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24話 紫の毒百合
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「こんなところで眠ったら風邪をひいてしまいますよ」
優しい声に揺り起こされるようにして目を開く。
見上げた先には今まで見たどの美女よりも艶麗で整った目鼻立ちの人間が微笑んでいた。
一瞬見惚れるが、細められたその紫の瞳には見覚えがある。
ディストだ。しかもこの世界の「彼」ではない。
成長し、大人になった、これは歪みのネクロマンサーと呼ばれる男だ。
以前見た悪夢を思い出す。大人になった俺を背後から刺し殺した犯人の声だ。
「ひっ……」
思わず小さく悲鳴を上げる。怯える俺を見て狂気の麗人は僅かに眉を曇らせた。
それだけで彫刻めいた美貌に人間らしさが宿る。
「小さなレオンに怖がられるのも中々昂りますが、冤罪を押し付けられるのは癪ですね」
貴男の見たそれは私ではありませんよ。そう告げられて俺は改めて彼の顔を凝視する。
そしてようやく気付いた。長い前髪で覆われた右側が白百合の刺繍が施された黒い眼帯で覆われていることを。
「こちらは私のレオンに差し上げました。嫌がる彼に無理やり嵌め込むのはとても悦かったですよ」
にっこりと大輪の花が咲くように笑う。殺人犯じゃなくても十分に危険人物じゃないか。
俺は彼の細腕に抱えられながら助けを求めて周囲を見渡した。しかし誰もいない。
当然だ、俺自身が人を避けるようにして此処に来たのだから。自業自得過ぎる。
「私と貴男以外この場所にはいませんよ。貴男がそう望んだからそうして差し上げました」
邪魔者扱いする父親も鏡の中の監視者も、無理やり愛さなければいけない弟もいない。
そう優しく囁かれて、全てを見透かすような紫の瞳で見つめられて俺は何も言えなくなる。
「貴男も別世界の記憶を持つのでしょう?可哀想に。本当にあの男は懲りずに酷いことをしますね」
「別世界?」
「そうです。私はあの愚者がいうところの二回目の世界……カイン・ライゼンハイマーが幸福な死を迎える筈だった場所の住人です」
自称親友が台無しにしてしまいましたけれど。そう片方だけの瞳に険を宿してディストは吐き捨てるように言った。
カインという名前が出た途端、この男から逃げようとする意思よりも話を聞きたいという気持ちが勝ってしまう。
しかし俺を幼子のように抱え続けるのはそろそろ止めて欲しい。痩せたとは言え俺も十二歳の男、それなりに身長も体重もある筈だ。何よりプライドというものがある。
人目がないとはいえ華奢な麗人に軽々と持ち上げられるのは恥ずかしいし、何より普通にこのディストも怖い。離れたい。
「本当にあの白蜥蜴は碌なことをしませんね、まだ無垢なレオンにまで私のネガティブなイメージを植え付けて」
奪うのは眼球でなく声帯にするべきでした。その台詞に俺は思わず自分を抱いているディストの腕に爪を立てる。
「……お前が、お前がリヒトの目を奪ったのか」
「ええ、私が命じたし保管もしていますよ。ただ実際に摘出をしたのは彼の大切な人ですけれど」
リヒトが大切に思う人物なんて一人しかいない。カインだ。
なんて残酷なことを。俺は紫のネクロマンサーを強く睨みつけた。カインもカインだ。
リヒトの献身を知らなくても、親友相手に何故そのような惨い行為が出来る。
「ディスト、お前は、お前たちは、最悪だ。その血塗れた手を離せ、俺にもリヒトにも近づくな」
「嫌です。無垢で真っ白なレオン。だからこそ簡単に塗り潰せると思われた。貴男こそ騙され運命を操られているのですよ」
そもそも私たちの世界の黒獅子はあの男が原因で不幸な死を迎えたのですから。
その事実に耐えられなくてあの男はこの世界に逃げてきたのですよ。
隻眼のネクロマンサーはここに居ない者を嘲笑うような笑みを浮かべた。
それは紫の百合のように美しく甘い腐臭の漂う微笑だった。
優しい声に揺り起こされるようにして目を開く。
見上げた先には今まで見たどの美女よりも艶麗で整った目鼻立ちの人間が微笑んでいた。
一瞬見惚れるが、細められたその紫の瞳には見覚えがある。
ディストだ。しかもこの世界の「彼」ではない。
成長し、大人になった、これは歪みのネクロマンサーと呼ばれる男だ。
以前見た悪夢を思い出す。大人になった俺を背後から刺し殺した犯人の声だ。
「ひっ……」
思わず小さく悲鳴を上げる。怯える俺を見て狂気の麗人は僅かに眉を曇らせた。
それだけで彫刻めいた美貌に人間らしさが宿る。
「小さなレオンに怖がられるのも中々昂りますが、冤罪を押し付けられるのは癪ですね」
貴男の見たそれは私ではありませんよ。そう告げられて俺は改めて彼の顔を凝視する。
そしてようやく気付いた。長い前髪で覆われた右側が白百合の刺繍が施された黒い眼帯で覆われていることを。
「こちらは私のレオンに差し上げました。嫌がる彼に無理やり嵌め込むのはとても悦かったですよ」
にっこりと大輪の花が咲くように笑う。殺人犯じゃなくても十分に危険人物じゃないか。
俺は彼の細腕に抱えられながら助けを求めて周囲を見渡した。しかし誰もいない。
当然だ、俺自身が人を避けるようにして此処に来たのだから。自業自得過ぎる。
「私と貴男以外この場所にはいませんよ。貴男がそう望んだからそうして差し上げました」
邪魔者扱いする父親も鏡の中の監視者も、無理やり愛さなければいけない弟もいない。
そう優しく囁かれて、全てを見透かすような紫の瞳で見つめられて俺は何も言えなくなる。
「貴男も別世界の記憶を持つのでしょう?可哀想に。本当にあの男は懲りずに酷いことをしますね」
「別世界?」
「そうです。私はあの愚者がいうところの二回目の世界……カイン・ライゼンハイマーが幸福な死を迎える筈だった場所の住人です」
自称親友が台無しにしてしまいましたけれど。そう片方だけの瞳に険を宿してディストは吐き捨てるように言った。
カインという名前が出た途端、この男から逃げようとする意思よりも話を聞きたいという気持ちが勝ってしまう。
しかし俺を幼子のように抱え続けるのはそろそろ止めて欲しい。痩せたとは言え俺も十二歳の男、それなりに身長も体重もある筈だ。何よりプライドというものがある。
人目がないとはいえ華奢な麗人に軽々と持ち上げられるのは恥ずかしいし、何より普通にこのディストも怖い。離れたい。
「本当にあの白蜥蜴は碌なことをしませんね、まだ無垢なレオンにまで私のネガティブなイメージを植え付けて」
奪うのは眼球でなく声帯にするべきでした。その台詞に俺は思わず自分を抱いているディストの腕に爪を立てる。
「……お前が、お前がリヒトの目を奪ったのか」
「ええ、私が命じたし保管もしていますよ。ただ実際に摘出をしたのは彼の大切な人ですけれど」
リヒトが大切に思う人物なんて一人しかいない。カインだ。
なんて残酷なことを。俺は紫のネクロマンサーを強く睨みつけた。カインもカインだ。
リヒトの献身を知らなくても、親友相手に何故そのような惨い行為が出来る。
「ディスト、お前は、お前たちは、最悪だ。その血塗れた手を離せ、俺にもリヒトにも近づくな」
「嫌です。無垢で真っ白なレオン。だからこそ簡単に塗り潰せると思われた。貴男こそ騙され運命を操られているのですよ」
そもそも私たちの世界の黒獅子はあの男が原因で不幸な死を迎えたのですから。
その事実に耐えられなくてあの男はこの世界に逃げてきたのですよ。
隻眼のネクロマンサーはここに居ない者を嘲笑うような笑みを浮かべた。
それは紫の百合のように美しく甘い腐臭の漂う微笑だった。
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