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第一章
22.黒髪の教師
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エリスティアは最初、その人物を少女だと思った。
「これがお前のアスラ語の教師だ」
部屋にやってきた父が一緒に連れてきたのは一人の子供だった。
肩にかかるくらいの髪は洗ってないのだろうか、所々不自然に固まっている。
襤褸切れのような服も汚れだらけで、爪の先も真っ黒だった。
しかしその瞳は金色に強く輝いて宝石のように美しい。
そして、傷み切ったその髪はエリスティアと同じ漆黒の色をしていた。
「お父様、この子は……?」
「ああ、アスラ人だ。半分だけだがな」
男爵の答えにエリスティアは納得する。
黒髪の人々が暮らす国、それがアスラだ。
「生まれはバートクロイツだが母親からアスラ語を教わっていたそうだ」
「ということは、お母様がアスラ人なのね」
「そういうことになる。母子二人きりの時はアスラ語で話していたらしい」
成程と、父の言葉にエリスティアは納得しかけたが新たな疑問が浮かんだ。
「お父様、この子のお母様にアスラ語を教わるのは難しいの?」
「俺の母親はもう死んでる。だから無理だ」
そうぶっきらぼうな口調で答えが返ってくる。それは目の前の汚れた子供からだった。
大人の男のものでも少女のものでもない軽やかな低音にエリスティアは目を丸くする。
しかしすぐに大慌てで謝罪を口にした。
「ごっ、ごめんなさい。私って想像力が足りなくて……!」
「別にいい。それよりも、あんたは俺みたいな汚いガキが教師でいいのか?」
貴族のお嬢様だろうに。
そう少女のような顔をした少年に問われてエリスティアは当たり前のように頷いた。
「勿論。私は絶対アスラ語を覚えたいの。それも日常会話を中心にね」
アスラ人の母を持つこの少年なら、きっとその要望を叶えてくれるだろう。
エリスティアはうきうきしながら返事をした。
しかし父はどうやってこの少年を見つけて連れてきたのだろう。
彼は絶対貴族の子弟ではない、平民と呼ぶのも躊躇うぐらいボロボロだ。
髪や肌の汚れが目立つが体も気の毒なぐらい痩せ細っていた。
この少年の母は亡くなってしまったらしいが、父親はまだ存命なのだろうか。
そんなことをエリスティアは考えたが口に出し問いかけることはしなかった。
初めて会った相手に無遠慮過ぎるだろう。
だが少女が飲み込んだ数々の疑問は父である男爵には筒抜けだったらしい。
「……昔、アイリスの相手を捜していた時期があった。その時の伝手を使った」
この国で黒髪の人間といったらほぼアスラ人だからな。
そう語る時エリスティアの父は彼女から目をそらしていた。
妻の存在しない浮気相手を捜し続けていたことを実子に話す行為に戸惑いがあったのかもしれない。
目の前の少年はエリスティアと年齢が変わらないように見える。
もし彼の母親でなく父親がアスラ人だったらエリスティアの運命は大きく変わっていたかもしれない。
だがどちらにしろ幸福な未来は訪れないだろう。寧ろ全員が不幸になる結果しか予想できない。
瞳の色こそ違うが、黒髪が希少なこの国で自分と彼を並べたら大抵が兄妹と認識するだろう。
エリスティアは正面にいる子供の黒髪が母譲りであることに内心感謝した。
そして名乗ることを忘れていたことに気づき、教師となる少年にお辞儀をする。
「挨拶が遅れてごめんなさい。私はエリスティア・フィリルです、先生のお名前は?」
「……俺はレイ。レイと呼んでくれ」
先生とは呼ばなくていい。
ぶっきらぼうに告げる少年の頬が僅かに紅潮していることに気づきエリスティアは微笑んだ。
もしかしたら生まれて初めて友達ができるかもしれない。少女はそれが嬉しかったのだ。
「これがお前のアスラ語の教師だ」
部屋にやってきた父が一緒に連れてきたのは一人の子供だった。
肩にかかるくらいの髪は洗ってないのだろうか、所々不自然に固まっている。
襤褸切れのような服も汚れだらけで、爪の先も真っ黒だった。
しかしその瞳は金色に強く輝いて宝石のように美しい。
そして、傷み切ったその髪はエリスティアと同じ漆黒の色をしていた。
「お父様、この子は……?」
「ああ、アスラ人だ。半分だけだがな」
男爵の答えにエリスティアは納得する。
黒髪の人々が暮らす国、それがアスラだ。
「生まれはバートクロイツだが母親からアスラ語を教わっていたそうだ」
「ということは、お母様がアスラ人なのね」
「そういうことになる。母子二人きりの時はアスラ語で話していたらしい」
成程と、父の言葉にエリスティアは納得しかけたが新たな疑問が浮かんだ。
「お父様、この子のお母様にアスラ語を教わるのは難しいの?」
「俺の母親はもう死んでる。だから無理だ」
そうぶっきらぼうな口調で答えが返ってくる。それは目の前の汚れた子供からだった。
大人の男のものでも少女のものでもない軽やかな低音にエリスティアは目を丸くする。
しかしすぐに大慌てで謝罪を口にした。
「ごっ、ごめんなさい。私って想像力が足りなくて……!」
「別にいい。それよりも、あんたは俺みたいな汚いガキが教師でいいのか?」
貴族のお嬢様だろうに。
そう少女のような顔をした少年に問われてエリスティアは当たり前のように頷いた。
「勿論。私は絶対アスラ語を覚えたいの。それも日常会話を中心にね」
アスラ人の母を持つこの少年なら、きっとその要望を叶えてくれるだろう。
エリスティアはうきうきしながら返事をした。
しかし父はどうやってこの少年を見つけて連れてきたのだろう。
彼は絶対貴族の子弟ではない、平民と呼ぶのも躊躇うぐらいボロボロだ。
髪や肌の汚れが目立つが体も気の毒なぐらい痩せ細っていた。
この少年の母は亡くなってしまったらしいが、父親はまだ存命なのだろうか。
そんなことをエリスティアは考えたが口に出し問いかけることはしなかった。
初めて会った相手に無遠慮過ぎるだろう。
だが少女が飲み込んだ数々の疑問は父である男爵には筒抜けだったらしい。
「……昔、アイリスの相手を捜していた時期があった。その時の伝手を使った」
この国で黒髪の人間といったらほぼアスラ人だからな。
そう語る時エリスティアの父は彼女から目をそらしていた。
妻の存在しない浮気相手を捜し続けていたことを実子に話す行為に戸惑いがあったのかもしれない。
目の前の少年はエリスティアと年齢が変わらないように見える。
もし彼の母親でなく父親がアスラ人だったらエリスティアの運命は大きく変わっていたかもしれない。
だがどちらにしろ幸福な未来は訪れないだろう。寧ろ全員が不幸になる結果しか予想できない。
瞳の色こそ違うが、黒髪が希少なこの国で自分と彼を並べたら大抵が兄妹と認識するだろう。
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そして名乗ることを忘れていたことに気づき、教師となる少年にお辞儀をする。
「挨拶が遅れてごめんなさい。私はエリスティア・フィリルです、先生のお名前は?」
「……俺はレイ。レイと呼んでくれ」
先生とは呼ばなくていい。
ぶっきらぼうに告げる少年の頬が僅かに紅潮していることに気づきエリスティアは微笑んだ。
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