上 下
6 / 51
第一章

5.楽しくも忌まわしい思い出

しおりを挟む
 イメリアは自由のない子供に同情したのか、エリスティアに親切にしてくれた。
 使用人たちにまで不気味な髪色の不義の子扱いされていた少女の世話を笑顔で行い続けた。
 結果、親の愛すら知らないエリスティアは年上のメイドに心を許し懐いた。
 そして我儘や不満を口に出すようになったのだ。
 使用人という立場であるイメリアに解決することは出来ないとわかっていても。

 

『外に出たい、街の中を歩いてみたい』

 

 そう幼いエリスティアが口にしたのは一度や二度ではない。
 けれどこれはイメリアに己を連れ出せという意味ではなかった。
 叶わないとわかっていても願いを誰かに聞いて欲しかっただけ。
 だがイメリアはエリスティアが考えるよりずっと慈愛深く、そして勇敢だったのだ。

 父に十年間誕生日を無視され続けた男爵令嬢は数日経っても暗い顔をしていた。
 イメリアが運ぶ食事にもあまり手を付けなくなり口数も少なくなった。
 そんな少女をイメリアはある日変装させ街へ連れ出した。

 決行は昼食後だった。
 エリスティアは食欲不振の為夕食はいらないとイメリアが台所へ伝える。
 実際誕生日以降は食事を残すことが多かった為疑われることもなかった。
 後は簡単だった。
 屋敷内でエリスティアの存在はほぼ忘れられている。
 身の回りの世話をイメリアがほぼ専任するようになってからは特にだ。 

 だから不在を気付かれる可能性は低かった。
 それでも念の為寝台には洗濯用のシーツなどを詰め込んで眠っているように偽装してく。
 次にイメリアが持参した妹の服をエリスティアに着せ黒く長い髪も纏めて帽子で隠す。
 そして男爵邸の庭にある塀の壊れている場所から少女を外に出した。
 イメリア自身は体調不良で早退すると告げ門を出てからエリスティアと合流する。   
 この作戦は驚くぐらいに上手くいった。

「……あの日が、きっと一番楽しくて素晴らしい日だったわ」

 朝食後、イメリアが退出してから過去を思い出し続けていた少女は溜息を吐く。
 その日は薄曇りだったこともあり帽子をかぶったエリスティアは雑踏の中でも目立たなかった。
 イメリアに手を繋いで貰いながら歩いた街は活気に満ちて色々なもので満ちていた。
 エリスティアは屋台で売られているウサギの形をした飴を買って貰った。
 他にも甘い香りで燻されている焼き栗や、蜂蜜とミルクたっぷりのお茶も。

 

「プレゼントが食べ物ばかりですみません」

 

 そうイメリアは謝っていたけれど、エリスティアは何一つ不満などなかった。
 父に閉じ込められ暮らしている自分の部屋へ街で買ったものなど持ち込めない。 
 それに屋台で購入した代金は全てイメリアの財布から出ている。
 彼女の優しさと献身がエリスティアはとても嬉しくて、そして申し訳なかった。

 表通りを物色した後に移動した公園では人形劇やパントマイムを見て、楽しんだ。
 あっという間に時間は過ぎ、夕暮れが訪れる。
 イメリアから控えめに帰宅を促された時、エリスティアは何故か公園のベンチから動けなかった。

 いや、理由はわかっている。
 エリスティアは帰りたくなかったのだ。
 賑やかで楽しいものがたくさんある街から何もない自分の部屋に戻りたくなかった。
 帰らなければイメリアが困ると理解していてもベンチから立ち上がることが出来なかった。

 そんな彼女を優しいメイドが叱ることはなかった。
 けれど少しだけ困った顔はしていた。エリスティアは思い出す。当時の罪悪感も。
 多分もう少しだけ時間があれば自分は彼女に我儘を謝罪しながら立ち上がっていただろう。
 でもそうはならなかった。

 

「大丈夫ですか、小さなお嬢さん」

 

 さっきからずっと俯いているけれど、具合でも悪いのかな。
 初めて聞く声で優しく話しかけられる。
 エリスティアがそれに戸惑っていると急に視界が明るくなった。
 
「えっ」
「エリスティアお嬢様!」

 それが帽子を取られたせいだと気づいたのはイメリアの悲鳴が聞こえたからだ。
 呆然と顔を上げたエリスティアの瞳に、とても美しい顔立ちをした少年が飛び込んできた。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

前世の記憶を取り戻したら貴男が好きじゃなくなりました

砂礫レキ
恋愛
公爵令嬢エミア・シュタイトは婚約者である第二王子アリオス・ルーンファクトを心から愛していた。 けれど幼い頃からの恋心をアリオスは手酷く否定し続ける。その度にエミアの心は傷つき自己嫌悪が深くなっていった。 そして婚約から十年経った時「お前は俺の子を産むだけの存在にしか過ぎない」とアリオスに言われエミアの自尊心は限界を迎える。 消えてしまいたいと強く願った彼女は己の人格と引き換えに前世の記憶を取り戻した。 救国の聖女「エミヤ」の記憶を。 表紙は三日月アルペジオ様からお借りしています。

その聖女、娼婦につき ~何もかもが遅すぎた~

ノ木瀬 優
恋愛
 卒業パーティーにて、ライル王太子は、レイチェルに婚約破棄を突き付ける。それを受けたレイチェルは……。 「――あー、はい。もう、そういうのいいです。もうどうしようもないので」  あっけらかんとそう言い放った。実は、この国の聖女システムには、ある秘密が隠されていたのだ。  思い付きで書いてみました。全2話、本日中に完結予定です。  設定ガバガバなところもありますが、気楽に楽しんで頂けたら幸いです。    R15は保険ですので、安心してお楽しみ下さい。

【完結】勇者を闇堕ちさせる極悪王女に転生しました。死にたくないので真っ当に暗躍します。

砂礫レキ
ファンタジー
深夜番組の中でも一際視聴者を選ぶダークファンタジーアニメ。『裏切られ勇者は血の復讐歌をウタう』 話は矛盾だらけ、陰惨だが退屈な展開が続くそのアニメを観続ける目的はただ一つ。 結婚を断られた腹いせに勇者の故郷の村を焼き、大切な聖女を殺した極悪王女ミリアロゼ・フォーティア・ルクス。 ラスボスポジションのせいで中々死なない彼女に鉄槌が下される瞬間を見届ける為。 アニメ最終回でとうとう闇堕ち勇者により惨殺される極悪王女。 そして次の瞬間あっさり自害する闇落ち勇者シオン。 突然の展開に驚いていると大地震が起き、目を開くとそこは王宮で自分は鞭を持っていた。 極悪王女ミリアロゼ愛用の悪趣味な黒革の鞭をだ。 完結済み。カクヨム様で先行掲載しております。 https://kakuyomu.jp/works/16816410413876936418 表紙は三日月アルペジオ様からお借りしました。

【完結】聖女を害した公爵令嬢の私は国外追放をされ宿屋で住み込み女中をしております。え、偽聖女だった? ごめんなさい知りません。

藍生蕗
恋愛
 かれこれ五年ほど前、公爵令嬢だった私───オリランダは、王太子の婚約者と実家の娘の立場の両方を聖女であるメイルティン様に奪われた事を許せずに、彼女を害してしまいました。しかしそれが王太子と実家から不興を買い、私は国外追放をされてしまいます。  そうして私は自らの罪と向き合い、平民となり宿屋で住み込み女中として過ごしていたのですが……  偽聖女だった? 更にどうして偽聖女の償いを今更私がしなければならないのでしょうか? とりあえず今幸せなので帰って下さい。 ※ 設定は甘めです ※ 他のサイトにも投稿しています

舞台装置は壊れました。

ひづき
恋愛
公爵令嬢は予定通り婚約者から破棄を言い渡された。 婚約者の隣に平民上がりの聖女がいることも予定通り。 『お前は未来の国王と王妃を舞台に押し上げるための装置に過ぎん。それをゆめゆめ忘れるな』 全てはセイレーンの父と王妃の書いた台本の筋書き通り─── ※一部過激な単語や設定があるため、R15(保険)とさせて頂きます 2020/10/30 お気に入り登録者数50超え、ありがとうございます(((o(*゚▽゚*)o))) 2020/11/08 舞台装置は壊れました。の続編に当たる『不確定要素は壊れました。』を公開したので、そちらも宜しくお願いします。

番から逃げる事にしました

みん
恋愛
リュシエンヌには前世の記憶がある。 前世で人間だった彼女は、結婚を目前に控えたある日、熊族の獣人の番だと判明し、そのまま熊族の領地へ連れ去られてしまった。それからの彼女の人生は大変なもので、最期は番だった自分を恨むように生涯を閉じた。 彼女は200年後、今度は自分が豹の獣人として生まれ変わっていた。そして、そんな記憶を持ったリュシエンヌが番と出会ってしまい、そこから、色んな事に巻き込まれる事になる─と、言うお話です。 ❋相変わらずのゆるふわ設定で、メンタルも豆腐並なので、軽い気持ちで読んで下さい。 ❋独自設定有りです。 ❋他視点の話もあります。 ❋誤字脱字は気を付けていますが、あると思います。すみません。

神託を聞けた姉が聖女に選ばれました。私、女神様自体を見ることが出来るんですけど… (21話完結 作成済み)

京月
恋愛
両親がいない私達姉妹。 生きていくために身を粉にして働く妹マリン。 家事を全て妹の私に押し付けて、村の男の子たちと遊ぶ姉シーナ。 ある日、ゼラス教の大司祭様が我が家を訪ねてきて神託が聞けるかと質問してきた。 姉「あ、私聞けた!これから雨が降るって!!」  司祭「雨が降ってきた……!間違いない!彼女こそが聖女だ!!」 妹「…(このふわふわ浮いている女性誰だろう?)」 ※本日を持ちまして完結とさせていただきます。  更新が出来ない日があったり、時間が不定期など様々なご迷惑をおかけいたしましたが、この作品を読んでくださった皆様には感謝しかございません。  ありがとうございました。

お嬢様はお亡くなりになりました。

豆狸
恋愛
「お嬢様は……十日前にお亡くなりになりました」 「な……なにを言っている?」

処理中です...