36 / 51
第一章
35.凍える王宮
しおりを挟む
「唯一神の部下に四人の精霊がいるとされているが、調べてみたがやはり名前は確認できなかった」
父の言葉に、女神の愛し子と呼ばれていたエリスティアは首を傾げた。
そもそも唯一神は性別さえ不明なのだという。
随分と秘密主義な神様だと黒髪の少女は思った。
だがエリスティアは死んだ後束の間とはいえ実際に女神ラーヴァと会話している。
黒髪に赤い瞳の美女は人間そのものの姿だったが巨大だった。
この部屋に顕現したなら天井など軽々と突き破るだろう。
謎多き唯一神が実在するかはわからないが、女神ラーヴァは確実に存在した。
そして不思議な力で過労死したエリスティアを十年前に戻したのだ。
「唯一神の名前が、ラーヴァだという可能性はありませんか?」
「……否定は出来ない」
娘の質問にユーグ男爵は曖昧な返事をする。
「名前も性別も外見も一切わからない神だからな、だがその場合王妃の行動が理解できない」
「セイナ様の?」
「崇めている神が愛した人間を酷使し死に追いやるような真似は大罪だろう」
王家が女神ラーヴァの存在を認識しているなら尚更。
父の言葉にエリスティアは当時のことを思い出す。
女神の愛し子、女神ラーヴァに選ばれしもの。
そう王宮の大人たちはエリスティアを呼んだ。昔のエリスティアはそれが誉め言葉だと思っていた。
だが時間を巻き戻った今では生贄に近い意味なのかもしれないと考え始めている。
死後の世界で対面した女神は申し訳なさそうな顔をしていたけれど。
エリスティアは壁に飾られた風景画を見上げた。
「もしかしたら、王妃様は女神ラーヴァを崇めてはいなかったのかもしれません」
「あの方の大叔父は大神官なのにか?」
父ユーグの指摘に黒髪の少女は戸惑う。その情報は初耳だった。
確かにアキム第二王子は神託を元にこの街まで彼女を捜しに来たとも言っていた。
けれど豪奢な長椅子に横たわり食べ物を貪りエリスティアを顎で使う王妃に敬虔なイメージなど皆無だ。
王妃セイナはエリスティアを女神の愛し子と頻繁に呼んだ。
けれど丁重に使うようなことはなく、奴隷のように酷使した。治癒に対し礼を言われたことすらない。
「彼女は女神ラーヴァを見下していたのかも……」
そうエリスティアはポツリと言った。
傲慢で尊大なセイナ王妃と、姿こそ巨大だが申し訳なさそうにエリスティアに謝罪した女神ラーヴァ。
どちらの方が偉そうかと言われれば圧倒的に前者だ。
「王妃は私を女神の愛し子と呼びながら、眠る暇も与えず頻繁に自室に呼びつけ治療をさせ続けました。感謝の言葉も無く罵る、だけ……」
そして疲弊する私を誰も助けてくれなかった。
エリスティアの大きな赤い瞳から透明な雫が零れる。
十年前に戻り、父と和解し、イメリアに尽くされ、レイという親しい友人を手に入れた今でも心に抱える闇は消えない。
エリスティアは自分が死んだ時のことをまだ覚えている。忘れられないのだ。
寒くて悲しくて寂しくて、大勢の人が居る王宮で倒れたのに誰も見つけてくれなかった。
床の冷たさと体が同じ温度になり、永遠の眠りに落ちたあの記憶が消えることはないだろう。
「……お前を二度とそんな女に攫わせたりしない」
アイリスに誓う。そう亡き妻の名前を口に出しながらユーグ男爵はエリスティアを抱きしめた。
「お父様、あたたかい……私、もう寒いのは嫌……いやなの」
あの凍えそうな王宮には絶対戻りたくない。
幼子のように泣きじゃくるエリスティアが泣き止むまで白髪の男爵は娘を優しく抱きしめ続けた。
父の言葉に、女神の愛し子と呼ばれていたエリスティアは首を傾げた。
そもそも唯一神は性別さえ不明なのだという。
随分と秘密主義な神様だと黒髪の少女は思った。
だがエリスティアは死んだ後束の間とはいえ実際に女神ラーヴァと会話している。
黒髪に赤い瞳の美女は人間そのものの姿だったが巨大だった。
この部屋に顕現したなら天井など軽々と突き破るだろう。
謎多き唯一神が実在するかはわからないが、女神ラーヴァは確実に存在した。
そして不思議な力で過労死したエリスティアを十年前に戻したのだ。
「唯一神の名前が、ラーヴァだという可能性はありませんか?」
「……否定は出来ない」
娘の質問にユーグ男爵は曖昧な返事をする。
「名前も性別も外見も一切わからない神だからな、だがその場合王妃の行動が理解できない」
「セイナ様の?」
「崇めている神が愛した人間を酷使し死に追いやるような真似は大罪だろう」
王家が女神ラーヴァの存在を認識しているなら尚更。
父の言葉にエリスティアは当時のことを思い出す。
女神の愛し子、女神ラーヴァに選ばれしもの。
そう王宮の大人たちはエリスティアを呼んだ。昔のエリスティアはそれが誉め言葉だと思っていた。
だが時間を巻き戻った今では生贄に近い意味なのかもしれないと考え始めている。
死後の世界で対面した女神は申し訳なさそうな顔をしていたけれど。
エリスティアは壁に飾られた風景画を見上げた。
「もしかしたら、王妃様は女神ラーヴァを崇めてはいなかったのかもしれません」
「あの方の大叔父は大神官なのにか?」
父ユーグの指摘に黒髪の少女は戸惑う。その情報は初耳だった。
確かにアキム第二王子は神託を元にこの街まで彼女を捜しに来たとも言っていた。
けれど豪奢な長椅子に横たわり食べ物を貪りエリスティアを顎で使う王妃に敬虔なイメージなど皆無だ。
王妃セイナはエリスティアを女神の愛し子と頻繁に呼んだ。
けれど丁重に使うようなことはなく、奴隷のように酷使した。治癒に対し礼を言われたことすらない。
「彼女は女神ラーヴァを見下していたのかも……」
そうエリスティアはポツリと言った。
傲慢で尊大なセイナ王妃と、姿こそ巨大だが申し訳なさそうにエリスティアに謝罪した女神ラーヴァ。
どちらの方が偉そうかと言われれば圧倒的に前者だ。
「王妃は私を女神の愛し子と呼びながら、眠る暇も与えず頻繁に自室に呼びつけ治療をさせ続けました。感謝の言葉も無く罵る、だけ……」
そして疲弊する私を誰も助けてくれなかった。
エリスティアの大きな赤い瞳から透明な雫が零れる。
十年前に戻り、父と和解し、イメリアに尽くされ、レイという親しい友人を手に入れた今でも心に抱える闇は消えない。
エリスティアは自分が死んだ時のことをまだ覚えている。忘れられないのだ。
寒くて悲しくて寂しくて、大勢の人が居る王宮で倒れたのに誰も見つけてくれなかった。
床の冷たさと体が同じ温度になり、永遠の眠りに落ちたあの記憶が消えることはないだろう。
「……お前を二度とそんな女に攫わせたりしない」
アイリスに誓う。そう亡き妻の名前を口に出しながらユーグ男爵はエリスティアを抱きしめた。
「お父様、あたたかい……私、もう寒いのは嫌……いやなの」
あの凍えそうな王宮には絶対戻りたくない。
幼子のように泣きじゃくるエリスティアが泣き止むまで白髪の男爵は娘を優しく抱きしめ続けた。
24
お気に入りに追加
470
あなたにおすすめの小説
前世の記憶を取り戻したら貴男が好きじゃなくなりました
砂礫レキ
恋愛
公爵令嬢エミア・シュタイトは婚約者である第二王子アリオス・ルーンファクトを心から愛していた。
けれど幼い頃からの恋心をアリオスは手酷く否定し続ける。その度にエミアの心は傷つき自己嫌悪が深くなっていった。
そして婚約から十年経った時「お前は俺の子を産むだけの存在にしか過ぎない」とアリオスに言われエミアの自尊心は限界を迎える。
消えてしまいたいと強く願った彼女は己の人格と引き換えに前世の記憶を取り戻した。
救国の聖女「エミヤ」の記憶を。
表紙は三日月アルペジオ様からお借りしています。
踏み台(王女)にも事情はある
mios
恋愛
