりそれをリヒトは望むだろうか。彼は俺がカインを可愛がり幸せにすることしか願っていないようだった。
なら俺は余計な気を回すより、彼の願いを叶える為に尽力するべきだろう。少なくとも優先されるべきはそちらだ。
「でも口数少ないのも駄目だけど口が上手すぎる奴も駄目だよね。胡散臭いしろくでもないし、肝心なことは黙ってるし」
「それは大人になったディストのことを当て擦っているのか?」
「俺は誰の名前も出してないけど?でもすぐそうやって連想するなら子豚ちゃん的にもあいつはそういう奴なんだね」
「悪趣味だぞ」
「はは、今更。俺は自分が嫌いな奴は周囲からも嫌われていて欲しいタイプだからね」
「ディストのことはよくわからない部分もあるし警戒すべきだとは思っているが嫌いではないよ」
「子豚ちゃんってそもそも人を嫌いになるとかあまりないでしょ、あの父親のことだって俺がボロクソに言ったら庇いそう」
「それは……」
「俺はあいつ嫌いだね。心底の下種でも悪人でもないことは今日見てなんとなくはわかった。だからこそ腹が立つ」
「リヒト……」
「何が腹立つってあいつが皇帝や父親として考えて動いた結果が全部失敗してることだよ、異母兄弟が不仲でも当然?そこで思考停止すんなハゲって感じ」
いや禿げてないけど。俺が指摘する前に自分で訂正しつつ賢者は不機嫌そうに空中に座り込んだ。
「自分が居れば大丈夫だと思った?そんなに早く死ぬとは思わなかった?どちらにしろ駄目過ぎ、ねえ、陛下は自分の父親の事好き?」
「え……」
いきなり陛下と呼ばれて戸惑う。この部屋には俺しかいないしリヒトが会話できるのも俺だけだ。つまり陛下とは俺の事だろう。
しかし普段子豚呼ばわりしている彼からそう呼ばれると、どうしても聞き間違いかと思ってしまう。
そもそも俺が皇帝だった時にリヒトはその命を狙う側だったのだから、陛下呼びは皮肉にしか聞こえない。
ただリヒトが感情的になる気持ちは理解できる。弟を嫌って追放した俺も、生前長男の次男に対する悪感情を知りながら咎めなかった父も憎いのだろう。
憎いと言うより許せないという感じだろうか。
だが父を好きかと訊かれて俺は戸惑う。そんなこと考えたこともなかった。
そのまま正直に口にする。
「好きとか嫌いとかわからないな。苦手だとは思う」
「ああ、そう。そういう感じ」
ならまあいいか。そう気のないような返事をして賢者はぷかぷか浮かび続ける。
俺は彼に自分の父親の事を聞いた。
「父親?俺は好きだったり嫌いだったりしたな。可愛がられた記憶もあるけど、嫌な事されたのも覚えてる。家族だけど他人だし」
まあもう二度と会うことは無いけど、長生きはして欲しいよね。
逆さまになりそう口にする彼の視線は俺が見ることのできない場所に向けられていた。
「リヒト」
トピアが部屋を出た後、俺は大鏡に駆け寄り布を取り払った。
そうすると見慣れたローブ姿の賢者が姿を現し、俺を緩く労わってくれた。
「本当に!疲れた!!」
「わかるー俺もああいうタイプ苦手ー」
大袈裟に吐いた弱音に軽い調子の同意が心地良い。
「ああいうおっさんって、口数の多い男はダサいとか情けないって思い込んでるよね絶対」
古い価値観過ぎて無理。相手は皇帝だというのに、ばっさりと切り捨てるリヒトについ笑ってしまう。
リヒトが父上と話している所が見たいな。そう口から零れる。彼は非常に嫌そうな顔をした。
「俺が一方的にべらべら喋っても、向うは一言でそれ潰すタイプじゃん。カインとちょっと似てるかもしれないけどカインじゃないから無理だね」
リヒトが今思い浮かべているカインは成長後の姿だろう。だがそれが白豚皇帝時代のものなのか、その次の鮮血の時なのかまでは分からなかった。
白豚皇帝の時なら俺も思い出せる。髪色や顔立ちは違っていたが、確かに背は高く鍛えられた体つきをしていた。あの時の彼は皇族でも貴族でもなく、戦士だった。
彼が発していた威圧感は父と似ているかもしれない。
「いやでもカインは口下手なだけだし、兄貴の前だと別人みたいに笑顔振りまいてたし、あのおっさんよりは断然器用で愛想もいいから、一緒にしないでくれる?」
