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13話 引っかき傷と小さな肉食獣
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「レオン兄様!」
俺の姿を認めたカインの顔が嬉しそうに綻ぶ。
その無邪気な笑顔の中に俺を殿下と呼び怯えていた影はもう無い。
だからといって自分が幼い彼にした仕打ちを忘れてはいけないが。
「ごめんなさい、歴史の授業が長引いてしまって……」
「気にするな、勉強は大切だ」
物覚えが悪く勘の鈍い俺と違いカインは記憶力に優れ頭の回転も速い。
雇われている教師も教え甲斐があるのだろう。
「僕、いっぱい勉強して必ず兄様の役に立ちます!」
「いや、俺のことは……そうだな、頼りにしているぞ」
「はい!」
嬉しそうな声を聞いて、安堵する。なんとなくだったが途中で言葉を変えて良かった。
カインの人生はカインのもので俺の為に消費されるものではないと思う。
いや、正直に言ってしまえば人の人生なんて背負いたくない。俺にそんな甲斐性はない。
けれどそんなことを俺が思うのは許されないことなのだろう。
今回の人生でも又俺が皇帝になるのならせめてこ空虚な神輿を気持ちよく担いで貰えるようにしよう。
前の人生では弟を僻んで弟を褒める者を憎んで、弟を支持する者を冷遇した。
そして最後には弟本人すら追い出したけれど、それは勝利とは真逆だった。
比較対象の優れた人間がいなくなっても、それで俺が臣下や世間に認められる訳ではなかった。俺には血筋以外誇れるものなんてなかった。
酒に逃げ肉に逃げ、最終的に人と関わることからも逃げた。
俺自身が一番自身の劣等を知っていたのだから、世辞を言われても持ち上げられても惨めになるだけだった。
こんな皇帝、餌を与えて放置するしかないだろう。妃は俺をカインたち革命軍に売ったらしいが寧ろよくやったと思う。
しかし白豚皇帝の俺が処刑された後、この国は結局滅びたらしい。
結局リヒトの言う通り、俺は自分自身だけでなくカインの人生も国民の人生も狂わせたということだろう。
そんな愚鈍な俺が独断で動いたことに賢者である彼が激怒したのも仕方がないかもしれない。
今朝も黒猫の姿の彼を抱き上げようして引っかかれた。せめて言葉で詰って欲しいと頼んだがそっぽを向かれた。
細く赤い筋が浮かぶ手の甲を無意識に撫でていると横に座っていたカインの視線が気になった。
「どうした?」
「レオン兄様、その傷はどうなされたんですか」
とても痛そうです。寧ろ自分の方が辛そうな顔をしてカインが言う。
大した怪我ではないと言うつもりで「猫に引っかかれただけだ」と俺は答えた。
途端カインの大きな瞳がぎらりと輝く。赤と琥珀のそれぞれが肉食獣ような猛々しさを宿していた。
「兄様を傷つけた猫は、今どこにいますか」
罰を与えなければ。幼い子供に似つかわしくない言葉が弟の口から発せられる。
目の前にいるのは十二歳の俺よりも小柄な子供なのに俺は剣に貫かれた時の寒気と熱を思い出していた。
お前は、あのカインとは違う筈なのに。そう口走りそうになって耐える。
しかし随分と気分の悪いことになってしまった。黒猫は、リヒトはカインの為に尽力しているというのに。
よりにもよって彼の願い通りの環境を与えられたカインが、俺を強く慕うようになったばかりに。全部俺のせいだ。
そこで思考停止しそうになる自分を叱咤し、俺は口を開いた。
「……俺はその猫を罰さないよ、だからお前も決して猫を虐めたりしては駄目だ」
「どうしてですか、兄様の体に傷をつけたんですよ」
「俺が嫌がる猫を無理やり抱き上げたから怒ったんだ。だから俺が全部悪いんだよ」
「そんなの、僕だったら絶対嫌がらないのに……その猫は贅沢です」
唇を尖らせながら言う弟に対し、俺は自らの膝を叩いた。
すると顔を輝かせてカインは俺の膝に乗ってくる。細くさらさらした黒髪からは甘いミルクのような匂いがした。
その髪を撫でながら言い聞かせる。
「カイン、俺を引っ掻いた黒猫はとても大切な猫なんだ。絶対虐めたりしないでくれよ」
「……はぁい」
