48 / 51
第一章
47.悪夢の仕掛け人
しおりを挟む
「お前が、女神の愛し子とやらか……ふん、気味の悪い色をしているわね」
エリスティアは彼女の台詞に混じる侮蔑より、その姿の異常さに言葉を失っていた。
人間の言葉を喋っているが果たして人間なのだろうか。
脂肪で横に広がり切った体は遠くから見たら毛布を何枚も乱暴に重ねたように見えるだろう。
その下に埋もれた豪奢なソファーが彼女が話す度悲鳴のような軋みを上げた。
化け物だと叫ばなかったのはエリスティア自身も使用人から外見を理由に差別されてきたからだ。
そして何より、目の前の女性らしき存在に恐怖を感じたからだ。
「ちょっと、言葉も話せないの?最低限の会話は出来るようにさせた筈だけれど」
じゃないとこちらの命令も理解できないじゃない。
不機嫌そうな声で言われ黒髪の少女はゾッとする。
王宮に連れてこられて以来、自分が教育を与えられていた理由に気づいたからだ。
目の前の煌びやかな布と宝石を纏った巨体に仕えさせる為だったのだと。
「しかしこんな学も無く話すことも出来ない小娘に妾の玉体を預けていいものかしら」
肌に傷をつけられたらどうしてくれよう。赤い唇が忌々し気に唸る。
恐怖を感じるのは異様な外見にだけではない。
彼女の口から出てくる言葉にエリスティアに対する優しさは皆無だった。
「アキム様……」
震える声で少女は傍らの少年の名を呼ぶ。
街で自分を見初め、王宮まで連れて来た美しい彼。
アキム・バートン第二王子。
エリスティアが王宮で学んだ数々のことは彼の妻になる為に必要なことだと信じていた。
だって彼が「僕の為に頑張ってくれ」と励ましてくれたから。
エリスティアは自分の婚約者の名を縋るように呼んだ。
あの日のように優しく微笑んで救って欲しかった。
エリスティアをこの怪女の前に連れて来たのはアキム自身だったのに。
「いいえ、母上。エリスティアは緊張しているだけです。ちゃんと勤めは果たせます」
まるで崖の上から突き落とされたような気持ちにその瞬間少女はなった。
けれど次の瞬間エリスティアの手をアキムが握る。
「彼女は素晴らしい女性です。きっとお役に立つでしょう」
素晴らしいという言葉がエリスティアの耳に甘く入り込んでくる。
だから続く言葉に隠された不穏さを幼い少女は聞き逃してしまった。
「エリスティア、君の癒しの力が僕たち王家には必要なんだ」
「アキム様……」
「君の力で僕たちを救ってくれ、女神に選ばれた君にしかその役割は出来ないんだ」
「私の、力……?」
「そうだよ。君の癒しの力はとても価値のあるものだ。けれどまだ高みがあるらしい」
だから今のままでは駄目なんだ。
そう美しい顔に悲し気な表情を浮かべるアキムにエリスティアは悲しい気持ちになる。
「アキム様、泣かないで。私何でもするから……!」
「エリスティア……」
そうして彼はこれからは自分の母、セイナ王妃の治療を担当するようエリスティアに頼んだ。
彼女を癒し続けることが癒しの能力を引き上げる為の特訓になるのだと言って。
ああ、そうか。始まりはそうだった。
少年の腕に抱かれながら黒髪の少女は冷めた瞳で思う。
これは夢だ。過去を今夢に見ている。
何も知らない愚かな少女とそれを利用しようとする年上の少年。
当たり前だが彼からの愛なんて無かったのだ。
もし今自分がナイフを握っていたらアキムを刺しているだろうか。
そんなことを考えながらエリスティアはぎゅっと目を瞑った。
「お父様、イメリア、レイ……」
そうして大切な人たちの名を呼ぶ。
過去の悪夢から現実に戻りたいと願った。
エリスティアは彼女の台詞に混じる侮蔑より、その姿の異常さに言葉を失っていた。
人間の言葉を喋っているが果たして人間なのだろうか。
脂肪で横に広がり切った体は遠くから見たら毛布を何枚も乱暴に重ねたように見えるだろう。
その下に埋もれた豪奢なソファーが彼女が話す度悲鳴のような軋みを上げた。
化け物だと叫ばなかったのはエリスティア自身も使用人から外見を理由に差別されてきたからだ。
