上 下
19 / 51
第一章

18.悲劇と出会わない為に

しおりを挟む
 エリスティアはバートクロイツという国で生まれた。
 この国の人間は大抵金色の髪をしている。
 次に多いのが茶色で、アキム王子のような銀色の髪は珍しい。
 そしてエリスティアと同じ黒髪は珍しいを通り越しほぼ見当たらないという話だった。

 海沿いの町や村には稀にいるらしいが、それは外国人との混血の結果。
 血統を尊ぶ貴族の中に黒髪の人物は存在しないと考えていい。
 これは和解した父から教えて貰った情報だ。
  
 つまり男爵令嬢でありながら黒髪紅眼のエリスティアはこの国では異端中の異端なのだ。
 今まではフィリス男爵が隠すように育てていたから王家に見つからなかったのだろう。
 このまま外に出れば目立ち過ぎてしまう。だから姿を変える必要がある。
 父に用意して貰った金の鬘はその時に使う為のものだった。

「今の私はそこまで外に出たいとは思わないけれど……」

 衣装の片づけを終えたイメリアが退出した部屋で黒髪の少女は呟いた。
 寧ろ外出しろと言われたら嫌がってしまうかもしれない。
 どうにもアキム第二王子との出会いがトラウマになっているらしい。エリスティアは溜息を吐いた。

 イメリアが好意で連れ出してくれた賑やかな街。
 楽しかった思い出は、その後の出来事のせいで悲劇の前振りにしか思えなくなっていた。
 自分より少し年上の美しい少年への淡い恋心も今は悲しくなるだけだ。
 利用する為に優しくされ、それに気づいた時は逃げられなかった。

「……今回は絶対、同じ間違いは犯さないんだから」

 そう自分に言い聞かすようにエリスティアは宣言する。
 十年前に戻った現在、彼はまだ十四歳の少年だろう。
 もしかしたら今も男爵邸があるこの街で女神の愛し子を捜しているのかもしれない。

 ここは王都では無い。王宮からは馬車で二時間程の距離にある。 
 気軽に遊びに来られるような場所では無いのだ。
 そもそも第二王子が市井を自由に出歩けるとも思えない。

「確か、神託があったって言っていたわね……」

 王宮での暮らしを思い出しながらエリスティアはぽつりと言う。
 それを聞いたのはアキムの口からだったか、それとも王妃セイナからだったか。
 どちらにしろ王家の人間は女神の愛し子の存在は既に把握していると考えていい。

「もしかしたら、この街までは絞り込めているのかもしれないわ」

 だからアキム王子は街を歩いて捜し回っていたのかもしれない。
 黒髪の子供なんて目立つ存在、街の人間に尋ねれば簡単に特定出来ると考えた可能性もある。

「でもお父様は私の外見について使用人たちに箝口令を敷いていたから……」

 それは妻の不義疑惑を公にしたくないという理由だったが、それが幸いしたのだろう。
 エリスティアを罵倒した元メイド長がクビにされたことが見せしめになったのかもしれない。
 少なくとも今現在までは王家は女神の愛し子がフィリス男爵家にいると把握していない筈だ。

「そのままずっと気づかないでいてくれるといいのだけれど……」

 それは無理だろう。エリスィアは半分諦めている。
 こちらが過労死するまで癒しの力を求め続けたあの王妃が諦めるとは思えない。
 この街で女神の愛し子の捜索が難航した場合、街の住人の家の中まで捜索範囲に加えそうだ。

 このことについては父であるフィリス男爵にも相談してある。
 エリスティアが望むのは今すぐ王家に見つからない場所へ逃げることだった。
 そして出来るならその場所で暮らしたい。少なくともセイナ王妃が存命の内は。

