33 / 88
33話 夢の終わりと新しい扉
しおりを挟む
不思議な空間で本来会う筈のない人間と出会い、そして別れを経験した。
大人の姿のディスト。鮮血皇帝と呼ばれる別世界の俺と運命を共にした隻眼のネクロマンサー。
彼が消えた後、その場には一冊の本が残された。何かの皮で作られているらしい表紙からは題名も内容も分からない。
手に取ろうとした瞬間後ろから首根っこを掴まれる。振り返らなくてもわかる、リヒトだった。
「そんな怪しい物に気軽に触ろうとしない。子豚ちゃんが触るのはこっち」
そう彼に示されたのはドアノブだった。
扉は無く、しかし見えない扉があるならその位置にあるだろうなという具合で真鍮製らしき取っ手が空中に浮かんでいた。
どちらかというと、本よりもこれの方が明らかに怪しい。
「それを掴んで、自分の部屋に戻りたいと強く願って。そうすれば戻れる」
「わかった。あ、ディストから預かったお前の目だけれど今返した方がいいか?」
俺の問いかけに盲目の賢者は難しい表情をした。口元に不満と迷いが見え隠れする。
彼は先程の本を左手に持っていた。そう、消えた筈の彼の手はいつのまにか当たり前のように元の位置に収まっている。
蜘蛛になったり単独行動をしていた時点で常人の体と違うことはわかっているが、やはり不思議なことは不思議だ。
しかしこんなに簡単に付け外しが出来るなら、ディストから返して貰った瞳も簡単に元の位置に戻るのではないだろうか。
隻眼の賢者の姿を想像していると、本人から信じられない回答が返される。
「……正直あんまり要らないんだよね。何されたかわからないし。ここに捨てていこう」
「駄目だぞ、折角持ってきてくれたのに。そんな事言うなら返さないぞ」
「えぇ……、じゃあいいよそれで」
「えっ」
あっさりと首肯されて逆に驚く。こう言えば渋々といった様子でリヒトは瞳を受け取ると思ったのに。
なんだか普通に譲られてしまった。拾った石とかではなく生きている人間の眼球を。
「子豚ちゃん、体弱いんだっけ?じゃあそれ飲み込むといいよ。多分生命力強くなるから。……というか死ににくくなる?」
「譲って貰って申し訳ないが絶対嫌だ」
獣の目さえ食べたくないのに、リヒトの眼球なんて口にできる筈がない。
というか二つしかない瞳の内、やっと戻ってきた一つを他人に食わせようとするな。
「リヒト、お前はもっと自分の体を大事にしろ!」
「えっ、それ、そっちが言う?」
「俺も大事にするからお前もそうしてくれ」
これは返すけど絶対捨てるな。そう告げて預かっていた黒色の瞳を賢者の空いた手に押し付ける。
リヒトは物凄く嫌そうな顔をしたが放り投げたりせずそれを懐に閉まった。
「……本当に、要らないんだけどなあ」
「いつか必要になる時が来るかもしれないだろ。……それとも、カインに渡すか?」
「は?何で?」
「わからないけれど、何となくだ」
「何それ……普通に嫌だよ」
普通にトラウマ再現じゃん、そうへらりと笑ってリヒトは俺の頭に手を置いた。
押さえ付けられているせいで俺は彼を見上げることが出来ない。皇帝陛下、そう彼はぽつりと呟いた。
俺を呼んだのか、別の誰かを想ったか判断が出来なかった。
「俺がやってる事って、本当は凄い虚しいことなんだよね。知ってたけど。だって違う世界の同一人物は結局別人じゃん」
「リヒト……?」
「それでも、二番目の世界のカインは、俺が初めて出会ったあいつとよく似ていて、だから色々、ちょっとショックだったかもしれない」
俺の存在も意見もカインにとってはどうでもいいものなんだって。そう淡々と語る姿が逆に痛々しかった。
「いやわかっていたよ、二回目だもの。あいつがやばいブラコンで、兄貴しか考えてないみたいなのはわかっていたよ?」
「それでも、その世界のカインは……お前を親友だと思っていた筈だ」
「うん。ディストが渡してきた記憶、俺に会う前のカインが俺に対して遺した言葉、俺を親友だって呼んでいて感謝までして……酷くない?」
俺と会えて良かったとか、死んだ後に言ってくるとか酷くない?
