22 / 89
22話 父と息子
しおりを挟む
父と話をする決意をして、実際に対面が許されたのはその一週間後。
現皇帝クラウス・ライゼンハイマー。執務中の彼は扉を開け入ってきた俺を一目見てこう言った。
「なんだその無様な姿は」
「父、上……」
「変わったという話は聞いていたが、ただ貧弱になっただけではないか」
濃い青の瞳が俺を冷たく見下ろす。全身の血が一気に引いたような感覚がした。
元々そこまで好かれているとは思っていなかった。母が生きていた頃から彼の笑った顔をあまり見たことは無い。
更にカインとの関係は改善したとはいえ、彼が連れてきた新しい母と弟を自分は強く拒絶した過去かあるのだから。
前の時は最後までそのことを咎められることは無かった。けれどそれは赦しではなく、切り捨てられただけなのかもしれない。
父は本当はカインを次期皇帝に据えるつもりで、早々に彼を否定した俺を、否定し続けた俺を不要と判断し放置したのかもしれない。
元々機会は少なかったけれど、弟たちが来てから私的な会話をすることなど滅多になかった。
昔は俺が会いたいと我儘を言った。けれどカインたちの件で父に怒られ軽蔑されるのを恐れた俺は会いたいと言わなくなった。そしてそれきりだった。
父から俺に会おうとすることはなかった。そのことに安堵しながら、叱る目的でもいいから呼んで欲しいとどこかで待ち望んでいた俺がいた。
それは彼が急死するまで一度も叶わなかったけれど。
だけど俺は期待していた。醜く愚かな皇帝として死んだ俺は賢者の力で過去に記憶だけを持って巻き戻った。
そして前回は険悪だったカインに近づき兄弟として良好な関係を築くことに成功した。それも全部カインの親友であるリヒトの命令ではあるけれど。
でも父はそんなこと知らないだろう。だから、褒めて貰えるとは思わない。元々俺が二人を拒否したのが悪いのだから。
そっけなくあしらわれるのも過去の弟に対するふるまいを責められるのも覚悟していた。
それでも、努力の末に変わった姿をここまできつく否定されるとは思っていなかった。
「死人のように青白い顔をしてここに来る意味は何だ。お前も十二になったのならもっと考えて行動しろ」
「あの、父上、俺は……」
「理解できないか。お前が今いる場所はここではないと言っている」
「父上、あの、ですが」
さっさと出ていけと言わんばかりの表情と声に、言葉が上手く出てこない。
どもりながら、父上と繰り返すだけの俺に彼の精悍な顔に怒りが浮かんだ気がした。
「……それは今どうしても話さなければいけない事か」
お前と話している時間など私にはないのに。そう言外に告げられた気がして、力が抜ける。
情けない話だが、これ以上この場所にいて彼と会話を試みる気力はなかった。
聞きたいことは幾らでも会ったけれど、目の前の父にどうやって聞いたらいいか全くわからない。
会いに来た息子が俺でなくカインなら、彼はここまで邪険に追い払ったりはしないのだろうか。
「……いいえ、そこまで火急のものではありません。目障りな真似をして申し訳ございませんでした、皇帝陛下」
俺はそれ以上を言葉を発することなく執務室を後にした。そうだ、急ぎの用事ではない。俺がただ知りたかっただけなのだから、
豚のように太っていようとそうでなかろうと父は俺よりもカインを選ぶ。その事実が今更変わる筈もなかったのだ。
ただ俺がその事実を前に弟を憎まなければいい。今回は耐えればいい。受け入れればいい。俺が変わればいいだけだ。
そうだ、俺の今の人生はカインの幸福の為のものなのだから。カインの為にリヒトが巻き戻したこの世界はきっとカインの為のものなのだ。
俺が俺の人生の失敗をやり直して、愛されたかった人に愛される為のものではない。知らない間に勘違いをしていた。
だから父に冷たくされてこんなにも傷つくのだ。
俺はカインにとって都合のいい兄の役をする。それだけだ。それ以上の価値も役目も俺にはきっとないのだ。
そんなことを考えながら俺は人目を避けて歩き続けた。
どれだけ歩いてもこの城の中から俺が出られる筈もないのに。
