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5話 第三の男

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「いやあ、弟とは可愛らしいものだな!」

「あっそ」


 子供時代のカインに謝罪をしてから数日後、俺は自室で大鏡に話しかけていた。

 そこに映っているのは己ではなく目を布で隠した賢者の姿だ。その実体である黒猫は俺の足元で澄まし顔をしている。

 リヒトは俺が城の庭で拾ってきたことにした。滅多に散歩などしないので周囲に不思議がられたがそこは強引に押し切った。

 彼の真の姿は俺にしか見ることができないらしい。だから侍女たちにリヒトの面倒を見て貰っても問題ない。

 ただ鏡に話しかけている姿や声を聞かれるのは困るので決まった時間以外は俺が呼ばない限り部屋に近づかないように命じてある。

 だからこうやって堂々と人間姿のリヒトと対面で会話が出来るのだ。

 そして二人の共通の話題と言えばカインのことになる。

 俺の弟自慢を一方的に聞いていたリヒトだが、浮かれ過ぎたせいかチクリと釘を刺すようなことを言ってくる。

  
「あいつと和解できたのは何よりだけど、最初からそうしてくれれば俺はこんなに苦労しなくて済んだんだよね」 

「確かにそうだな。お前には本当に迷惑をかけている。申し訳ない」


 俺は鏡に向かい頭を下げた。苦労だけではない。俺たちの関係性の修復の為にリヒトは色々なものを犠牲にしている筈だ。

 詳しくは話してくれないがその目を覆う布や、鏡の中でしか人間の姿でいられない事実だけで十分だ。

 俺の為ではなく、全て弟の為の献身だとしてもいつか元の姿に戻してやりたいと思う。そして弟と再会させてやりたい。

 そんなことを俺が考えているとリヒトは少しだけ早口になった。


「べ、別にあんたに謝られても困るだけなんだけど。全部カインの為にやってるだけだし、それに今は上手くやれているみたいだし」

「ああ、カインもよく笑ってくれるようになった。それに使用人たちの態度も改善されてきたそうだ」 


 図書室で弟が城内の人間に虐められていることを知った俺は、人目のあるところで彼を弟として可愛がるようにした。

 カインを怪我させた犯人も処罰したかったが何度訊いても自分で転んだだけだとしか言わなかったので諦めた。

 だが二度と同じ目には遭わせない。あの日以来俺は毎日図書室に行きそこにいるカインに本を読み聞かせてやったりしている。

 一緒に廊下を歩いたり短時間だが庭に出たりもしている。城内の人間に目撃させる為だ。効果は十分に有ったようだ。

 しかしリヒトは俺ほど楽観的でも浮かれてもいないようだった。今も何か考え込んでいるような表情をしている。


「俺、ずっと思ってたんだけどカインを邪魔者扱いしてたのって本当にあんただけだったのかな」

「どういうことだ」

「あんたが次期皇帝だとしても、カインだって現皇帝の息子なわけじゃん。あんた自身ならともかく使用人が嫌がらせするにはリスキー過ぎない?」


 しかも顔に怪我までさせるとか。

 そう盲目の賢者から告げられ急に不安になる。言われて見ればそうかもしれない。

 だが、カインを嫌う人間を思い浮かべることは難しかった。だって天使のような美少年なのだ。少し内気なところがあるが性格もいい。

 一緒に本を読んでいるとわかるが観察力もあるし物覚えもいい。

 いや頭がいいことは以前から知っている。賢いだけでなく、凄まじい程の美形になることも。

 俺の心臓を一突きで貫ける程、剣の扱いに長けることも。弟可愛さに浮かれ切っていた心が冷えていく。

 だからといってカインに対しての憎しみが再燃したわけではない。


「……城内の人間を使ってカインに嫌がらせが出来る人間は限られている。というか心当たりはある」


 俺がカインとその母を許せなかった理由を考えれば意外と容易かった。


「母の兄、俺の伯父に当たる人物が関わっているかもしれない」


 彼と話をしてみようと思う。俺はそうリヒトに告げた。



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