上 下
37 / 89

37話 虚しい罠(上)

しおりを挟む
 朝、食事と共に訪れた侍女の中から化粧が濃く髪の結い方が特徴的な者を選んでカインの状況を尋ねてみる。

 自分はレオンハルト様付きなのでわからないと理由を説明された為「では弟付きの侍女に確認してきてくれ」と返した。

 すると先程よりも更に困惑した表情を侍女は浮かべた。もしかしたら怒りも含まれているかもしれない。

 これは彼女がカインの状態について口止めされているからか、それとも単純に別皇子担当の侍女と話をしたくないからなのか。

 そのどちらにしろ俺に語ることは出来ない筈だ。俺は彼女の返答を待つ。


「どうして……私が……」


 そう低い声で不機嫌に呟かれ、俺は一回だけそれを聞き逃すことにした。ここにカインがいなくて良かったとは思った。

 部屋には他にも数名の侍女がいたが誰も言葉を発さない。俺たちの会話は当然聞こえているだろうに。

 昨日散々癇癪を起こした振りをして、一人の時間が欲しいと我儘を通したばかりだ。

 立場の弱い彼女たちが、身分だけは高い馬鹿息子に関わりたくないと思う気持ちが強くなっていても仕方がない。

 実際今俺に命じられた侍女は、配膳係だったばかりにこんな目にという顔をしている。

 けれど、本当にそれだけが理由なのだろうか。柔らかく煮込まれ過ぎた麦粥は正直余り美味しくは無かった。

 病人用の食事を有難いと思わなくなって数日が経過している。それでもこうやって食べている。俺だって我慢している。


「……どうしても、駄目か?……本当は弟に会いたいのだが……せめて元気でいるかぐらい……」


 開き直って哀れさを誘うような声で頼んでみる。疎ましそうな表情に揺らぎはない。ならば私がと声を上げる者もいない。

 まあカインのような儚げな美少年なら兎も角俺が弱々し気に振舞って女性陣の心を揺らせるとは思っていなかった。


「殿下、それは本当に必要なことでございますか。本当にどうしても私でなければ無理なことなのでしょうか」


 逆に私に命令するなと暗に断られてしまう。もしかして先程の俺の態度が気弱に見えたから強気で来たのか。世知辛い物だ。勉強にはなる。 

 しかし自分付きの侍女からここまであからさまに冷淡に断られるとは思わなかった。最早嫌悪を取り繕いもしない。

 白豚皇帝時代に気づかなかったのは、単純に俺が彼女たちに都合のいい存在だったからかもしれない。

 確かにあの頃は美味い食事ぐらいしか積極的に求めたことはなかった。部屋から出ることも無かったし。

 あれこれしたがる今と違い、昔の俺の方が飼育自体は容易だったのかもしれない。

 そんなことを考えながら朝食を口に運び続ける。しかし命じた侍女からは何時まで経っても承諾の返事が来ない。

 時間切れだ、俺は内心で呟いて銀の匙を置く。名前すら憶えていない侍女に対し「もういい」と口を開いた。


「お前たちが自らの何を勝ち誇って、カイン付きの侍女らを見下し直接悪態を吐いていたかは知らないが」


 勝手に使用人同士の関係を悪化させて、主人の命令すら嫌がるような人間は要らない。

 そう出来るだけ冷酷に言い放つ。その際に参考にしたのが父の己に対する態度だということが複雑だった。

 だが効果はあったらしく部屋の空気がわかりやすく張り詰める。先程まで俺を侮る表情を見せていた侍女も目を見開いて俺を見ている。


「な、どうして、」

「弟に会いたいとまで話して見せたのに、まさかお前たちの所業を知らないとでも思っていたのか」

「……なら、先程の命令は私への嫌がらせですか!?」


「ち、ちょっと」


 流石に今まで傍観していた他の侍女も止めに入る。だが今更遅いだろうこれは。

 複雑に結った髪を乱して侍女が泣き喚く。あの不機嫌な態度から一瞬でこの行動に移れるのは凄い。


「役者の方が向いているかもしれないな」


 思わず口に出してしまったら更に泣き声が大きくなった。

 私を解雇するおつもりですかと聞かれ正直に頷く。手で顔を覆っている相手には見えなかったかしもれない。

 いや、駄目だ。もっと冷酷で強い人間の振りをしなければ。


「解雇だけで済むと思っているのか」


 あっ、駄目だ。これは言い過ぎた。俺は布で隠されている鏡にちらりと視線をやる。こういうことは慣れていない。正直代わって欲しい。

 だがこれは俺が言わなければいけないことなのだ。元々の元凶が自分であると言うことを痛感しながらでも、俺が。


