上 下
21 / 89

21話 選ばれた名前

しおりを挟む
 太ることが出来るのは豊富な食事と健康な体に恵まれている証拠。

 動くのが億劫なのは太って体が重いから当然。

 毎日何となくだるいのも太って体が重いから当然。

 そしてそこまで太ることが出来るのは。


「よしわかった。そのヤブ医者クビにしよう。金あるんだから別の奴雇いなよ」

「そのことだが、恐らく別の者を侍医にしても変わらないと思うぞ」


 賢者であるリヒトとその他の人間では、相手が医師でも知識の量が違うのではないか。

 俺は鏡の中の相手に向かい合ってそう告げた。足元では黒猫のムクロが退屈そうに寝転んでいる。

   
「それに多分……俺みたいに肥え太っている人間についての情報自体が少ないんだ」

「マジで?」

「この国はまだそこまで成熟しきっていないから……らしい」


 断言できないのは自分が今まで有り余るほどの食物に囲まれた暮らしをしていたからだ。

 だがカインと交流したり、また体が軽くなって歩くのが苦痛でなくなった結果気づいた。

 城内で会う人間の誰一人として過去の俺のように醜く太っているものはいなかった。

 白豚皇帝時代の俺のように動くことも出来ず室内でじっとしていることも考えられる。だから教師や、侍医にも会って尋ねてみた。

 彼らは俺よりは識者で多くの種類の人間を知っているだろう。返って来た答えは半ば予想していた通りだった。

 少なくとも自分は見たことは無いと。
 
 その理由について推測交じりに話してくれたのは、貧困地域の存在について俺に知らせた教師だ。
  

「初代皇帝は俺の祖父だ。元々は別の大陸の出身で、臣下と共に建国しその後身分制度を作った。だから、」

「つまり今貴族ぶっている連中もまだなり立てって感じなわけね、貴族といえど飽食出来る程贅沢レベルがカンストはしていないと……」

「俺が皇帝になった後は恰幅のいい連中を何人か見かけたな。一部貴族たちの間で贅沢合戦もやっていたという話だった」

「元白豚皇帝さん、他人事過ぎない?それって不正と腐敗の臭いがしまくりなんだけど」

「そうなんだ、そうなんだよな」


 リヒトに指摘された通り、俺は本来知っておくべき事情に今まで無知だった。

 殺された時点で三十歳を過ぎていたのに。

 色々思い起こせば父と滅多に顔を合わせなかったのだって、二代目皇帝として多忙だったからだと気づく。


「でも、どうして俺は、何も知らされず、何も行わずに生かされていたのだろう……」


 三代目の皇帝だったのに。ただひたすら肥え太って玉座に座っていただけだ。

 記憶の中の父は堂々たる偉丈夫だった。俺と髪と目の色は同じだが、似ているのはそれだけだろう。

 才覚的な意味で、そして指導者的な意味でも資質を受け継いでいるのはカインの方だと思う。

 父の急死によって長男であった俺が皇帝の座を就いたけれど、彼が最期に呟いたのは弟の名だった。

 秘匿される筈だった情報はどこからか洩れて、城内も、貴族たちも、そして俺も荒れた。

 カインの追放を決意したのはその時だった。今なら間に合う。自らが追われる前に追放しろと急かされて、そうした。

 怖かったし悔しかった。弟に己が負けるのがわかっていたからこそ、悔しかったのだ。 

 何より突然父に切りかかられたような痛みがあった。驚きがあった。絶望があった。やっぱりと思う気持ちが爆ぜた。

 優れた弟こそが自分の後継に相応しいと思っていたなら、さっさと公表してくれればよかったのに!

 あの時の、底のない穴にぐちゃぐちゃの泥を流し込んでいくような途方のない気持ちが甦る。

 憎かったのは、恨めしかったのは、カインだけではなかった。父の望みを、俺は。

 父上は、どうして俺を。


「……オン、大丈夫?顔が青いと言うか白いんだけど」

「あ……リヒト」


 鏡の向こうから呼びかけられて現実に戻る。彼が気を利かせて姿を消す。鏡面に映った自分は泣きそうな子供だった。

 戻ってきてくれ。そう呟いて鏡を撫でる。盲目の賢者が俺を見下ろしていた。その左手はやはり見当たらない。


「なあ、なんで左手なくなったんだ。どうしても気になる」

「何で突然その質問?いきなり過ぎない?」


 錯乱でもしてるのか、疲れたならさっさと寝ろと乱暴な言葉で心配される。

 俺は首を振って嫌がった。
 

「じゃあ質問変えるけど、何で父は俺を豚のまま飼い続けていたのかな。なんでかな……リヒトは賢者だからわかるか?」

「……わからないし、それは俺に聞くことじゃないでしょ」

「はは、お前にも分からないことがあるんだな」

「あるに決まってるでしょ、別に俺はカミサマじゃないんだよ。本人に聞きなよ」


 彼は面白くなさそうな顔でそう答えた。

 正論だ。こうやって突き放すようにして背を押してくれる存在だから大切なのだと改めて思った。

 でも。


「父に聞くべきことは山程あるのに……聞くのが怖いんだ。どうしてだろう、俺は大人なのにな」


 本当は父だけではない。カインの母親にだって、向き合わなければいけない。親たちに。

 避けて考えないようにしてきたけれど。でも本当は知っている。カインを可愛がるだけでは駄目なのだと。

 俺は最悪の未来を見てきたのだから。その未来を生み出した罪人なのだから。

 繰り返さない為に、逃げてはいけない。俺は自分の拳を握り締めた。

 
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

悪役令息に転生して絶望していたら王国至宝のエルフ様にヨシヨシしてもらえるので、頑張って生きたいと思います!

