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第一章

36.復讐を問う声

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 孤独だった死に際を思い出し女神の愛し子と呼ばれた少女は涙を零し続けた。
 父の腕に抱かれ泣きじゃくっていたエリスティアだがやがて落ち着きを取り戻す。

「お父様、ごめんなさい……」
「何を謝る」
「急に泣いたりして……でも、もう大丈夫だから」

 抱きしめなくていい。そうエリスティアが言おうとした途端ユーグ男爵は彼女を優しく持ち上げた。

「えっ、えっ」

 驚く少女を白髪の美紳士は軽々と運ぶ。
 そしてソファーに腰掛けると自分の膝にエリスティアを乗せた。

「落ち着いたなら話の続きをしよう」

 それとも一旦お茶でも飲むか?
 父に言われエリスティアはブンブンと首を振る。
 この光景を侍女のイメリアに見られたら恥ずかしくて顔が真っ赤になってしまうと思ったからだ。
 それでも自分の意志で父の膝から離れたくないのは何故だろう。
 もじもじと恥じらう黒髪の少女の頭をユーグ男爵は愛おしそうに撫でた。

「そういえば、女神ラーヴァとやらもお前と同じ色の神と瞳をしていると言っていたな」

 父にそう言われエリスティアは頷く。

「それと関係するかは不明だが、この髪に関することで変わったことが分かった」
「変わったこと?」
「ああ、侍女がその前髪を散髪したことがあっただろう。その時の髪を使って実験してみた」

 大分前にお前が髪の色を変えたいと言ったことがあっただろう。
 父に言われてエリスティアは過去の発言を思い出す。
 確かにそんなことを口にした気がする。

 父の白い髪のように自分の黒髪も別の色に出来たらいいのにと。
 だが黒を別の色に上書きなど出来ないと自ら結論付け諦めていた。

「色の濃い髪の場合薬剤で色を抜いた上で染色する方法があると聞いて試したんだ」
「そんなことが出来るの?」
「薬剤で髪と肌が荒れる可能性もあるらしいが、切り落とした後の髪なら問題ないからな」

 だが駄目だった。そう父に言われエリスティアはガッカリした。
 しかしどの部分で失敗したのかには興味がある。

「どう上手くいかなかったのですか」
「そもそも髪の色が全く落ちなかった。一週間漬け込んでみてもだ」
「それは……薬が弱かったとかではなくて」
「いや、レイの髪でも実験したがそちらは綺麗に色が抜けて透き通っていた」

 つまりお前の髪には特別な何かがあるんだ。
 そう言われエリスティアは複雑な気持ちになった。

「そんな特別はあまり嬉しくないです……」
「もしかしたらそれも女神の加護なのかもしれない」
「……私には、加護というより呪いに思えます」

 黒髪の少女は暗く呟いた。
 イメリアがどれだけ優しく梳いてくれても、この髪は好きになれない。
 悲しく苦しい記憶が黒色に絡みついてくる。
 ただ同じ黒髪であるレイと出会ってからは、少しだけそんな気持ちも緩和されつつあった。
 それでも祝福だと誇りには思えない。少なくとも今は。

「そもそも女神ラーヴァはなんで私を選んだのでしょう」
「何か聞いていないのか?」
「いいえ、今思えば聞けばよかったと思います。私が死んだ後聖女扱いになっていたとは教えて貰ったけれど」
「聖女?」
「ええ、王妃の不治の病を治療して亡くなったとかで……嘘ばっかり。あの人は暴飲暴食を止めず太りすぎていただけ」

 そのせいで自分は転生する力もない程魂が疲弊してしまった。
 エリスティアの赤い瞳に恨みの炎が宿る。
 ユーグ男爵はそんな娘に静かに声をかけた。

「エリスティア、お前を殺した王家に……復讐したいか?」
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