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42 行動の解釈
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「え……?」
「俺は人に唆されるのが嫌いだ」
この侍女はカインの中の狂気を恐れてはいても、俺のことは侮っている。
だからこそ先程のような事が言える。
このままカインを放置しておけば、次期皇帝の地位を脅かされることはないと。
当たり前だが、トピアは何も知らない。俺が過去皇帝の座に就いたことがあることも。
一方的に敵視し蔑ろにした弟に殺された過去も。
俺の中身が三十を過ぎた男だともわかっていないだろう。
俺が別に皇帝の地位なんて欲しがっていないことも。
わかっていても、少し腹が立つ。
先程まではそれなりに友好的だった俺の声が冷えていることに気づいたのか、トピアの表情に焦りが生まれる。
「よ、余計な事を申し上げました……」
「俺が、弟との後継争いを危惧しているという妄想はディストの入れ知恵か?」
「いえ、そのようなことはございません!全て、私の勝手な考えです……!」
だろうなと思う。ディストならもしそのように考えていても俺に腹の内を見せる筈が無い。
彼は俺が弟に歩み寄ろうとしていることを知っているのだから。
いや、だとしたらカイン付きの侍女であるトピアだって同じ情報は持っている筈だ。
俺は人の視線のある場所でカインと接する機会を増やしていた。
少なくとも皇子の近くにいる人間は兄弟仲の変化を知っていて当然な気がする。
特にこの娘はディストの手下なのだから、情報に疎かったらおかしい。
俺は内心首を傾げながら尋ねてみた。
「……ついでに聞くが、お前は俺が急に弟と仲良くし始めた理由をどう考えている?」
こちらの問いかけに対しトピアは気まずそうに口を閉ざした。つまり俺の不興を買いそうな答えを持っているということだろう。
しかし俺は自分の行動が使用人たちからどう捉えられているのか気になっていた。話せ、と言葉で促す。
彼女は恐る恐ると言った様子で唇を開く。
「……皇帝陛下に不仲を叱られ、このままでは後継から外すと脅され行動を改められたのではないかと……」
急に痩せたり、貧民街の救済に関心を見せるようになったのも、全部次期皇帝の座を意識しての点数稼ぎではないか。
第一皇子の突然の変わり様に混乱し、こちらで無礼な理由を勝手に考えてしまっていた。
そのようなことをトピアは気まずそうな表情で俺に告げた。
成程、と俺は一言呟く。特に怒りを孕んだ訳でもないその言葉に侍女はびくりと肩を震わせた。
だが彼女が恐れているのは俺でなく、自らの主人であるディストだろう。
侍女を辞めさせられるということは彼からの命令に失敗したということだ。
別に俺はその予想に対しては本当に怒っていない。滑稽だとは思うけれど。
父は前回も今回も俺たちの関係について何も口出しはしない。だがそんなことを使用人たちが知る筈はないだろう。
我儘放題の白豚皇子が突然兄弟愛に目覚め健康の大切さに気付き減量を始め国政に関心を持ち始めた。
確かに外から見ていたら不審がられて当然だ。
しかしそれを駄目息子が厳格な父親に叱られて渋々行動を正し始めたと考えたなら。
更にその駄目息子の弟は兄とは対照的に優れた外見と知能を持ち将来が有望な人物だと知っていたなら。
少し前まではそのような異母弟を駄目息子が毛嫌いしていた事実を人々が忘れていないなら。
「まあ、そう考えられても仕方がないか」
「第一皇子殿下……?」
「確かに俺は不出来な皇子だ。しかも急な心変わりで弟のことも使用人の事も振り回している」
「殿下……」
「だが、今の俺がカインを救い出したいと考えているのは本当なんだ。……そこに父の意向はない。逆に怒られるかもしれない」
それでも俺は兄弟を大切に思っている。そう告げるとトピアは静かに再び謝罪を口にした。先程と違い凛とした声だった。
「……二度とあのような愚劣なことは口に致しません。たとえこの口が裂かれても、二度と」
「弟も俺と同じ考えだ。だからこそ、その関係を歪めようとする者に容赦はしないだろう。そういった意味でカインの侍女を辞めるように言った」
「第一皇子殿下のお慈悲を今更ながら理解致しました。愚か者で申し訳ございません」
「わかってくれたらいい、すまないな。協力してくれる立場の人間に対し厳しいことを言い過ぎた」
「いいえ、完全に私が出過ぎただけでございます……そして、その上で更に出過ぎたことを申し上げます。
弟様の件で私が貴方のお役に立つことができたなら、第一皇子付きの侍女として私を欲して頂けないでしょうか。
そう突然、トピアから俺付きの侍女の地位を望まれ目を丸くした。
やはりディストに仕える人間だけあって考えが読めない。俺は暫く迷って、考えておくとだけ答えた。
「俺は人に唆されるのが嫌いだ」
この侍女はカインの中の狂気を恐れてはいても、俺のことは侮っている。
だからこそ先程のような事が言える。
このままカインを放置しておけば、次期皇帝の地位を脅かされることはないと。
当たり前だが、トピアは何も知らない。俺が過去皇帝の座に就いたことがあることも。
一方的に敵視し蔑ろにした弟に殺された過去も。
俺の中身が三十を過ぎた男だともわかっていないだろう。
俺が別に皇帝の地位なんて欲しがっていないことも。
わかっていても、少し腹が立つ。
先程まではそれなりに友好的だった俺の声が冷えていることに気づいたのか、トピアの表情に焦りが生まれる。
「よ、余計な事を申し上げました……」
「俺が、弟との後継争いを危惧しているという妄想はディストの入れ知恵か?」
「いえ、そのようなことはございません!全て、私の勝手な考えです……!」
だろうなと思う。ディストならもしそのように考えていても俺に腹の内を見せる筈が無い。
彼は俺が弟に歩み寄ろうとしていることを知っているのだから。
いや、だとしたらカイン付きの侍女であるトピアだって同じ情報は持っている筈だ。
俺は人の視線のある場所でカインと接する機会を増やしていた。
少なくとも皇子の近くにいる人間は兄弟仲の変化を知っていて当然な気がする。
特にこの娘はディストの手下なのだから、情報に疎かったらおかしい。
俺は内心首を傾げながら尋ねてみた。
「……ついでに聞くが、お前は俺が急に弟と仲良くし始めた理由をどう考えている?」
こちらの問いかけに対しトピアは気まずそうに口を閉ざした。つまり俺の不興を買いそうな答えを持っているということだろう。
しかし俺は自分の行動が使用人たちからどう捉えられているのか気になっていた。話せ、と言葉で促す。
彼女は恐る恐ると言った様子で唇を開く。
「……皇帝陛下に不仲を叱られ、このままでは後継から外すと脅され行動を改められたのではないかと……」
急に痩せたり、貧民街の救済に関心を見せるようになったのも、全部次期皇帝の座を意識しての点数稼ぎではないか。
第一皇子の突然の変わり様に混乱し、こちらで無礼な理由を勝手に考えてしまっていた。
そのようなことをトピアは気まずそうな表情で俺に告げた。
成程、と俺は一言呟く。特に怒りを孕んだ訳でもないその言葉に侍女はびくりと肩を震わせた。
だが彼女が恐れているのは俺でなく、自らの主人であるディストだろう。
侍女を辞めさせられるということは彼からの命令に失敗したということだ。
別に俺はその予想に対しては本当に怒っていない。滑稽だとは思うけれど。
父は前回も今回も俺たちの関係について何も口出しはしない。だがそんなことを使用人たちが知る筈はないだろう。
我儘放題の白豚皇子が突然兄弟愛に目覚め健康の大切さに気付き減量を始め国政に関心を持ち始めた。
確かに外から見ていたら不審がられて当然だ。
しかしそれを駄目息子が厳格な父親に叱られて渋々行動を正し始めたと考えたなら。
更にその駄目息子の弟は兄とは対照的に優れた外見と知能を持ち将来が有望な人物だと知っていたなら。
少し前まではそのような異母弟を駄目息子が毛嫌いしていた事実を人々が忘れていないなら。
「まあ、そう考えられても仕方がないか」
「第一皇子殿下……?」
「確かに俺は不出来な皇子だ。しかも急な心変わりで弟のことも使用人の事も振り回している」
「殿下……」
「だが、今の俺がカインを救い出したいと考えているのは本当なんだ。……そこに父の意向はない。逆に怒られるかもしれない」
それでも俺は兄弟を大切に思っている。そう告げるとトピアは静かに再び謝罪を口にした。先程と違い凛とした声だった。
「……二度とあのような愚劣なことは口に致しません。たとえこの口が裂かれても、二度と」
「弟も俺と同じ考えだ。だからこそ、その関係を歪めようとする者に容赦はしないだろう。そういった意味でカインの侍女を辞めるように言った」
「第一皇子殿下のお慈悲を今更ながら理解致しました。愚か者で申し訳ございません」
「わかってくれたらいい、すまないな。協力してくれる立場の人間に対し厳しいことを言い過ぎた」
「いいえ、完全に私が出過ぎただけでございます……そして、その上で更に出過ぎたことを申し上げます。
弟様の件で私が貴方のお役に立つことができたなら、第一皇子付きの侍女として私を欲して頂けないでしょうか。
そう突然、トピアから俺付きの侍女の地位を望まれ目を丸くした。
やはりディストに仕える人間だけあって考えが読めない。俺は暫く迷って、考えておくとだけ答えた。
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