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48話 虚しい勝利
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「……熱で頭がやられたのか?」
皇帝の青く冷たい瞳に怒りの炎がぎらつく。
白い手袋に包まれた大きな掌がこちらに伸ばされ、思わず自らの首を手で防御した。
冷静に考えれば父がこの場で俺の首をへし折る筈もない。いや殺さない程度には痛めつけられるかもしれない。
そんなことを考えてしまったが、流石にそこまでの暴君ではないらしく父の手は俺に触れることなく定位置に戻った。
対立して実感したが、やはり大人の男は怖い。伯父上と違い、長身で厚みのある体つきの父は特にだ。
不快そうな言葉とともにこちらに手を伸ばされただけで恐怖を感じた。俺は息を吐いて震えを抑え込む。
そんな俺を険しい表情で見つめながら父は固い声で問い質してきた。
「お前は何故そこまで異母弟に入れ込む?つい先日まで名前を聞くことすら嫌がっていたと聞いたが」
父の言葉に俺は内心驚く。俺がカインを嫌っていたのをこの人は把握していたのかと。いやそれは当然だろう。
彼はこの城の主人で、俺たちの父親なのだから。だが、だからこそ解せない。
「それを知っていて何もしなかったのですか?!」
俺を叱ることもせず。
八つ当たりとも責任転嫁とも思える言葉がつい口から出てしまう。
彼が、父が俺を諫めてくれたら、俺と弟の間に立って関係を調整してくれたら。
前の人生の時にそうしてくれたら、俺は、俺たちは。
父を責める言葉が、恨み言が溢れそうになって胸を抑える。
違う、人のせいにするな。カインとの確執は俺が始めて俺が終わらせた事だ。
少なくとも弟に殺される結末は、俺が自分で選んだ。大人になり再会したのに謝ることも一切せず。
「……申し訳ありません、取り乱しました」
「異母兄弟が不仲なのは珍しい事ではない。この件でお前を抑圧すればグランシー公爵家が騒ぎ出す」
成程、それが理由か。俺を可愛がってくれた伯父上の存在が裏目に出るとは。
父はそもそも俺とカインが仲良くなることなど期待していなかったのだ。
母親が違う弟を連れてきたから今日から可愛がれと押し付けてくる父親とどちらがましだろう。
だが今の発言で確信した。皇帝にも厄介なものが存在する。そしてそれを俺はある程度利用できる。伯父上の事だが。
少し心に余裕が出来た。父に虐められたら伯父上に泣きつけばいい。そんなふざけたことを考えながら俺は再度言葉を発した。
「でも今の俺はカインを弟として可愛がっています。兄が弟を庇護するのは行動として正しい物では?」
「あれはお前の庇護が必要な存在ではない、牢に入れた程度で体調など崩さない。お前のそれは猫が獅子の心配をするのと同じ愚行だ」
ああ言えばこう言うの応酬だ。しかし父もカインを獅子だとは認識しているのか。今はまだ線の細い幼子だというのに。流石だと内心感心する。
確かに剣どころか運動も全く得意ではなく、廊下でうたた寝した結果熱を出す俺が彼の心配をするのは滑稽だろう。俺は猫というより豚だが。
しかし、それで納得する訳にはいかない。
「なら俺の体調の為に弟と話をさせてください。カインが本当に元気でいるのか……不安で心が疲れていくばかりです」
「……脆弱な」
「はい、俺は身も心も弱いです。恐らくこのままだと食欲もなくなりますし夜も眠れなくなるでしょうね」
「なんだそれは、脅しか」
「ただの事実です。伯父上やディストと会う予定があるのですが、心配させないか不安です」
断食ならする覚悟はあった。眠いのに眠らないことは難しいが、食事なら先日の減量で飢えを感じることに耐性が出来ている。
トピアがえっ、という表情を浮かべている通り、あの二人と会う予定は特にない。ここに関しては大嘘だが、何とかなるだろう。
「父上、せめてカインと話をさせてください。お願いです」
そう重ねて告げて頭を深く下げる。
そのせいで彼の表情は見えなかったが、忌々しそうな舌打ちと溜息が聞こえた。
恐らくこれは、俺の、勝ちだ。
交渉をやり遂げた喜びと奇妙な虚しさが怒りの代わりに心臓を満たしていった。
