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46話 昔は大人に見えていた人

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 ノーマン・グランシー公爵。母の双子の兄でディストの父。そして俺の伯父に当たる彼。

 亡くなって一番悲しかった大人はノーマン伯父上だった気がする。

 母が病死した時も悲しみはあったが、それ以上に安らかな眠りを願った。

 ノーマン・グランシー公爵は良くも悪くも俺に影響を与えた人間の一人だ。

 今ならわかる。彼はその年齢と立場の高さには不釣り合いな程自分の感情を表に出す人だった。

 だからこそ双子の片割れが産み落とした俺を溺愛してくれたし、一方で支配しようともした。

 カインやその母上に対する怒りや忌避の感情は俺も持っていたが、彼が抱くそれはより攻撃的だったと思う。

 皇帝である父上が急死した後、遺言のようにカインの名を呟いたことを知った時の公爵は魔王のようだった。

 あの時の伯父の憎悪に満ちた瞳を思い出す。俺にカインを殺すよう詰め寄った時の恐ろしさも。

 しかし数日後に公爵は急死し、俺は弟を追放するに留めた。それは兄としての情ではない。

 ただ、人を殺すのが怖かっただけだ。

 彼が俺の伯父という立場を私情で濫用していたことは否定できない。俺を正しく導いてくれたとも言い難い。

 伯父上の父とは違う種類の高圧さと感情的な性格を苦手だと感じたことも一度や二度ではなかった。

 ただ、俺はそれでも伯父上が好きだったのだと今では思う。

 それが亡くなった妹の形見に対する扱いでも、それでも俺は母に似た彼に笑いかけて貰い優しい言葉を与えられれば確かに嬉しかったのだ。

 だから彼が急逝した後、外見は似ていても理知的で穏やかな微笑みしか浮かべない、感情を窺わせないディストに物足りなさを感じ内心失望したのだった。

 性格もあるが、俺と同年齢の彼は当然伯父上のように振舞うことなどできない。従兄弟である前に、友人である前に臣下として彼は俺に接した。

 寧ろディストの行動こそが正しい。そのことを知っていた筈なのに俺はそれでも従兄弟の中に伯父を求めて、叶わずにそっと疎んじた。 

 空気を読んで離れていった彼が何を考えていたかは今でもわからない。

 だが結果として孤独で愚かな白豚皇帝となり追放した弟に殺される最期を迎えた今。

 その後十二歳の頃に戻って口は悪いが親身なところもある賢者と同居している今。

 当時、伯父上のことを好きだった自分が正直滅茶苦茶恥ずかしい。

 俺も三十代を経験した今だから言えるが、ノーマン伯父上は大人としてどうかと思う。俺も人のことは言えないがそれでもだ。

 可愛がってくれていたのは確かだが見本になるような大人でも貴族でもなかった。当然言いなりになっていい相手では断じてない。

 今回も彼の基本的な性格や立ち位置は変わらないだろう。実際それは確認している。

 だがそれでも俺の説得を頭ごなしに否定する人物ではなかった。こちらが冷静さを保ち、相手を恐れなければの話だが。

 ノーマン伯父上は激情家だが、その怒りにこちらが釣られたり勢いに負けなければ話し合い懐柔することは可能だろう。そう判断している。

 それに俺は彼の愛した妹の忘れ形見という唯一無二の特徴を持っている。

 ノーマン伯父上は元々父の再婚相手と、そして俺の異母弟の存在を良く思っていない。

 こちらに対しては俺が説得したので一応手出しは控えて貰えるだろう。ディストは後で話し合う必要がある。

 しかし俺が父に冷遇されていると知ったら?

 異母弟であってもカインは俺を無条件に慕って敬ってくれる。そして俺もそんな弟を積極的に可愛がっている。

 そこの部分を強調し、俺は伯父上の異母弟への感情を今後も宥めていくつもりだ。

 しかしそんな俺に対して、実の父親が見舞いさえせず冷たく扱っていることをあの伯父上が知ったら?

 新しい妃と、その息子に対して抱えていた鬱屈を全部元凶である父に向けさせるよう仕組んだら? 


「正直生きている内にあの二人で殴り合いをして欲しいという気持ちはある」

「子豚ちゃんが邪悪になった、俺の育て方が悪かった……?」

「いやでも、いい加減大人同士で何とかしてくれとは思うだろ」

「それはもう思ってるね、かなりね」


 父への脅しに伯父上を利用とする俺に突っ込みを入れてきたリヒトも、そこは大きく頷いた。

 
「子供の喧嘩に親は出るなって言うけど、寧ろ子供同士で代理戦争やらせてたレベルじゃん?」


 大人たちが仲悪くても、子供をそこに巻き込んじゃだめだよね。

 そう腕組みしながら言う賢者に、そう考えることの出来る彼の育ちを考えて、止めた。

 リヒトは恐らく貴族の出身ではない。もしかしたらこの国の生まれではないかもしれない。

 彼の生まれた場所で、俺も生まれていたらどんな大人になれていたのだろう。そう考えてやっぱり止めた。


「それに伯父上が父に対しては逆らわず文句ひとつ言わないなら、ああそいういう人なんだなって今度こそ割り切れるし」

「子豚ちゃん、なんか男関係で苦労している女の人っぽいこと言ってるね」

「女性ではないが、男関係では苦労しているし、今後も苦労するだろうな」


 カインとディストとお前がいる限り。

 そう軽口を叩くと、俺はそこに入れなくていいんじゃないと不服そうに賢者が抗議してきたので笑った。

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