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第一章

33.父への贈り物と質問

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「有難うエリスティア、このクッキーは凄く美味しい」
「……まだ口に運ばれていないようですけど」
「いや、わかる。これは絶対に美味しい」

 何故ならお前が私の為に作ってくれたものだから。
 午後の執務室、手作りのクッキーを持って来た愛娘の頭を撫でながらユーグ・フィリス男爵は言った。
 エリスティアと一緒に来た侍女のイメリアは二人に紅茶を用意した後は廊下で待機している。
 親子水入らずにさせたいと気を遣って出て行ったのだ。
 彼女の姿が部屋から消えるなり男爵は自らの薄い唇の隙間にクッキーを差し込んだ。
 そして味わうように何回もゆっくりと咀嚼する。

「香ばしくて歯ごたえもいい。甘さも私には丁度いい」

 有難う。礼を言いながら白髪の美紳士は優しく微笑む。
 エリスティアも笑い返しながらクッキーを口に運ぶ。
 焦げる一歩手前の香ばしさと、力を入れてやっと噛み砕ける硬度。
 そして明らかに足りていない甘さは途中で小麦粉を継ぎ足した時に砂糖を追加し忘れたせいだ。

 大人しくイメリアの用意したクッキー生地の型抜きだけやっていれば良かった。
 そうエリスティアは内心後悔した。
 イメリアに教わってお菓子作りを初めてから五回目。
 今回初めてエリスティア自身が粉の分量決めから行った結果、過去最低の出来のクッキーが出来てしまった。

 それなのにイメリアが「こちらは絶対お父様に差し上げるべきです」と強く主張したから持って来たのだ。
 こんなのを食べさせたら嫌われてしまうと拒むエリスティアにそれは絶対有り得ないと侍女は断言した。

「御嬢様が初めて最初から最後までご自分で作ったものだというのが重要なのです!」

 初めて焼いたクッキーを食べられなかったことを男爵様は嘆かれていたでしょう?
 そう重ねて言われてエリスティアはその時の事を思い出した。
 初めてのお菓子作りはシンプルなバタークッキーだった。

 イメリアが用意した生地を型抜きしてオーブンで焼いただけだ。
 オーブンの下準備も焼きあがるまでの見守りもイメリアが行った。
 結果クッキーは無難に美味しかったが、エリスティアはそれを父に差し入れなかった。
 
 彼は男爵家当主なのだから色々な物を食べて舌も肥えているだろう。
 それに氷のような美貌を持つ父が素朴なバタークッキーを食べる光景がエリスティアには想像できなかった。
 だからもう少し凝ったお菓子を自分一人で完成出来てからプレゼントしたいと思ったのだ。
 
 結果エリスティアの初めてのクッキーは彼女とイメリアそしてレイと家庭教師の女性たちの腹に消えた。
 そのことを知った父に呼び出されて、二十分近く無言でこちらを見つめられた後「やはり、私が許せないか……?」と泣きそうな目で言われた時はびっくりした。
 吃驚仰天したエリスティアは慌ててそれを否定したが、彼がクッキーの件で落ち込んでいたことを知ったのは侍女のイメリア経由だった。

 直接言ってくれれば良かったのにと思いながらエリスティアはその後クッキー作りを熱心に行い、今回初めて自らの力だけで完成させた。
 お世辞にも良い出来とは言えないが父は非常に喜んでいる。

「この素晴らしい贈り物に礼をしたい。何か欲しい物はあるか?」

 そう珍しく機嫌の良さを顔に浮かべて言う父にエリスティアは考え込む。
 欲しい物と言われて幾つか候補が頭に浮かぶ。

「あの、アスラ国に関する本があれば読みたいです」
「わかった、探してみよう。他には?」
「他に……?あっ、じゃあ一つ聞いてもいいですか」

 こういうことを聞くのは下品かもしれない。そう躊躇うエリスティアをユーグ男爵は優しく促す。

「構わない。叱らないから言うだけ言ってみなさい」
「はい、あの……お父様は爵位を返上した後はどうやってお金を稼ぐおつもりですか?」

 その質問は予想していなかったのか、彼は美しい青の瞳を見開いて対面の娘を見つめた。

  
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