上 下
51 / 51
第一章

50.異国の料理事情

しおりを挟む
「別に……ただ、料理をしていただけだ」
「料理?」

 予想外の言葉にエリスティアは目を丸くする。
 だが直後ある考えに辿り着いて口を開いた。

「それって、今の食事だけじゃ足りないから?」

 食べ盛りだものね。そう告げる少女に黒髪の少年は勢い良く首を振った。

「だったら、レイのおやつやご飯を増やしてもらうよう私から……」
「違う!俺が食い意地張ってるみたいに言うな!」

 顔を赤くしながらレイはエリスティアの提案を拒否した。
 赤い瞳の少女は不思議そうにそんな彼を見る。

「じゃあどうして……?」

 理由を言葉と視線で問われ少年は頭をガシガシと掻く。
 それから覚悟したように声を放った。

「料理の勉強をしていたんだよ、アスラ国に行った時の為に。厨房を使えるのが早朝か深夜ぐらいしか無かったから……」

 しかし告げられた理由はエリスティアに疑問を増やしただけだった。

「お父様はアスラ国でも、ちゃんと使用人を雇うと仰っているわ」

 だから別にレイが無理に料理を覚える必要は無いのだ。そう説明する少女にレイは溜息を吐いた。

「アスラ国の人間がバートクロイツの料理を作れると思うのか?」

 国交など殆ど無くなっているのに。そう黒髪の少年は指摘する。
 エリスティアはレイの発言を聞き考える素振りをした。

「そうかもしれないけれど……」
「アスラ国とこの国の料理は主食や調味料も全然違うからな。授業で習っただろ」
「うん……」

 アスラ国が存在するデーヴァ大陸。そこでは小麦粉で作った麺を主に食べることは知っていた。
 家庭教師のエルナが教えてくれたのだ。しかしそこを深く掘り下げることは無かったので今まですっかり忘れていた。
 バートクロイツにも麺料理はある。それに小麦粉があるのだからパンだって存在するだろう。

 エリスティアはそう楽観的に考えていた。そしてそれを少年に伝える。
 しかしレイは冷静な表情でその考えを否定した。 

「パンなんて無いし麺料理も味付けや調理が全然違うらしい。母さんは最後までこの国の料理が口に合わなかったみたいだ」
「そうだったの……」

 どこか悲しげな光を瞳に宿しながら少年は言う。
 そのことに心を痛めながらエリスティアは言葉少なに返した。
 彼の母親は生粋のアスラ人だったらしい。
 屋敷に来た時のレイのボロボロ具合を考えても、彼ら親子が故郷を遠く離れた地で辛い暮らしをしていたことは想像出来た。

「まあ正直、口に合わないどころか食べ物に困るレベルだったけどな」 

 だから食べられるなら俺は何でも食べた。
 そう皮肉気に笑った少年はしかし表情を真剣なものに変えた。
 
「でもあんたたちはそうじゃないだろ。生粋の貴族なんだから」
「……確かに、そうね」

 エリスティアは一瞬だけ戸惑いながら、相手の主張を受け入れた。
 王妃に酷使され過労死する前の自分はまともな食事が出来なかった。
 それにイメリアが使用人として仕えてくれる前の食事も随分と質素なものだった。
 だからエリスティアは貴族令嬢としてずっと贅沢な暮らしをしてきた訳ではない。

 けれど、レイやその母親はきっとそれとは比べ物にはならない。
 何より彼の言葉の真意は別のところにある。

「レイは……私やお父様がアスラ国での食事に悩まされないように、料理を覚えようとしていたのね」

 家族がいるイメリアは一緒には連れていけない。でも彼は母の祖国であるアスラ国へ共に行くことが決まっている。
 そしてレイ本人はこの国を離れた後の生活をエリスティアよりずっと具体的に考えていたのだ。

「べ、別にエリーたちの為だけじゃないし。俺だってこの国の料理の方が食い慣れているから……」

 お嬢様とつける事も忘れ早口で捲し立てる少年をエリスティアは咎めることもなくニコニコと見つめる。

「だったら私もお菓子だけじゃなく料理を作れるようになった方が良いわよね。そうだ、二人で分担しましょう!」
「は?」
「覚える品数が半分になればレイの負担も増えるでしょう?私はレイよりも暇な時間が多いし……それに」
「それに?」
「レイの気持ちはとっても嬉しいけれど、絶対無理はして欲しくないの。睡眠時間は削らないで、休める時はちゃんと休んで」

 そう言いながらエリスティアは無意識にレイの手を自分の両手で強く握る。何者かに連れ去られることを恐れるかのように。

「お願いだから、貴方は倒れたりしないで……」

「……わかった、無理はなるべくしない、だから……泣きそうな顔をしないでくれ、頼むから」

 深紅に潤む瞳に懇願され、黒髪の少年は同じ髪色をした少女の言葉に頷いた。

しおりを挟む

この作品の感想を投稿する

みんなの感想(16件)

∵🌊しお🌊∵

【承認不要デス】21話アスラ国の~『大半は黒い髪しているらしい』は『黒い髪"を"して』の間違い(1字抜け?)かなと想います。確認お願いします。
ユーグ男爵、暴走癖のある美青年…素敵ですね。(萌)

砂礫レキ
2023.06.11 砂礫レキ

ご指摘ありがとうございます。
修正致しました。

解除
n-yakara
2023.06.11 n-yakara

人魚病が死病ではない(※人目につかずに暮らせる前提)ならば、長い目で見たら、命の危機があるのは助けたエリスティアの方ですね…父はぶれないなぁ…。
第一王子を治さなかったのなら、余程キレ者な王弟とか第三王子とかがいなければ大体王位継承者は第二王子のような…前回は平民の恋人がいるとか噂になってましたけど、そもそも平民の恋人作れたのでしょうか…?もしくは死ねずに苦しむ第一王子に無理矢理継がせたとかいう他国から見てもドン引きの外道の所業してる…?