自分が散々虐めていた相手に言う台詞ではないなと思いながら俺はカインの機嫌を取り続けた。
俺の姿を認めたカインの顔が嬉しそうに綻ぶ。
その無邪気な笑顔の中に俺を殿下と呼び怯えていた影はもう無い。
だからといって自分が幼い彼にした仕打ちを忘れてはいけないが。
「ごめんなさい、歴史の授業が長引いてしまって……」
「気にするな、勉強は大切だ」
物覚えが悪く勘の鈍い俺と違いカインは記憶力に優れ頭の回転も速い。
雇われている教師も教え甲斐があるのだろう。
「僕、いっぱい勉強して必ず兄様の役に立ちます!」
「いや、俺のことは……そうだな、頼りにしているぞ」
「はい!」
嬉しそうな声を聞いて、安堵する。なんとなくだったが途中で言葉を変えて良かった。
カインの人生はカインのもので俺の為に消費されるものではないと思う。
いや、正直に言ってしまえば人の人生なんて背負いたくない。俺にそんな甲斐性はない。
けれどそんなことを俺が思うのは許されないことなのだろう。
今回の人生でも又俺が皇帝になるのならせめてこ空虚な神輿を気持ちよく担いで貰えるようにしよう。
前の人生では弟を僻んで弟を褒める者を憎んで、弟を支持する者を冷遇した。
そして最後には弟本人すら追い出したけれど、それは勝利とは真逆だった。
比較対象の優れた人間がいなくなっても、それで俺が臣下や世間に認められる訳ではなかった。俺には血筋以外誇れるものなんてなかった。
酒に逃げ肉に逃げ、最終的に人と関わることからも逃げた。
俺自身が一番自身の劣等を知っていたのだから、世辞を言われても持ち上げられても惨めになるだけだった。
こんな皇帝、餌を与えて放置するしかないだろう。妃は俺をカインたち革命軍に売ったらしいが寧ろよくやったと思う。
しかし白豚皇帝の俺が処刑された後、この国は結局滅びたらしい。
結局リヒトの言う通り、俺は自分自身だけでなくカインの人生も国民の人生も狂わせたということだろう。
そんな愚鈍な俺が独断で動いたことに賢者である彼が激怒したのも仕方がないかもしれない。
今朝も黒猫の姿の彼を抱き上げようして引っかかれた。せめて言葉で詰って欲しいと頼んだがそっぽを向かれた。
細く赤い筋が浮かぶ手の甲を無意識に撫でていると横に座っていたカインの視線が気になった。
「どうした?」
「レオン兄様、その傷はどうなされたんですか」
とても痛そうです。寧ろ自分の方が辛そうな顔をしてカインが言う。
大した怪我ではないと言うつもりで「猫に引っかかれただけだ」と俺は答えた。
途端カインの大きな瞳がぎらりと輝く。赤と琥珀のそれぞれが肉食獣ような猛々しさを宿していた。
「兄様を傷つけた猫は、今どこにいますか」
罰を与えなければ。幼い子供に似つかわしくない言葉が弟の口から発せられる。
目の前にいるのは十二歳の俺よりも小柄な子供なのに俺は剣に貫かれた時の寒気と熱を思い出していた。
お前は、あのカインとは違う筈なのに。そう口走りそうになって耐える。
しかし随分と気分の悪いことになってしまった。黒猫は、リヒトはカインの為に尽力しているというのに。
よりにもよって彼の願い通りの環境を与えられたカインが、俺を強く慕うようになったばかりに。全部俺のせいだ。
そこで思考停止しそうになる自分を叱咤し、俺は口を開いた。
「……俺はその猫を罰さないよ、だからお前も決して猫を虐めたりしては駄目だ」
「どうしてですか、兄様の体に傷をつけたんですよ」
「俺が嫌がる猫を無理やり抱き上げたから怒ったんだ。だから俺が全部悪いんだよ」
「そんなの、僕だったら絶対嫌がらないのに……その猫は贅沢です」
唇を尖らせながら言う弟に対し、俺は自らの膝を叩いた。
すると顔を輝かせてカインは俺の膝に乗ってくる。細くさらさらした黒髪からは甘いミルクのような匂いがした。
その髪を撫でながら言い聞かせる。
「カイン、俺を引っ掻いた黒猫はとても大切な猫なんだ。絶対虐めたりしないでくれよ」
「……はぁい」
自分が散々虐めていた相手に言う台詞ではないなと思いながら俺はカインの機嫌を取り続けた。
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