上 下
24 / 88

24話 紫の毒百合

しおりを挟む
「こんなところで眠ったら風邪をひいてしまいますよ」


 優しい声に揺り起こされるようにして目を開く。

 見上げた先には今まで見たどの美女よりも艶麗で整った目鼻立ちの人間が微笑んでいた。

 一瞬見惚れるが、細められたその紫の瞳には見覚えがある。

 ディストだ。しかもこの世界の「彼」ではない。

 成長し、大人になった、これは歪みのネクロマンサーと呼ばれる男だ。 
 
 以前見た悪夢を思い出す。大人になった俺を背後から刺し殺した犯人の声だ。


「ひっ……」


 思わず小さく悲鳴を上げる。怯える俺を見て狂気の麗人は僅かに眉を曇らせた。

 それだけで彫刻めいた美貌に人間らしさが宿る。


「小さなレオンに怖がられるのも中々昂りますが、冤罪を押し付けられるのは癪ですね」


 貴男の見たそれは私ではありませんよ。そう告げられて俺は改めて彼の顔を凝視する。

 そしてようやく気付いた。長い前髪で覆われた右側が白百合の刺繍が施された黒い眼帯で覆われていることを。


「こちらは私のレオンに差し上げました。嫌がる彼に無理やり嵌め込むのはとても悦かったですよ」


 にっこりと大輪の花が咲くように笑う。殺人犯じゃなくても十分に危険人物じゃないか。

 俺は彼の細腕に抱えられながら助けを求めて周囲を見渡した。しかし誰もいない。

 当然だ、俺自身が人を避けるようにして此処に来たのだから。自業自得過ぎる。


「私と貴男以外この場所にはいませんよ。貴男がそう望んだからそうして差し上げました」


 邪魔者扱いする父親も鏡の中の監視者も、無理やり愛さなければいけない弟もいない。

 そう優しく囁かれて、全てを見透かすような紫の瞳で見つめられて俺は何も言えなくなる。


「貴男も別世界の記憶を持つのでしょう?可哀想に。本当にあの男は懲りずに酷いことをしますね」

「別世界?」

「そうです。私はあの愚者がいうところの二回目の世界……カイン・ライゼンハイマーが幸福な死を迎える筈だった場所の住人です」


 自称親友が台無しにしてしまいましたけれど。そう片方だけの瞳に険を宿してディストは吐き捨てるように言った。

 カインという名前が出た途端、この男から逃げようとする意思よりも話を聞きたいという気持ちが勝ってしまう。

 しかし俺を幼子のように抱え続けるのはそろそろ止めて欲しい。痩せたとは言え俺も十二歳の男、それなりに身長も体重もある筈だ。何よりプライドというものがある。

 人目がないとはいえ華奢な麗人に軽々と持ち上げられるのは恥ずかしいし、何より普通にこのディストも怖い。離れたい。


「本当にあの白蜥蜴は碌なことをしませんね、まだ無垢なレオンにまで私のネガティブなイメージを植え付けて」


 奪うのは眼球でなく声帯にするべきでした。その台詞に俺は思わず自分を抱いているディストの腕に爪を立てる。


「……お前が、お前がリヒトの目を奪ったのか」

「ええ、私が命じたし保管もしていますよ。ただ実際に摘出をしたのは彼の大切な人ですけれど」


 リヒトが大切に思う人物なんて一人しかいない。カインだ。

 なんて残酷なことを。俺は紫のネクロマンサーを強く睨みつけた。カインもカインだ。

 リヒトの献身を知らなくても、親友相手に何故そのような惨い行為が出来る。 


「ディスト、お前は、お前たちは、最悪だ。その血塗れた手を離せ、俺にもリヒトにも近づくな」

「嫌です。無垢で真っ白なレオン。だからこそ簡単に塗り潰せると思われた。貴男こそ騙され運命を操られているのですよ」


 そもそも私たちの世界の黒獅子はあの男が原因で不幸な死を迎えたのですから。
 
 その事実に耐えられなくてあの男はこの世界に逃げてきたのですよ。

 隻眼のネクロマンサーはここに居ない者を嘲笑うような笑みを浮かべた。

 それは紫の百合のように美しく甘い腐臭の漂う微笑だった。


しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

いじめっこ令息に転生したけど、いじめなかったのに義弟が酷い。

えっしゃー(エミリオ猫)
BL
オレはデニス=アッカー伯爵令息(18才)。成績が悪くて跡継ぎから外された一人息子だ。跡継ぎに養子に来た義弟アルフ(15才)を、グレていじめる令息…の予定だったが、ここが物語の中で、義弟いじめの途中に事故で亡くなる事を思いだした。死にたくないので、優しい兄を目指してるのに、義弟はなかなか義兄上大好き!と言ってくれません。反抗期?思春期かな? そして今日も何故かオレの服が脱げそうです? そんなある日、義弟の親友と出会って…。

イケメン王子四兄弟に捕まって、女にされました。

天災
BL
 イケメン王子四兄弟に捕まりました。  僕は、女にされました。

夫の色のドレスを着るのをやめた結果、夫が我慢をやめてしまいました

氷雨そら
恋愛
夫の色のドレスは私には似合わない。 ある夜会、夫と一緒にいたのは夫の愛人だという噂が流れている令嬢だった。彼女は夫の瞳の色のドレスを私とは違い完璧に着こなしていた。噂が事実なのだと確信した私は、もう夫の色のドレスは着ないことに決めた。 小説家になろう様にも掲載中です

浮気な彼氏

月夜の晩に
BL
同棲する年下彼氏が別の女に気持ちが行ってるみたい…。それでも健気に奮闘する受け。なのに攻めが裏切って…?

お願いだから、独りでいさせて

獅蘭
BL
 好きだけど、バレたくない……。  深諮学園高等部2年きっての優等生である、生徒会副会長の咲宮 黎蘭は、あまり他者には認められていない生徒会役員。  この学園に中等部の2年の9月から入るにあたって逃げた居場所に今更戻れないということを悩んでいる。  しかし、生徒会会長は恋人だった濱夏 鷹多。急に消えた黎蘭を、2年も経った今も尚探している。本名を告げていないため、探し当てるのは困難を極めているのにも関わらず。  しかし、自分の正体をバラすということは逃げた場所に戻るということと同意義であるせいで、鷹多に打ち明けることができずに、葛藤している。  そんな中、黎蘭の遠縁に当たる問題児が転入生として入ってくる。ソレは、生徒会や風紀委員会、大勢の生徒を巻き込んでいく。 ※基本カプ ドS生徒会副会長×ヤンデレ生徒会会長 真面目風紀委員長×不真面目風紀副委員長 執着保健医×ツンデレホスト教師 むっつり不良×純粋わんこ書記 淫乱穏健派(過激派)書記親衛隊隊長×ドM過激派会長親衛隊隊長 ドクズ(直る)会計監査×薄幸会計 ____________________ 勿論、この作品はフィクションです。表紙は、Picrewの証明々を使いました。 定期的に作者は失踪します。2ヶ月以内には失踪から帰ってきます(( ファンタジー要素あるのと、色々とホラー要素が諸所にあります。

親友だと思ってた完璧幼馴染に執着されて監禁される平凡男子俺

toki
BL
エリート執着美形×平凡リーマン(幼馴染) ※監禁、無理矢理の要素があります。また、軽度ですが性的描写があります。 pixivでも同タイトルで投稿しています。 https://www.pixiv.net/users/3179376 もしよろしければ感想などいただけましたら大変励みになります✿ 感想(匿名)➡ https://odaibako.net/u/toki_doki_ Twitter➡ https://twitter.com/toki_doki109 素敵な表紙お借りしました! https://www.pixiv.net/artworks/98346398

異世界で8歳児になった僕は半獣さん達と仲良くスローライフを目ざします。……やっぱり狙われちゃう感じ?

み馬
BL
※ 完結しました。お読みくださった方々、誠にありがとうございました! 志望校に合格した春、桜の樹の下で意識を失った主人公・斗馬 亮介(とうま りょうすけ)は、気がついたとき、異世界で8歳児の姿にもどっていた。 わけもわからず放心していると、いきなり巨大な黒蛇に襲われるが、水の精霊〈ミュオン・リヒテル・リノアース〉と、半獣属の大熊〈ハイロ〉があらわれて……!? これは、とある加護を受けた8歳児が、しゃべる動物たちとスローライフ?を目ざす、ファンタジーBLです。 おとなサイド(半獣×精霊)のカプありにつき、R15にしておきました。 ※ 独自設定、造語、下ネタあり。出産描写あり。幕開け(前置き)長め。第21話に登場人物紹介を載せましたので、ご参考ください。 ★お試し読みは、第1部(第22〜27話あたり)がオススメです。物語の傾向がわかりやすいかと思います★ ★第11回BL小説大賞エントリー作品★最終結果2773作品中/414位★応援ありがとうございました★

処理中です...