上 下
46 / 51
第一章

45.能力について

しおりを挟む
 イメリアの妹の人魚病が完治した時だけ教えてほしい。
 エリスティアは侍女の従姉であるエルナにそう頼んだ。
 
 それは卑怯で無神経な願いかもしれない。
 良い報せしか耳に入れたくないというのは。
 だからイメリアには頼めなかったのだ。
 けれど責めることなくエルナは快諾した。

 エリスティアはそれでようやく人魚病について心に一区切りをつけることが出来た。
 油断は出来ないがそれでも穏やかな日常。 
 黒髪の少女はそれを取り戻し、少しづつ心からの笑顔も増えてきた頃だった。

「えっ? ビアンカ先生が新しいフィリル男爵になるのですか?」 
「そうだ、この国では女性も爵位を継ぐことが認められているからな」

 但し珍しいことではある。そうエリスティアの父である現フィリル男爵は告げた。
 数日前から風邪を患っていた彼は今娘から治癒を受けている。
 楽になりたいからではない、エリスティアの能力を確認する為だった。

「もうこれぐらいで良い」
「でも、そうするときっと又咳が出てしまうわ」
「熱も下がったし喉の痛みは大分軽くなった、完全に治すと周囲が訝しむ」

 ただでさえ医者を呼んでいないのだから。
 そう説明するユーグに彼の娘は少しだけ不満そうな顔をした。

「お父様には苦しい思いをして欲しくないのに……」
「もう大して苦しくないよ、可愛いエリスティア」

 父に髪を撫でられ黒髪の少女は擽ったそうに笑う。
 執務室のソファーで娘を膝に乗せながらユーグは感心したように呟いた。

「しかし、怪我だけではなく病気まで治してしまうとは本当に奇跡の力だな」

 何回でも驚いてしまう。
 整っているが表情の乏しい顔で言われ、エリスティアの笑みは複雑になった。

 褒めてもらえて、喜んでもらえるだけならきっとこの力を無邪気に愛せたのだ。
 けれどそれだけではなかった、寧ろ力を使えば使うほど感謝はされなくなっていった。
 王妃は足りない、不完全だとエリスティアを罵りながらその治癒を求めた。

 毎回呼ばれる度に不調を治してはいたのだ。
 王妃の人外めいた肥満体と不摂生な生活のせいですぐ再発するだけで。

 もしかしたら、本当に癒すべきは腰や肩では無かったのかもしれない。
 エリスティアは不意に気付いた。
 セイナ王妃の肥満が解消されれば膝や腰への負担は軽くなった筈だ。

 しかし肥満は病気だろうか、少なくとも怪我ではないだろう。
 女神ラーヴァの愛し子は首を傾げる。

「そういえばエリスティア」
「はい、お父様」
「お前は相手から申告された箇所以外の怪我や病気には気付けるのか?」

 黒髪の少女は赤い瞳を大きく見開いた。
 そんな質問をされたのが初めてだからだ。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

お嬢様はお亡くなりになりました。

豆狸
恋愛
「お嬢様は……十日前にお亡くなりになりました」 「な……なにを言っている?」

誰も信じてくれないので、森の獣達と暮らすことにしました。その結果、国が大変なことになっているようですが、私には関係ありません。

木山楽斗
恋愛
エルドー王国の聖女ミレイナは、予知夢で王国が龍に襲われるという事実を知った。 それを国の人々に伝えるものの、誰にも信じられず、それ所か虚言癖と避難されることになってしまう。 誰にも信じてもらえず、罵倒される。 そんな状況に疲弊した彼女は、国から出て行くことを決意した。 実はミレイナはエルドー王国で生まれ育ったという訳ではなかった。 彼女は、精霊の森という森で生まれ育ったのである。 故郷に戻った彼女は、兄弟のような関係の狼シャルピードと再会した。 彼はミレイナを快く受け入れてくれた。 こうして、彼女はシャルピードを含む森の獣達と平和に暮らすようになった。 そんな彼女の元に、ある時知らせが入ってくる。エルドー王国が、予知夢の通りに龍に襲われていると。 しかし、彼女は王国を助けようという気にはならなかった。 むしろ、散々忠告したのに、何も準備をしていなかった王国への失望が、強まるばかりだったのだ。

