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第一章

29.楽園への失望

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 エリスティアは遊戯室に入ると子供用のブランコに無言で座った。
 先程聞いたアスラ国の昔話が頭に残って離れなかった。

 報われぬまま死んでいった妹巫女。髪の色こそ真逆だが瞳の色は同じ赤だ。
 そして癒しの力を持つということも。

「怖い……」

 黒髪の少女はぽつりと呟く。今までアスラ国の人間に勝手に親近感を抱いていた。
 髪の色が同じと言うだけでだ。けれど、向うの国にも差別はあるらしい。
 当たり前と言えば当たり前のことだ。

 自分の真っ赤な瞳はアスラ国でも目立ってしまうのだろうか。
 そして、忌まわしい物として見られてしまうのだろうか。
 民に尽くし、それでも受け入れられなかった哀れな巫女姫のように。

 そして奴隷のように癒しの力で奉仕を強いられるのか。
 又、疲れ果てて死ぬまで。

「こわい……」

 エリスティアは繰り返す。勝手にアスラ国を楽園だと信じていた。
 自分を受け入れてくれる素晴らしい国だと。
 無邪気に思い込んでいたからこんなにもショックなのだ。 

 なら、アスラ国を目指すのを諦めるかと問われればエリスティアは首を振る。
 差別があったとしてもこの国に居続けるよりは安全だろう。
 王家の人間直々に追われ捕えられ命を奪われることはない筈だから。

 エリスティアはアスラ国でも癒しの力は隠し続けるつもりだった。
 父からも口止めされていたし、彼女自身も話すつもりはなかった。

 だからレイもエリスティアの能力について一切知らないのだ。
 当然死に戻ったことも。

 それなのに彼が語った物語の妹巫女はエリスティアに似通っていた。
 人を癒す日々に疲れ果て命を失うところまで同じだった。

 だから余計に驚いたし、強く衝撃を受けたのだ。

「楽園なんて、どこにも無いってことね」

 黒髪の少女は幼い顔に皮肉気な笑みを浮かべる。それは無邪気過ぎた自分への嘲りだった。
 でも辛くても今知ることが出来て良かったと思う。
 アスラ国大して心構えが出来た。

「それにお父様の髪の色も、何か対策しなければいけないかも……お話しなければ」

 ユーグ男爵の髪は心労で金色から白に変わっている。
 アスラ国に渡る際は黒く染めた方がいいかもしれない。

 エリスティアやレイの漆黒の髪と違い、彼の髪は他の色に染まりやすい筈だ。

「私の髪は、最悪つるりと丸坊主にするしかないわね」


 父は断固反対するだろうけれど。エリスティアは自分の長い黒髪を摘み上げる。
 本当は今だってもっと短く切り揃えてしまいたいのだ。
 金のカツラが違和感なくかぶれるぐらいまで。

「もし目の色も変えられるなら、寧ろ金の髪の男爵令嬢として表に出るのもありかもしれないのに」

 そうすればフィリス男爵家の娘は黒髪でないと広く知られ、王家を騙せるかもしれない。
 これも楽観的過ぎる考えだろうか。

 そういえばレイの髪も大分伸びた。令嬢のように纏め髪に出来るぐらいに。
 彼は華奢だからドレスも似合いそうだ。
 エリスティアがそんなことを考えていると扉が叩かれる音がする。

「エリスティア、俺だ」
「レイ……?」
「聞こえるならそのままでいい」


 扉は開けなくていいから聞いてくれ。
 黒髪の少年の真剣な声にエリスティアはブランコから離れて扉へと駆け寄った。

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