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第一章

46.黒いモヤ

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 エリスティアは死に戻る前も含め過去のやり取りを思い出す。
 アキム第二王子の怪我も、王妃セイナの体調不良も見ただけでわかった。
 けれどそれは父が見ても同じだろう。
 アキムの指からは血が流れていたし、王妃は尋常でなく肥え太った体でいつも億劫そうにしていた。

「……相手が具合の悪そうな様子をしていなくても怪我や病気だと気づくことができるかということですか?」
「そうだ」
「それは、見ただけではきっとわからないです……」

 エリスティアは首を振った。
 父であるユーグ・フィリル男爵は顎に手を当てて考え込む。

「つまり相手の体の悪い部分を目視で確認するのは難しいということか?」
「そうですね、痛む部分を手で擦っていたり血が出ていれば気づけますけど」

 ただそれは治癒能力を持っていない人間でも同じでしょう。
 娘の言葉にユーグは頷く。
 そして彼は意外な事に「良かった」と呟いた。

 エリスティアは不思議そうに父に尋ねる。

「良かったって、何がですか?」
「相手を見ただけで怪我や病気がわかったら、お前は辛い思いをするだろう」 

 治癒能力を隠して生きていかなければいけないのだから。
 氷色の瞳をした男爵に説明され黒髪の少女は息を呑んだ。

 確かにそうだ。事情を知る父以外にこの力を使うことは出来ない。
 なのに他の相手の体調不良がすぐわかってしまえば、治したいという気持ちと治せないという罪悪感で苦しむことは容易に予想できた。

「理解していると思うが、イメリアにもレイにもその力を使っては駄目だ」
「はい、お父様……」
「もし彼らが怪我や病気で苦しんでいたなら私に言いなさい」

 薬や医者を手配するから。そう告げられエリスティアは礼を言う。
 しかしどこかもどかしい気持ちになったのも確かだ。
 自分なら、簡単に治せるのに。
 傲慢な考えを捨てるようにエリスティアは父に話しかけた。

「でも、見ただけではわからないと言いましたが触れたらある程度はわかるんです」

 こうやって、そう黒髪の少女は父の大きな掌に自らの小さな掌を重ねた。

「痛いという申告があった場所を触るのが一番わかりやすいですけれど、ある程度の時間触れていると怪我や病気をしている場所にモヤみたいなものがぼんやりと見えてきて……」

 だからそこに触れて治すのです。エリスティアは父に言う。
 この力を一番使ったのは対セイナ王妃だ。
 彼女は肩や腰を始めとして体のあちらこちらが体重に悲鳴を上げていた。
 それに暴食で胃も傷めがちだった。
 複数の箇所で不調を発している時が多くどこが悪いと聞いても「全部」と答えられたのもしょっちゅうだ。
 言わなくてもわかれと怒鳴られたことも一度や二度では無い。

 昔の嫌な思い出にエリスティアは苦い顔をする。
 そしてあることに気づいた。

(そういえば王妃、頭の部分にいつも黒いモヤがかかっていたような……)

 頭痛だと判断し治癒の力を使っていたが、それでも次会う時は又モヤは復活していた。
 それは腰や胃も同じことだったので、いつしか気にもしなくなったが。

 今考えるとあの黒いモヤは他のものとは違っていた気がする。
 そう考えるエリスティアだったが確かめる術は無かった。 
 
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