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23話 憎しみを絶やすということ
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どうしてリヒトが、カインでなく俺に「やり直し」をさせようとしたのか。
親友である彼の傍にではなく、彼の不幸の元凶となった俺を導き続けるのか。
変わらなければいけないのは弟でなく、彼を嫌い追放した俺の方だ。そう盲目の賢者は言った。
実際、俺が腹違いの弟を認め受け入れたことで運命は大きく変わったのだろう。そう、カインの運命は。
カインは兄に憎まれることなく追放もされない。そのことで兄である皇帝を憎み返し革命軍を率いることもない。
だがこの先の俺は、どうなるのだろう。弟に優しい兄になった。痩せて醜い白豚から脱却した。国の事も考え始めた。
だが、現皇帝である父にとってそれらの変化が全て「無意味」なのだとしたら。
いや、違う。あの冷たい瞳は無関心とは又違うものだ。彼は俺が変わったことを明確に否定していた。
つまり現皇帝である父にとって俺は愚鈍な引きこもりの白豚でいた方が都合が良かったのだ。
だがそのような人物が皇帝の椅子に座れば国は乱れる。実際そうなったことを俺は知っている。
ならば父は国を滅ぼしたかったのだろうか。そんな訳がない。ならば今この時点で兆しはあるだろう。
父の執務室からも自らの私室から遠く離れた場所を求めて俺はひたすら歩き続けていた。
使用人を避けるようにして辿り着いた場所は薄暗い廊下が果てしなく続いていた。
ぼんやりと見覚えはある気がするが、王宮内なのだからそれは当たり前だ。少し埃っぽい気がする。
もしかしたら迷い込んだのかもしれない。俺は人が来ないのをいいことに廊下の端に座り込んだ。
このまま行方不明になってもいいかもしれない。その方が色々と都合がいいかもしれない。
父はきっと、俺が邪魔なのだ。カインを自分の跡目に据えたいのだろう。
けれど俺は長男であり、公爵家の母を持つ。弟より五歳も年上だ。
だから皇帝に相応しくない理由を作る。元々の怠惰な性格を加速させるような生活をさせて、醜く肥え太らせて。
誰が見ても弟の方が次期皇帝に相応しいと思わせる為の計画だったのだろう。
太ることが出来るのは恵まれているから。家庭教師が俺に菓子を大量に与えるのは俺に授業を受けさせる為。
そんな風に思っていた。この醜く無様な姿は悪意の結果ではないのだと。思いたかった。
けれど、ならば同じように皇帝の子息であるカインが王宮暮らしを一年もしてまだ華奢な美少年でいるのはおかしい。
何より父は俺を放任していた訳ではなかった。執務室で久しぶりに話した彼は俺の変化を事前に知っていた。
あれ程きつい言葉をぶつけてくる父が、勉学を嫌がる俺を叱りつけないのはおかしい。
けれど、俺が醜く愚鈍である方が彼にとって、カインの父親にとって都合がいいのなら。
「なんだ、この時点で俺はもう邪魔者だったんじゃないか」
ならさっさと自害でもするか。事故に見えるような方法がいい。
カインとは和解した。短い間だが兄に愛された記憶は残るだろう。俺が死んだら悲しむかもしれないが、死は親愛を汚しはしない。
このまま生き続けてもきっと又同じことになる。俺は又カインを憎むだろう。それは駄目だ。
今回の俺はカインを愛した兄として終わらなければいけない。
けれど今の俺にはその自信がない。心臓がずきりと痛んだ。もし俺を殺したあのカインが今の俺を見たらどう思うだろう。
いい気味だと笑うだろうか。それとも憐れむだろうか。もう一度、殺してくれるだろうか。
眠くなって目を閉じた。肌寒かったが眠気には抗えない。ここ数日間父との対面に緊張してろくに眠れてなかったのだ。
