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第一章

48.夜明け前の遊戯室

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 太陽が昇るよりも随分前にエリスティアは目を覚ます。
 ああ、夢だった。そう心から安堵の息を吐いた。

 でも知っている、あのやりとりは嘘でも幻でもない。
 過去に実際あったことだ。

 醜悪な王族たちとそれに抱きこまれ壊された愚かで哀れな子供。
 死んだのは二十歳の時だったけれど中身は連れてこられた当時のままだった。

 心は幼いまま成長も知らず年だけ重ねた。
 その方がエリスティアを利用する側にとっては楽だったからだろう。
 結果使われるだけ使われて疲弊し命を落とした。

 王宮で暮らした十年より、死に戻ってから過ごしたこの一年の方がずっと濃密だ。
 身も心も成長している。
 それは食事など衣食住が劇的に改善されたからだけではない。
 教育を受けられるようになったことだけでもない。

 自分の事を心から思ってくれる家族や友人の存在が大きい。
 色んな制約があっても、一人の少女として生きていいのだと思えるようになったのは。

 その制約の中にある癒しの力を隠し続けるというもの。
 そもそも王妃へのトラウマがある分積極的に使いたい力ではない。
 けれどイメリアの妹の件で、出来るのにやらないということの苦しみも知った。

「それでも私は、普通の人間として生きていきたい……」

 女神の愛し子などではなく。
 やがて訪れる異国で。ただのエリスティア・フィリルとして。
 父ユーグと、そしてレイと新たな人生をやり直すのだ。 
 
 そうしたら王妃セイナやその息子のアキムのことをきっと忘れることが出来る。

「いつかあの人たちは遠い過去になる。そう、私とは無関係な人たちに……」 

 決して追ってこられない場所に逃げ切ることができたなら、もう悪夢も見ないだろう。
 エリスティアは祈るように指を重ねた。

 もう一度寝直す気にもなれず、寝台から降りる。
 薄手のカーディガンを羽織って窓に近づく。

 カーテンを開けて父の執務室の方角を見た。灯りはついていない。
 今日はもう退出したのだろう。

 親子だからといって流石に寝室まで押しかける気にはなれない。
 夜明けまで大分時間がある。このまま置き続けたら授業の時居眠りしかねない。

「少し体を動かせば、疲れてもう一度眠れるかしら……」

 黒髪の少女は首を傾げながら言う。
 死に戻る前、王妃の治癒で疲れ切った体が睡眠を得た時の快楽を思い出す。
 
 眠りに落ちる瞬間のぞっとする程の心地良さは、今でもたまになら感じたい気になる。
 最終的には熟睡する為の体力すら無くなり死んでしまったわけだが。

「駄目駄目、もう変な事は考えない!」

 何も考えず体を動かして疲れて眠るのが一番賢い。
 そう考えエリスティアは遊戯室へ行こうと扉を開ける。

 体操をしたりブランコにのんびり揺られている内に眠気が訪れるかもしれない。
 暗い廊下を歩きながら目的の部屋の前に辿り着く。

 ここは基本鍵がかかっていない。ドアノブに手をかけると簡単に扉は開いた。
 隙間から光が漏れてくる。まだ夜と言ってもいい時間帯だというのに。

「え?」

 首を傾げながらエリスティアは室内を覗く。
 そこには自分と同じ黒い髪をした少年が物憂げな顔でブランコに腰かけていた。
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