嘘を吐いたり、弱みを狙ったり、自分の体を人質にして脅したり。
俺は父親相手に何をやっているのだろう。
皇帝の青く冷たい瞳に怒りの炎がぎらつく。
白い手袋に包まれた大きな掌がこちらに伸ばされ、思わず自らの首を手で防御した。
冷静に考えれば父がこの場で俺の首をへし折る筈もない。いや殺さない程度には痛めつけられるかもしれない。
そんなことを考えてしまったが、流石にそこまでの暴君ではないらしく父の手は俺に触れることなく定位置に戻った。
対立して実感したが、やはり大人の男は怖い。伯父上と違い、長身で厚みのある体つきの父は特にだ。
不快そうな言葉とともにこちらに手を伸ばされただけで恐怖を感じた。俺は息を吐いて震えを抑え込む。
そんな俺を険しい表情で見つめながら父は固い声で問い質してきた。
「お前は何故そこまで異母弟に入れ込む?つい先日まで名前を聞くことすら嫌がっていたと聞いたが」
父の言葉に俺は内心驚く。俺がカインを嫌っていたのをこの人は把握していたのかと。いやそれは当然だろう。
彼はこの城の主人で、俺たちの父親なのだから。だが、だからこそ解せない。
「それを知っていて何もしなかったのですか?!」
俺を叱ることもせず。
八つ当たりとも責任転嫁とも思える言葉がつい口から出てしまう。
彼が、父が俺を諫めてくれたら、俺と弟の間に立って関係を調整してくれたら。
前の人生の時にそうしてくれたら、俺は、俺たちは。
父を責める言葉が、恨み言が溢れそうになって胸を抑える。
違う、人のせいにするな。カインとの確執は俺が始めて俺が終わらせた事だ。
少なくとも弟に殺される結末は、俺が自分で選んだ。大人になり再会したのに謝ることも一切せず。
「……申し訳ありません、取り乱しました」
「異母兄弟が不仲なのは珍しい事ではない。この件でお前を抑圧すればグランシー公爵家が騒ぎ出す」
成程、それが理由か。俺を可愛がってくれた伯父上の存在が裏目に出るとは。
父はそもそも俺とカインが仲良くなることなど期待していなかったのだ。
母親が違う弟を連れてきたから今日から可愛がれと押し付けてくる父親とどちらがましだろう。
だが今の発言で確信した。皇帝にも厄介なものが存在する。そしてそれを俺はある程度利用できる。伯父上の事だが。
少し心に余裕が出来た。父に虐められたら伯父上に泣きつけばいい。そんなふざけたことを考えながら俺は再度言葉を発した。
「でも今の俺はカインを弟として可愛がっています。兄が弟を庇護するのは行動として正しい物では?」
「あれはお前の庇護が必要な存在ではない、牢に入れた程度で体調など崩さない。お前のそれは猫が獅子の心配をするのと同じ愚行だ」
ああ言えばこう言うの応酬だ。しかし父もカインを獅子だとは認識しているのか。今はまだ線の細い幼子だというのに。流石だと内心感心する。
確かに剣どころか運動も全く得意ではなく、廊下でうたた寝した結果熱を出す俺が彼の心配をするのは滑稽だろう。俺は猫というより豚だが。
しかし、それで納得する訳にはいかない。
「なら俺の体調の為に弟と話をさせてください。カインが本当に元気でいるのか……不安で心が疲れていくばかりです」
「……脆弱な」
「はい、俺は身も心も弱いです。恐らくこのままだと食欲もなくなりますし夜も眠れなくなるでしょうね」
「なんだそれは、脅しか」
「ただの事実です。伯父上やディストと会う予定があるのですが、心配させないか不安です」
断食ならする覚悟はあった。眠いのに眠らないことは難しいが、食事なら先日の減量で飢えを感じることに耐性が出来ている。
トピアがえっ、という表情を浮かべている通り、あの二人と会う予定は特にない。ここに関しては大嘘だが、何とかなるだろう。
「父上、せめてカインと話をさせてください。お願いです」
そう重ねて告げて頭を深く下げる。
そのせいで彼の表情は見えなかったが、忌々しそうな舌打ちと溜息が聞こえた。
恐らくこれは、俺の、勝ちだ。
交渉をやり遂げた喜びと奇妙な虚しさが怒りの代わりに心臓を満たしていった。
嘘を吐いたり、弱みを狙ったり、自分の体を人質にして脅したり。
俺は父親相手に何をやっているのだろう。
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