戒律の厳しい修道院に王女が送られた。
聖女ビアンカに魔物をけしかけた罪で投獄され、処刑を免れた結果のことだ。
王女が居なくなって平和になった筈、なのだがそれから何故か原因不明の不調が蔓延し始めて……原因究明の為、王女の元婚約者が調査に乗り出した。
その聖女、娼婦につき ~何もかもが遅すぎた~
ノ木瀬 優
恋愛
卒業パーティーにて、ライル王太子は、レイチェルに婚約破棄を突き付ける。それを受けたレイチェルは……。
「――あー、はい。もう、そういうのいいです。もうどうしようもないので」
あっけらかんとそう言い放った。実は、この国の聖女システムには、ある秘密が隠されていたのだ。
思い付きで書いてみました。全2話、本日中に完結予定です。
設定ガバガバなところもありますが、気楽に楽しんで頂けたら幸いです。
R15は保険ですので、安心してお楽しみ下さい。
【完結】勇者を闇堕ちさせる極悪王女に転生しました。死にたくないので真っ当に暗躍します。
砂礫レキ
ファンタジー
深夜番組の中でも一際視聴者を選ぶダークファンタジーアニメ。『裏切られ勇者は血の復讐歌をウタう』
話は矛盾だらけ、陰惨だが退屈な展開が続くそのアニメを観続ける目的はただ一つ。
結婚を断られた腹いせに勇者の故郷の村を焼き、大切な聖女を殺した極悪王女ミリアロゼ・フォーティア・ルクス。
ラスボスポジションのせいで中々死なない彼女に鉄槌が下される瞬間を見届ける為。
アニメ最終回でとうとう闇堕ち勇者により惨殺される極悪王女。
そして次の瞬間あっさり自害する闇落ち勇者シオン。
突然の展開に驚いていると大地震が起き、目を開くとそこは王宮で自分は鞭を持っていた。
極悪王女ミリアロゼ愛用の悪趣味な黒革の鞭をだ。
完結済み。カクヨム様で先行掲載しております。
https://kakuyomu.jp/works/16816410413876936418
表紙は三日月アルペジオ様からお借りしました。
神託を聞けた姉が聖女に選ばれました。私、女神様自体を見ることが出来るんですけど… (21話完結 作成済み)
京月
恋愛
両親がいない私達姉妹。
生きていくために身を粉にして働く妹マリン。
家事を全て妹の私に押し付けて、村の男の子たちと遊ぶ姉シーナ。
ある日、ゼラス教の大司祭様が我が家を訪ねてきて神託が聞けるかと質問してきた。
姉「あ、私聞けた!これから雨が降るって!!」
司祭「雨が降ってきた……!間違いない!彼女こそが聖女だ!!」
妹「…(このふわふわ浮いている女性誰だろう?)」
※本日を持ちまして完結とさせていただきます。
更新が出来ない日があったり、時間が不定期など様々なご迷惑をおかけいたしましたが、この作品を読んでくださった皆様には感謝しかございません。
ありがとうございました。
《勘違い》で婚約破棄された令嬢は失意のうちに自殺しました。
友坂 悠
ファンタジー
「婚約を考え直そう」
貴族院の卒業パーティーの会場で、婚約者フリードよりそう告げられたエルザ。
「それは、婚約を破棄されるとそういうことなのでしょうか?」
耳を疑いそう聞き返すも、
「君も、その方が良いのだろう?」
苦虫を噛み潰すように、そう吐き出すフリードに。
全てに絶望し、失意のうちに自死を選ぶエルザ。
絶景と評判の観光地でありながら、自殺の名所としても知られる断崖絶壁から飛び降りた彼女。
だったのですが。
契約破棄された聖女は帰りますけど
基本二度寝
恋愛
「聖女エルディーナ!あなたとの婚約を破棄する」
「…かしこまりました」
王太子から婚約破棄を宣言され、聖女は自身の従者と目を合わせ、頷く。
では、と身を翻す聖女を訝しげに王太子は見つめた。
「…何故理由を聞かない」
※短編(勢い)
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる