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15話 黒猫と賢者

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「しかしあれだね、お母さんだと思って知らない人に話しかけてる子供見ちゃった時みたいな?」

「いやお前、猫、え?」

「あれ、猫はただの使い魔だって言わなかったっけ」

「聞いてない!っていうかその手、どうしたんだよ……」


 リヒトが鏡の中に突如姿を現した。俺はベッドから起き上がりそこに駆け寄った。

 それからは数日間会話してなかったのが嘘のように俺たちはポンポンと言葉を交わした。

 というかリヒトが飄々とし過ぎている。今もよく分からない例え話で俺を揶揄って笑っている。

 俺の独断行動に怒って鏡を砕いたあの姿が嘘のようだ。


「手?ああ別によくない?元々目も無かったし」


 俺は困らないよ。そう盲目の賢者は平然と言った。


「手が無くなって困らない理由が分からない。目が見えないなら尚更だろう」


 それにお前は左利きじゃないのか。俺がそう言うとリヒトは少しだけ口元を驚きに歪めた。


「へえ、よく知ってるね。俺あんたの前で食事をしたり物を書いたりした覚えないんだけど」

「この前鏡を拳で割っただろう。もしかして、そのせいか? ……あ、それと今までどこにいたんだ。黙っていなくなるのはやめてくれ」

「あのねえ、俺にだって色々やることがあるの。天才賢者様だから暇じゃないの。束縛亭主みたいなこと言わないでよね」


 わざとらしくうんざりした口調で言われる。前半の質問は無視されてしまった。

 これは矢継ぎ早に問いかけた俺が悪いのだろう。リヒトが色々多忙なのは理解した。伝えたいことは早急に伝えることにする。

 
「俺に束縛する権利は一切無いが、お前がいないと不安なんだ」

「……それ言う相手間違えてるけど」


 先程までの饒舌さが嘘のようにリヒトはそれだけを返した。

 
「間違えていない。俺はリヒトが居ないと本当に困る」

「……俺はあんたのそういうところが困るんだけど」


 そう真顔で返される。気が付けば黒猫が俺とリヒトの足元にちょこんと座っていた。

 こいつはリヒトが鏡に映っている時必ずこうやって鏡の前に居た。だから俺はこの猫がリヒトのこの世界での姿と思っていたのだが。


「この猫もしかして、単純にお前に懐いているから足元にいるだけだったのか」

「そうだよ。誰かさんと違って俺はこいつに好かれてるからね」

「まあリヒトは優しいからな。動物に好かれるのもわかる」

「……そうやってあんたが軽い気持ちで褒めた結果人生が狂う奴とか出てきそう」


 もっと発言に気を付けてくれないと困るんだけど。

 久しぶりに会話した賢者にそう説教されて俺は戸惑うしかなかった。

 確かに叱って欲しいとは思ったが内容が理不尽過ぎる。でも会話できること自体が嬉しくてつい笑ってしまう。

 盲目の賢者は呆れたようにそっぽを向いた。一瞬髪が揺れて見えた耳が赤かった気がするが気のせいだろう。

 足元で黒猫がにゃあと鳴いた。この猫の名前をリヒトに聞かなければと思った。


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