現皇帝クラウス・ライゼンハイマー。執務中の彼は扉を開け入ってきた俺を一目見てこう言った。
「なんだその無様な姿は」
「父、上……」
「変わったという話は聞いていたが、ただ貧弱になっただけではないか」
濃い青の瞳が俺を冷たく見下ろす。全身の血が一気に引いたような感覚がした。
元々そこまで好かれているとは思っていなかった。母が生きていた頃から彼の笑った顔をあまり見たことは無い。
更にカインとの関係は改善したとはいえ、彼が連れてきた新しい母と弟を自分は強く拒絶した過去かあるのだから。
前の時は最後までそのことを咎められることは無かった。けれどそれは赦しではなく、切り捨てられただけなのかもしれない。
父は本当はカインを次期皇帝に据えるつもりで、早々に彼を否定した俺を、否定し続けた俺を不要と判断し放置したのかもしれない。
元々機会は少なかったけれど、弟たちが来てから私的な会話をすることなど滅多になかった。
昔は俺が会いたいと我儘を言った。けれどカインたちの件で父に怒られ軽蔑されるのを恐れた俺は会いたいと言わなくなった。そしてそれきりだった。
父から俺に会おうとすることはなかった。そのことに安堵しながら、叱る目的でもいいから呼んで欲しいとどこかで待ち望んでいた俺がいた。
それは彼が急死するまで一度も叶わなかったけれど。
だけど俺は期待していた。醜く愚かな皇帝として死んだ俺は賢者の力で過去に記憶だけを持って巻き戻った。
そして前回は険悪だったカインに近づき兄弟として良好な関係を築くことに成功した。それも全部カインの親友であるリヒトの命令ではあるけれど。
でも父はそんなこと知らないだろう。だから、褒めて貰えるとは思わない。元々俺が二人を拒否したのが悪いのだから。
そっけなくあしらわれるのも過去の弟に対するふるまいを責められるのも覚悟していた。
それでも、努力の末に変わった姿をここまできつく否定されるとは思っていなかった。
「死人のように青白い顔をしてここに来る意味は何だ。お前も十二になったのならもっと考えて行動しろ」
「あの、父上、俺は……」
「理解できないか。お前が今いる場所はここではないと言っている」
「父上、あの、ですが」
さっさと出ていけと言わんばかりの表情と声に、言葉が上手く出てこない。
どもりながら、父上と繰り返すだけの俺に彼の精悍な顔に怒りが浮かんだ気がした。
「……それは今どうしても話さなければいけない事か」
お前と話している時間など私にはないのに。そう言外に告げられた気がして、力が抜ける。
情けない話だが、これ以上この場所にいて彼と会話を試みる気力はなかった。
聞きたいことは幾らでも会ったけれど、目の前の父にどうやって聞いたらいいか全くわからない。
会いに来た息子が俺でなくカインなら、彼はここまで邪険に追い払ったりはしないのだろうか。
「……いいえ、そこまで火急のものではありません。目障りな真似をして申し訳ございませんでした、皇帝陛下」
俺はそれ以上を言葉を発することなく執務室を後にした。そうだ、急ぎの用事ではない。俺がただ知りたかっただけなのだから、
豚のように太っていようとそうでなかろうと父は俺よりもカインを選ぶ。その事実が今更変わる筈もなかったのだ。
ただ俺がその事実を前に弟を憎まなければいい。今回は耐えればいい。受け入れればいい。俺が変わればいいだけだ。
そうだ、俺の今の人生はカインの幸福の為のものなのだから。カインの為にリヒトが巻き戻したこの世界はきっとカインの為のものなのだ。
俺が俺の人生の失敗をやり直して、愛されたかった人に愛される為のものではない。知らない間に勘違いをしていた。
だから父に冷たくされてこんなにも傷つくのだ。
俺はカインにとって都合のいい兄の役をする。それだけだ。それ以上の価値も役目も俺にはきっとないのだ。
そんなことを考えながら俺は人目を避けて歩き続けた。
どれだけ歩いてもこの城の中から俺が出られる筈もないのに。
146
お気に入りに追加
4,026
あなたにおすすめの小説

