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33話 夢の終わりと新しい扉

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不思議な空間で本来会う筈のない人間と出会い、そして別れを経験した。

 大人の姿のディスト。鮮血皇帝と呼ばれる別世界の俺と運命を共にした隻眼のネクロマンサー。

 彼が消えた後、その場には一冊の本が残された。何かの皮で作られているらしい表紙からは題名も内容も分からない。

 手に取ろうとした瞬間後ろから首根っこを掴まれる。振り返らなくてもわかる、リヒトだった。


「そんな怪しい物に気軽に触ろうとしない。子豚ちゃんが触るのはこっち」


 そう彼に示されたのはドアノブだった。

 扉は無く、しかし見えない扉があるならその位置にあるだろうなという具合で真鍮製らしき取っ手が空中に浮かんでいた。

 どちらかというと、本よりもこれの方が明らかに怪しい。


「それを掴んで、自分の部屋に戻りたいと強く願って。そうすれば戻れる」

「わかった。あ、ディストから預かったお前の目だけれど今返した方がいいか?」


 俺の問いかけに盲目の賢者は難しい表情をした。口元に不満と迷いが見え隠れする。

 彼は先程の本を左手に持っていた。そう、消えた筈の彼の手はいつのまにか当たり前のように元の位置に収まっている。

 蜘蛛になったり単独行動をしていた時点で常人の体と違うことはわかっているが、やはり不思議なことは不思議だ。

 しかしこんなに簡単に付け外しが出来るなら、ディストから返して貰った瞳も簡単に元の位置に戻るのではないだろうか。

 隻眼の賢者の姿を想像していると、本人から信じられない回答が返される。


「……正直あんまり要らないんだよね。何されたかわからないし。ここに捨てていこう」

「駄目だぞ、折角持ってきてくれたのに。そんな事言うなら返さないぞ」

「えぇ……、じゃあいいよそれで」

「えっ」


 あっさりと首肯されて逆に驚く。こう言えば渋々といった様子でリヒトは瞳を受け取ると思ったのに。

 なんだか普通に譲られてしまった。拾った石とかではなく生きている人間の眼球を。


「子豚ちゃん、体弱いんだっけ?じゃあそれ飲み込むといいよ。多分生命力強くなるから。……というか死ににくくなる?」

「譲って貰って申し訳ないが絶対嫌だ」


 獣の目さえ食べたくないのに、リヒトの眼球なんて口にできる筈がない。

 というか二つしかない瞳の内、やっと戻ってきた一つを他人に食わせようとするな。


「リヒト、お前はもっと自分の体を大事にしろ!」

「えっ、それ、そっちが言う?」

「俺も大事にするからお前もそうしてくれ」


 これは返すけど絶対捨てるな。そう告げて預かっていた黒色の瞳を賢者の空いた手に押し付ける。

 リヒトは物凄く嫌そうな顔をしたが放り投げたりせずそれを懐に閉まった。


「……本当に、要らないんだけどなあ」

「いつか必要になる時が来るかもしれないだろ。……それとも、カインに渡すか?」

「は?何で?」

「わからないけれど、何となくだ」

「何それ……普通に嫌だよ」


 普通にトラウマ再現じゃん、そうへらりと笑ってリヒトは俺の頭に手を置いた。

 押さえ付けられているせいで俺は彼を見上げることが出来ない。皇帝陛下、そう彼はぽつりと呟いた。

 俺を呼んだのか、別の誰かを想ったか判断が出来なかった。


「俺がやってる事って、本当は凄い虚しいことなんだよね。知ってたけど。だって違う世界の同一人物は結局別人じゃん」

「リヒト……?」

「それでも、二番目の世界のカインは、俺が初めて出会ったあいつとよく似ていて、だから色々、ちょっとショックだったかもしれない」


 俺の存在も意見もカインにとってはどうでもいいものなんだって。そう淡々と語る姿が逆に痛々しかった。


「いやわかっていたよ、二回目だもの。あいつがやばいブラコンで、兄貴しか考えてないみたいなのはわかっていたよ?」

「それでも、その世界のカインは……お前を親友だと思っていた筈だ」

「うん。ディストが渡してきた記憶、俺に会う前のカインが俺に対して遺した言葉、俺を親友だって呼んでいて感謝までして……酷くない?」


 俺と会えて良かったとか、死んだ後に言ってくるとか酷くない?

 そう震えた声でいう賢者の手を俺は両手で掴んだ。


「カインとか、あのネクロマンサーとか、頭おかしいぐらい一途なんだよ。それは知っていたんだ……だから割り切ったつもりなのに」


 一番目大切な存在が別格過ぎるだけで、当たり前に俺の事も考えていてくれたなんて、今更気づくの最低過ぎるでしょ。

 俺はリヒトの冷たい掌を自らの両手で包み込んだ。そうしなければいけない気がした。


「きっとこの世界のカインとディストとも、お前は仲良くなれるよ。……繰り返しじゃなく、新しい出会いとして」


 だから俺と一緒にいてくれ。この世界の俺たちが幸せになれるように助けてくれ。

 そう盲目の賢者の腕を掴んで自らの額に押し付ける。

 仕方ないな、という言葉が聞こえてきたのは暫くしてからの事だった。

 その言葉に安堵し俺は見えない扉を開く。目が眩むほどの光が場を白一色に染め上げた。




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