深夜、鏡の奥でリヒトが心配してくれているような気配はあったけれど、前のように無邪気に図々しく甘えることはできなくなっていた。
俺は膝を抱えて薄暗い廊下で眠りに落ちた。
親友である彼の傍にではなく、彼の不幸の元凶となった俺を導き続けるのか。
変わらなければいけないのは弟でなく、彼を嫌い追放した俺の方だ。そう盲目の賢者は言った。
実際、俺が腹違いの弟を認め受け入れたことで運命は大きく変わったのだろう。そう、カインの運命は。
カインは兄に憎まれることなく追放もされない。そのことで兄である皇帝を憎み返し革命軍を率いることもない。
だがこの先の俺は、どうなるのだろう。弟に優しい兄になった。痩せて醜い白豚から脱却した。国の事も考え始めた。
だが、現皇帝である父にとってそれらの変化が全て「無意味」なのだとしたら。
いや、違う。あの冷たい瞳は無関心とは又違うものだ。彼は俺が変わったことを明確に否定していた。
つまり現皇帝である父にとって俺は愚鈍な引きこもりの白豚でいた方が都合が良かったのだ。
だがそのような人物が皇帝の椅子に座れば国は乱れる。実際そうなったことを俺は知っている。
ならば父は国を滅ぼしたかったのだろうか。そんな訳がない。ならば今この時点で兆しはあるだろう。
父の執務室からも自らの私室から遠く離れた場所を求めて俺はひたすら歩き続けていた。
使用人を避けるようにして辿り着いた場所は薄暗い廊下が果てしなく続いていた。
ぼんやりと見覚えはある気がするが、王宮内なのだからそれは当たり前だ。少し埃っぽい気がする。
もしかしたら迷い込んだのかもしれない。俺は人が来ないのをいいことに廊下の端に座り込んだ。
このまま行方不明になってもいいかもしれない。その方が色々と都合がいいかもしれない。
父はきっと、俺が邪魔なのだ。カインを自分の跡目に据えたいのだろう。
けれど俺は長男であり、公爵家の母を持つ。弟より五歳も年上だ。
だから皇帝に相応しくない理由を作る。元々の怠惰な性格を加速させるような生活をさせて、醜く肥え太らせて。
誰が見ても弟の方が次期皇帝に相応しいと思わせる為の計画だったのだろう。
太ることが出来るのは恵まれているから。家庭教師が俺に菓子を大量に与えるのは俺に授業を受けさせる為。
そんな風に思っていた。この醜く無様な姿は悪意の結果ではないのだと。思いたかった。
けれど、ならば同じように皇帝の子息であるカインが王宮暮らしを一年もしてまだ華奢な美少年でいるのはおかしい。
何より父は俺を放任していた訳ではなかった。執務室で久しぶりに話した彼は俺の変化を事前に知っていた。
あれ程きつい言葉をぶつけてくる父が、勉学を嫌がる俺を叱りつけないのはおかしい。
けれど、俺が醜く愚鈍である方が彼にとって、カインの父親にとって都合がいいのなら。
「なんだ、この時点で俺はもう邪魔者だったんじゃないか」
ならさっさと自害でもするか。事故に見えるような方法がいい。
カインとは和解した。短い間だが兄に愛された記憶は残るだろう。俺が死んだら悲しむかもしれないが、死は親愛を汚しはしない。
このまま生き続けてもきっと又同じことになる。俺は又カインを憎むだろう。それは駄目だ。
今回の俺はカインを愛した兄として終わらなければいけない。
けれど今の俺にはその自信がない。心臓がずきりと痛んだ。もし俺を殺したあのカインが今の俺を見たらどう思うだろう。
いい気味だと笑うだろうか。それとも憐れむだろうか。もう一度、殺してくれるだろうか。
眠くなって目を閉じた。肌寒かったが眠気には抗えない。ここ数日間父との対面に緊張してろくに眠れてなかったのだ。
深夜、鏡の奥でリヒトが心配してくれているような気配はあったけれど、前のように無邪気に図々しく甘えることはできなくなっていた。
俺は膝を抱えて薄暗い廊下で眠りに落ちた。
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