「似ているって言ったのはお前の方だぞ……」
「えっそうだっけ、じゃあ気の迷いってことで」
しかし本当にリヒトはよく喋る。一言一言に圧があった父との会話後だとまるで子猫の前脚でじゃれつかれているようだ。
カインも彼のこういうところに癒されていた部分もあったのではないだろうか。
俺はリヒトと弟の馴れ合いを想像してみた、そこに父と伯父上が一瞬重なったけれどすぐに消えた。どちらも俺が実際に見た事のない光景だ。
この世界でもカインとリヒトを会わせてやりたいし、また親友になって欲しい気持ちはある。
けれど鏡の向こうにいるリヒトと何も知らない少年であるカインが顔を合わせて同じ関係になれるのだろうか。
何よりそれをリヒトは望むだろうか。彼は俺がカインを可愛がり幸せにすることしか願っていないようだった。
なら俺は余計な気を回すより、彼の願いを叶える為に尽力するべきだろう。少なくとも優先されるべきはそちらだ。
「でも口数少ないのも駄目だけど口が上手すぎる奴も駄目だよね。胡散臭いしろくでもないし、肝心なことは黙ってるし」
「それは大人になったディストのことを当て擦っているのか?」
「俺は誰の名前も出してないけど?でもすぐそうやって連想するなら子豚ちゃん的にもあいつはそういう奴なんだね」
「悪趣味だぞ」
「はは、今更。俺は自分が嫌いな奴は周囲からも嫌われていて欲しいタイプだからね」
「ディストのことはよくわからない部分もあるし警戒すべきだとは思っているが嫌いではないよ」
「子豚ちゃんってそもそも人を嫌いになるとかあまりないでしょ、あの父親のことだって俺がボロクソに言ったら庇いそう」
「それは……」
「俺はあいつ嫌いだね。心底の下種でも悪人でもないことは今日見てなんとなくはわかった。だからこそ腹が立つ」
「リヒト……」
「何が腹立つってあいつが皇帝や父親として考えて動いた結果が全部失敗してることだよ、異母兄弟が不仲でも当然?そこで思考停止すんなハゲって感じ」
いや禿げてないけど。俺が指摘する前に自分で訂正しつつ賢者は不機嫌そうに空中に座り込んだ。
「自分が居れば大丈夫だと思った?そんなに早く死ぬとは思わなかった?どちらにしろ駄目過ぎ、ねえ、陛下は自分の父親の事好き?」
「え……」
いきなり陛下と呼ばれて戸惑う。この部屋には俺しかいないしリヒトが会話できるのも俺だけだ。つまり陛下とは俺の事だろう。
しかし普段子豚呼ばわりしている彼からそう呼ばれると、どうしても聞き間違いかと思ってしまう。
そもそも俺が皇帝だった時にリヒトはその命を狙う側だったのだから、陛下呼びは皮肉にしか聞こえない。
ただリヒトが感情的になる気持ちは理解できる。弟を嫌って追放した俺も、生前長男の次男に対する悪感情を知りながら咎めなかった父も憎いのだろう。
憎いと言うより許せないという感じだろうか。
だが父を好きかと訊かれて俺は戸惑う。そんなこと考えたこともなかった。
そのまま正直に口にする。
「好きとか嫌いとかわからないな。苦手だとは思う」
「ああ、そう。そういう感じ」
ならまあいいか。そう気のないような返事をして賢者はぷかぷか浮かび続ける。
俺は彼に自分の父親の事を聞いた。
「父親?俺は好きだったり嫌いだったりしたな。可愛がられた記憶もあるけど、嫌な事されたのも覚えてる。家族だけど他人だし」
まあもう二度と会うことは無いけど、長生きはして欲しいよね。
逆さまになりそう口にする彼の視線は俺が見ることのできない場所に向けられていた。
104
お気に入りに追加
4,021
あなたにおすすめの小説

いじめっこ令息に転生したけど、いじめなかったのに義弟が酷い。
えっしゃー(エミリオ猫)
BL
オレはデニス=アッカー伯爵令息(18才)。成績が悪くて跡継ぎから外された一人息子だ。跡継ぎに養子に来た義弟アルフ(15才)を、グレていじめる令息…の予定だったが、ここが物語の中で、義弟いじめの途中に事故で亡くなる事を思いだした。死にたくないので、優しい兄を目指してるのに、義弟はなかなか義兄上大好き!と言ってくれません。反抗期?思春期かな?
