上 下
47 / 89

47話 駆け引き未満

しおりを挟む
「病人は大人しく寝ていろ」


 単身で部屋に入ってきた皇帝は俺の目を見ることもなくそう告げた。

 思わず「どう思うこの父親?」と鏡に視線を向けそうになり堪える。対面前にリヒトに注意されたからだ。

 前回、トピアを私室に招き入れた際俺は何回も鏡の方を見てしまった。

 来客時にそのような不自然な行動は控えた方がいいと賢者に窘められたのだった。

 それに今室内にいるのは皇帝、この国の最高権力者だ。

 少しでも不審に思えば今すぐ鏡を叩き割ることさえ出来るし、俺に対し「何を隠している」と無理やり詰問することも出来るだろう。 

 そういった窮地に陥らない為に緊張しつつ父を迎えたのだが、うん、ある意味安心した。

 しかし俺付きの侍女の代わりに彼を部屋に向かい入れたトピアは唖然とした顔をしている。俺がそちらを見た為かすぐに取り繕い澄まし顔になった。

 一時的にトピアを借りることが出来て良かった。そう俺は変な安堵をする。

 部屋にいたのが俺の侍女なら父の態度を見て、再度こちらを軽んじた働きぶりに戻るところだった。

 俺は父の言葉通り寝台から出ることなく上半身だけそちらへ向ける。

 正直、あまりこの人とは話したくない。緊張するから部屋にも居てほしくない。放っておいてくれるのが一番ありがたい。

 見舞いに来てくれといったのは、外出を禁じられているからそう頼んだのだ。

 病人相手なら多少態度が軟化するかもしれないといった目論見もあったが完全に外れた。

 だが弟のことを考えれば疎遠を望んでばかりはいられない。

 椅子を勧めたが父は座らなかった。つまり長居するつもりはないということだ。茶も不要だろう。

 長身でしっかりとした体格の男性が腕を組み不機嫌そうな顔で立っている。それだけで室内の空気が下がった気がする。
  
 この部屋の中で一番戸惑い困惑しているのはトピアだろう。

 俺たち親子がこういう冷淡な関係だと全く想像していなかっただろうから。

 父と二人で話をしたいと退出を促してやれば安堵するに違いない。しかしそれはしない。

 彼にはこの空気ごと今回の対話を覚えていてもらう必要がある。カイン付きの侍女でディストの密偵でもある彼に。

 挨拶もせずこちらも用件だけ相手に告げる。


「弟を牢に入れた理由と牢から出して頂ける条件を教えて下さい、父上」

「誰から聞いた」

「部屋での療養に退屈し弟を招こうとして知りました」

「暇なら本でも読んでいろ」

「本の内容よりも知りたいことがございます」

「病人が余計なことに首を突っ込むな」

「弟が牢に入れられたままでは、体だけでなく心も病みます」

「……減らず口を」


 剣を繰り出すような覚悟で父とやり取りをする。取り付く島がない相手に嫌がられても舌打ちをされても食いつく。
 
 緊張で腹が痛くなってきた。どこの貴族や王族も父子の会話とはこういうものなのだろうか。今度ディストに訊いてみよう。


「弟はまだ子供です。罪を犯したなら罰されるのは当然でも、兄として寄り添ってやりたいのです」

「不要だ」

「父上!」

「お前の我儘を叶えるつもりはない。今まで通り何も考えず菓子でも食いながら部屋で寝ていろ」


 俺が強く名を呼んでも表情一つ変えず皇帝は部屋から出ていこうとする。びくともしない、予想以上だ。

 ここまで彼を動かせないとは思ってもいなかった。もう少し交渉の余地があると考えていたのに。

 いや、前回あのような対応を受けたのにそのように考えた俺が浅はかだったのか。

 このまま退室させれば二度と機会は巡ってこないだろう。伯父上を頼っても難しいかもしれない。

 だから俺は叫んだ。何でもいい、父の足を止める言葉を。


「なら俺も弟のいる牢に入れてください!寝るだけならどこでも同じです!!」


 刹那、空気が凍りトピアの整った顔が恐怖に歪んだ。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

【完結】別れ……ますよね?

325号室の住人
BL
☆全3話、完結済 僕の恋人は、テレビドラマに数多く出演する俳優を生業としている。 ある朝、テレビから流れてきたニュースに、僕は恋人との別れを決意した。

悪役令息に転生して絶望していたら王国至宝のエルフ様にヨシヨシしてもらえるので、頑張って生きたいと思います!

梻メギ
BL
「あ…もう、駄目だ」プツリと糸が切れるように限界を迎え死に至ったブラック企業に勤める主人公は、目覚めると悪役令息になっていた。どのルートを辿っても断罪確定な悪役令息に生まれ変わったことに絶望した主人公は、頑張る意欲そして生きる気力を失い床に伏してしまう。そんな、人生の何もかもに絶望した主人公の元へ王国お抱えのエルフ様がやってきて───!? 【王国至宝のエルフ様×元社畜のお疲れ悪役令息】 ▼この作品と出会ってくださり、ありがとうございます!初投稿になります、どうか温かい目で見守っていただけますと幸いです。 ▼こちらの作品はムーンライトノベルズ様にも投稿しております。 ▼毎日18時投稿予定

いじめっこ令息に転生したけど、いじめなかったのに義弟が酷い。

えっしゃー(エミリオ猫)
BL
オレはデニス=アッカー伯爵令息(18才)。成績が悪くて跡継ぎから外された一人息子だ。跡継ぎに養子に来た義弟アルフ(15才)を、グレていじめる令息…の予定だったが、ここが物語の中で、義弟いじめの途中に事故で亡くなる事を思いだした。死にたくないので、優しい兄を目指してるのに、義弟はなかなか義兄上大好き!と言ってくれません。反抗期?思春期かな? そして今日も何故かオレの服が脱げそうです? そんなある日、義弟の親友と出会って…。

異世界転生先でアホのふりしてたら執着された俺の話

深山恐竜
BL
俺はよくあるBL魔法学園ゲームの世界に異世界転生したらしい。よりにもよって、役どころは作中最悪の悪役令息だ。何重にも張られた没落エンドフラグをへし折る日々……なんてまっぴらごめんなので、前世のスキル(引きこもり)を最大限活用して平和を勝ち取る! ……はずだったのだが、どういうわけか俺の従者が「坊ちゃんの足すべすべ~」なんて言い出して!?

兄たちが弟を可愛がりすぎです~こんなに大きくなりました~

クロユキ
BL
ベルスタ王国に第五王子として転生した坂田春人は第五ウィル王子として城での生活をしていた。 いつものようにメイドのマリアに足のマッサージをして貰い、いつものように寝たはずなのに……目が覚めたら大きく成っていた。 本編の兄たちのお話しが違いますが、短編集として読んで下さい。 誤字に脱字が多い作品ですが、読んで貰えたら嬉しいです。

塾の先生を舐めてはいけません(性的な意味で)

ベータヴィレッジ 現実沈殿村落
BL
個別指導塾で講師のアルバイトを始めたが、妙にスキンシップ多めで懐いてくる生徒がいた。 そしてやがてその生徒の行為はエスカレートし、ついに一線を超えてくる――。

主人公の兄になったなんて知らない

さつき
BL
レインは知らない弟があるゲームの主人公だったという事を レインは知らないゲームでは自分が登場しなかった事を レインは知らない自分が神に愛されている事を 表紙イラストは マサキさんの「キミの世界メーカー」で作成してお借りしています⬇ https://picrew.me/image_maker/54346

処理中です...