そう震えた声でいう賢者の手を俺は両手で掴んだ。
「カインとか、あのネクロマンサーとか、頭おかしいぐらい一途なんだよ。それは知っていたんだ……だから割り切ったつもりなのに」
一番目大切な存在が別格過ぎるだけで、当たり前に俺の事も考えていてくれたなんて、今更気づくの最低過ぎるでしょ。
俺はリヒトの冷たい掌を自らの両手で包み込んだ。そうしなければいけない気がした。
「きっとこの世界のカインとディストとも、お前は仲良くなれるよ。……繰り返しじゃなく、新しい出会いとして」
だから俺と一緒にいてくれ。この世界の俺たちが幸せになれるように助けてくれ。
そう盲目の賢者の腕を掴んで自らの額に押し付ける。
仕方ないな、という言葉が聞こえてきたのは暫くしてからの事だった。
その言葉に安堵し俺は見えない扉を開く。目が眩むほどの光が場を白一色に染め上げた。
大人の姿のディスト。鮮血皇帝と呼ばれる別世界の俺と運命を共にした隻眼のネクロマンサー。
彼が消えた後、その場には一冊の本が残された。何かの皮で作られているらしい表紙からは題名も内容も分からない。
手に取ろうとした瞬間後ろから首根っこを掴まれる。振り返らなくてもわかる、リヒトだった。
「そんな怪しい物に気軽に触ろうとしない。子豚ちゃんが触るのはこっち」
そう彼に示されたのはドアノブだった。
扉は無く、しかし見えない扉があるならその位置にあるだろうなという具合で真鍮製らしき取っ手が空中に浮かんでいた。
どちらかというと、本よりもこれの方が明らかに怪しい。
「それを掴んで、自分の部屋に戻りたいと強く願って。そうすれば戻れる」
「わかった。あ、ディストから預かったお前の目だけれど今返した方がいいか?」
俺の問いかけに盲目の賢者は難しい表情をした。口元に不満と迷いが見え隠れする。
彼は先程の本を左手に持っていた。そう、消えた筈の彼の手はいつのまにか当たり前のように元の位置に収まっている。
蜘蛛になったり単独行動をしていた時点で常人の体と違うことはわかっているが、やはり不思議なことは不思議だ。
しかしこんなに簡単に付け外しが出来るなら、ディストから返して貰った瞳も簡単に元の位置に戻るのではないだろうか。
隻眼の賢者の姿を想像していると、本人から信じられない回答が返される。
「……正直あんまり要らないんだよね。何されたかわからないし。ここに捨てていこう」
「駄目だぞ、折角持ってきてくれたのに。そんな事言うなら返さないぞ」
「えぇ……、じゃあいいよそれで」
「えっ」
あっさりと首肯されて逆に驚く。こう言えば渋々といった様子でリヒトは瞳を受け取ると思ったのに。
なんだか普通に譲られてしまった。拾った石とかではなく生きている人間の眼球を。
「子豚ちゃん、体弱いんだっけ?じゃあそれ飲み込むといいよ。多分生命力強くなるから。……というか死ににくくなる?」
「譲って貰って申し訳ないが絶対嫌だ」
獣の目さえ食べたくないのに、リヒトの眼球なんて口にできる筈がない。
というか二つしかない瞳の内、やっと戻ってきた一つを他人に食わせようとするな。
「リヒト、お前はもっと自分の体を大事にしろ!」
「えっ、それ、そっちが言う?」
「俺も大事にするからお前もそうしてくれ」
これは返すけど絶対捨てるな。そう告げて預かっていた黒色の瞳を賢者の空いた手に押し付ける。
リヒトは物凄く嫌そうな顔をしたが放り投げたりせずそれを懐に閉まった。
「……本当に、要らないんだけどなあ」
「いつか必要になる時が来るかもしれないだろ。……それとも、カインに渡すか?」
「は?何で?」
「わからないけれど、何となくだ」
「何それ……普通に嫌だよ」
普通にトラウマ再現じゃん、そうへらりと笑ってリヒトは俺の頭に手を置いた。
押さえ付けられているせいで俺は彼を見上げることが出来ない。皇帝陛下、そう彼はぽつりと呟いた。
俺を呼んだのか、別の誰かを想ったか判断が出来なかった。
「俺がやってる事って、本当は凄い虚しいことなんだよね。知ってたけど。だって違う世界の同一人物は結局別人じゃん」
「リヒト……?」
「それでも、二番目の世界のカインは、俺が初めて出会ったあいつとよく似ていて、だから色々、ちょっとショックだったかもしれない」
俺の存在も意見もカインにとってはどうでもいいものなんだって。そう淡々と語る姿が逆に痛々しかった。
「いやわかっていたよ、二回目だもの。あいつがやばいブラコンで、兄貴しか考えてないみたいなのはわかっていたよ?」
「それでも、その世界のカインは……お前を親友だと思っていた筈だ」
「うん。ディストが渡してきた記憶、俺に会う前のカインが俺に対して遺した言葉、俺を親友だって呼んでいて感謝までして……酷くない?」
俺と会えて良かったとか、死んだ後に言ってくるとか酷くない?