そして何より、目の前の女性らしき存在に恐怖を感じたからだ。
「ちょっと、言葉も話せないの?最低限の会話は出来るようにさせた筈だけれど」
じゃないとこちらの命令も理解できないじゃない。
不機嫌そうな声で言われ黒髪の少女はゾッとする。
王宮に連れてこられて以来、自分が教育を与えられていた理由に気づいたからだ。
目の前の煌びやかな布と宝石を纏った巨体に仕えさせる為だったのだと。
「しかしこんな学も無く話すことも出来ない小娘に妾の玉体を預けていいものかしら」
肌に傷をつけられたらどうしてくれよう。赤い唇が忌々し気に唸る。
恐怖を感じるのは異様な外見にだけではない。
彼女の口から出てくる言葉にエリスティアに対する優しさは皆無だった。
「アキム様……」
震える声で少女は傍らの少年の名を呼ぶ。
街で自分を見初め、王宮まで連れて来た美しい彼。
アキム・バートン第二王子。
エリスティアが王宮で学んだ数々のことは彼の妻になる為に必要なことだと信じていた。
だって彼が「僕の為に頑張ってくれ」と励ましてくれたから。
エリスティアは自分の婚約者の名を縋るように呼んだ。
あの日のように優しく微笑んで救って欲しかった。
エリスティアをこの怪女の前に連れて来たのはアキム自身だったのに。
「いいえ、母上。エリスティアは緊張しているだけです。ちゃんと勤めは果たせます」
まるで崖の上から突き落とされたような気持ちにその瞬間少女はなった。
けれど次の瞬間エリスティアの手をアキムが握る。
「彼女は素晴らしい女性です。きっとお役に立つでしょう」
素晴らしいという言葉がエリスティアの耳に甘く入り込んでくる。
だから続く言葉に隠された不穏さを幼い少女は聞き逃してしまった。
「エリスティア、君の癒しの力が僕たち王家には必要なんだ」
「アキム様……」
「君の力で僕たちを救ってくれ、女神に選ばれた君にしかその役割は出来ないんだ」
「私の、力……?」
「そうだよ。君の癒しの力はとても価値のあるものだ。けれどまだ高みがあるらしい」
だから今のままでは駄目なんだ。
そう美しい顔に悲し気な表情を浮かべるアキムにエリスティアは悲しい気持ちになる。
「アキム様、泣かないで。私何でもするから……!」
「エリスティア……」
そうして彼はこれからは自分の母、セイナ王妃の治療を担当するようエリスティアに頼んだ。
彼女を癒し続けることが癒しの能力を引き上げる為の特訓になるのだと言って。
ああ、そうか。始まりはそうだった。
少年の腕に抱かれながら黒髪の少女は冷めた瞳で思う。
これは夢だ。過去を今夢に見ている。
何も知らない愚かな少女とそれを利用しようとする年上の少年。
当たり前だが彼からの愛なんて無かったのだ。
もし今自分がナイフを握っていたらアキムを刺しているだろうか。
そんなことを考えながらエリスティアはぎゅっと目を瞑った。
「お父様、イメリア、レイ……」
そうして大切な人たちの名を呼ぶ。
過去の悪夢から現実に戻りたいと願った。
24
お気に入りに追加
473
あなたにおすすめの小説
誰も信じてくれないので、森の獣達と暮らすことにしました。その結果、国が大変なことになっているようですが、私には関係ありません。
木山楽斗
恋愛
エルドー王国の聖女ミレイナは、予知夢で王国が龍に襲われるという事実を知った。
それを国の人々に伝えるものの、誰にも信じられず、それ所か虚言癖と避難されることになってしまう。
誰にも信じてもらえず、罵倒される。
そんな状況に疲弊した彼女は、国から出て行くことを決意した。
実はミレイナはエルドー王国で生まれ育ったという訳ではなかった。
彼女は、精霊の森という森で生まれ育ったのである。
故郷に戻った彼女は、兄弟のような関係の狼シャルピードと再会した。
彼はミレイナを快く受け入れてくれた。
こうして、彼女はシャルピードを含む森の獣達と平和に暮らすようになった。
