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47話 駆け引き未満
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「病人は大人しく寝ていろ」
単身で部屋に入ってきた皇帝は俺の目を見ることもなくそう告げた。
思わず「どう思うこの父親?」と鏡に視線を向けそうになり堪える。対面前にリヒトに注意されたからだ。
前回、トピアを私室に招き入れた際俺は何回も鏡の方を見てしまった。
来客時にそのような不自然な行動は控えた方がいいと賢者に窘められたのだった。
それに今室内にいるのは皇帝、この国の最高権力者だ。
少しでも不審に思えば今すぐ鏡を叩き割ることさえ出来るし、俺に対し「何を隠している」と無理やり詰問することも出来るだろう。
そういった窮地に陥らない為に緊張しつつ父を迎えたのだが、うん、ある意味安心した。
しかし俺付きの侍女の代わりに彼を部屋に向かい入れたトピアは唖然とした顔をしている。俺がそちらを見た為かすぐに取り繕い澄まし顔になった。
一時的にトピアを借りることが出来て良かった。そう俺は変な安堵をする。
部屋にいたのが俺の侍女なら父の態度を見て、再度こちらを軽んじた働きぶりに戻るところだった。
俺は父の言葉通り寝台から出ることなく上半身だけそちらへ向ける。
正直、あまりこの人とは話したくない。緊張するから部屋にも居てほしくない。放っておいてくれるのが一番ありがたい。
見舞いに来てくれといったのは、外出を禁じられているからそう頼んだのだ。
病人相手なら多少態度が軟化するかもしれないといった目論見もあったが完全に外れた。
だが弟のことを考えれば疎遠を望んでばかりはいられない。
椅子を勧めたが父は座らなかった。つまり長居するつもりはないということだ。茶も不要だろう。
長身でしっかりとした体格の男性が腕を組み不機嫌そうな顔で立っている。それだけで室内の空気が下がった気がする。
この部屋の中で一番戸惑い困惑しているのはトピアだろう。
俺たち親子がこういう冷淡な関係だと全く想像していなかっただろうから。
父と二人で話をしたいと退出を促してやれば安堵するに違いない。しかしそれはしない。
彼にはこの空気ごと今回の対話を覚えていてもらう必要がある。カイン付きの侍女でディストの密偵でもある彼に。
挨拶もせずこちらも用件だけ相手に告げる。
「弟を牢に入れた理由と牢から出して頂ける条件を教えて下さい、父上」
「誰から聞いた」
「部屋での療養に退屈し弟を招こうとして知りました」
「暇なら本でも読んでいろ」
「本の内容よりも知りたいことがございます」
「病人が余計なことに首を突っ込むな」
「弟が牢に入れられたままでは、体だけでなく心も病みます」
「……減らず口を」
剣を繰り出すような覚悟で父とやり取りをする。取り付く島がない相手に嫌がられても舌打ちをされても食いつく。
緊張で腹が痛くなってきた。どこの貴族や王族も父子の会話とはこういうものなのだろうか。今度ディストに訊いてみよう。
「弟はまだ子供です。罪を犯したなら罰されるのは当然でも、兄として寄り添ってやりたいのです」
「不要だ」
「父上!」
「お前の我儘を叶えるつもりはない。今まで通り何も考えず菓子でも食いながら部屋で寝ていろ」
俺が強く名を呼んでも表情一つ変えず皇帝は部屋から出ていこうとする。びくともしない、予想以上だ。
ここまで彼を動かせないとは思ってもいなかった。もう少し交渉の余地があると考えていたのに。
いや、前回あのような対応を受けたのにそのように考えた俺が浅はかだったのか。
このまま退室させれば二度と機会は巡ってこないだろう。伯父上を頼っても難しいかもしれない。
だから俺は叫んだ。何でもいい、父の足を止める言葉を。
「なら俺も弟のいる牢に入れてください!寝るだけならどこでも同じです!!」
刹那、空気が凍りトピアの整った顔が恐怖に歪んだ。
単身で部屋に入ってきた皇帝は俺の目を見ることもなくそう告げた。
思わず「どう思うこの父親?」と鏡に視線を向けそうになり堪える。対面前にリヒトに注意されたからだ。
前回、トピアを私室に招き入れた際俺は何回も鏡の方を見てしまった。
来客時にそのような不自然な行動は控えた方がいいと賢者に窘められたのだった。
それに今室内にいるのは皇帝、この国の最高権力者だ。
少しでも不審に思えば今すぐ鏡を叩き割ることさえ出来るし、俺に対し「何を隠している」と無理やり詰問することも出来るだろう。
そういった窮地に陥らない為に緊張しつつ父を迎えたのだが、うん、ある意味安心した。
しかし俺付きの侍女の代わりに彼を部屋に向かい入れたトピアは唖然とした顔をしている。俺がそちらを見た為かすぐに取り繕い澄まし顔になった。
一時的にトピアを借りることが出来て良かった。そう俺は変な安堵をする。
部屋にいたのが俺の侍女なら父の態度を見て、再度こちらを軽んじた働きぶりに戻るところだった。
俺は父の言葉通り寝台から出ることなく上半身だけそちらへ向ける。
正直、あまりこの人とは話したくない。緊張するから部屋にも居てほしくない。放っておいてくれるのが一番ありがたい。
見舞いに来てくれといったのは、外出を禁じられているからそう頼んだのだ。
病人相手なら多少態度が軟化するかもしれないといった目論見もあったが完全に外れた。
だが弟のことを考えれば疎遠を望んでばかりはいられない。
椅子を勧めたが父は座らなかった。つまり長居するつもりはないということだ。茶も不要だろう。
長身でしっかりとした体格の男性が腕を組み不機嫌そうな顔で立っている。それだけで室内の空気が下がった気がする。
この部屋の中で一番戸惑い困惑しているのはトピアだろう。
俺たち親子がこういう冷淡な関係だと全く想像していなかっただろうから。
父と二人で話をしたいと退出を促してやれば安堵するに違いない。しかしそれはしない。
彼にはこの空気ごと今回の対話を覚えていてもらう必要がある。カイン付きの侍女でディストの密偵でもある彼に。
挨拶もせずこちらも用件だけ相手に告げる。
「弟を牢に入れた理由と牢から出して頂ける条件を教えて下さい、父上」
「誰から聞いた」
「部屋での療養に退屈し弟を招こうとして知りました」
「暇なら本でも読んでいろ」
「本の内容よりも知りたいことがございます」
「病人が余計なことに首を突っ込むな」
「弟が牢に入れられたままでは、体だけでなく心も病みます」
「……減らず口を」
剣を繰り出すような覚悟で父とやり取りをする。取り付く島がない相手に嫌がられても舌打ちをされても食いつく。
緊張で腹が痛くなってきた。どこの貴族や王族も父子の会話とはこういうものなのだろうか。今度ディストに訊いてみよう。
「弟はまだ子供です。罪を犯したなら罰されるのは当然でも、兄として寄り添ってやりたいのです」
「不要だ」
「父上!」
「お前の我儘を叶えるつもりはない。今まで通り何も考えず菓子でも食いながら部屋で寝ていろ」
俺が強く名を呼んでも表情一つ変えず皇帝は部屋から出ていこうとする。びくともしない、予想以上だ。
ここまで彼を動かせないとは思ってもいなかった。もう少し交渉の余地があると考えていたのに。
いや、前回あのような対応を受けたのにそのように考えた俺が浅はかだったのか。
このまま退室させれば二度と機会は巡ってこないだろう。伯父上を頼っても難しいかもしれない。
だから俺は叫んだ。何でもいい、父の足を止める言葉を。
「なら俺も弟のいる牢に入れてください!寝るだけならどこでも同じです!!」
刹那、空気が凍りトピアの整った顔が恐怖に歪んだ。
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