そう震えた声でいう賢者の手を俺は両手で掴んだ。
「カインとか、あのネクロマンサーとか、頭おかしいぐらい一途なんだよ。それは知っていたんだ……だから割り切ったつもりなのに」
一番目大切な存在が別格過ぎるだけで、当たり前に俺の事も考えていてくれたなんて、今更気づくの最低過ぎるでしょ。
俺はリヒトの冷たい掌を自らの両手で包み込んだ。そうしなければいけない気がした。
「きっとこの世界のカインとディストとも、お前は仲良くなれるよ。……繰り返しじゃなく、新しい出会いとして」
だから俺と一緒にいてくれ。この世界の俺たちが幸せになれるように助けてくれ。
そう盲目の賢者の腕を掴んで自らの額に押し付ける。
仕方ないな、という言葉が聞こえてきたのは暫くしてからの事だった。
その言葉に安堵し俺は見えない扉を開く。目が眩むほどの光が場を白一色に染め上げた。
125
お気に入りに追加
3,972
あなたにおすすめの小説
いじめっこ令息に転生したけど、いじめなかったのに義弟が酷い。
えっしゃー(エミリオ猫)
BL
オレはデニス=アッカー伯爵令息(18才)。成績が悪くて跡継ぎから外された一人息子だ。跡継ぎに養子に来た義弟アルフ(15才)を、グレていじめる令息…の予定だったが、ここが物語の中で、義弟いじめの途中に事故で亡くなる事を思いだした。死にたくないので、優しい兄を目指してるのに、義弟はなかなか義兄上大好き!と言ってくれません。反抗期?思春期かな?
そして今日も何故かオレの服が脱げそうです?
そんなある日、義弟の親友と出会って…。
夫の色のドレスを着るのをやめた結果、夫が我慢をやめてしまいました
氷雨そら
恋愛
夫の色のドレスは私には似合わない。
ある夜会、夫と一緒にいたのは夫の愛人だという噂が流れている令嬢だった。彼女は夫の瞳の色のドレスを私とは違い完璧に着こなしていた。噂が事実なのだと確信した私は、もう夫の色のドレスは着ないことに決めた。
小説家になろう様にも掲載中です
お願いだから、独りでいさせて
獅蘭
BL
好きだけど、バレたくない……。
深諮学園高等部2年きっての優等生である、生徒会副会長の咲宮 黎蘭は、あまり他者には認められていない生徒会役員。
この学園に中等部の2年の9月から入るにあたって逃げた居場所に今更戻れないということを悩んでいる。
しかし、生徒会会長は恋人だった濱夏 鷹多。急に消えた黎蘭を、2年も経った今も尚探している。本名を告げていないため、探し当てるのは困難を極めているのにも関わらず。
しかし、自分の正体をバラすということは逃げた場所に戻るということと同意義であるせいで、鷹多に打ち明けることができずに、葛藤している。
そんな中、黎蘭の遠縁に当たる問題児が転入生として入ってくる。ソレは、生徒会や風紀委員会、大勢の生徒を巻き込んでいく。
※基本カプ
ドS生徒会副会長×ヤンデレ生徒会会長
真面目風紀委員長×不真面目風紀副委員長
執着保健医×ツンデレホスト教師
むっつり不良×純粋わんこ書記
淫乱穏健派(過激派)書記親衛隊隊長×ドM過激派会長親衛隊隊長
ドクズ(直る)会計監査×薄幸会計
____________________
勿論、この作品はフィクションです。表紙は、Picrewの証明々を使いました。
定期的に作者は失踪します。2ヶ月以内には失踪から帰ってきます((
ファンタジー要素あるのと、色々とホラー要素が諸所にあります。
親友だと思ってた完璧幼馴染に執着されて監禁される平凡男子俺
toki
BL
エリート執着美形×平凡リーマン(幼馴染)
※監禁、無理矢理の要素があります。また、軽度ですが性的描写があります。
pixivでも同タイトルで投稿しています。
https://www.pixiv.net/users/3179376
もしよろしければ感想などいただけましたら大変励みになります✿
感想(匿名)➡ https://odaibako.net/u/toki_doki_
Twitter➡ https://twitter.com/toki_doki109
素敵な表紙お借りしました!
https://www.pixiv.net/artworks/98346398
異世界で8歳児になった僕は半獣さん達と仲良くスローライフを目ざします。……やっぱり狙われちゃう感じ?
み馬
BL
※ 完結しました。お読みくださった方々、誠にありがとうございました!
志望校に合格した春、桜の樹の下で意識を失った主人公・斗馬 亮介(とうま りょうすけ)は、気がついたとき、異世界で8歳児の姿にもどっていた。
わけもわからず放心していると、いきなり巨大な黒蛇に襲われるが、水の精霊〈ミュオン・リヒテル・リノアース〉と、半獣属の大熊〈ハイロ〉があらわれて……!?
これは、とある加護を受けた8歳児が、しゃべる動物たちとスローライフ?を目ざす、ファンタジーBLです。
おとなサイド(半獣×精霊)のカプありにつき、R15にしておきました。
※ 独自設定、造語、下ネタあり。出産描写あり。幕開け(前置き)長め。第21話に登場人物紹介を載せましたので、ご参考ください。
★お試し読みは、第1部(第22〜27話あたり)がオススメです。物語の傾向がわかりやすいかと思います★
★第11回BL小説大賞エントリー作品★最終結果2773作品中/414位★応援ありがとうございました★
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる