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22話 父と息子
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父と話をする決意をして、実際に対面が許されたのはその一週間後。
現皇帝クラウス・ライゼンハイマー。執務中の彼は扉を開け入ってきた俺を一目見てこう言った。
「なんだその無様な姿は」
「父、上……」
「変わったという話は聞いていたが、ただ貧弱になっただけではないか」
濃い青の瞳が俺を冷たく見下ろす。全身の血が一気に引いたような感覚がした。
元々そこまで好かれているとは思っていなかった。母が生きていた頃から彼の笑った顔をあまり見たことは無い。
更にカインとの関係は改善したとはいえ、彼が連れてきた新しい母と弟を自分は強く拒絶した過去かあるのだから。
前の時は最後までそのことを咎められることは無かった。けれどそれは赦しではなく、切り捨てられただけなのかもしれない。
父は本当はカインを次期皇帝に据えるつもりで、早々に彼を否定した俺を、否定し続けた俺を不要と判断し放置したのかもしれない。
元々機会は少なかったけれど、弟たちが来てから私的な会話をすることなど滅多になかった。
昔は俺が会いたいと我儘を言った。けれどカインたちの件で父に怒られ軽蔑されるのを恐れた俺は会いたいと言わなくなった。そしてそれきりだった。
父から俺に会おうとすることはなかった。そのことに安堵しながら、叱る目的でもいいから呼んで欲しいとどこかで待ち望んでいた俺がいた。
それは彼が急死するまで一度も叶わなかったけれど。
だけど俺は期待していた。醜く愚かな皇帝として死んだ俺は賢者の力で過去に記憶だけを持って巻き戻った。
そして前回は険悪だったカインに近づき兄弟として良好な関係を築くことに成功した。それも全部カインの親友であるリヒトの命令ではあるけれど。
でも父はそんなこと知らないだろう。だから、褒めて貰えるとは思わない。元々俺が二人を拒否したのが悪いのだから。
そっけなくあしらわれるのも過去の弟に対するふるまいを責められるのも覚悟していた。
それでも、努力の末に変わった姿をここまできつく否定されるとは思っていなかった。
「死人のように青白い顔をしてここに来る意味は何だ。お前も十二になったのならもっと考えて行動しろ」
「あの、父上、俺は……」
「理解できないか。お前が今いる場所はここではないと言っている」
「父上、あの、ですが」
さっさと出ていけと言わんばかりの表情と声に、言葉が上手く出てこない。
どもりながら、父上と繰り返すだけの俺に彼の精悍な顔に怒りが浮かんだ気がした。
「……それは今どうしても話さなければいけない事か」
お前と話している時間など私にはないのに。そう言外に告げられた気がして、力が抜ける。
情けない話だが、これ以上この場所にいて彼と会話を試みる気力はなかった。
聞きたいことは幾らでも会ったけれど、目の前の父にどうやって聞いたらいいか全くわからない。
会いに来た息子が俺でなくカインなら、彼はここまで邪険に追い払ったりはしないのだろうか。
「……いいえ、そこまで火急のものではありません。目障りな真似をして申し訳ございませんでした、皇帝陛下」
俺はそれ以上を言葉を発することなく執務室を後にした。そうだ、急ぎの用事ではない。俺がただ知りたかっただけなのだから、
豚のように太っていようとそうでなかろうと父は俺よりもカインを選ぶ。その事実が今更変わる筈もなかったのだ。
ただ俺がその事実を前に弟を憎まなければいい。今回は耐えればいい。受け入れればいい。俺が変わればいいだけだ。
そうだ、俺の今の人生はカインの幸福の為のものなのだから。カインの為にリヒトが巻き戻したこの世界はきっとカインの為のものなのだ。
俺が俺の人生の失敗をやり直して、愛されたかった人に愛される為のものではない。知らない間に勘違いをしていた。
だから父に冷たくされてこんなにも傷つくのだ。
俺はカインにとって都合のいい兄の役をする。それだけだ。それ以上の価値も役目も俺にはきっとないのだ。
そんなことを考えながら俺は人目を避けて歩き続けた。
どれだけ歩いてもこの城の中から俺が出られる筈もないのに。
現皇帝クラウス・ライゼンハイマー。執務中の彼は扉を開け入ってきた俺を一目見てこう言った。
「なんだその無様な姿は」
「父、上……」
「変わったという話は聞いていたが、ただ貧弱になっただけではないか」
濃い青の瞳が俺を冷たく見下ろす。全身の血が一気に引いたような感覚がした。
元々そこまで好かれているとは思っていなかった。母が生きていた頃から彼の笑った顔をあまり見たことは無い。
更にカインとの関係は改善したとはいえ、彼が連れてきた新しい母と弟を自分は強く拒絶した過去かあるのだから。
前の時は最後までそのことを咎められることは無かった。けれどそれは赦しではなく、切り捨てられただけなのかもしれない。
父は本当はカインを次期皇帝に据えるつもりで、早々に彼を否定した俺を、否定し続けた俺を不要と判断し放置したのかもしれない。
元々機会は少なかったけれど、弟たちが来てから私的な会話をすることなど滅多になかった。
昔は俺が会いたいと我儘を言った。けれどカインたちの件で父に怒られ軽蔑されるのを恐れた俺は会いたいと言わなくなった。そしてそれきりだった。
父から俺に会おうとすることはなかった。そのことに安堵しながら、叱る目的でもいいから呼んで欲しいとどこかで待ち望んでいた俺がいた。
それは彼が急死するまで一度も叶わなかったけれど。
だけど俺は期待していた。醜く愚かな皇帝として死んだ俺は賢者の力で過去に記憶だけを持って巻き戻った。
そして前回は険悪だったカインに近づき兄弟として良好な関係を築くことに成功した。それも全部カインの親友であるリヒトの命令ではあるけれど。
でも父はそんなこと知らないだろう。だから、褒めて貰えるとは思わない。元々俺が二人を拒否したのが悪いのだから。
そっけなくあしらわれるのも過去の弟に対するふるまいを責められるのも覚悟していた。
それでも、努力の末に変わった姿をここまできつく否定されるとは思っていなかった。
「死人のように青白い顔をしてここに来る意味は何だ。お前も十二になったのならもっと考えて行動しろ」
「あの、父上、俺は……」
「理解できないか。お前が今いる場所はここではないと言っている」
「父上、あの、ですが」
さっさと出ていけと言わんばかりの表情と声に、言葉が上手く出てこない。
どもりながら、父上と繰り返すだけの俺に彼の精悍な顔に怒りが浮かんだ気がした。
「……それは今どうしても話さなければいけない事か」
お前と話している時間など私にはないのに。そう言外に告げられた気がして、力が抜ける。
情けない話だが、これ以上この場所にいて彼と会話を試みる気力はなかった。
聞きたいことは幾らでも会ったけれど、目の前の父にどうやって聞いたらいいか全くわからない。
会いに来た息子が俺でなくカインなら、彼はここまで邪険に追い払ったりはしないのだろうか。
「……いいえ、そこまで火急のものではありません。目障りな真似をして申し訳ございませんでした、皇帝陛下」
俺はそれ以上を言葉を発することなく執務室を後にした。そうだ、急ぎの用事ではない。俺がただ知りたかっただけなのだから、
豚のように太っていようとそうでなかろうと父は俺よりもカインを選ぶ。その事実が今更変わる筈もなかったのだ。
ただ俺がその事実を前に弟を憎まなければいい。今回は耐えればいい。受け入れればいい。俺が変わればいいだけだ。
そうだ、俺の今の人生はカインの幸福の為のものなのだから。カインの為にリヒトが巻き戻したこの世界はきっとカインの為のものなのだ。
俺が俺の人生の失敗をやり直して、愛されたかった人に愛される為のものではない。知らない間に勘違いをしていた。
だから父に冷たくされてこんなにも傷つくのだ。
俺はカインにとって都合のいい兄の役をする。それだけだ。それ以上の価値も役目も俺にはきっとないのだ。
そんなことを考えながら俺は人目を避けて歩き続けた。
どれだけ歩いてもこの城の中から俺が出られる筈もないのに。
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