上 下
36 / 86

36話 取るべき手段

しおりを挟む
 確かにペン先というものは鋭く固い。

 子供だろうが全力で突き刺したり振り下ろせば相手の皮膚を傷つけ流血させることも可能だろう。

 しかし、貫通させるというのは正直想像できない。

 人間は綿の詰まった縫いぐるみではない。皮膚の下に肉と骨を隠し持っている。

 手の甲などは特に硬い部分ではないだろうか。どうやって穴を開けられるか俺は想像もつかない。

 しかもそれを行ったのは七歳の華奢な子供だというのだ。黒獅子は幼い内から黒獅子だとでもいうのか。

 ペンを肉食獣の牙のように教師に突き刺したとでもいのか、しかし、どうして。

 理由が分からなくて俺は困惑する。賢者も戸惑いは一緒のようだった。

 沈黙を破りたくて俺は下手な軽口を叩いた。


「……俺の心臓の時といいカインは人を貫くのが上手いな」

「そっちこそ何上手いこと言おうとしてんの?」


 衝撃の事態を知った直後だというのに、俺もリヒトもなんだかぼんやりとしている。

 七歳の少年がそんなことできないだろうという考えと、でも既に起こった出来事なのだという認識。

 そしてカインならできるのかなという諦観がなんとなく入り混じった結果の虚無感が今この室内にある。

 俺は溜息を吐いた。


「……理由が、知りたいな」

「そんなの……絶対あんた絡みでしょ」


 何を当たり前のことをといった調子で返されて少し落ち込む。指摘される前から思っていたことではあるが。


「でも別にあんたのせいとは言ってないからね、俺は。カインがそういう奴ってだけだし」

「わかっている。……リヒトは優しいな」

「は?別に子豚ちゃんに優しくする理由なんてないですけど?」


 勘違いしないでよね。半ば彼の口癖のようになっている台詞に苦笑いを浮かべる。

 ちくりちくりと棘を刺すような台詞を言う時もあるがリヒトの声は個人的に心地よく安堵を覚える。

 包容力というよりも、良い意味での青さを感じて落ち着くのだ。

 感情を隠すのが恐らく本人が思う程には上手くない為、きつい言葉の底にある優しさが透けて見える。

 口数は少ないが、一言ごとに巨大な石を上から放ってくるような俺の父とは対照的だ。

 肉親とはいえ苦手な人物だが、カインを牢から解放したいなら彼との対話は不可避だろう。

 子供の我儘や癇癪が通る相手ではない。こちらも材料を揃える必要がある。

 俺はリヒトに尋ねた。


「ムクロの記憶から、事件の切っ掛けや原因を特定することは出来ないだろうか?」

「あー無理、騒ぎが起こる直前まで餌食べてたらしくて、ぺちゃぺちゃもぐもぐが延々と聞こえる……」


 話し声は偶に聞こえるけど会話までは聞き取れない。そう自らの耳を覆うようにして賢者は答えた。

 間が悪いことにムクロ自身の食事音が大きすぎて教師やカインの発言が遮られているらしい。

 俺は自らの顎に指先を触れさせながら考え込んだ。


「ならカイン本人か、教師に聞いてみるしかないな……カイン付きの教師は……誰だったかな」


 年齢差か、それとも別の理由かは知らないが俺とカインの授業を担当する人物はそれぞれ異なる。

 しかしカイン付き教師の名前や出自だけなら比較的容易に確認できる筈だ。使用人に聞くか確認させればいい。

 恐らく貴族階級なのは確かだろう。皇子の教育を受け持つのだから。

 そのような立場の人間に重傷を負わせたなら、確かに加害者側が皇族でも大事にはなる。

 だが牢に入れるという処罰が妥当かまでは判断できない。

 カインがそのような凶行に及んだいきさつを俺は知らないのだから。

 そもそも俺は自分の弟が牢に入れられていることさえ城の人間からは教えられていないのだ。

 それなのに俺がカインを牢から出せと急に言い出すのは不自然すぎる。リヒトの存在は公表したくない。

 朝、食事を運んでくる侍女にカインの様子を聞いてみよう。そこで正直に答えて貰えれば、そこから話を発展させられる。

 しかし、そうでなければ弟に会いたいと盛大に駄々をこねることになるだろう。

 俺が語る作戦に対しリヒトが疑問を投げかけてくる。


「もし使用人が子豚ちゃんに嘘を吐いたら?」

「……嘘を吐いたら許さないと、脅すとか。本当の事を言うまで暴れるとか?」

「五歳児かな?」

「十二歳児だが」


 しかし中身は三十路だ。

 今後の行動で俺の評判が下がる可能性はある。第一皇子の癖に我儘で幼い癇癪持ちだと使用人たちに馬鹿にされる想像は簡単にできた。

 別にそれは構わない。元々俺の評価は高くない。

 弟救出の為に出来ることはやるべきだ。俺は賢者にそう告げた。

しおりを挟む
1 / 5

この作品を読んでいる人はこんな作品も読んでいます!

メスになんかならないっ

BL / 完結 24h.ポイント:120pt お気に入り:303

【R18】リアルBL人狼ゲーム

BL / 連載中 24h.ポイント:78pt お気に入り:189

冤罪で山に追放された令嬢ですが、逞しく生きてます

ファンタジー / 完結 24h.ポイント:0pt お気に入り:67

ヒマを持て余した神々のアソビ ~ 白猫メルミーツェは異世界をめぐる ~

ファンタジー / 連載中 24h.ポイント:902pt お気に入り:36

強制悪役令息と4人の聖騎士ー乙女ハーレムエンドー

BL / 連載中 24h.ポイント:177pt お気に入り:1,635

黒猫ちゃんは愛される

BL / 連載中 24h.ポイント:369pt お気に入り:2,493

ヤリチンが痴漢たちにメスにされる話

BL / 連載中 24h.ポイント:355pt お気に入り:743

処理中です...