踏み台(王女)にも事情はある

mios
恋愛
戒律の厳しい修道院に王女が送られた。 聖女ビアンカに魔物をけしかけた罪で投獄され、処刑を免れた結果のことだ。 王女が居なくなって平和になった筈、なのだがそれから何故か原因不明の不調が蔓延し始めて……原因究明の為、王女の元婚約者が調査に乗り出した。

石塔に幽閉って、私、石の聖女ですけど

ハツカ
恋愛
私はある日、王子から役立たずだからと、石塔に閉じ込められた。 でも私は石の聖女。 石でできた塔に閉じ込められても何も困らない。 幼馴染の従者も一緒だし。

前世の記憶を取り戻したら貴男が好きじゃなくなりました

砂礫レキ
恋愛
公爵令嬢エミア・シュタイトは婚約者である第二王子アリオス・ルーンファクトを心から愛していた。 けれど幼い頃からの恋心をアリオスは手酷く否定し続ける。その度にエミアの心は傷つき自己嫌悪が深くなっていった。 そして婚約から十年経った時「お前は俺の子を産むだけの存在にしか過ぎない」とアリオスに言われエミアの自尊心は限界を迎える。 消えてしまいたいと強く願った彼女は己の人格と引き換えに前世の記憶を取り戻した。 救国の聖女「エミヤ」の記憶を。 表紙は三日月アルペジオ様からお借りしています。

【完結】聖女を害した公爵令嬢の私は国外追放をされ宿屋で住み込み女中をしております。え、偽聖女だった? ごめんなさい知りません。

藍生蕗
恋愛
 かれこれ五年ほど前、公爵令嬢だった私───オリランダは、王太子の婚約者と実家の娘の立場の両方を聖女であるメイルティン様に奪われた事を許せずに、彼女を害してしまいました。しかしそれが王太子と実家から不興を買い、私は国外追放をされてしまいます。  そうして私は自らの罪と向き合い、平民となり宿屋で住み込み女中として過ごしていたのですが……  偽聖女だった? 更にどうして偽聖女の償いを今更私がしなければならないのでしょうか? とりあえず今幸せなので帰って下さい。 ※ 設定は甘めです ※ 他のサイトにも投稿しています

召喚聖女に嫌われた召喚娘

ざっく
恋愛
闇に引きずり込まれてやってきた異世界。しかし、一緒に来た見覚えのない女の子が聖女だと言われ、亜優は放置される。それに文句を言えば、聖女に悲しげにされて、その場の全員に嫌われてしまう。 どうにか、仕事を探し出したものの、聖女に嫌われた娘として、亜優は魔物が闊歩するという森に捨てられてしまった。そこで出会った人に助けられて、亜優は安全な場所に帰る。

【完結】『飯炊き女』と呼ばれている騎士団の寮母ですが、実は最高位の聖女です

葉桜鹿乃
恋愛
ルーシーが『飯炊き女』と、呼ばれてそろそろ3年が経とうとしている。 王宮内に兵舎がある王立騎士団【鷹の爪】の寮母を担っているルーシー。 孤児院の出で、働き口を探してここに配置された事になっているが、実はこの国の最も高貴な存在とされる『金剛の聖女』である。 王宮という国で一番安全な場所で、更には周囲に常に複数人の騎士が控えている場所に、本人と王族、宰相が話し合って所属することになったものの、存在を秘する為に扱いは『飯炊き女』である。 働くのは苦では無いし、顔を隠すための不細工な丸眼鏡にソバカスと眉を太くする化粧、粗末な服。これを襲いに来るような輩は男所帯の騎士団にも居ないし、聖女の力で存在感を常に薄めるようにしている。 何故このような擬態をしているかというと、隣国から聖女を狙って何者かが間者として侵入していると言われているためだ。 隣国は既に瘴気で汚れた土地が多くなり、作物もまともに育たないと聞いて、ルーシーはしばらく隣国に行ってもいいと思っているのだが、長く冷戦状態にある隣国に行かせるのは命が危ないのでは、と躊躇いを見せる国王たちをルーシーは説得する教養もなく……。 そんな折、ある日の月夜に、明日の雨を予見して変装をせずに水汲みをしている時に「見つけた」と言われて振り向いたそこにいたのは、騎士団の中でもルーシーに優しい一人の騎士だった。 ※感想の取り扱いは近況ボードを参照してください。 ※小説家になろう様でも掲載予定です。

処理中です...