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35話 獰猛の片鱗
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「今すぐ、助けてやらないと」
そう宣言し扉に向かう俺を鏡の奥から賢者が止める。
「それは無理でしょ、子豚ちゃんの癇癪でどうにかできる問題じゃない」
命令したのが皇帝なら。そう冷静に指摘され俺は鏡を睨んだ。
昼間の恥ずかしい芝居をリヒトは見ていたのか。しかしそれを今持ち出すのは悪趣味だろう。
だが実際そうだ。そもそも牢舎まで辿り着ける気がしない。見張りはいるだろう。
この部屋の近くにも、そして当然カインが収容されている場所にも。
「だがカインが牢屋の中に閉じ込められて、体調を崩したらどうするんだ……!」
「いやそれは大丈夫だと思う。あいつ体は丈夫過ぎる程丈夫だし」
「それは大人になってからだろう、今のカインは七歳の子供なんだぞ!」
つい大声を出してしまい、リヒトに窘められる。
彼は自らの唇に人差し指を当てて黙るようにという仕草をした。
「牢内でも寝床と清潔な毛布は与えられている。そこまで冷え込んでいる訳でもない。快適でなくても体調は崩さない筈だ」
「どうしてそんなことがわかる」
「俺の使い魔の黒猫がカインと一緒にいる」
賢者の言葉に俺は目を見開いた。
「ムクロが?……いや、そうだ。確かカインが預かってくれていたのだったな」
「うん、俺が子豚ちゃん探してこいって外に出したら捕まっちゃったんだよね」
「やはりそうだったのか」
自分の予想が当たったことに俺は頷く。
あの日、俺が廊下で眠り込んでいた時、中々部屋に戻って来ない俺を案じてリヒトは使い魔に捜索させたのだろう。
ムクロは俺の飼い猫として使用人たちに知られている筈だし、そうでなくても野良猫だと思われないように上等な赤革の首輪もつけている。
「うん。あいつは小柄で動作も素早い。だからこそ自由に城内を歩き回れると思ったし、実際そうだった」
「そして俺を見つけてくれた……ムクロは俺の命の恩人だな、いや猫だから違うか。……猫の場合はどうなるんだ?」
「えっ、なんだろ……。いや、別にカインも発見に噛んでるからまとめて恩人で良くない?」
ムクロは最初カインが怖かったみたいだけど。そう語る賢者の言葉に俺は内心で小さな黒猫に詫びた。
カインに恐怖を感じたというのなら恐らくそれは俺が以前、手を引っ掻かれたことを話してしまったせいだ。
「でも追いかけっこした結果子豚ちゃんの体を見つけられたから……後でなんか美味しい物上げてやって」
「わかった」
黒猫が歩き回るのを目撃したカインは、恐らく俺の話を覚えていてムクロが俺の部屋から脱走したのだと思ったのだろう。
捕まえようと追いかけ、そしてムクロが逃げ続けた先に熱を出した俺が居たと言う訳だ。
「カインがその場に居合わせたお陰で、素早く使用人を呼ぶことが出来たってわけ」
「ムクロは災難だったろうが、本当に二人には助けられたな……それとリヒトにも」
「いや、俺ディストの方にばっか神経やってて正直ムクロたちのことはそこまで意識してなかったし、命令しただけだし」
そんな風に賢者は語るが、それを言葉通りに受け止める気はない。
俺の肉体を使い魔に捜索させながら、別世界のディストに囲われた俺を自ら捜しに来てくれたのを俺は知っている。
あれは今思い出しても夢のような不思議な出来事だった。けれど夢でないことは知っている。
「しかし何考えてカインはムクロを連れ帰ったのかね?」
リヒトが不思議そうに首を傾げ、珍しく俺が回答する形になる。
「俺の代わりに面倒をみてくれるつもりだったのでは?」
そう、ムクロは俺が熱に倒れたその日からカインの元で暮らしている。
猫の毛は病人には良くないと言う医師の判断で、俺の部屋から追い出されたムクロをカインが預かってくれているらしい。
薄情な事だが、目覚めた当初はろくに頭も口も回らず、多少しゃっきりしてからは連日検査に追われ正直飼い猫の存在を忘れてしまっていた。
部屋には常に人がいて、知らず気を張っていたのもあるかもしれない。
だからムクロの件について報告を受けたのも今日の朝、やっと飼い猫の不在に気付いて俺が尋ねた結果のことだった。
その後偽の癇癪を起してまで一人きりになろうとしたのは、本来の飼い主であるリヒトにその旨を相談したかったのもある。
だが冷静に考えれれば使い魔を使役している側が、それを把握していない筈がないのだ。
「別に虐待はされてないけど、謎の緊張感はあるよ」
あいつそもそも小動物に好かれないし。そうリヒトが言うのに何となく納得してしまう。
俺にとっては可愛い弟ではあるのだが。外見も少女のように愛らしくあるのだが。
そう考え込んでいるとリヒトが唐突に小さく叫んだ。その後呆れと諦めが混ざったような声を上げる。
「どうした」
「……今、子豚ちゃんと話しながらムクロの記憶を巻き戻して見てたんだけど」
「へえ、便利だな」
「それで、犯行時……こいつ餌食べてたっぽくて惨劇の映像はないんだけど」
なんかカイン、教師っぽい奴の手をペンでぶっ刺したっぽい。
「えっ」
「男の凄い叫び声聞こえるし、床に血が飛び散ってるし……あ、女の人の悲鳴も聞こえた……」
骨貫通したっぽいし牢屋行きの原因って、多分これだよね。