そんな彼女の元に、ある時知らせが入ってくる。エルドー王国が、予知夢の通りに龍に襲われていると。
しかし、彼女は王国を助けようという気にはならなかった。
むしろ、散々忠告したのに、何も準備をしていなかった王国への失望が、強まるばかりだったのだ。
石塔に幽閉って、私、石の聖女ですけど
ハツカ
恋愛
私はある日、王子から役立たずだからと、石塔に閉じ込められた。
でも私は石の聖女。
石でできた塔に閉じ込められても何も困らない。
幼馴染の従者も一緒だし。
【完結】聖女を害した公爵令嬢の私は国外追放をされ宿屋で住み込み女中をしております。え、偽聖女だった? ごめんなさい知りません。
藍生蕗
恋愛
かれこれ五年ほど前、公爵令嬢だった私───オリランダは、王太子の婚約者と実家の娘の立場の両方を聖女であるメイルティン様に奪われた事を許せずに、彼女を害してしまいました。しかしそれが王太子と実家から不興を買い、私は国外追放をされてしまいます。
そうして私は自らの罪と向き合い、平民となり宿屋で住み込み女中として過ごしていたのですが……
偽聖女だった? 更にどうして偽聖女の償いを今更私がしなければならないのでしょうか? とりあえず今幸せなので帰って下さい。
※ 設定は甘めです
※ 他のサイトにも投稿しています
偽物と断罪された令嬢が精霊に溺愛されていたら
影茸
恋愛
公爵令嬢マレシアは偽聖女として、一方的に断罪された。
あらゆる罪を着せられ、一切の弁明も許されずに。
けれど、断罪したもの達は知らない。
彼女は偽物であれ、無力ではなく。
──彼女こそ真の聖女と、多くのものが認めていたことを。
(書きたいネタが出てきてしまったゆえの、衝動的短編です)
(少しだけタイトル変えました)
勇者の帰りを待つだけだった私は居ても居なくても同じですか? ~負けヒロインの筈なのに歪んだ執着をされています~
砂礫レキ
ファンタジー
勇者ライルが魔王を倒してから3年。
彼の幼馴染である村娘アデリーンは28歳にして5歳年下の彼に粗雑に扱われながら依存されていた。
まるで母親代わりのようだと自己嫌悪に陥りながらも昔した結婚の約束を忘れられなかったアデリーン。
しかしライルは彼女の心を嘲笑うかのようにアデリーンよりも若く美しい村娘リンナと密会するのだった。
そのことで現実を受け入れ村を出ようとしたアデリーン。
そんな彼女に病んだ勇者の依存と悪女の屈折した執着、勇者の命を狙う魔物の策略が次々と襲い掛かってきて……?
召喚聖女に嫌われた召喚娘
ざっく
恋愛
闇に引きずり込まれてやってきた異世界。しかし、一緒に来た見覚えのない女の子が聖女だと言われ、亜優は放置される。それに文句を言えば、聖女に悲しげにされて、その場の全員に嫌われてしまう。
どうにか、仕事を探し出したものの、聖女に嫌われた娘として、亜優は魔物が闊歩するという森に捨てられてしまった。そこで出会った人に助けられて、亜優は安全な場所に帰る。
【完結】次期聖女として育てられてきましたが、異父妹の出現で全てが終わりました。史上最高の聖女を追放した代償は高くつきます!
林 真帆
恋愛
マリアは聖女の血を受け継ぐ家系に生まれ、次期聖女として大切に育てられてきた。
マリア自身も、自分が聖女になり、全てを国と民に捧げるものと信じて疑わなかった。
そんなマリアの前に、異父妹のカタリナが突然現れる。
そして、カタリナが現れたことで、マリアの生活は一変する。
どうやら現聖女である母親のエリザベートが、マリアを追い出し、カタリナを次期聖女にしようと企んでいるようで……。
2022.6.22 第一章完結しました。
2022.7.5 第二章完結しました。
第一章は、主人公が理不尽な目に遭い、追放されるまでのお話です。
第二章は、主人公が国を追放された後の生活。まだまだ不幸は続きます。
第三章から徐々に主人公が報われる展開となる予定です。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる