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26話 命の枷
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自分は二回目の世界の住人だと隻眼のディストは言っていた。
その名付けの主はリヒトだろう。
抱えられたせいでその美貌ばかり見る羽目になっていたが、彼の衣装は盲目の賢者のものとよく似ていた。
リヒトは黒いローブだがディストは白だ。そのせいで気づくのが遅れたが刺繍された獅子の紋章や、襟や袖口の縫い取りの柄が同じだった。
つまり色違いの御揃いに思える。彼らが二人が同僚だったというのは事実なのかもしれない。
俺とディストは従兄弟であり友人であり主従関係でもある。そしてカインが俺が和解して共にあるなら、リヒトも同じ場所にいる筈だ。
思い起こせば白豚皇帝時代もこの三人組は一時的なものであっても協力関係だった筈だ。俺の死後ディストが盛大に裏切ったようだが。
そしてそのことを俺に話したのは盲目の賢者だった。俺と同じように過去の記憶を持つリヒトがディストと仲良くなることはないだろう。
しかしだからこそ彼が、その親友の死の原因になったというのが信じられなかった。
「お前らの世界が血生臭いことになっているのはわかった。それでその……カインは本当に死んだのか?」
「ええ、亡くなりましたよ。貴男に健康な臓器を提供する為に」
油断した分だけ衝撃は強かった。
そういえばこいつは夢の中で背後からいきなり刺してきた男だった。忘れていた。
たとえそれが冤罪だとしても、今感じた巨大な驚きと痛烈な罪悪感はこのディストの仕業だった。
「当時敵対していた国がレオンを石化させる魔術を使ってきまして、村二つ贄に使ったらしくて完全に防げなかったんですよね」
そう言いながらディストは俺の腹やら心臓の辺りを軽く手で撫でた。それだけで鳥肌が立つ。
「皇弟殿下は積極的に臓器の提供を申し出てくださったのですが、施術前に肝心の貴男の体を水晶漬けにした人物がおりまして」
言わなくてもわかりますよね。そう紫の瞳で見つめられて俺は息を呑んだ。
そんなの、リヒトしかいないだろう。
理由は簡単だ。カインを死なせたくないからだ。その為に提供先である俺の体に手出しできないようにした。
馬鹿だな。魔術で水晶漬けなんかにせず、すぐに殺せばよかったのに。俺は唇から震える息を吐き出す。
あの盲目の賢者ががその後どういう目に遭ったのかを考えるだけで気が塞いだ。
「それ、リヒトは当たり前のことをしただけで、全然悪くないだろう……」
「どちらの貴男もそう言うと思っていましたよ、でも私たちはそう考えなかった。それだけです」
そもそも善悪の話はしていないですよ。
そう頭の悪い子供に教え聞かせるように片目のネクロマンサーは言う。
「貴男の弟にとって貴男を喪うことは絶望で、貴男を生かす為に死ぬことは喜びだった。そして当時はそれが最良の方法だった」
賢者であり彼の親友であるなら誰よりもそのことを理解すべきだった。
冷たい瞳で言い放つディストに俺は首を振る。しかし反論の言葉を吐き出すことは出来なかった。
間違っているし、そうではないという気持ちは確かにある。
だが同時にこの男がその世界のカインの心情を正しく代弁していることもわかってしまっている。
けれど。苦し紛れに俺は口を開いた。
「じゃあ、ディスト、お前は……その世界の俺が弟を犠牲にしてでも生きたいと思っていると、そんな罪深い生を望んでいると考えていたのか?」
「思っていませんよ、そんなこと」
「だったら、お前だって……!」
「でも貴男はそれでも生きるでしょう?弟の命と臓器の分だけ貴男は必死に生き足掻くでしょう?」
「……それは、」
「カインは貴男の命に枷をつけた。貴男の死ねない理由の一つになりました。生きたいと願わなくても貴男は生きる」
私はそのことを理解しているので、兄の一部になりたいという皇弟殿下の願いに全力で協力しました。