そして今日も何故かオレの服が脱げそうです?
そんなある日、義弟の親友と出会って…。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。

言い逃げしたら5年後捕まった件について。
なるせ
BL
「ずっと、好きだよ。」
…長年ずっと一緒にいた幼馴染に告白をした。
もちろん、アイツがオレをそういう目で見てないのは百も承知だし、返事なんて求めてない。
ただ、これからはもう一緒にいないから…想いを伝えるぐらい、許してくれ。
そう思って告白したのが高校三年生の最後の登校日。……あれから5年経ったんだけど…
なんでアイツに馬乗りにされてるわけ!?
ーーーーー
美形×平凡っていいですよね、、、、
幽閉王子は最強皇子に包まれる
皇洵璃音
BL
魔法使いであるせいで幼少期に幽閉された第三王子のアレクセイ。それから年数が経過し、ある日祖国は滅ぼされてしまう。毛布に包まっていたら、敵の帝国第二皇子のレイナードにより連行されてしまう。処刑場にて皇帝から二つの選択肢を提示されたのだが、二つ目の内容は「レイナードの花嫁になること」だった。初めて人から求められたこともあり、花嫁になることを承諾する。素直で元気いっぱいなド直球第二皇子×愛されることに慣れていない治癒魔法使いの第三王子の恋愛物語。
表紙担当者:白す(しらす)様に描いて頂きました。
転生したけど赤ちゃんの頃から運命に囲われてて鬱陶しい
翡翠飾
BL
普通に高校生として学校に通っていたはずだが、気が付いたら雨の中道端で動けなくなっていた。寒くて死にかけていたら、通りかかった馬車から降りてきた12歳くらいの美少年に拾われ、何やら大きい屋敷に連れていかれる。
それから温かいご飯食べさせてもらったり、お風呂に入れてもらったり、柔らかいベッドで寝かせてもらったり、撫でてもらったり、ボールとかもらったり、それを投げてもらったり───ん?
「え、俺何か、犬になってない?」
豹獣人の番大好き大公子(12)×ポメラニアン獣人転生者(1)の話。
※どんどん年齢は上がっていきます。
※設定が多く感じたのでオメガバースを無くしました。
精霊の港 飛ばされたリーマン、体格のいい男たちに囲まれる
風見鶏ーKazamidoriー
BL
秋津ミナトは、うだつのあがらないサラリーマン。これといった特徴もなく、体力の衰えを感じてスポーツジムへ通うお年ごろ。
ある日帰り道で奇妙な精霊と出会い、追いかけた先は見たこともない場所。湊(ミナト)の前へ現れたのは黄金色にかがやく瞳をした美しい男だった。ロマス帝国という古代ローマに似た巨大な国が支配する世界で妖精に出会い、帝国の片鱗に触れてさらにはドラゴンまで、サラリーマンだった湊の人生は激変し異なる世界の動乱へ巻きこまれてゆく物語。
※この物語に登場する人物、名、団体、場所はすべてフィクションです。

王道学園の冷徹生徒会長、裏の顔がバレて総受けルート突入しちゃいました!え?逃げ場無しですか?
名無しのナナ氏
BL
王道学園に入学して1ヶ月でトップに君臨した冷徹生徒会長、有栖川 誠(ありすがわ まこと)。常に冷静で無表情、そして無言の誠を生徒達からは尊敬の眼差しで見られていた。
そんな彼のもう1つの姿は… どの企業にも属さないにも関わらず、VTuber界で人気を博した個人VTuber〈〈 アイリス 〉〉!? 本性は寂しがり屋の泣き虫。色々あって周りから誤解されまくってしまった結果アイリスとして素を出していた。そんなある日、生徒会の仕事を1人で黙々とやっている内に疲れてしまい__________
※
・非王道気味
・固定カプ予定は無い
・悲しい過去🐜のたまにシリアス
・話の流れが遅い

久々に幼なじみの家に遊びに行ったら、寝ている間に…
しゅうじつ
BL
俺の隣の家に住んでいる有沢は幼なじみだ。
高校に入ってからは、学校で話したり遊んだりするくらいの仲だったが、今日数人の友達と彼の家に遊びに行くことになった。
数年ぶりの幼なじみの家を懐かしんでいる中、いつの間にか友人たちは帰っており、幼なじみと2人きりに。
そこで俺は彼の部屋であるものを見つけてしまい、部屋に来た有沢に咄嗟に寝たフリをするが…
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる