上 下
47 / 88

47話 駆け引き未満

しおりを挟む
「病人は大人しく寝ていろ」


 単身で部屋に入ってきた皇帝は俺の目を見ることもなくそう告げた。

 思わず「どう思うこの父親?」と鏡に視線を向けそうになり堪える。対面前にリヒトに注意されたからだ。

 前回、トピアを私室に招き入れた際俺は何回も鏡の方を見てしまった。

 来客時にそのような不自然な行動は控えた方がいいと賢者に窘められたのだった。

 それに今室内にいるのは皇帝、この国の最高権力者だ。

 少しでも不審に思えば今すぐ鏡を叩き割ることさえ出来るし、俺に対し「何を隠している」と無理やり詰問することも出来るだろう。 

 そういった窮地に陥らない為に緊張しつつ父を迎えたのだが、うん、ある意味安心した。

 しかし俺付きの侍女の代わりに彼を部屋に向かい入れたトピアは唖然とした顔をしている。俺がそちらを見た為かすぐに取り繕い澄まし顔になった。

 一時的にトピアを借りることが出来て良かった。そう俺は変な安堵をする。

 部屋にいたのが俺の侍女なら父の態度を見て、再度こちらを軽んじた働きぶりに戻るところだった。

 俺は父の言葉通り寝台から出ることなく上半身だけそちらへ向ける。

 正直、あまりこの人とは話したくない。緊張するから部屋にも居てほしくない。放っておいてくれるのが一番ありがたい。

 見舞いに来てくれといったのは、外出を禁じられているからそう頼んだのだ。

 病人相手なら多少態度が軟化するかもしれないといった目論見もあったが完全に外れた。

 だが弟のことを考えれば疎遠を望んでばかりはいられない。

 椅子を勧めたが父は座らなかった。つまり長居するつもりはないということだ。茶も不要だろう。

 長身でしっかりとした体格の男性が腕を組み不機嫌そうな顔で立っている。それだけで室内の空気が下がった気がする。
  
 この部屋の中で一番戸惑い困惑しているのはトピアだろう。

 俺たち親子がこういう冷淡な関係だと全く想像していなかっただろうから。

 父と二人で話をしたいと退出を促してやれば安堵するに違いない。しかしそれはしない。

 彼にはこの空気ごと今回の対話を覚えていてもらう必要がある。カイン付きの侍女でディストの密偵でもある彼に。

 挨拶もせずこちらも用件だけ相手に告げる。


「弟を牢に入れた理由と牢から出して頂ける条件を教えて下さい、父上」

「誰から聞いた」

「部屋での療養に退屈し弟を招こうとして知りました」

「暇なら本でも読んでいろ」

「本の内容よりも知りたいことがございます」

「病人が余計なことに首を突っ込むな」

「弟が牢に入れられたままでは、体だけでなく心も病みます」

「……減らず口を」


 剣を繰り出すような覚悟で父とやり取りをする。取り付く島がない相手に嫌がられても舌打ちをされても食いつく。
 
 緊張で腹が痛くなってきた。どこの貴族や王族も父子の会話とはこういうものなのだろうか。今度ディストに訊いてみよう。


「弟はまだ子供です。罪を犯したなら罰されるのは当然でも、兄として寄り添ってやりたいのです」

「不要だ」

「父上!」

「お前の我儘を叶えるつもりはない。今まで通り何も考えず菓子でも食いながら部屋で寝ていろ」


 俺が強く名を呼んでも表情一つ変えず皇帝は部屋から出ていこうとする。びくともしない、予想以上だ。

 ここまで彼を動かせないとは思ってもいなかった。もう少し交渉の余地があると考えていたのに。

 いや、前回あのような対応を受けたのにそのように考えた俺が浅はかだったのか。

 このまま退室させれば二度と機会は巡ってこないだろう。伯父上を頼っても難しいかもしれない。

 だから俺は叫んだ。何でもいい、父の足を止める言葉を。


「なら俺も弟のいる牢に入れてください!寝るだけならどこでも同じです!!」


 刹那、空気が凍りトピアの整った顔が恐怖に歪んだ。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

いじめっこ令息に転生したけど、いじめなかったのに義弟が酷い。

えっしゃー(エミリオ猫)
BL
オレはデニス=アッカー伯爵令息(18才)。成績が悪くて跡継ぎから外された一人息子だ。跡継ぎに養子に来た義弟アルフ(15才)を、グレていじめる令息…の予定だったが、ここが物語の中で、義弟いじめの途中に事故で亡くなる事を思いだした。死にたくないので、優しい兄を目指してるのに、義弟はなかなか義兄上大好き!と言ってくれません。反抗期?思春期かな? そして今日も何故かオレの服が脱げそうです? そんなある日、義弟の親友と出会って…。

イケメン王子四兄弟に捕まって、女にされました。

天災
BL
 イケメン王子四兄弟に捕まりました。  僕は、女にされました。

夫の色のドレスを着るのをやめた結果、夫が我慢をやめてしまいました

氷雨そら
恋愛
夫の色のドレスは私には似合わない。 ある夜会、夫と一緒にいたのは夫の愛人だという噂が流れている令嬢だった。彼女は夫の瞳の色のドレスを私とは違い完璧に着こなしていた。噂が事実なのだと確信した私は、もう夫の色のドレスは着ないことに決めた。 小説家になろう様にも掲載中です

浮気な彼氏

月夜の晩に
BL
同棲する年下彼氏が別の女に気持ちが行ってるみたい…。それでも健気に奮闘する受け。なのに攻めが裏切って…?

お願いだから、独りでいさせて

獅蘭
BL
 好きだけど、バレたくない……。  深諮学園高等部2年きっての優等生である、生徒会副会長の咲宮 黎蘭は、あまり他者には認められていない生徒会役員。  この学園に中等部の2年の9月から入るにあたって逃げた居場所に今更戻れないということを悩んでいる。  しかし、生徒会会長は恋人だった濱夏 鷹多。急に消えた黎蘭を、2年も経った今も尚探している。本名を告げていないため、探し当てるのは困難を極めているのにも関わらず。  しかし、自分の正体をバラすということは逃げた場所に戻るということと同意義であるせいで、鷹多に打ち明けることができずに、葛藤している。  そんな中、黎蘭の遠縁に当たる問題児が転入生として入ってくる。ソレは、生徒会や風紀委員会、大勢の生徒を巻き込んでいく。 ※基本カプ ドS生徒会副会長×ヤンデレ生徒会会長 真面目風紀委員長×不真面目風紀副委員長 執着保健医×ツンデレホスト教師 むっつり不良×純粋わんこ書記 淫乱穏健派(過激派)書記親衛隊隊長×ドM過激派会長親衛隊隊長 ドクズ(直る)会計監査×薄幸会計 ____________________ 勿論、この作品はフィクションです。表紙は、Picrewの証明々を使いました。 定期的に作者は失踪します。2ヶ月以内には失踪から帰ってきます(( ファンタジー要素あるのと、色々とホラー要素が諸所にあります。

親友だと思ってた完璧幼馴染に執着されて監禁される平凡男子俺

toki
BL
エリート執着美形×平凡リーマン(幼馴染) ※監禁、無理矢理の要素があります。また、軽度ですが性的描写があります。 pixivでも同タイトルで投稿しています。 https://www.pixiv.net/users/3179376 もしよろしければ感想などいただけましたら大変励みになります✿ 感想(匿名)➡ https://odaibako.net/u/toki_doki_ Twitter➡ https://twitter.com/toki_doki109 素敵な表紙お借りしました! https://www.pixiv.net/artworks/98346398

異世界で8歳児になった僕は半獣さん達と仲良くスローライフを目ざします。……やっぱり狙われちゃう感じ?

み馬
BL
※ 完結しました。お読みくださった方々、誠にありがとうございました! 志望校に合格した春、桜の樹の下で意識を失った主人公・斗馬 亮介(とうま りょうすけ)は、気がついたとき、異世界で8歳児の姿にもどっていた。 わけもわからず放心していると、いきなり巨大な黒蛇に襲われるが、水の精霊〈ミュオン・リヒテル・リノアース〉と、半獣属の大熊〈ハイロ〉があらわれて……!? これは、とある加護を受けた8歳児が、しゃべる動物たちとスローライフ?を目ざす、ファンタジーBLです。 おとなサイド(半獣×精霊)のカプありにつき、R15にしておきました。 ※ 独自設定、造語、下ネタあり。出産描写あり。幕開け(前置き)長め。第21話に登場人物紹介を載せましたので、ご参考ください。 ★お試し読みは、第1部(第22〜27話あたり)がオススメです。物語の傾向がわかりやすいかと思います★ ★第11回BL小説大賞エントリー作品★最終結果2773作品中/414位★応援ありがとうございました★

処理中です...