梻メギ
BL
「あ…もう、駄目だ」プツリと糸が切れるように限界を迎え死に至ったブラック企業に勤める主人公は、目覚めると悪役令息になっていた。どのルートを辿っても断罪確定な悪役令息に生まれ変わったことに絶望した主人公は、頑張る意欲そして生きる気力を失い床に伏してしまう。そんな、人生の何もかもに絶望した主人公の元へ王国お抱えのエルフ様がやってきて───!? 【王国至宝のエルフ様×元社畜のお疲れ悪役令息】 ▼この作品と出会ってくださり、ありがとうございます!初投稿になります、どうか温かい目で見守っていただけますと幸いです。 ▼こちらの作品はムーンライトノベルズ様にも投稿しております。 ▼毎日18時投稿予定

いじめっこ令息に転生したけど、いじめなかったのに義弟が酷い。

えっしゃー(エミリオ猫)
BL
オレはデニス=アッカー伯爵令息(18才)。成績が悪くて跡継ぎから外された一人息子だ。跡継ぎに養子に来た義弟アルフ(15才)を、グレていじめる令息…の予定だったが、ここが物語の中で、義弟いじめの途中に事故で亡くなる事を思いだした。死にたくないので、優しい兄を目指してるのに、義弟はなかなか義兄上大好き!と言ってくれません。反抗期?思春期かな? そして今日も何故かオレの服が脱げそうです? そんなある日、義弟の親友と出会って…。

異世界転生先でアホのふりしてたら執着された俺の話

深山恐竜
BL
俺はよくあるBL魔法学園ゲームの世界に異世界転生したらしい。よりにもよって、役どころは作中最悪の悪役令息だ。何重にも張られた没落エンドフラグをへし折る日々……なんてまっぴらごめんなので、前世のスキル(引きこもり)を最大限活用して平和を勝ち取る! ……はずだったのだが、どういうわけか俺の従者が「坊ちゃんの足すべすべ~」なんて言い出して!?

兄たちが弟を可愛がりすぎです~こんなに大きくなりました~

クロユキ
BL
ベルスタ王国に第五王子として転生した坂田春人は第五ウィル王子として城での生活をしていた。 いつものようにメイドのマリアに足のマッサージをして貰い、いつものように寝たはずなのに……目が覚めたら大きく成っていた。 本編の兄たちのお話しが違いますが、短編集として読んで下さい。 誤字に脱字が多い作品ですが、読んで貰えたら嬉しいです。

主人公の兄になったなんて知らない

さつき
BL
レインは知らない弟があるゲームの主人公だったという事を レインは知らないゲームでは自分が登場しなかった事を レインは知らない自分が神に愛されている事を 表紙イラストは マサキさんの「キミの世界メーカー」で作成してお借りしています⬇ https://picrew.me/image_maker/54346

主人公のライバルポジにいるようなので、主人公のカッコ可愛さを特等席で愛でたいと思います。

小鷹けい
BL
以前、なろうサイトさまに途中まであげて、結局書きかけのまま放置していたものになります(アカウントごと削除済み)タイトルさえもうろ覚え。 そのうち続きを書くぞ、の意気込みついでに数話分投稿させていただきます。 先輩×後輩 攻略キャラ×当て馬キャラ 総受けではありません。 嫌われ→からの溺愛。こちらも面倒くさい拗らせ攻めです。 ある日、目が覚めたら大好きだったBLゲームの当て馬キャラになっていた。死んだ覚えはないが、そのキャラクターとして生きてきた期間の記憶もある。 だけど、ここでひとつ問題が……。『おれ』の推し、『僕』が今まで嫌がらせし続けてきた、このゲームの主人公キャラなんだよね……。 え、イジめなきゃダメなの??死ぬほど嫌なんだけど。絶対嫌でしょ……。 でも、主人公が攻略キャラとBLしてるところはなんとしても見たい!!ひっそりと。なんなら近くで見たい!! ……って、なったライバルポジとして生きることになった『おれ(僕)』が、主人公と仲良くしつつ、攻略キャラを巻き込んでひっそり推し活する……みたいな話です。 本来なら当て馬キャラとして冷たくあしらわれ、手酷くフラれるはずの『ハルカ先輩』から、バグなのかなんなのか徐々に距離を詰めてこられて戸惑いまくる当て馬の話。 こちらは、ゆるゆる不定期更新になります。

幽閉王子は最強皇子に包まれる

皇洵璃音
BL
魔法使いであるせいで幼少期に幽閉された第三王子のアレクセイ。それから年数が経過し、ある日祖国は滅ぼされてしまう。毛布に包まっていたら、敵の帝国第二皇子のレイナードにより連行されてしまう。処刑場にて皇帝から二つの選択肢を提示されたのだが、二つ目の内容は「レイナードの花嫁になること」だった。初めて人から求められたこともあり、花嫁になることを承諾する。素直で元気いっぱいなド直球第二皇子×愛されることに慣れていない治癒魔法使いの第三王子の恋愛物語。 表紙担当者:白す(しらす)様に描いて頂きました。

処理中です...