上 下
31 / 51
第一章

30.廊下で二人きり

しおりを挟む
「さっきの話を聞いて……アスラ国が嫌いになったか?」

 扉越しのレイの問いかけにエリスティアは返答に迷う。
 嫌いとは又違う。ただショックだった。

 でもその原因は自分がアスラ国に対して都合のいいイメージを抱いていたからだ。
 よく知りもしないのに、黒髪を受け入れるという一点で素晴らしい楽園だと思ってしまった。
 エリスティアはそう自分の中で結論づけると口を開いた。

「嫌いには、なっていないわ。ただ少し怖くなったの。私の目も真っ赤だから……」

 アスラ国の人たちにも嫌われたり恐れられたりしたらどうしよう。
 そう言葉にした途端エリスティアの瞳から涙が零れ落ちた。
 扉を閉じたままで良かったと黒髪の少女は思う。
 この程度で泣いてしまう程弱い人間だとレイに思われたくなかった。

「でも、今は平気。妹巫女は可哀想だけれど、私は彼女みたいにはならないから」

 エリスティアの言葉は半分は本音で半分は強がりだった。
 与えられない信頼を求めて身を削るような真似なんて二度としない。
 言いなりになっていればいつか救われるなんて思わない。

 王宮で王妃セイナからの呼び出しに怯え、アキム第二王子の訪れを待ち望んでいた日々。
 でも彼が助けに来てくれることは無くエリスティアは疲れ果て一人ぼっちで死んでいった。

 当たり前だ。そもそも地獄に連れてきたのが彼なのだから。
 アキム王子の役割はきっとそれで終わり。
 実際会うことが出来たとしても、王宮から逃がしてくれる筈なんて無かった。 

 エリスティアを王妃への生贄に捧げた彼は、その頃平民の恋人と愛し合っていたのかもしれない。
 アキム王子を憎いと思うより、自分が哀れだなと思う。
 何も知らなくて、愛されたくて、求められたくて、助けられたくて、抜け出したくて、必死だった。
 
 少年が笑顔で差し伸べた手の先の企みなど全く見えないまま、必死でその手に縋った。

 でも今は違う。

「私は尽くす相手は選ぶ。自分を利用するだけの人に関わることはしない」

 それにそういう人たちは国なんて関係なく、どこにでもいるでしょう?
 そうエリスティアは皮肉気に笑った。

「アスラ国に行く前にさっきの話を知って寧ろ良かったと思う。心構えが出来たもの」
「エリスティア……」
「ただ、赤い目がそんなに嫌われているなら対策は必要よね」

 包帯でも巻いて見えなくした方がいいだろうか。
 エリスティアがそんなことを考えていると扉が向うから軽く叩かれた。

「ごめん、やっぱり中に入っていいか」

 そうレイに聞かれ、エリスティアは自ら扉を開く。
 黒髪の少年が廊下に立っていた。イメリアの姿は無い。


「イメリアはついてきていないのね」
「お前の部屋に居るよ。呼べばすぐ来ると思う」

 二人きりが嫌なら、そうレイが言う。エリスティアは別に嫌じゃないと答えた。

「でもお部屋で二人きりはお父さまが怒るわね」
「じゃあ廊下で話そう」

 黒髪の少年に言われてエリスティアは頷いた。 
 二人の子供は仲良く廊下にしゃがみ込む。

「目、見えなくするなんて言うなよ」

 そんなに綺麗なのに。
 レイにそう言われエリスティアは自らの頬に熱が集まるのを感じた。
 
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

前世の記憶を取り戻したら貴男が好きじゃなくなりました

砂礫レキ
恋愛
公爵令嬢エミア・シュタイトは婚約者である第二王子アリオス・ルーンファクトを心から愛していた。 けれど幼い頃からの恋心をアリオスは手酷く否定し続ける。その度にエミアの心は傷つき自己嫌悪が深くなっていった。 そして婚約から十年経った時「お前は俺の子を産むだけの存在にしか過ぎない」とアリオスに言われエミアの自尊心は限界を迎える。 消えてしまいたいと強く願った彼女は己の人格と引き換えに前世の記憶を取り戻した。 救国の聖女「エミヤ」の記憶を。 表紙は三日月アルペジオ様からお借りしています。

その聖女、娼婦につき ~何もかもが遅すぎた~

ノ木瀬 優
恋愛
 卒業パーティーにて、ライル王太子は、レイチェルに婚約破棄を突き付ける。それを受けたレイチェルは……。 「――あー、はい。もう、そういうのいいです。もうどうしようもないので」  あっけらかんとそう言い放った。実は、この国の聖女システムには、ある秘密が隠されていたのだ。  思い付きで書いてみました。全2話、本日中に完結予定です。  設定ガバガバなところもありますが、気楽に楽しんで頂けたら幸いです。    R15は保険ですので、安心してお楽しみ下さい。

踏み台(王女)にも事情はある

mios
恋愛
戒律の厳しい修道院に王女が送られた。 聖女ビアンカに魔物をけしかけた罪で投獄され、処刑を免れた結果のことだ。 王女が居なくなって平和になった筈、なのだがそれから何故か原因不明の不調が蔓延し始めて……原因究明の為、王女の元婚約者が調査に乗り出した。

【完結】魅了が解けたあと。

恋愛
国を魔物から救った英雄。 元平民だった彼は、聖女の王女とその仲間と共に国を、民を守った。 その後、苦楽を共にした英雄と聖女は共に惹かれあい真実の愛を紡ぐ。 あれから何十年___。 仲睦まじくおしどり夫婦と言われていたが、 とうとう聖女が病で倒れてしまう。 そんな彼女をいつまも隣で支え最後まで手を握り続けた英雄。 彼女が永遠の眠りへとついた時、彼は叫声と共に表情を無くした。 それは彼女を亡くした虚しさからだったのか、それとも・・・・・ ※すべての物語が都合よく魅了が暴かれるとは限らない。そんなお話。 ______________________ 少し回りくどいかも。 でも私には必要な回りくどさなので最後までお付き合い頂けると嬉しいです。

【完結】勇者を闇堕ちさせる極悪王女に転生しました。死にたくないので真っ当に暗躍します。

砂礫レキ
ファンタジー
深夜番組の中でも一際視聴者を選ぶダークファンタジーアニメ。『裏切られ勇者は血の復讐歌をウタう』 話は矛盾だらけ、陰惨だが退屈な展開が続くそのアニメを観続ける目的はただ一つ。 結婚を断られた腹いせに勇者の故郷の村を焼き、大切な聖女を殺した極悪王女ミリアロゼ・フォーティア・ルクス。 ラスボスポジションのせいで中々死なない彼女に鉄槌が下される瞬間を見届ける為。 アニメ最終回でとうとう闇堕ち勇者により惨殺される極悪王女。 そして次の瞬間あっさり自害する闇落ち勇者シオン。 突然の展開に驚いていると大地震が起き、目を開くとそこは王宮で自分は鞭を持っていた。 極悪王女ミリアロゼ愛用の悪趣味な黒革の鞭をだ。 完結済み。カクヨム様で先行掲載しております。 https://kakuyomu.jp/works/16816410413876936418 表紙は三日月アルペジオ様からお借りしました。

【完結】聖女を害した公爵令嬢の私は国外追放をされ宿屋で住み込み女中をしております。え、偽聖女だった? ごめんなさい知りません。

藍生蕗
恋愛
 かれこれ五年ほど前、公爵令嬢だった私───オリランダは、王太子の婚約者と実家の娘の立場の両方を聖女であるメイルティン様に奪われた事を許せずに、彼女を害してしまいました。しかしそれが王太子と実家から不興を買い、私は国外追放をされてしまいます。  そうして私は自らの罪と向き合い、平民となり宿屋で住み込み女中として過ごしていたのですが……  偽聖女だった? 更にどうして偽聖女の償いを今更私がしなければならないのでしょうか? とりあえず今幸せなので帰って下さい。 ※ 設定は甘めです ※ 他のサイトにも投稿しています

舞台装置は壊れました。

ひづき
恋愛
公爵令嬢は予定通り婚約者から破棄を言い渡された。 婚約者の隣に平民上がりの聖女がいることも予定通り。 『お前は未来の国王と王妃を舞台に押し上げるための装置に過ぎん。それをゆめゆめ忘れるな』 全てはセイレーンの父と王妃の書いた台本の筋書き通り─── ※一部過激な単語や設定があるため、R15(保険)とさせて頂きます 2020/10/30 お気に入り登録者数50超え、ありがとうございます(((o(*゚▽゚*)o))) 2020/11/08 舞台装置は壊れました。の続編に当たる『不確定要素は壊れました。』を公開したので、そちらも宜しくお願いします。

番から逃げる事にしました

みん
恋愛
リュシエンヌには前世の記憶がある。 前世で人間だった彼女は、結婚を目前に控えたある日、熊族の獣人の番だと判明し、そのまま熊族の領地へ連れ去られてしまった。それからの彼女の人生は大変なもので、最期は番だった自分を恨むように生涯を閉じた。 彼女は200年後、今度は自分が豹の獣人として生まれ変わっていた。そして、そんな記憶を持ったリュシエンヌが番と出会ってしまい、そこから、色んな事に巻き込まれる事になる─と、言うお話です。 ❋相変わらずのゆるふわ設定で、メンタルも豆腐並なので、軽い気持ちで読んで下さい。 ❋独自設定有りです。 ❋他視点の話もあります。 ❋誤字脱字は気を付けていますが、あると思います。すみません。

処理中です...