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第一章

35.凍える王宮

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「唯一神の部下に四人の精霊がいるとされているが、調べてみたがやはり名前は確認できなかった」

 父の言葉に、女神の愛し子と呼ばれていたエリスティアは首を傾げた。
 そもそも唯一神は性別さえ不明なのだという。
 随分と秘密主義な神様だと黒髪の少女は思った。

 だがエリスティアは死んだ後束の間とはいえ実際に女神ラーヴァと会話している。
 黒髪に赤い瞳の美女は人間そのものの姿だったが巨大だった。
 この部屋に顕現したなら天井など軽々と突き破るだろう。

 謎多き唯一神が実在するかはわからないが、女神ラーヴァは確実に存在した。
 そして不思議な力で過労死したエリスティアを十年前に戻したのだ。

「唯一神の名前が、ラーヴァだという可能性はありませんか?」
「……否定は出来ない」

 娘の質問にユーグ男爵は曖昧な返事をする。

「名前も性別も外見も一切わからない神だからな、だがその場合王妃の行動が理解できない」
「セイナ様の?」
「崇めている神が愛した人間を酷使し死に追いやるような真似は大罪だろう」 

 王家が女神ラーヴァの存在を認識しているなら尚更。
 父の言葉にエリスティアは当時のことを思い出す。
 女神の愛し子、女神ラーヴァに選ばれしもの。

 そう王宮の大人たちはエリスティアを呼んだ。昔のエリスティアはそれが誉め言葉だと思っていた。
 だが時間を巻き戻った今では生贄に近い意味なのかもしれないと考え始めている。
 死後の世界で対面した女神は申し訳なさそうな顔をしていたけれど。
 エリスティアは壁に飾られた風景画を見上げた。 

「もしかしたら、王妃様は女神ラーヴァを崇めてはいなかったのかもしれません」
「あの方の大叔父は大神官なのにか?」

 父ユーグの指摘に黒髪の少女は戸惑う。その情報は初耳だった。
 確かにアキム第二王子は神託を元にこの街まで彼女を捜しに来たとも言っていた。
 けれど豪奢な長椅子に横たわり食べ物を貪りエリスティアを顎で使う王妃に敬虔なイメージなど皆無だ。
  
 王妃セイナはエリスティアを女神の愛し子と頻繁に呼んだ。
 けれど丁重に使うようなことはなく、奴隷のように酷使した。治癒に対し礼を言われたことすらない。 

「彼女は女神ラーヴァを見下していたのかも……」

 そうエリスティアはポツリと言った。
 傲慢で尊大なセイナ王妃と、姿こそ巨大だが申し訳なさそうにエリスティアに謝罪した女神ラーヴァ。
 どちらの方が偉そうかと言われれば圧倒的に前者だ。

「王妃は私を女神の愛し子と呼びながら、眠る暇も与えず頻繁に自室に呼びつけ治療をさせ続けました。感謝の言葉も無く罵る、だけ……」

 そして疲弊する私を誰も助けてくれなかった。
 エリスティアの大きな赤い瞳から透明な雫が零れる。

 十年前に戻り、父と和解し、イメリアに尽くされ、レイという親しい友人を手に入れた今でも心に抱える闇は消えない。
 エリスティアは自分が死んだ時のことをまだ覚えている。忘れられないのだ。
 寒くて悲しくて寂しくて、大勢の人が居る王宮で倒れたのに誰も見つけてくれなかった。
 床の冷たさと体が同じ温度になり、永遠の眠りに落ちたあの記憶が消えることはないだろう。

「……お前を二度とそんな女に攫わせたりしない」

 アイリスに誓う。そう亡き妻の名前を口に出しながらユーグ男爵はエリスティアを抱きしめた。

「お父様、あたたかい……私、もう寒いのは嫌……いやなの」

 あの凍えそうな王宮には絶対戻りたくない。
 幼子のように泣きじゃくるエリスティアが泣き止むまで白髪の男爵は娘を優しく抱きしめ続けた。
 
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