過労死した聖女は死に戻った先で安らぎを手に入れる~私を利用し続けた王家や婚約者はもう不要です~

砂礫レキ

文字の大きさ
上 下
44 / 51
第一章

43.父が負う罪

しおりを挟む
 その言葉を聞いた時エリスティアの頭は真っ白になった。

「お前が望むなら退職も視野に入れるが」
「ダメっ!絶対止めて!!」

 父である男爵の言葉に黒髪の少女は反射的に叫ぶ。
 その反応を予想していたのかユーグは「だろうな」とだけ返した。

「なんで、折角侍女にしてくれたのに、どうして……!」

 そう責めるようなことを口にしつつもエリスティアは気づいていた。
 自分のせいだ。
 イメリアに対し罪悪感を抱いた結果、悪夢まで見るようになった。
 夢だけではない、体調にもその影響は出ている。
 何も知らないレイが心配する程に。

 そして娘のそんな状態に父親であるユーグが対処しない訳が無いのだ。 

「彼女を侍女にしたのはお前にとってそれが良いと判断したからだ」

 つまり父は今のエリスティアにとってイメリアが有害だと判断したのだ。
 少女はそれに対する反論を持っていなかった。
 イメリアに非がある訳ではない。だが、父が重要視するのはそこではないのだ。
 エリスティアは涙がこぼれそうになるのを唇を噛みしめて耐えた。
 そんな彼女の頭をゆっくりと一度撫で、男爵は言葉を発する。

「それとイメリア本人が侍女職の解任を要望してきた」
「えっ……」

 ショックで顔を白くしたエリスティアに誤解するなとユーグは言う。

「自分が傍にいるとお前が辛そうだという理由だが、紛れもなく本心だろう」

 決して嫌いになった訳では無い。そう父から慰めるように言われエリスティアは涙を一粒零した。
 イメリアが金銭的に困っていることを知っている。妹を医者に診せなければいけないのだから。
 侍女になって給与が上がった時に大喜びしていたところも見た。

 それでも彼女は自らその職を捨てるというのだ、エリスティアの為に。
 そこまで自分を思ってくれている彼女に自分は何を返せる?
 黒髪の少女は己に問いかける。

 そんな娘に父は語りかけた。

「イメリアからある程度の事情は聞いた。その上で言う。お前が人魚病を癒すことは私が許さない」
「お父様……?」
「お前がどれだけ治したいと願っても絶対に許さない。医者が匙を投げた難病を完治させれば絶対噂になる」
「それは……」

 エリスティアが何よりも恐れていたことだ。

「それに人魚病は奇病とされ治療法も無いらしいがそれが原因で死んだという話は聞かない」

 父は抑揚の無い声で語り続ける。
 それは全部罪悪感から逃げようとしていたエリスティアが自らに言い聞かせていたものと同じだった。

「お前が人魚病の娘の為に何かをするのを私は許さない。だからお前は何もできない」

 一見冷酷な台詞、しかしその青い瞳は慈しみを湛えていた。
 だからエリスティアは気づく。父は自分から罪を取り上げようとしているのだと。
 
 助けないのではなく、助けられない。そう考えろと彼は娘に告げているのだ。

「お父、様……」
「その上で聞く、お前は彼女を侍女から外したいか?」

 男爵の言葉にエリスティアは真紅の瞳を見開く。しかしそこから涙は零れなかった。
 もう悲しんだりしない。

 イメリアの献身と父の優しさを受け取ったのだから。

「いいえ、アスラ国に行くまでイメリアは私の侍女です。体調不良は彼女とは関係無い」
「……ならば、もう大丈夫だな?」
「大丈夫、怖い夢を引きずっていただけ、でもあんなのただの夢だから……忘れます」

 エリスティアはぎこちなく微笑んだ。その瞳には決意の炎が宿っていた。
 罪は背負っていく、けれど背負うのは私一人ではない。

 父親の腕の中で黒髪の少女は大丈夫だと再度繰り返した。 

しおりを挟む
感想 16

あなたにおすすめの小説

【完結】もう…我慢しなくても良いですよね?

アノマロカリス
ファンタジー
マーテルリア・フローレンス公爵令嬢は、幼い頃から自国の第一王子との婚約が決まっていて幼少の頃から厳しい教育を施されていた。 泣き言は許されず、笑みを浮かべる事も許されず、お茶会にすら参加させて貰えずに常に完璧な淑女を求められて教育をされて来た。 16歳の成人の義を過ぎてから王子との婚約発表の場で、事あろうことか王子は聖女に選ばれたという男爵令嬢を連れて来て私との婚約を破棄して、男爵令嬢と婚約する事を選んだ。 マーテルリアの幼少からの血の滲むような努力は、一瞬で崩壊してしまった。 あぁ、今迄の苦労は一体なんの為に… もう…我慢しなくても良いですよね? この物語は、「虐げられる生活を曽祖母の秘術でざまぁして差し上げますわ!」の続編です。 前作の登場人物達も多数登場する予定です。 マーテルリアのイラストを変更致しました。

悪役令嬢の涙

拓海のり
恋愛
公爵令嬢グレイスは婚約者である王太子エドマンドに卒業パーティで婚約破棄される。王子の側には、癒しの魔法を使え聖女ではないかと噂される子爵家に引き取られたメアリ―がいた。13000字の短編です。他サイトにも投稿します。

将来を誓い合った王子様は聖女と結ばれるそうです

きぬがやあきら
恋愛
「聖女になれなかったなりそこない。こんなところまで追って来るとはな。そんなに俺を忘れられないなら、一度くらい抱いてやろうか?」 5歳のオリヴィエは、神殿で出会ったアルディアの皇太子、ルーカスと恋に落ちた。アルディア王国では、皇太子が代々聖女を妻に迎える慣わしだ。しかし、13歳の選別式を迎えたオリヴィエは、聖女を落選してしまった。 その上盲目の知恵者オルガノに、若くして命を落とすと予言されたオリヴィエは、せめてルーカスの傍にいたいと、ルーカスが団長を務める聖騎士への道へと足を踏み入れる。しかし、やっとの思いで再開したルーカスは、昔の約束を忘れてしまったのではと錯覚するほど冷たい対応で――?

そろそろ前世は忘れませんか。旦那様?

氷雨そら
恋愛
 結婚式で私のベールをめくった瞬間、旦那様は固まった。たぶん、旦那様は記憶を取り戻してしまったのだ。前世の私の名前を呼んでしまったのがその証拠。  そしておそらく旦那様は理解した。  私が前世にこっぴどく裏切った旦那様の幼馴染だってこと。  ――――でも、それだって理由はある。  前世、旦那様は15歳のあの日、魔力の才能を開花した。そして私が開花したのは、相手の魔力を奪う魔眼だった。  しかも、その魔眼を今世まで持ち越しで受け継いでしまっている。 「どれだけ俺を弄んだら気が済むの」とか「悪い女」という癖に、旦那様は私を離してくれない。  そして二人で眠った次の朝から、なぜかかつての幼馴染のように、冷酷だった旦那様は豹変した。私を溺愛する人間へと。  お願い旦那様。もう前世のことは忘れてください!  かつての幼馴染は、今度こそ絶対幸せになる。そんな幼馴染推しによる幼馴染推しのための物語。  小説家になろうにも掲載しています。

妹と寝たんですか?エセ聖女ですよ?~妃の座を奪われかけた令嬢の反撃~

岡暁舟
恋愛
100年に一度の確率で、令嬢に宿るとされる、聖なる魂。これを授かった令嬢は聖女と認定され、無条件で時の皇帝と婚約することになる。そして、その魂を引き当てたのが、この私、エミリー・バレットである。 本来ならば、私が皇帝と婚約することになるのだが、どういうわけだか、偽物の聖女を名乗る不届き者がいるようだ。その名はジューン・バレット。私の妹である。 別にどうしても皇帝と婚約したかったわけではない。でも、妹に裏切られたと思うと、少し癪だった。そして、既に二人は一夜を過ごしてしまったそう!ジューンの笑顔と言ったら……ああ、憎たらしい! そんなこんなで、いよいよ私に名誉挽回のチャンスが回ってきた。ここで私が聖女であることを証明すれば……。

聖女に負けた侯爵令嬢 (よくある婚約解消もののおはなし)

蒼あかり
恋愛
ティアナは女王主催の茶会で、婚約者である王子クリストファーから婚約解消を告げられる。そして、彼の隣には聖女であるローズの姿が。 聖女として国民に、そしてクリストファーから愛されるローズ。クリストファーとともに並ぶ聖女ローズは美しく眩しいほどだ。そんな二人を見せつけられ、いつしかティアナの中に諦めにも似た思いが込み上げる。 愛する人のために王子妃として支える覚悟を持ってきたのに、それが叶わぬのならその立場を辞したいと願うのに、それが叶う事はない。 いつしか公爵家のアシュトンをも巻き込み、泥沼の様相に……。 ラストは賛否両論あると思います。納得できない方もいらっしゃると思います。 それでも最後まで読んでいただけるとありがたいです。 心より感謝いたします。愛を込めて、ありがとうございました。

召喚聖女に嫌われた召喚娘

ざっく
恋愛
闇に引きずり込まれてやってきた異世界。しかし、一緒に来た見覚えのない女の子が聖女だと言われ、亜優は放置される。それに文句を言えば、聖女に悲しげにされて、その場の全員に嫌われてしまう。 どうにか、仕事を探し出したものの、聖女に嫌われた娘として、亜優は魔物が闊歩するという森に捨てられてしまった。そこで出会った人に助けられて、亜優は安全な場所に帰る。

踏み台(王女)にも事情はある

mios
恋愛
戒律の厳しい修道院に王女が送られた。 聖女ビアンカに魔物をけしかけた罪で投獄され、処刑を免れた結果のことだ。 王女が居なくなって平和になった筈、なのだがそれから何故か原因不明の不調が蔓延し始めて……原因究明の為、王女の元婚約者が調査に乗り出した。

処理中です...