上 下
35 / 51
第一章

34.禁じられた偶像崇拝

しおりを挟む
「どうやってって……幾つか方法はあるが」

 お前が心配するようなことじゃない。そうユーグ男爵は娘に告げようとした。
 しかしエリスティアの真剣な表情を見て一度口を閉じる。

 そして椅子から立ち上がると壁に飾られた絵に近づいていった。
 立派な額に収められているのは農村の風景だ。季節は春だろうか。
 畑の作物に野辺に咲く花、作業をする農民たちと傍らで大人しくしている馬と犬。

 のどかなのに情報が多く見て楽しくなる絵だ。
 ユーグ男爵はその絵を指差すと淡々と言う。

「この絵を売れば侍女になったイメリアの給与十年分が賄えるな」
「ええっ」

 エリスティアは驚いた。
 具体的な金額は知らないがイメリアが給与で生活していることはわかる。
 つまりこの小さな風景画一つ売った金ででメリアは十年間暮らしていけるのだ。

 そして執務室を見渡せば似たような絵が何枚も額縁に入れて飾られていた。
 今のエリスティアにはそれが全て金貨の塊にしか見えない。
 自分の視界を正常に戻そうと頬を何回か叩く。
 そんな彼女にユーグ男爵は更に爆弾を投下した。

「この絵は私が描いたものだ。」
「この絵を、全部……!?」
「そうだ、だからここの絵を売っても金が足りないなら又新しく絵を描けばいい」

 そうすれば私とお前が暮らす為の資金は十分に手に入る。
 珍しくにっこりと笑う父に黒髪の少女は唖然とした。

 彼にそんな才能があったなんて初めて知ったのだ。

「ただ一気に全部売ってしまうと買い叩かれてしまうから、数年かけて少しずつ放出するつもりだ」
「な、成程……流石ですお父様」

 今後父の腕が負傷するようなことは絶対にないようにしよう。
 エリスティアは内心で誓った。
 しかし画家として大切な手をあの日の父は躊躇いなく刃物で切った。
 エリスティアの治癒能力の確認とはいえ、今考えると寒気がする。

「男爵家の財産は極力持っていかない。身分もだ。だがお前に暮らしに不自由させるつもりはない」

 安心しなさい。優しく頭を撫でられてエリスティアは頬を赤くした。
 そして頬を染めたまま疑問を呟く。


「男爵家の財産は……新しい男爵様に全部お渡しするのですか?」
「そうだ。アスラ国では画家一家として暮らす。この風景画が同じように売れるかは分からないが……その時は人物画を試してみるさ」

 この国と違って禁止されていない筈だからな。
 ユーグ男爵の言葉にエリスティアは首を傾げた。

「もしかしてこの国では人物画を描くのは禁止されているのですか?」

 それはまだ家庭教師に教えて貰っていない情報だ。
 好奇心で赤い瞳を輝かせるエリスティアを前にユーグ男爵は少し考え込む。

 そしてゆっくりと口を開いた。

「人物画自体は禁止されていない。ただ需要が無いんだ。この国は偶像崇拝が法で禁止されているから」

 名前すら存在しない全能の神をこの国は崇める。
 教会と国王はその尊き存在の姿を模倣することを固く禁じた。
 絵画も彫像も禁止。姿形の情報を文章で残すこともいけない。

 結果国内で人間をモデルにした芸術は廃れている。
 そうユーグ・フィリス男爵は娘に話した。

 エリスティアはその説明を無言で聞き口を開く。


「じゃあ、王妃や王子や王宮の人々が崇めていた女神ラーヴァって……一体何だったのでしょう?」

 彼女がこの国の唯一神だったということだろうか。
 エリスティアの言葉に父は「わからない」と答えた。


しおりを挟む
感想 16

あなたにおすすめの小説

前世の記憶を取り戻したら貴男が好きじゃなくなりました

砂礫レキ
恋愛
公爵令嬢エミア・シュタイトは婚約者である第二王子アリオス・ルーンファクトを心から愛していた。 けれど幼い頃からの恋心をアリオスは手酷く否定し続ける。その度にエミアの心は傷つき自己嫌悪が深くなっていった。 そして婚約から十年経った時「お前は俺の子を産むだけの存在にしか過ぎない」とアリオスに言われエミアの自尊心は限界を迎える。 消えてしまいたいと強く願った彼女は己の人格と引き換えに前世の記憶を取り戻した。 救国の聖女「エミヤ」の記憶を。 表紙は三日月アルペジオ様からお借りしています。

やり直し令嬢は何もしない

黒姫
恋愛
逆行転生した令嬢が何もしない事で自分と妹を死の運命から救う話

妹と寝たんですか?エセ聖女ですよ?~妃の座を奪われかけた令嬢の反撃~

岡暁舟
恋愛
100年に一度の確率で、令嬢に宿るとされる、聖なる魂。これを授かった令嬢は聖女と認定され、無条件で時の皇帝と婚約することになる。そして、その魂を引き当てたのが、この私、エミリー・バレットである。 本来ならば、私が皇帝と婚約することになるのだが、どういうわけだか、偽物の聖女を名乗る不届き者がいるようだ。その名はジューン・バレット。私の妹である。 別にどうしても皇帝と婚約したかったわけではない。でも、妹に裏切られたと思うと、少し癪だった。そして、既に二人は一夜を過ごしてしまったそう!ジューンの笑顔と言ったら……ああ、憎たらしい! そんなこんなで、いよいよ私に名誉挽回のチャンスが回ってきた。ここで私が聖女であることを証明すれば……。

今更困りますわね、廃妃の私に戻ってきて欲しいだなんて

nanahi
恋愛
陰謀により廃妃となったカーラ。最愛の王と会えないまま、ランダム転送により異世界【日本国】へ流罪となる。ところがある日、元の世界から迎えの使者がやって来た。盾の神獣の加護を受けるカーラがいなくなったことで、王国の守りの力が弱まり、凶悪モンスターが大繁殖。王国を救うため、カーラに戻ってきてほしいと言うのだ。カーラは日本の便利グッズを手にチート能力でモンスターと戦うのだが…

タダ働きなので待遇改善を求めて抗議したら、精霊達から「破壊神」と怖れられています。

渡里あずま
ファンタジー
出来損ないの聖女・アガタ。 しかし、精霊の加護を持つ新たな聖女が現れて、王子から婚約破棄された時――彼女は、前世(現代)の記憶を取り戻した。 「それなら、今までの報酬を払って貰えますか?」 ※※※ 虐げられていた子が、モフモフしながらやりたいことを探す旅に出る話です。 ※重複投稿作品※ 表紙の使用画像は、AdobeStockのものです。

投獄された聖女は祈るのをやめ、自由を満喫している。

七辻ゆゆ
ファンタジー
「偽聖女リーリエ、おまえとの婚約を破棄する。衛兵、偽聖女を地下牢に入れよ!」  リーリエは喜んだ。 「じゆ……、じゆう……自由だわ……!」  もう教会で一日中祈り続けなくてもいいのだ。

「次点の聖女」

手嶋ゆき
恋愛
 何でもかんでも中途半端。万年二番手。どんなに努力しても一位には決してなれない存在。  私は「次点の聖女」と呼ばれていた。  約一万文字強で完結します。  小説家になろう様にも掲載しています。

【完結】聖女を害した公爵令嬢の私は国外追放をされ宿屋で住み込み女中をしております。え、偽聖女だった? ごめんなさい知りません。

藍生蕗
恋愛
 かれこれ五年ほど前、公爵令嬢だった私───オリランダは、王太子の婚約者と実家の娘の立場の両方を聖女であるメイルティン様に奪われた事を許せずに、彼女を害してしまいました。しかしそれが王太子と実家から不興を買い、私は国外追放をされてしまいます。  そうして私は自らの罪と向き合い、平民となり宿屋で住み込み女中として過ごしていたのですが……  偽聖女だった? 更にどうして偽聖女の償いを今更私がしなければならないのでしょうか? とりあえず今幸せなので帰って下さい。 ※ 設定は甘めです ※ 他のサイトにも投稿しています

処理中です...