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第一章
50.異国の料理事情
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「別に……ただ、料理をしていただけだ」
「料理?」
予想外の言葉にエリスティアは目を丸くする。
だが直後ある考えに辿り着いて口を開いた。
「それって、今の食事だけじゃ足りないから?」
食べ盛りだものね。そう告げる少女に黒髪の少年は勢い良く首を振った。
「だったら、レイのおやつやご飯を増やしてもらうよう私から……」
「違う!俺が食い意地張ってるみたいに言うな!」
顔を赤くしながらレイはエリスティアの提案を拒否した。
赤い瞳の少女は不思議そうにそんな彼を見る。
「じゃあどうして……?」
理由を言葉と視線で問われ少年は頭をガシガシと掻く。
それから覚悟したように声を放った。
「料理の勉強をしていたんだよ、アスラ国に行った時の為に。厨房を使えるのが早朝か深夜ぐらいしか無かったから……」
しかし告げられた理由はエリスティアに疑問を増やしただけだった。
「お父様はアスラ国でも、ちゃんと使用人を雇うと仰っているわ」
だから別にレイが無理に料理を覚える必要は無いのだ。そう説明する少女にレイは溜息を吐いた。
「アスラ国の人間がバートクロイツの料理を作れると思うのか?」
国交など殆ど無くなっているのに。そう黒髪の少年は指摘する。
エリスティアはレイの発言を聞き考える素振りをした。
「そうかもしれないけれど……」
「アスラ国とこの国の料理は主食や調味料も全然違うからな。授業で習っただろ」
「うん……」
アスラ国が存在するデーヴァ大陸。そこでは小麦粉で作った麺を主に食べることは知っていた。
家庭教師のエルナが教えてくれたのだ。しかしそこを深く掘り下げることは無かったので今まですっかり忘れていた。
バートクロイツにも麺料理はある。それに小麦粉があるのだからパンだって存在するだろう。
エリスティアはそう楽観的に考えていた。そしてそれを少年に伝える。
しかしレイは冷静な表情でその考えを否定した。
「パンなんて無いし麺料理も味付けや調理が全然違うらしい。母さんは最後までこの国の料理が口に合わなかったみたいだ」
「そうだったの……」
どこか悲しげな光を瞳に宿しながら少年は言う。
そのことに心を痛めながらエリスティアは言葉少なに返した。
彼の母親は生粋のアスラ人だったらしい。
屋敷に来た時のレイのボロボロ具合を考えても、彼ら親子が故郷を遠く離れた地で辛い暮らしをしていたことは想像出来た。
「まあ正直、口に合わないどころか食べ物に困るレベルだったけどな」
だから食べられるなら俺は何でも食べた。
そう皮肉気に笑った少年はしかし表情を真剣なものに変えた。
「でもあんたたちはそうじゃないだろ。生粋の貴族なんだから」
「……確かに、そうね」
エリスティアは一瞬だけ戸惑いながら、相手の主張を受け入れた。
王妃に酷使され過労死する前の自分はまともな食事が出来なかった。
それにイメリアが使用人として仕えてくれる前の食事も随分と質素なものだった。
だからエリスティアは貴族令嬢としてずっと贅沢な暮らしをしてきた訳ではない。
けれど、レイやその母親はきっとそれとは比べ物にはならない。
何より彼の言葉の真意は別のところにある。
「レイは……私やお父様がアスラ国での食事に悩まされないように、料理を覚えようとしていたのね」
家族がいるイメリアは一緒には連れていけない。でも彼は母の祖国であるアスラ国へ共に行くことが決まっている。
そしてレイ本人はこの国を離れた後の生活をエリスティアよりずっと具体的に考えていたのだ。
「べ、別にエリーたちの為だけじゃないし。俺だってこの国の料理の方が食い慣れているから……」
お嬢様とつける事も忘れ早口で捲し立てる少年をエリスティアは咎めることもなくニコニコと見つめる。
「だったら私もお菓子だけじゃなく料理を作れるようになった方が良いわよね。そうだ、二人で分担しましょう!」
「は?」
「覚える品数が半分になればレイの負担も増えるでしょう?私はレイよりも暇な時間が多いし……それに」
「それに?」
「レイの気持ちはとっても嬉しいけれど、絶対無理はして欲しくないの。睡眠時間は削らないで、休める時はちゃんと休んで」
そう言いながらエリスティアは無意識にレイの手を自分の両手で強く握る。何者かに連れ去られることを恐れるかのように。
「お願いだから、貴方は倒れたりしないで……」
「……わかった、無理はなるべくしない、だから……泣きそうな顔をしないでくれ、頼むから」
深紅に潤む瞳に懇願され、黒髪の少年は同じ髪色をした少女の言葉に頷いた。
「料理?」
予想外の言葉にエリスティアは目を丸くする。
だが直後ある考えに辿り着いて口を開いた。
「それって、今の食事だけじゃ足りないから?」
食べ盛りだものね。そう告げる少女に黒髪の少年は勢い良く首を振った。
「だったら、レイのおやつやご飯を増やしてもらうよう私から……」
「違う!俺が食い意地張ってるみたいに言うな!」
顔を赤くしながらレイはエリスティアの提案を拒否した。
赤い瞳の少女は不思議そうにそんな彼を見る。
「じゃあどうして……?」
理由を言葉と視線で問われ少年は頭をガシガシと掻く。
それから覚悟したように声を放った。
「料理の勉強をしていたんだよ、アスラ国に行った時の為に。厨房を使えるのが早朝か深夜ぐらいしか無かったから……」
しかし告げられた理由はエリスティアに疑問を増やしただけだった。
「お父様はアスラ国でも、ちゃんと使用人を雇うと仰っているわ」
だから別にレイが無理に料理を覚える必要は無いのだ。そう説明する少女にレイは溜息を吐いた。
「アスラ国の人間がバートクロイツの料理を作れると思うのか?」
国交など殆ど無くなっているのに。そう黒髪の少年は指摘する。
エリスティアはレイの発言を聞き考える素振りをした。
「そうかもしれないけれど……」
「アスラ国とこの国の料理は主食や調味料も全然違うからな。授業で習っただろ」
「うん……」
アスラ国が存在するデーヴァ大陸。そこでは小麦粉で作った麺を主に食べることは知っていた。
家庭教師のエルナが教えてくれたのだ。しかしそこを深く掘り下げることは無かったので今まですっかり忘れていた。
バートクロイツにも麺料理はある。それに小麦粉があるのだからパンだって存在するだろう。
エリスティアはそう楽観的に考えていた。そしてそれを少年に伝える。
しかしレイは冷静な表情でその考えを否定した。
「パンなんて無いし麺料理も味付けや調理が全然違うらしい。母さんは最後までこの国の料理が口に合わなかったみたいだ」
「そうだったの……」
どこか悲しげな光を瞳に宿しながら少年は言う。
そのことに心を痛めながらエリスティアは言葉少なに返した。
彼の母親は生粋のアスラ人だったらしい。
屋敷に来た時のレイのボロボロ具合を考えても、彼ら親子が故郷を遠く離れた地で辛い暮らしをしていたことは想像出来た。
「まあ正直、口に合わないどころか食べ物に困るレベルだったけどな」
だから食べられるなら俺は何でも食べた。
そう皮肉気に笑った少年はしかし表情を真剣なものに変えた。
「でもあんたたちはそうじゃないだろ。生粋の貴族なんだから」
「……確かに、そうね」
エリスティアは一瞬だけ戸惑いながら、相手の主張を受け入れた。
王妃に酷使され過労死する前の自分はまともな食事が出来なかった。
それにイメリアが使用人として仕えてくれる前の食事も随分と質素なものだった。
だからエリスティアは貴族令嬢としてずっと贅沢な暮らしをしてきた訳ではない。
けれど、レイやその母親はきっとそれとは比べ物にはならない。
何より彼の言葉の真意は別のところにある。
「レイは……私やお父様がアスラ国での食事に悩まされないように、料理を覚えようとしていたのね」
家族がいるイメリアは一緒には連れていけない。でも彼は母の祖国であるアスラ国へ共に行くことが決まっている。
そしてレイ本人はこの国を離れた後の生活をエリスティアよりずっと具体的に考えていたのだ。
「べ、別にエリーたちの為だけじゃないし。俺だってこの国の料理の方が食い慣れているから……」
お嬢様とつける事も忘れ早口で捲し立てる少年をエリスティアは咎めることもなくニコニコと見つめる。
「だったら私もお菓子だけじゃなく料理を作れるようになった方が良いわよね。そうだ、二人で分担しましょう!」
「は?」
「覚える品数が半分になればレイの負担も増えるでしょう?私はレイよりも暇な時間が多いし……それに」
「それに?」
「レイの気持ちはとっても嬉しいけれど、絶対無理はして欲しくないの。睡眠時間は削らないで、休める時はちゃんと休んで」
そう言いながらエリスティアは無意識にレイの手を自分の両手で強く握る。何者かに連れ去られることを恐れるかのように。
「お願いだから、貴方は倒れたりしないで……」
「……わかった、無理はなるべくしない、だから……泣きそうな顔をしないでくれ、頼むから」
深紅に潤む瞳に懇願され、黒髪の少年は同じ髪色をした少女の言葉に頷いた。
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