『……白豚ちゃん付きの侍女はカインと関わるの全力で嫌がると思うよ』


 深夜、弟を救う為の打ち合わせが終わって眠りに就こうとした際にリヒトに切り出された。

 その時と同じぐらい気分が重くなる。しかし知らないまま安穏と過ごすより、知って憂鬱になる方がましだ。
 
 兄弟間の仲は修復出来ても、それぞれの使用人たちはまだ仲違いしている、その事実に俺は深く関わっているのだから。

しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

いじめっこ令息に転生したけど、いじめなかったのに義弟が酷い。

えっしゃー(エミリオ猫)
BL
オレはデニス=アッカー伯爵令息(18才)。成績が悪くて跡継ぎから外された一人息子だ。跡継ぎに養子に来た義弟アルフ(15才)を、グレていじめる令息…の予定だったが、ここが物語の中で、義弟いじめの途中に事故で亡くなる事を思いだした。死にたくないので、優しい兄を目指してるのに、義弟はなかなか義兄上大好き!と言ってくれません。反抗期?思春期かな? そして今日も何故かオレの服が脱げそうです? そんなある日、義弟の親友と出会って…。

ヤンデレ執着系イケメンのターゲットな訳ですが

街の頑張り屋さん
BL
執着系イケメンのターゲットな僕がなんとか逃げようとするも逃げられない そんなお話です

ゲーム世界の貴族A(=俺)

猫宮乾
BL
 妹に頼み込まれてBLゲームの戦闘部分を手伝っていた主人公。完璧に内容が頭に入った状態で、気がつけばそのゲームの世界にトリップしていた。脇役の貴族Aに成り代わっていたが、魔法が使えて楽しすぎた! が、BLゲームの世界だって事を忘れていた。

どうせ全部、知ってるくせに。

楽川楽
BL
【腹黒美形×単純平凡】 親友と、飲み会の悪ふざけでキスをした。単なる罰ゲームだったのに、どうしてもあのキスが忘れられない…。 飲み会のノリでしたキスで、親友を意識し始めてしまった単純な受けが、まんまと腹黒攻めに捕まるお話。 ※fujossyさんの属性コンテスト『ノンケ受け』部門にて優秀賞をいただいた作品です。

地味顔陰キャな俺。異世界で公爵サマに拾われ、でろでろに甘やかされる

冷凍湖
BL
人生だめだめな陰キャくんがありがちな展開で異世界にトリップしてしまい、公爵サマに拾われてめちゃくちゃ甘やかされるウルトラハッピーエンド アルファポリスさんに登録させてもらって、異世界がめっちゃ流行ってることを知り、びっくりしつつも書きたくなったので、勢いのまま書いてみることにしました。 他の話と違って書き溜めてないので更新頻度が自分でも読めませんが、とにかくハッピーエンドになります。します! 6/3 ふわっふわな話の流れしか考えずに書き始めたので、サイレント修正する場合があります。 公爵サマ要素全然出てこなくて自分でも、んん?って感じです(笑)。でもちゃんと公爵ですので、公爵っぽさが出てくるまでは、「あー、公爵なんだなあー」と広い心で見ていただけると嬉しいです、すみません……!

獣のような男が入浴しているところに落っこちた結果

ひづき
BL
異界に落ちたら、獣のような男が入浴しているところだった。 そのまま美味しく頂かれて、流されるまま愛でられる。 2023/04/06 後日談追加

異世界転生先でアホのふりしてたら執着された俺の話

深山恐竜
BL
俺はよくあるBL魔法学園ゲームの世界に異世界転生したらしい。よりにもよって、役どころは作中最悪の悪役令息だ。何重にも張られた没落エンドフラグをへし折る日々……なんてまっぴらごめんなので、前世のスキル(引きこもり)を最大限活用して平和を勝ち取る! ……はずだったのだが、どういうわけか俺の従者が「坊ちゃんの足すべすべ~」なんて言い出して!?

幽閉王子は最強皇子に包まれる

皇洵璃音
BL
魔法使いであるせいで幼少期に幽閉された第三王子のアレクセイ。それから年数が経過し、ある日祖国は滅ぼされてしまう。毛布に包まっていたら、敵の帝国第二皇子のレイナードにより連行されてしまう。処刑場にて皇帝から二つの選択肢を提示されたのだが、二つ目の内容は「レイナードの花嫁になること」だった。初めて人から求められたこともあり、花嫁になることを承諾する。素直で元気いっぱいなド直球第二皇子×愛されることに慣れていない治癒魔法使いの第三王子の恋愛物語。 表紙担当者:白す(しらす)様に描いて頂きました。

処理中です...