過労死した聖女は死に戻った先で安らぎを手に入れる~私を利用し続けた王家や婚約者はもう不要です~

砂礫レキ

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第一章

8.父に会うために

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 その日の夜、エリスティアはメイドのイメリアに父の名前を聞いてみた。

「当主様のお名前? ユーグ・ファリス様ですよ」

 夕食を配膳し終わった彼女は少し不思議そうな顔で答える。
 だからエリスティアは質問の理由を言った。

「私、お父様の名前を知らなかったの」
「えっ」
「生まれてから一度も会ったことがないし、どんなお顔かもわからないのよ」

 髪の色と目の色は知っているけれど。
 黒髪の少女がそう言うと彼女を可愛がっているメイドは酷く悲しげな顔をした。

「そんな……」

 彼女は家族仲が良さそうだから余計に私たち親子の関係が信じられないのだろう。
 エリスティアは内心でそう考える。
 
「でも全部私が悪いの、こんな髪の毛と目の色をしているから」
「違います、お嬢様は悪くありません!」

 イメリアはそう言って小柄な少女を抱きしめた。
 柔らかな温もりにエリスティアの心が安らぐ。
 イメリアの胸に抱かれたまま小さく呟く。

「……私はお父様の顔もお母さまの顔も知らない」

 何故なら出産時に亡くなってしまったからだ。
 母も父と同じ金髪碧眼だということはエリスティアは知っている。
 父が当主になる前から家に仕えていたと自慢していた老メイド長がエリスティア本人に告げたからだ。
 彼女はきっと母の不義を確信していたのだろう。
 だから男爵と血の繋がらないエリスティアを傷つけたかったのだ。


『お前の黒い髪と真っ赤な目はあの女が悪魔と交わった証拠ですよ』


 当時今よりずっと幼かった男爵家長女は、メイド長の発した言葉の意味などわからなかった。
 ただ恐ろしいことを憎悪交じりに言われたことは理解し、エリスティアはその日恐怖で熱を出した。
 言いたいことをいって満足したのかメイド長が彼女の部屋に来ることは二度と無かった。

 今のエリスティアには侮辱の意味がわかるし、それが真実とはかけ離れていることを知っている。
 何故なら黒い髪も紅色の瞳も女神ヴェーラと同じ色合いだったからだ。

 しかし、この屋敷の人間はそれを知らない。使用人は当然として貴族である父もだ。

(だからまず、その誤解を正さないと)

 その為に父と話す必要がある。エリスティアは考え、どう行動するか決めた。
 イメリアに仲介を頼むのは駄目だ。
「お父様に会いたい」としつこく頼めば、優しくエリスティアに同情的な彼女は協力してくれるだろう。

 だが上手くいかなかった場合、男爵の不興を買い解雇される可能性が高い。
 唯一己に親切なメイドが居なくなることはエリスティアにとって非常に恐ろしいことだった。

 それを避ける為イメリアを矢面には立たせたくない。
 エリスティアはなるべく謙虚に見えるよう小さな声で話し始めた。

「イメリア、お父様がよくいらっしゃる場所を教えて」
「えっ?」
「その方向に向かってお祈りしたいの。早く私を自由にしてくださいって」
「お嬢様……?」
「私は部屋から出ることはできないけれど、そう願うことぐらいは許されるでしょう?」

 それともそれさえも罪深いことかしら。
 泣き出しそうな声で締めくくればイメリアは、そんなことはないと強く否定した。
 そして小さなエリスティアの体を抱き上げ、窓の外を指差す。

「お嬢様、当主様の執務室と寝室は、あちらの棟の二階になります」
「あそこが……ありがとう、イメリア。私のたったひとりの味方」

 だから、ここから先は私一人でやるわ。
 決意を口に出さずエリスティアは儚げに微笑んだ。
 
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