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第一章
5.楽しくも忌まわしい思い出
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イメリアは自由のない子供に同情したのか、エリスティアに親切にしてくれた。
使用人たちにまで不気味な髪色の不義の子扱いされていた少女の世話を笑顔で行い続けた。
結果、親の愛すら知らないエリスティアは年上のメイドに心を許し懐いた。
そして我儘や不満を口に出すようになったのだ。
使用人という立場であるイメリアに解決することは出来ないとわかっていても。
『外に出たい、街の中を歩いてみたい』
そう幼いエリスティアが口にしたのは一度や二度ではない。
けれどこれはイメリアに己を連れ出せという意味ではなかった。
叶わないとわかっていても願いを誰かに聞いて欲しかっただけ。
だがイメリアはエリスティアが考えるよりずっと慈愛深く、そして勇敢だったのだ。
父に十年間誕生日を無視され続けた男爵令嬢は数日経っても暗い顔をしていた。
イメリアが運ぶ食事にもあまり手を付けなくなり口数も少なくなった。
そんな少女をイメリアはある日変装させ街へ連れ出した。
決行は昼食後だった。
エリスティアは食欲不振の為夕食はいらないとイメリアが台所へ伝える。
実際誕生日以降は食事を残すことが多かった為疑われることもなかった。
後は簡単だった。
屋敷内でエリスティアの存在はほぼ忘れられている。
身の回りの世話をイメリアがほぼ専任するようになってからは特にだ。
だから不在を気付かれる可能性は低かった。
それでも念の為寝台には洗濯用のシーツなどを詰め込んで眠っているように偽装してく。
次にイメリアが持参した妹の服をエリスティアに着せ黒く長い髪も纏めて帽子で隠す。
そして男爵邸の庭にある塀の壊れている場所から少女を外に出した。
イメリア自身は体調不良で早退すると告げ門を出てからエリスティアと合流する。
この作戦は驚くぐらいに上手くいった。
「……あの日が、きっと一番楽しくて素晴らしい日だったわ」
朝食後、イメリアが退出してから過去を思い出し続けていた少女は溜息を吐く。
その日は薄曇りだったこともあり帽子をかぶったエリスティアは雑踏の中でも目立たなかった。
イメリアに手を繋いで貰いながら歩いた街は活気に満ちて色々なもので満ちていた。
エリスティアは屋台で売られているウサギの形をした飴を買って貰った。
他にも甘い香りで燻されている焼き栗や、蜂蜜とミルクたっぷりのお茶も。
「プレゼントが食べ物ばかりですみません」
そうイメリアは謝っていたけれど、エリスティアは何一つ不満などなかった。
父に閉じ込められ暮らしている自分の部屋へ街で買ったものなど持ち込めない。
それに屋台で購入した代金は全てイメリアの財布から出ている。
彼女の優しさと献身がエリスティアはとても嬉しくて、そして申し訳なかった。
表通りを物色した後に移動した公園では人形劇やパントマイムを見て、楽しんだ。
あっという間に時間は過ぎ、夕暮れが訪れる。
イメリアから控えめに帰宅を促された時、エリスティアは何故か公園のベンチから動けなかった。
いや、理由はわかっている。
エリスティアは帰りたくなかったのだ。
賑やかで楽しいものがたくさんある街から何もない自分の部屋に戻りたくなかった。
帰らなければイメリアが困ると理解していてもベンチから立ち上がることが出来なかった。
そんな彼女を優しいメイドが叱ることはなかった。
けれど少しだけ困った顔はしていた。エリスティアは思い出す。当時の罪悪感も。
多分もう少しだけ時間があれば自分は彼女に我儘を謝罪しながら立ち上がっていただろう。
でもそうはならなかった。
「大丈夫ですか、小さなお嬢さん」
さっきからずっと俯いているけれど、具合でも悪いのかな。
初めて聞く声で優しく話しかけられる。
エリスティアがそれに戸惑っていると急に視界が明るくなった。
「えっ」
「エリスティアお嬢様!」
それが帽子を取られたせいだと気づいたのはイメリアの悲鳴が聞こえたからだ。