 しかしエリスティアの父はそれに強く反対した。 
 
しおりを挟む
感想 16

あなたにおすすめの小説

前世の記憶を取り戻したら貴男が好きじゃなくなりました

砂礫レキ
恋愛
公爵令嬢エミア・シュタイトは婚約者である第二王子アリオス・ルーンファクトを心から愛していた。 けれど幼い頃からの恋心をアリオスは手酷く否定し続ける。その度にエミアの心は傷つき自己嫌悪が深くなっていった。 そして婚約から十年経った時「お前は俺の子を産むだけの存在にしか過ぎない」とアリオスに言われエミアの自尊心は限界を迎える。 消えてしまいたいと強く願った彼女は己の人格と引き換えに前世の記憶を取り戻した。 救国の聖女「エミヤ」の記憶を。 表紙は三日月アルペジオ様からお借りしています。

やり直し令嬢は何もしない

黒姫
恋愛
逆行転生した令嬢が何もしない事で自分と妹を死の運命から救う話

妹と寝たんですか?エセ聖女ですよ?~妃の座を奪われかけた令嬢の反撃~

岡暁舟
恋愛
100年に一度の確率で、令嬢に宿るとされる、聖なる魂。これを授かった令嬢は聖女と認定され、無条件で時の皇帝と婚約することになる。そして、その魂を引き当てたのが、この私、エミリー・バレットである。 本来ならば、私が皇帝と婚約することになるのだが、どういうわけだか、偽物の聖女を名乗る不届き者がいるようだ。その名はジューン・バレット。私の妹である。 別にどうしても皇帝と婚約したかったわけではない。でも、妹に裏切られたと思うと、少し癪だった。そして、既に二人は一夜を過ごしてしまったそう!ジューンの笑顔と言ったら……ああ、憎たらしい! そんなこんなで、いよいよ私に名誉挽回のチャンスが回ってきた。ここで私が聖女であることを証明すれば……。

今更困りますわね、廃妃の私に戻ってきて欲しいだなんて

nanahi
恋愛
陰謀により廃妃となったカーラ。最愛の王と会えないまま、ランダム転送により異世界【日本国】へ流罪となる。ところがある日、元の世界から迎えの使者がやって来た。盾の神獣の加護を受けるカーラがいなくなったことで、王国の守りの力が弱まり、凶悪モンスターが大繁殖。王国を救うため、カーラに戻ってきてほしいと言うのだ。カーラは日本の便利グッズを手にチート能力でモンスターと戦うのだが…

タダ働きなので待遇改善を求めて抗議したら、精霊達から「破壊神」と怖れられています。

渡里あずま
ファンタジー
出来損ないの聖女・アガタ。 しかし、精霊の加護を持つ新たな聖女が現れて、王子から婚約破棄された時――彼女は、前世(現代)の記憶を取り戻した。 「それなら、今までの報酬を払って貰えますか?」 ※※※ 虐げられていた子が、モフモフしながらやりたいことを探す旅に出る話です。 ※重複投稿作品※ 表紙の使用画像は、AdobeStockのものです。

「次点の聖女」

手嶋ゆき
恋愛
 何でもかんでも中途半端。万年二番手。どんなに努力しても一位には決してなれない存在。  私は「次点の聖女」と呼ばれていた。  約一万文字強で完結します。  小説家になろう様にも掲載しています。

私は王子の婚約者にはなりたくありません。

黒蜜きな粉
恋愛
公爵令嬢との婚約を破棄し、異世界からやってきた聖女と結ばれた王子。 愛を誓い合い仲睦まじく過ごす二人。しかし、そのままハッピーエンドとはならなかった。 いつからか二人はすれ違い、愛はすっかり冷めてしまった。 そんな中、主人公のメリッサは留学先の学校の長期休暇で帰国。 父と共に招かれた夜会に顔を出すと、そこでなぜか王子に見染められてしまった。 しかも、公衆の面前で王子にキスをされ逃げられない状況になってしまう。 なんとしてもメリッサを新たな婚約者にしたい王子。 さっさと留学先に戻りたいメリッサ。 そこへ聖女があらわれて――   婚約破棄のその後に起きる物語

投獄された聖女は祈るのをやめ、自由を満喫している。

七辻ゆゆ
ファンタジー
「偽聖女リーリエ、おまえとの婚約を破棄する。衛兵、偽聖女を地下牢に入れよ!」  リーリエは喜んだ。 「じゆ……、じゆう……自由だわ……!」  もう教会で一日中祈り続けなくてもいいのだ。

処理中です...