いじめっこ令息に転生したけど、いじめなかったのに義弟が酷い。
えっしゃー(エミリオ猫)
BL
オレはデニス=アッカー伯爵令息(18才)。成績が悪くて跡継ぎから外された一人息子だ。跡継ぎに養子に来た義弟アルフ(15才)を、グレていじめる令息…の予定だったが、ここが物語の中で、義弟いじめの途中に事故で亡くなる事を思いだした。死にたくないので、優しい兄を目指してるのに、義弟はなかなか義兄上大好き!と言ってくれません。反抗期?思春期かな?
そして今日も何故かオレの服が脱げそうです?
そんなある日、義弟の親友と出会って…。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。

言い逃げしたら5年後捕まった件について。
なるせ
BL
「ずっと、好きだよ。」
…長年ずっと一緒にいた幼馴染に告白をした。
もちろん、アイツがオレをそういう目で見てないのは百も承知だし、返事なんて求めてない。
ただ、これからはもう一緒にいないから…想いを伝えるぐらい、許してくれ。
そう思って告白したのが高校三年生の最後の登校日。……あれから5年経ったんだけど…
なんでアイツに馬乗りにされてるわけ!?
ーーーーー
美形×平凡っていいですよね、、、、

王道学園の冷徹生徒会長、裏の顔がバレて総受けルート突入しちゃいました!え?逃げ場無しですか?
名無しのナナ氏
BL
王道学園に入学して1ヶ月でトップに君臨した冷徹生徒会長、有栖川 誠(ありすがわ まこと)。常に冷静で無表情、そして無言の誠を生徒達からは尊敬の眼差しで見られていた。
そんな彼のもう1つの姿は… どの企業にも属さないにも関わらず、VTuber界で人気を博した個人VTuber〈〈 アイリス 〉〉!? 本性は寂しがり屋の泣き虫。色々あって周りから誤解されまくってしまった結果アイリスとして素を出していた。そんなある日、生徒会の仕事を1人で黙々とやっている内に疲れてしまい__________
※
・非王道気味
・固定カプ予定は無い
・悲しい過去🐜のたまにシリアス
・話の流れが遅い
精霊の港 飛ばされたリーマン、体格のいい男たちに囲まれる
風見鶏ーKazamidoriー
BL
秋津ミナトは、うだつのあがらないサラリーマン。これといった特徴もなく、体力の衰えを感じてスポーツジムへ通うお年ごろ。
ある日帰り道で奇妙な精霊と出会い、追いかけた先は見たこともない場所。湊(ミナト)の前へ現れたのは黄金色にかがやく瞳をした美しい男だった。ロマス帝国という古代ローマに似た巨大な国が支配する世界で妖精に出会い、帝国の片鱗に触れてさらにはドラゴンまで、サラリーマンだった湊の人生は激変し異なる世界の動乱へ巻きこまれてゆく物語。
※この物語に登場する人物、名、団体、場所はすべてフィクションです。

転生したけど赤ちゃんの頃から運命に囲われてて鬱陶しい
翡翠飾
BL
普通に高校生として学校に通っていたはずだが、気が付いたら雨の中道端で動けなくなっていた。寒くて死にかけていたら、通りかかった馬車から降りてきた12歳くらいの美少年に拾われ、何やら大きい屋敷に連れていかれる。
それから温かいご飯食べさせてもらったり、お風呂に入れてもらったり、柔らかいベッドで寝かせてもらったり、撫でてもらったり、ボールとかもらったり、それを投げてもらったり───ん?
「え、俺何か、犬になってない?」
豹獣人の番大好き大公子(12)×ポメラニアン獣人転生者(1)の話。
※どんどん年齢は上がっていきます。
※設定が多く感じたのでオメガバースを無くしました。

ハッピーエンドのために妹に代わって惚れ薬を飲んだ悪役兄の101回目
カギカッコ「」
BL
ヤられて不幸になる妹のハッピーエンドのため、リバース転生し続けている兄は我が身を犠牲にする。妹が飲むはずだった惚れ薬を代わりに飲んで。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる