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第一章

21.アスラ国の言語

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 当初、家庭教師を雇いたいというエリスティアの要望にフィリス男爵は難色を示した。

「その人物からお前の情報が王家に漏れたらどうする」

 父の危惧は尤もだったが、だからといって彼に教師役を続けさせるわけにもいかない。
 その頃にはユーグ・フィリス男爵の切れ長の瞳の下にはうっすらと隈が出来ていた。
 元々夜中まで執務室に明かりを灯し仕事をしていた人物だ。
 そこへ更にエリスティアとの授業の時間を足せば睡眠時間はその分だけ減る。

「確かにそうですが、お父様が倒れてしまう方が私には心配なのです……」

 今のエリスティアは一人で生きていくことなど出来ない。
 つまり彼女の命運は保護者である父ユーグに委ねられていた。
 唯一にして最大の庇護者である父に倒れられては困るのだ。なるべく体調は万全でいて欲しい。
 そういう打算的な気持ちとは別に子として父を案じる気持ちもエリスティアにはあった。
 だって、たった一人の家族なのだ。

「無理はなさらないでください、どうか私の我儘を聞いてくださいませ」
「エリスティア……すまない、私が焦っていた」

 大きな瞳に涙を浮かべるエリスティアの前に男爵が膝をつく。
 そして恐る恐る娘の涙を拭うと小さな体をそっと抱きしめた。

「娘を泣かせるなんて父親失格だな、いや今に始まった話ではないが……」
「過去のことはもう仰らないで」
「十年分の距離を埋めようと、償おうと暴走していたのかもしれない」
「お父様……」
「いや、それだけではないな。何よりお前と一緒にいたかった」
「私と一緒にいたいなら、長生きすることを考えてください。折角仲良くなれたのだから……」

 これではどちらが子供かわからないと思いながら黒髪の少女は白髪の紳士に優しく説教する。
 もし母が存命だったら、怜悧な美貌に似合わず暴走癖のある彼を上手く制御してくれただろうか。

 自分は母にそっくりだと和解した後で父は教えてくれた。
 成長したらもっと似るかもしれないし、逆に遠ざかるかもしれない。

 死に戻る前、己が成人した時の姿をエリスティアは思い出そうとした。
 しかし激務でやつれ切った惨めな顔しか記憶になかった。
 その頃のエリスティアの様子を今の父が目にしたなら王妃に対し激怒間違い無しだ。

 だが男爵と王妃が争ってどちらが敗者になるかなど決まり切っている。
 父には王家と直接対決は絶対して欲しくない。 

「お父様、可能なら教師になる方はアスラ国の言葉に堪能な方がいいです」

 そうエリスティアは自分を抱きしめる父にねだる。
 アスラとは二人が今居る場所とは別の大陸にある国だ。
 雨が多いが過ごしやすい土地で何より国民の大半は黒い髪をしているらしい。

 その国の存在を知った時エリスティアは将来の移住先候補へ組み込んでいた。
 彼女にアスラ国について教えたのは他でもないユーグ・ファリス男爵だった。
 だからエリスティアの懇願の理由もすぐに察した。

「……わかった。今日明日は難しいが迅速に手配しよう」

 絶対にお前の秘密を守り、そしてお前の将来に役に立つ人間を用意する。
 父の力強い言葉にエリスティアは礼を言う。

 彼女の前に一人の少年が現れたのはそれから二週間後のことだった。
   
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