呆然と顔を上げたエリスティアの瞳に、とても美しい顔立ちをした少年が飛び込んできた。
使用人たちにまで不気味な髪色の不義の子扱いされていた少女の世話を笑顔で行い続けた。
結果、親の愛すら知らないエリスティアは年上のメイドに心を許し懐いた。
そして我儘や不満を口に出すようになったのだ。
使用人という立場であるイメリアに解決することは出来ないとわかっていても。
『外に出たい、街の中を歩いてみたい』
そう幼いエリスティアが口にしたのは一度や二度ではない。
けれどこれはイメリアに己を連れ出せという意味ではなかった。
叶わないとわかっていても願いを誰かに聞いて欲しかっただけ。
だがイメリアはエリスティアが考えるよりずっと慈愛深く、そして勇敢だったのだ。
父に十年間誕生日を無視され続けた男爵令嬢は数日経っても暗い顔をしていた。
イメリアが運ぶ食事にもあまり手を付けなくなり口数も少なくなった。
そんな少女をイメリアはある日変装させ街へ連れ出した。
決行は昼食後だった。
エリスティアは食欲不振の為夕食はいらないとイメリアが台所へ伝える。
実際誕生日以降は食事を残すことが多かった為疑われることもなかった。
後は簡単だった。
屋敷内でエリスティアの存在はほぼ忘れられている。
身の回りの世話をイメリアがほぼ専任するようになってからは特にだ。
だから不在を気付かれる可能性は低かった。
それでも念の為寝台には洗濯用のシーツなどを詰め込んで眠っているように偽装してく。
次にイメリアが持参した妹の服をエリスティアに着せ黒く長い髪も纏めて帽子で隠す。
そして男爵邸の庭にある塀の壊れている場所から少女を外に出した。
イメリア自身は体調不良で早退すると告げ門を出てからエリスティアと合流する。
この作戦は驚くぐらいに上手くいった。
「……あの日が、きっと一番楽しくて素晴らしい日だったわ」
朝食後、イメリアが退出してから過去を思い出し続けていた少女は溜息を吐く。
その日は薄曇りだったこともあり帽子をかぶったエリスティアは雑踏の中でも目立たなかった。
イメリアに手を繋いで貰いながら歩いた街は活気に満ちて色々なもので満ちていた。
エリスティアは屋台で売られているウサギの形をした飴を買って貰った。
他にも甘い香りで燻されている焼き栗や、蜂蜜とミルクたっぷりのお茶も。
「プレゼントが食べ物ばかりですみません」
そうイメリアは謝っていたけれど、エリスティアは何一つ不満などなかった。
父に閉じ込められ暮らしている自分の部屋へ街で買ったものなど持ち込めない。
それに屋台で購入した代金は全てイメリアの財布から出ている。
彼女の優しさと献身がエリスティアはとても嬉しくて、そして申し訳なかった。
表通りを物色した後に移動した公園では人形劇やパントマイムを見て、楽しんだ。
あっという間に時間は過ぎ、夕暮れが訪れる。
イメリアから控えめに帰宅を促された時、エリスティアは何故か公園のベンチから動けなかった。
いや、理由はわかっている。
エリスティアは帰りたくなかったのだ。
賑やかで楽しいものがたくさんある街から何もない自分の部屋に戻りたくなかった。
帰らなければイメリアが困ると理解していてもベンチから立ち上がることが出来なかった。
そんな彼女を優しいメイドが叱ることはなかった。
けれど少しだけ困った顔はしていた。エリスティアは思い出す。当時の罪悪感も。
多分もう少しだけ時間があれば自分は彼女に我儘を謝罪しながら立ち上がっていただろう。
でもそうはならなかった。
「大丈夫ですか、小さなお嬢さん」
さっきからずっと俯いているけれど、具合でも悪いのかな。
初めて聞く声で優しく話しかけられる。
エリスティアがそれに戸惑っていると急に視界が明るくなった。
「えっ」
「エリスティアお嬢様!」
それが帽子を取られたせいだと気づいたのはイメリアの悲鳴が聞こえたからだ。
呆然と顔を上げたエリスティアの瞳に、とても美しい顔立ちをした少年が飛び込んできた。
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