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第一章
34.禁じられた偶像崇拝
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「どうやってって……幾つか方法はあるが」
お前が心配するようなことじゃない。そうユーグ男爵は娘に告げようとした。
しかしエリスティアの真剣な表情を見て一度口を閉じる。
そして椅子から立ち上がると壁に飾られた絵に近づいていった。
立派な額に収められているのは農村の風景だ。季節は春だろうか。
畑の作物に野辺に咲く花、作業をする農民たちと傍らで大人しくしている馬と犬。
のどかなのに情報が多く見て楽しくなる絵だ。
ユーグ男爵はその絵を指差すと淡々と言う。
「この絵を売れば侍女になったイメリアの給与十年分が賄えるな」
「ええっ」
エリスティアは驚いた。
具体的な金額は知らないがイメリアが給与で生活していることはわかる。
つまりこの小さな風景画一つ売った金ででメリアは十年間暮らしていけるのだ。
そして執務室を見渡せば似たような絵が何枚も額縁に入れて飾られていた。
今のエリスティアにはそれが全て金貨の塊にしか見えない。
自分の視界を正常に戻そうと頬を何回か叩く。
そんな彼女にユーグ男爵は更に爆弾を投下した。
「この絵は私が描いたものだ。」
「この絵を、全部……!?」
「そうだ、だからここの絵を売っても金が足りないなら又新しく絵を描けばいい」
そうすれば私とお前が暮らす為の資金は十分に手に入る。
珍しくにっこりと笑う父に黒髪の少女は唖然とした。
彼にそんな才能があったなんて初めて知ったのだ。
「ただ一気に全部売ってしまうと買い叩かれてしまうから、数年かけて少しずつ放出するつもりだ」
「な、成程……流石ですお父様」
今後父の腕が負傷するようなことは絶対にないようにしよう。
エリスティアは内心で誓った。
しかし画家として大切な手をあの日の父は躊躇いなく刃物で切った。
エリスティアの治癒能力の確認とはいえ、今考えると寒気がする。
「男爵家の財産は極力持っていかない。身分もだ。だがお前に暮らしに不自由させるつもりはない」
安心しなさい。優しく頭を撫でられてエリスティアは頬を赤くした。
そして頬を染めたまま疑問を呟く。
「男爵家の財産は……新しい男爵様に全部お渡しするのですか?」
「そうだ。アスラ国では画家一家として暮らす。この風景画が同じように売れるかは分からないが……その時は人物画を試してみるさ」
この国と違って禁止されていない筈だからな。
ユーグ男爵の言葉にエリスティアは首を傾げた。
「もしかしてこの国では人物画を描くのは禁止されているのですか?」
それはまだ家庭教師に教えて貰っていない情報だ。
好奇心で赤い瞳を輝かせるエリスティアを前にユーグ男爵は少し考え込む。
そしてゆっくりと口を開いた。
「人物画自体は禁止されていない。ただ需要が無いんだ。この国は偶像崇拝が法で禁止されているから」
名前すら存在しない全能の神をこの国は崇める。
教会と国王はその尊き存在の姿を模倣することを固く禁じた。
絵画も彫像も禁止。姿形の情報を文章で残すこともいけない。
結果国内で人間をモデルにした芸術は廃れている。
そうユーグ・フィリス男爵は娘に話した。
エリスティアはその説明を無言で聞き口を開く。
「じゃあ、王妃や王子や王宮の人々が崇めていた女神ラーヴァって……一体何だったのでしょう?」
彼女がこの国の唯一神だったということだろうか。
エリスティアの言葉に父は「わからない」と答えた。
お前が心配するようなことじゃない。そうユーグ男爵は娘に告げようとした。
しかしエリスティアの真剣な表情を見て一度口を閉じる。
そして椅子から立ち上がると壁に飾られた絵に近づいていった。
立派な額に収められているのは農村の風景だ。季節は春だろうか。
畑の作物に野辺に咲く花、作業をする農民たちと傍らで大人しくしている馬と犬。
のどかなのに情報が多く見て楽しくなる絵だ。
ユーグ男爵はその絵を指差すと淡々と言う。
「この絵を売れば侍女になったイメリアの給与十年分が賄えるな」
「ええっ」
エリスティアは驚いた。
具体的な金額は知らないがイメリアが給与で生活していることはわかる。
つまりこの小さな風景画一つ売った金ででメリアは十年間暮らしていけるのだ。
そして執務室を見渡せば似たような絵が何枚も額縁に入れて飾られていた。
今のエリスティアにはそれが全て金貨の塊にしか見えない。
自分の視界を正常に戻そうと頬を何回か叩く。
そんな彼女にユーグ男爵は更に爆弾を投下した。
「この絵は私が描いたものだ。」
「この絵を、全部……!?」
「そうだ、だからここの絵を売っても金が足りないなら又新しく絵を描けばいい」
そうすれば私とお前が暮らす為の資金は十分に手に入る。
珍しくにっこりと笑う父に黒髪の少女は唖然とした。
彼にそんな才能があったなんて初めて知ったのだ。
「ただ一気に全部売ってしまうと買い叩かれてしまうから、数年かけて少しずつ放出するつもりだ」
「な、成程……流石ですお父様」
今後父の腕が負傷するようなことは絶対にないようにしよう。
エリスティアは内心で誓った。
しかし画家として大切な手をあの日の父は躊躇いなく刃物で切った。
エリスティアの治癒能力の確認とはいえ、今考えると寒気がする。
「男爵家の財産は極力持っていかない。身分もだ。だがお前に暮らしに不自由させるつもりはない」
安心しなさい。優しく頭を撫でられてエリスティアは頬を赤くした。
そして頬を染めたまま疑問を呟く。
「男爵家の財産は……新しい男爵様に全部お渡しするのですか?」
「そうだ。アスラ国では画家一家として暮らす。この風景画が同じように売れるかは分からないが……その時は人物画を試してみるさ」
この国と違って禁止されていない筈だからな。
ユーグ男爵の言葉にエリスティアは首を傾げた。
「もしかしてこの国では人物画を描くのは禁止されているのですか?」
それはまだ家庭教師に教えて貰っていない情報だ。
好奇心で赤い瞳を輝かせるエリスティアを前にユーグ男爵は少し考え込む。
そしてゆっくりと口を開いた。
「人物画自体は禁止されていない。ただ需要が無いんだ。この国は偶像崇拝が法で禁止されているから」
名前すら存在しない全能の神をこの国は崇める。
教会と国王はその尊き存在の姿を模倣することを固く禁じた。
絵画も彫像も禁止。姿形の情報を文章で残すこともいけない。
結果国内で人間をモデルにした芸術は廃れている。
そうユーグ・フィリス男爵は娘に話した。
エリスティアはその説明を無言で聞き口を開く。
「じゃあ、王妃や王子や王宮の人々が崇めていた女神ラーヴァって……一体何だったのでしょう?」
彼女がこの国の唯一神だったということだろうか。
エリスティアの言葉に父は「わからない」と答えた。
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