解除
n-yakara
2023.06.10 n-yakara

イメリアは侍女になったから給料上がったので、侍女解任となったら…「何買おうか」とは言っていましたが、多分病気の妹を養う金も含まれていそう。
逆行を知っている父親になら本当の心情を言えそうですし、方針歪めてイメリアの妹助けそうですね…。

解除

あなたにおすすめの小説

お嬢様はお亡くなりになりました。

豆狸
恋愛
「お嬢様は……十日前にお亡くなりになりました」 「な……なにを言っている?」

偽物と断罪された令嬢が精霊に溺愛されていたら

影茸
恋愛
 公爵令嬢マレシアは偽聖女として、一方的に断罪された。  あらゆる罪を着せられ、一切の弁明も許されずに。  けれど、断罪したもの達は知らない。  彼女は偽物であれ、無力ではなく。  ──彼女こそ真の聖女と、多くのものが認めていたことを。 (書きたいネタが出てきてしまったゆえの、衝動的短編です) (少しだけタイトル変えました)

勇者の帰りを待つだけだった私は居ても居なくても同じですか? ~負けヒロインの筈なのに歪んだ執着をされています~

砂礫レキ
ファンタジー
勇者ライルが魔王を倒してから3年。 彼の幼馴染である村娘アデリーンは28歳にして5歳年下の彼に粗雑に扱われながら依存されていた。 まるで母親代わりのようだと自己嫌悪に陥りながらも昔した結婚の約束を忘れられなかったアデリーン。 しかしライルは彼女の心を嘲笑うかのようにアデリーンよりも若く美しい村娘リンナと密会するのだった。 そのことで現実を受け入れ村を出ようとしたアデリーン。 そんな彼女に病んだ勇者の依存と悪女の屈折した執着、勇者の命を狙う魔物の策略が次々と襲い掛かってきて……?

召喚聖女に嫌われた召喚娘

ざっく
恋愛
闇に引きずり込まれてやってきた異世界。しかし、一緒に来た見覚えのない女の子が聖女だと言われ、亜優は放置される。それに文句を言えば、聖女に悲しげにされて、その場の全員に嫌われてしまう。 どうにか、仕事を探し出したものの、聖女に嫌われた娘として、亜優は魔物が闊歩するという森に捨てられてしまった。そこで出会った人に助けられて、亜優は安全な場所に帰る。

誰も信じてくれないので、森の獣達と暮らすことにしました。その結果、国が大変なことになっているようですが、私には関係ありません。

木山楽斗
恋愛
エルドー王国の聖女ミレイナは、予知夢で王国が龍に襲われるという事実を知った。 それを国の人々に伝えるものの、誰にも信じられず、それ所か虚言癖と避難されることになってしまう。 誰にも信じてもらえず、罵倒される。 そんな状況に疲弊した彼女は、国から出て行くことを決意した。 実はミレイナはエルドー王国で生まれ育ったという訳ではなかった。 彼女は、精霊の森という森で生まれ育ったのである。 故郷に戻った彼女は、兄弟のような関係の狼シャルピードと再会した。 彼はミレイナを快く受け入れてくれた。 こうして、彼女はシャルピードを含む森の獣達と平和に暮らすようになった。 そんな彼女の元に、ある時知らせが入ってくる。エルドー王国が、予知夢の通りに龍に襲われていると。 しかし、彼女は王国を助けようという気にはならなかった。 むしろ、散々忠告したのに、何も準備をしていなかった王国への失望が、強まるばかりだったのだ。

【完結】次期聖女として育てられてきましたが、異父妹の出現で全てが終わりました。史上最高の聖女を追放した代償は高くつきます!

林 真帆
恋愛
マリアは聖女の血を受け継ぐ家系に生まれ、次期聖女として大切に育てられてきた。  マリア自身も、自分が聖女になり、全てを国と民に捧げるものと信じて疑わなかった。  そんなマリアの前に、異父妹のカタリナが突然現れる。  そして、カタリナが現れたことで、マリアの生活は一変する。  どうやら現聖女である母親のエリザベートが、マリアを追い出し、カタリナを次期聖女にしようと企んでいるようで……。 2022.6.22 第一章完結しました。 2022.7.5 第二章完結しました。 第一章は、主人公が理不尽な目に遭い、追放されるまでのお話です。 第二章は、主人公が国を追放された後の生活。まだまだ不幸は続きます。 第三章から徐々に主人公が報われる展開となる予定です。

踏み台(王女)にも事情はある

mios
恋愛
戒律の厳しい修道院に王女が送られた。 聖女ビアンカに魔物をけしかけた罪で投獄され、処刑を免れた結果のことだ。 王女が居なくなって平和になった筈、なのだがそれから何故か原因不明の不調が蔓延し始めて……原因究明の為、王女の元婚約者が調査に乗り出した。

石塔に幽閉って、私、石の聖女ですけど

ハツカ
恋愛
私はある日、王子から役立たずだからと、石塔に閉じ込められた。 でも私は石の聖女。 石でできた塔に閉じ込められても何も困らない。 幼馴染の従者も一緒だし。

処理中です...
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。

このユーザをミュートしますか?

※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。