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37話 虚しい罠(上)

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 朝、食事と共に訪れた侍女の中から化粧が濃く髪の結い方が特徴的な者を選んでカインの状況を尋ねてみる。

 自分はレオンハルト様付きなのでわからないと理由を説明された為「では弟付きの侍女に確認してきてくれ」と返した。

 すると先程よりも更に困惑した表情を侍女は浮かべた。もしかしたら怒りも含まれているかもしれない。

 これは彼女がカインの状態について口止めされているからか、それとも単純に別皇子担当の侍女と話をしたくないからなのか。

 そのどちらにしろ俺に語ることは出来ない筈だ。俺は彼女の返答を待つ。


「どうして……私が……」


 そう低い声で不機嫌に呟かれ、俺は一回だけそれを聞き逃すことにした。ここにカインがいなくて良かったとは思った。

 部屋には他にも数名の侍女がいたが誰も言葉を発さない。俺たちの会話は当然聞こえているだろうに。

 昨日散々癇癪を起こした振りをして、一人の時間が欲しいと我儘を通したばかりだ。

 立場の弱い彼女たちが、身分だけは高い馬鹿息子に関わりたくないと思う気持ちが強くなっていても仕方がない。

 実際今俺に命じられた侍女は、配膳係だったばかりにこんな目にという顔をしている。

 けれど、本当にそれだけが理由なのだろうか。柔らかく煮込まれ過ぎた麦粥は正直余り美味しくは無かった。

 病人用の食事を有難いと思わなくなって数日が経過している。それでもこうやって食べている。俺だって我慢している。


「……どうしても、駄目か?……本当は弟に会いたいのだが……せめて元気でいるかぐらい……」


 開き直って哀れさを誘うような声で頼んでみる。疎ましそうな表情に揺らぎはない。ならば私がと声を上げる者もいない。

 まあカインのような儚げな美少年なら兎も角俺が弱々し気に振舞って女性陣の心を揺らせるとは思っていなかった。


「殿下、それは本当に必要なことでございますか。本当にどうしても私でなければ無理なことなのでしょうか」


 逆に私に命令するなと暗に断られてしまう。もしかして先程の俺の態度が気弱に見えたから強気で来たのか。世知辛い物だ。勉強にはなる。 

 しかし自分付きの侍女からここまであからさまに冷淡に断られるとは思わなかった。最早嫌悪を取り繕いもしない。

 白豚皇帝時代に気づかなかったのは、単純に俺が彼女たちに都合のいい存在だったからかもしれない。

 確かにあの頃は美味い食事ぐらいしか積極的に求めたことはなかった。部屋から出ることも無かったし。

 あれこれしたがる今と違い、昔の俺の方が飼育自体は容易だったのかもしれない。

 そんなことを考えながら朝食を口に運び続ける。しかし命じた侍女からは何時まで経っても承諾の返事が来ない。

 時間切れだ、俺は内心で呟いて銀の匙を置く。名前すら憶えていない侍女に対し「もういい」と口を開いた。


「お前たちが自らの何を勝ち誇って、カイン付きの侍女らを見下し直接悪態を吐いていたかは知らないが」


 勝手に使用人同士の関係を悪化させて、主人の命令すら嫌がるような人間は要らない。

 そう出来るだけ冷酷に言い放つ。その際に参考にしたのが父の己に対する態度だということが複雑だった。

 だが効果はあったらしく部屋の空気がわかりやすく張り詰める。先程まで俺を侮る表情を見せていた侍女も目を見開いて俺を見ている。


「な、どうして、」

「弟に会いたいとまで話して見せたのに、まさかお前たちの所業を知らないとでも思っていたのか」

「……なら、先程の命令は私への嫌がらせですか!?」


「ち、ちょっと」


 流石に今まで傍観していた他の侍女も止めに入る。だが今更遅いだろうこれは。

 複雑に結った髪を乱して侍女が泣き喚く。あの不機嫌な態度から一瞬でこの行動に移れるのは凄い。


「役者の方が向いているかもしれないな」


 思わず口に出してしまったら更に泣き声が大きくなった。

 私を解雇するおつもりですかと聞かれ正直に頷く。手で顔を覆っている相手には見えなかったかしもれない。

 いや、駄目だ。もっと冷酷で強い人間の振りをしなければ。


「解雇だけで済むと思っているのか」


 あっ、駄目だ。これは言い過ぎた。俺は布で隠されている鏡にちらりと視線をやる。こういうことは慣れていない。正直代わって欲しい。

 だがこれは俺が言わなければいけないことなのだ。元々の元凶が自分であると言うことを痛感しながらでも、俺が。


『……白豚ちゃん付きの侍女はカインと関わるの全力で嫌がると思うよ』


 深夜、弟を救う為の打ち合わせが終わって眠りに就こうとした際にリヒトに切り出された。

 その時と同じぐらい気分が重くなる。しかし知らないまま安穏と過ごすより、知って憂鬱になる方がましだ。
 
 兄弟間の仲は修復出来ても、それぞれの使用人たちはまだ仲違いしている、その事実に俺は深く関わっているのだから。

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