奇妙に冷静な賢者の台詞を聞きながら俺は「……多分」としか言えなかった。
そう宣言し扉に向かう俺を鏡の奥から賢者が止める。
「それは無理でしょ、子豚ちゃんの癇癪でどうにかできる問題じゃない」
命令したのが皇帝なら。そう冷静に指摘され俺は鏡を睨んだ。
昼間の恥ずかしい芝居をリヒトは見ていたのか。しかしそれを今持ち出すのは悪趣味だろう。
だが実際そうだ。そもそも牢舎まで辿り着ける気がしない。見張りはいるだろう。
この部屋の近くにも、そして当然カインが収容されている場所にも。
「だがカインが牢屋の中に閉じ込められて、体調を崩したらどうするんだ……!」
「いやそれは大丈夫だと思う。あいつ体は丈夫過ぎる程丈夫だし」
「それは大人になってからだろう、今のカインは七歳の子供なんだぞ!」
つい大声を出してしまい、リヒトに窘められる。
彼は自らの唇に人差し指を当てて黙るようにという仕草をした。
「牢内でも寝床と清潔な毛布は与えられている。そこまで冷え込んでいる訳でもない。快適でなくても体調は崩さない筈だ」
「どうしてそんなことがわかる」
「俺の使い魔の黒猫がカインと一緒にいる」
賢者の言葉に俺は目を見開いた。
「ムクロが?……いや、そうだ。確かカインが預かってくれていたのだったな」
「うん、俺が子豚ちゃん探してこいって外に出したら捕まっちゃったんだよね」
「やはりそうだったのか」
自分の予想が当たったことに俺は頷く。
あの日、俺が廊下で眠り込んでいた時、中々部屋に戻って来ない俺を案じてリヒトは使い魔に捜索させたのだろう。
ムクロは俺の飼い猫として使用人たちに知られている筈だし、そうでなくても野良猫だと思われないように上等な赤革の首輪もつけている。
「うん。あいつは小柄で動作も素早い。だからこそ自由に城内を歩き回れると思ったし、実際そうだった」
「そして俺を見つけてくれた……ムクロは俺の命の恩人だな、いや猫だから違うか。……猫の場合はどうなるんだ?」
「えっ、なんだろ……。いや、別にカインも発見に噛んでるからまとめて恩人で良くない?」
ムクロは最初カインが怖かったみたいだけど。そう語る賢者の言葉に俺は内心で小さな黒猫に詫びた。
カインに恐怖を感じたというのなら恐らくそれは俺が以前、手を引っ掻かれたことを話してしまったせいだ。
「でも追いかけっこした結果子豚ちゃんの体を見つけられたから……後でなんか美味しい物上げてやって」
「わかった」
黒猫が歩き回るのを目撃したカインは、恐らく俺の話を覚えていてムクロが俺の部屋から脱走したのだと思ったのだろう。
捕まえようと追いかけ、そしてムクロが逃げ続けた先に熱を出した俺が居たと言う訳だ。
「カインがその場に居合わせたお陰で、素早く使用人を呼ぶことが出来たってわけ」
「ムクロは災難だったろうが、本当に二人には助けられたな……それとリヒトにも」
「いや、俺ディストの方にばっか神経やってて正直ムクロたちのことはそこまで意識してなかったし、命令しただけだし」
そんな風に賢者は語るが、それを言葉通りに受け止める気はない。
俺の肉体を使い魔に捜索させながら、別世界のディストに囲われた俺を自ら捜しに来てくれたのを俺は知っている。
あれは今思い出しても夢のような不思議な出来事だった。けれど夢でないことは知っている。
「しかし何考えてカインはムクロを連れ帰ったのかね?」
リヒトが不思議そうに首を傾げ、珍しく俺が回答する形になる。
「俺の代わりに面倒をみてくれるつもりだったのでは?」
そう、ムクロは俺が熱に倒れたその日からカインの元で暮らしている。
猫の毛は病人には良くないと言う医師の判断で、俺の部屋から追い出されたムクロをカインが預かってくれているらしい。
薄情な事だが、目覚めた当初はろくに頭も口も回らず、多少しゃっきりしてからは連日検査に追われ正直飼い猫の存在を忘れてしまっていた。
部屋には常に人がいて、知らず気を張っていたのもあるかもしれない。
だからムクロの件について報告を受けたのも今日の朝、やっと飼い猫の不在に気付いて俺が尋ねた結果のことだった。
その後偽の癇癪を起してまで一人きりになろうとしたのは、本来の飼い主であるリヒトにその旨を相談したかったのもある。
だが冷静に考えれれば使い魔を使役している側が、それを把握していない筈がないのだ。
「別に虐待はされてないけど、謎の緊張感はあるよ」
あいつそもそも小動物に好かれないし。そうリヒトが言うのに何となく納得してしまう。
俺にとっては可愛い弟ではあるのだが。外見も少女のように愛らしくあるのだが。
そう考え込んでいるとリヒトが唐突に小さく叫んだ。その後呆れと諦めが混ざったような声を上げる。
「どうした」
「……今、子豚ちゃんと話しながらムクロの記憶を巻き戻して見てたんだけど」
「へえ、便利だな」
「それで、犯行時……こいつ餌食べてたっぽくて惨劇の映像はないんだけど」
なんかカイン、教師っぽい奴の手をペンでぶっ刺したっぽい。
「えっ」
「男の凄い叫び声聞こえるし、床に血が飛び散ってるし……あ、女の人の悲鳴も聞こえた……」
骨貫通したっぽいし牢屋行きの原因って、多分これだよね。
奇妙に冷静な賢者の台詞を聞きながら俺は「……多分」としか言えなかった。
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