その台詞が心からの物であると理解し、俺は別世界の己が当時感じただろう絶望を追体験した。
その名付けの主はリヒトだろう。
抱えられたせいでその美貌ばかり見る羽目になっていたが、彼の衣装は盲目の賢者のものとよく似ていた。
リヒトは黒いローブだがディストは白だ。そのせいで気づくのが遅れたが刺繍された獅子の紋章や、襟や袖口の縫い取りの柄が同じだった。
つまり色違いの御揃いに思える。彼らが二人が同僚だったというのは事実なのかもしれない。
俺とディストは従兄弟であり友人であり主従関係でもある。そしてカインが俺が和解して共にあるなら、リヒトも同じ場所にいる筈だ。
思い起こせば白豚皇帝時代もこの三人組は一時的なものであっても協力関係だった筈だ。俺の死後ディストが盛大に裏切ったようだが。
そしてそのことを俺に話したのは盲目の賢者だった。俺と同じように過去の記憶を持つリヒトがディストと仲良くなることはないだろう。
しかしだからこそ彼が、その親友の死の原因になったというのが信じられなかった。
「お前らの世界が血生臭いことになっているのはわかった。それでその……カインは本当に死んだのか?」
「ええ、亡くなりましたよ。貴男に健康な臓器を提供する為に」
油断した分だけ衝撃は強かった。
そういえばこいつは夢の中で背後からいきなり刺してきた男だった。忘れていた。
たとえそれが冤罪だとしても、今感じた巨大な驚きと痛烈な罪悪感はこのディストの仕業だった。
「当時敵対していた国がレオンを石化させる魔術を使ってきまして、村二つ贄に使ったらしくて完全に防げなかったんですよね」
そう言いながらディストは俺の腹やら心臓の辺りを軽く手で撫でた。それだけで鳥肌が立つ。
「皇弟殿下は積極的に臓器の提供を申し出てくださったのですが、施術前に肝心の貴男の体を水晶漬けにした人物がおりまして」
言わなくてもわかりますよね。そう紫の瞳で見つめられて俺は息を呑んだ。
そんなの、リヒトしかいないだろう。
理由は簡単だ。カインを死なせたくないからだ。その為に提供先である俺の体に手出しできないようにした。
馬鹿だな。魔術で水晶漬けなんかにせず、すぐに殺せばよかったのに。俺は唇から震える息を吐き出す。
あの盲目の賢者ががその後どういう目に遭ったのかを考えるだけで気が塞いだ。
「それ、リヒトは当たり前のことをしただけで、全然悪くないだろう……」
「どちらの貴男もそう言うと思っていましたよ、でも私たちはそう考えなかった。それだけです」
そもそも善悪の話はしていないですよ。
そう頭の悪い子供に教え聞かせるように片目のネクロマンサーは言う。
「貴男の弟にとって貴男を喪うことは絶望で、貴男を生かす為に死ぬことは喜びだった。そして当時はそれが最良の方法だった」
賢者であり彼の親友であるなら誰よりもそのことを理解すべきだった。
冷たい瞳で言い放つディストに俺は首を振る。しかし反論の言葉を吐き出すことは出来なかった。
間違っているし、そうではないという気持ちは確かにある。
だが同時にこの男がその世界のカインの心情を正しく代弁していることもわかってしまっている。
けれど。苦し紛れに俺は口を開いた。
「じゃあ、ディスト、お前は……その世界の俺が弟を犠牲にしてでも生きたいと思っていると、そんな罪深い生を望んでいると考えていたのか?」
「思っていませんよ、そんなこと」
「だったら、お前だって……!」
「でも貴男はそれでも生きるでしょう?弟の命と臓器の分だけ貴男は必死に生き足掻くでしょう?」
「……それは、」
「カインは貴男の命に枷をつけた。貴男の死ねない理由の一つになりました。生きたいと願わなくても貴男は生きる」
私はそのことを理解しているので、兄の一部になりたいという皇弟殿下の願いに全力で協力しました。
その台詞が心からの物であると理解し、俺は別世界の己が当時感じただろう絶望を追体験した。
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