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28話 貞操の危機
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しかしその華奢な姿に似合わず拘束してくる力は強い。俺の抵抗に気づいたディストは不思議そうに首を傾げた。
わざとらしく驚いた表情までしてくる。
「おやおや、どうしたのですか小さいレオン。今更暴れ出したりして」
「今更って、俺をこんな風に抱えるのは……攫って連れていくつもりだからだろう!」
「そうなのですか?」
「そうなのかって、だって、じゃあ何でこんな子供みたいにずっと……」
「でも不思議ですねえ。もし私がそのつもりならレオンにとって好都合じゃないですか」
「は?」
「貴男先程まで居なくなりたい、消えたいとか散々思っていたでしょうに」
そう見ていたように言われて頬が赤くなる。いや見ていたのだろう。彼は。俺には想像もつかない方法で。
確かにそうだ。俺は彼に会うまで、父に冷たく対応されたことで自らの存在と将来を悲観していた。
やりなおすことにも変わることにも意味がないのだと嘆いた。だったら静かに消えてしまいたいと。
「……もしかして、それが理由なのか?」
この隻眼のディストが俺の前に現れたのは。 俺が死にたいなどと安易に願ったから。
どうせ死ぬなら自分の世界のレオンハルトの部品にしようと考えて迎えに来たのか?
そう考えると目の前の美しい男が急に恐ろしいい死神に見えてくる。衣装だけなら聖職者にも見えるのに。
このまま彼に別世界へと連れ去られたら、その後どうなってしまうのだろう。
案じているのは俺の運命だけではない。
この世界のカインやディストたちは、そしてリヒトは。俺が居なくなった世界で「幸せ」になれるだろうか。
俺を取り戻すために自らの運命を赤く狂わせたりしないだろうか。
そう不安になるのは隻眼のディストの話を聞いたからだ。白豚皇帝の時だけでなく、もう一つの世界でも同じように悲劇が起きたのなら。
カインが俺の為にその手を汚し結果として冥い死を迎えるのなら。
きっとこの世界だって、もう手遅れだ。俺は幼いカインに兄として接してしまった。耳障りのいい言葉を与え続けた。
優しい兄として彼の一番になってしまった。
多分、この状態で俺がいなくなった後のカインが一番不味いことになる。そう確信のようなものが今俺の胸を貫いていた。
だからディストの目を見て告げる。
「今は思っていない。俺はこの世界から逃げる気はない、だから離してくれ」
そして俺を元居た場所に戻して欲しい。そう見知らぬディストに俺は頼んだ。彼は俺の友人でもないし従兄弟でもない、そして臣下でもない。
だから頭を下げて頼む。情けない振舞いかもしれないが俺にはそうするしかなかった。
「……予想以上に傷つきますね、貴男からそのように距離を置いた対応をされると」
そしてこんな風に傷つくと言うことは、私はちゃんとあの人と親しい関係でいたのですね。
嬉しさと寂しさが入り混じったような微笑みを隻眼の美貌が浮かべる。
彼の腕から力が抜けていく。それを感じ俺が地面に足を着けようとした瞬間、頭上から巨大な蜘蛛が落ちてきた。
「ひっ、えっ、何だ?!」
「おやまあ」
反射的にディストにしがみつく。彼は俺をくっつけた状態で器用に蜘蛛を避けた。
その巨体に似合わず無音の着地をした蜘蛛は、今度は見る見るうちに小さく縮み出した。最終的に大人の掌ぐらいになる。
いや、違う。これは本当に人間の掌だ。しかも手だけなのに生きて動いている。
不気味さを感じてもおかしくないのに、俺はそれに何故か安堵感を覚えていた。余り血色の良くない細く長い指。
「リヒト……」
見覚えがある掌は何かを探しているように忙しなく指先を動かしている。
その必死な動きに俺は思わず自らの手を重ね与えようとした。
けれどそれを止めたのは紫眼のネクロマンサーだった。俺を持ち上げて地面から引き離す。
「私の蜘蛛嫌いを覚えていてくれて嬉しいですよ。でも顔も見せてくれないなんて悲しいじゃないですか」
「ディスト……?」
「ここを見つけたのなら、来ることも出来るでしょう?それでは十秒以内にどうぞ」
一秒でも過ぎたらレオンの貞操を乱します。
美貌のネクロマンサーが発したにこやかな宣言に俺は石のように固まった。
わざとらしく驚いた表情までしてくる。
「おやおや、どうしたのですか小さいレオン。今更暴れ出したりして」
「今更って、俺をこんな風に抱えるのは……攫って連れていくつもりだからだろう!」
「そうなのですか?」
「そうなのかって、だって、じゃあ何でこんな子供みたいにずっと……」
「でも不思議ですねえ。もし私がそのつもりならレオンにとって好都合じゃないですか」
「は?」
「貴男先程まで居なくなりたい、消えたいとか散々思っていたでしょうに」
そう見ていたように言われて頬が赤くなる。いや見ていたのだろう。彼は。俺には想像もつかない方法で。
確かにそうだ。俺は彼に会うまで、父に冷たく対応されたことで自らの存在と将来を悲観していた。
やりなおすことにも変わることにも意味がないのだと嘆いた。だったら静かに消えてしまいたいと。
「……もしかして、それが理由なのか?」
この隻眼のディストが俺の前に現れたのは。 俺が死にたいなどと安易に願ったから。
どうせ死ぬなら自分の世界のレオンハルトの部品にしようと考えて迎えに来たのか?
そう考えると目の前の美しい男が急に恐ろしいい死神に見えてくる。衣装だけなら聖職者にも見えるのに。
このまま彼に別世界へと連れ去られたら、その後どうなってしまうのだろう。
案じているのは俺の運命だけではない。
この世界のカインやディストたちは、そしてリヒトは。俺が居なくなった世界で「幸せ」になれるだろうか。
俺を取り戻すために自らの運命を赤く狂わせたりしないだろうか。
そう不安になるのは隻眼のディストの話を聞いたからだ。白豚皇帝の時だけでなく、もう一つの世界でも同じように悲劇が起きたのなら。
カインが俺の為にその手を汚し結果として冥い死を迎えるのなら。
きっとこの世界だって、もう手遅れだ。俺は幼いカインに兄として接してしまった。耳障りのいい言葉を与え続けた。
優しい兄として彼の一番になってしまった。
多分、この状態で俺がいなくなった後のカインが一番不味いことになる。そう確信のようなものが今俺の胸を貫いていた。
だからディストの目を見て告げる。
「今は思っていない。俺はこの世界から逃げる気はない、だから離してくれ」
そして俺を元居た場所に戻して欲しい。そう見知らぬディストに俺は頼んだ。彼は俺の友人でもないし従兄弟でもない、そして臣下でもない。
だから頭を下げて頼む。情けない振舞いかもしれないが俺にはそうするしかなかった。
「……予想以上に傷つきますね、貴男からそのように距離を置いた対応をされると」
そしてこんな風に傷つくと言うことは、私はちゃんとあの人と親しい関係でいたのですね。
嬉しさと寂しさが入り混じったような微笑みを隻眼の美貌が浮かべる。
彼の腕から力が抜けていく。それを感じ俺が地面に足を着けようとした瞬間、頭上から巨大な蜘蛛が落ちてきた。
「ひっ、えっ、何だ?!」
「おやまあ」
反射的にディストにしがみつく。彼は俺をくっつけた状態で器用に蜘蛛を避けた。
その巨体に似合わず無音の着地をした蜘蛛は、今度は見る見るうちに小さく縮み出した。最終的に大人の掌ぐらいになる。
いや、違う。これは本当に人間の掌だ。しかも手だけなのに生きて動いている。
不気味さを感じてもおかしくないのに、俺はそれに何故か安堵感を覚えていた。余り血色の良くない細く長い指。
「リヒト……」
見覚えがある掌は何かを探しているように忙しなく指先を動かしている。
その必死な動きに俺は思わず自らの手を重ね与えようとした。
けれどそれを止めたのは紫眼のネクロマンサーだった。俺を持ち上げて地面から引き離す。
「私の蜘蛛嫌いを覚えていてくれて嬉しいですよ。でも顔も見せてくれないなんて悲しいじゃないですか」
「ディスト……?」
「ここを見つけたのなら、来ることも出来るでしょう?それでは十秒以内にどうぞ」
一秒でも過ぎたらレオンの貞操を乱します。
美貌のネクロマンサーが発したにこやかな宣言に俺は石のように固まった。
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