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第一章
3.過労死の原因を夢に見ました
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『エリスティア、妾の腰が痛み続けるのはそなたが治癒に手を抜いているからじゃなくて?』
『痩せろなどと偉そうに。女神の加護を鼻にかけて王妃である妾を見下しているのね!』
『呼んでから十分も待たせるなんて、いっそ隣にある妾の衣裳部屋の隅で寝起きしなさい!』
『膝が痛いのよ、ええまだ痛むわ。もっと全力で聖力を使いなさい!』
『治癒のし過ぎで疲れている?修行だと思うのです。泣き言は力を使い果たしてから言いなさい』
十年前に戻ってから三日目、エリスティアの目覚めは最悪だった。
悪夢を見たからだ。自身の過労死の原因となる女性が夢に出てきた。
王妃セイナ・バートン。
この国でもっとも位の高い女性でエリスティアの婚約者だったアキム第二王子の母だ。
けれど彼女は美形の息子と全く似ていなかった。
元の顔立ちは美しいのかもしれないが、あれだけ横に伸びていれば判断がつかない。
エリスティアは王妃の呼びつけ癖が酷くて衣裳部屋で寝泊まりしていた時を思い出した。
彼女のドレスはどれも成人男性二人が軽く入りそうなサイズで布が勿体ないと感じたものだ。
セイナ王妃の並外れた肥満体型は、衣装だけでなく健康にも多大な影響があった。
大食と偏食、そして甘いものと酒と煙草が好きな結果常に胃がもたれ荒れている。
エリスティアが治しても食事や飲酒喫煙の度に再発した。
更に体重を支えている膝や腰の不調。
こちらも一時的に回復してもすぐに悪化した。焼け石に水なのだ。
それをセイナ王妃は治癒の力が弱いだけ、もっと本気になれとエリスティアのせいにして癇癪を起こした。
過労死に至るまでの日々を思い起こしエリスティアは唇を噛む。
「どう考えても絶対私のせいじゃない!貴女が痩せればいいだけじゃない!!」
当人には絶対聞こえないからこそ叫べる。
王宮内ではこんな愚痴を吐くことから許されなかった。
健康の為に痩せた方が良いと凄く遠回しに申し入れた時に扇で額を割られかけた記憶がまだ生々しい。
エリスティアはその時初めて自分自身には治癒が使えないことを知った。
そして傷つくことが恐ろしいと感じたのだ。
流石に息子の婚約者に目立つ怪我をさせたのは不味いと思ったのか、以降は見えない部分を抓られたり軽く叩かれたりで済んだ。
それでもエリスティアの胸から王妃への恐怖は消えることがなかった。
「王妃が怖くて無理難題を断り切れず死んじゃったのだから本当馬鹿よね……」
そう死後に聖女と呼ばれるようになった娘は自嘲の笑みを浮かべた。
他の王族の治癒もしたことはあるが、その記憶が薄れる程エリスティアの中でセイナの印象は強かった。
絶対的な権力を持つ人間に休む間もなく呼び出され癇癪を起されつつ身を粉にして奉仕しなければいけない。
口答えはどんな理由でも許されない。
そんな状況で心身ともに極限まで追い詰められたエリスティアを誰も救ってはくれなかった。
婚約者であるアキムですら。
女神ヴェーラでさえエリスティアが死んでからやっと手を差し伸べてくれたのだ。
飾り気のない寝台の上で幼い顔を苦渋に染め黒曜の聖女と呼ばれた少女は呟く。
「二度と彼女には会いたくない、存在も知られたくない。治癒の力を知られたら今の人生もお終いだもの」
自分に言い聞かせるように口にしてエリスティアは背伸びをした。
この三日間寝たいだけ寝て、食事も十分にとった。
休息はもう終わり、そろそろ自分の未来の為に動けという合図があの悪夢だったのかもしれない。
十歳にしては小柄な少女は寝台から離れ窓へ近づいた。
耳を澄ませると洗濯物を干しているらしき侍女の鼻歌が聞こえる。
「……懐かしいわね、イメリア」
私を可愛がってくれたけれど、同時に絶望のきっかけを与えてくれた人。
エリスティアは苦い笑みを浮かべた。
『痩せろなどと偉そうに。女神の加護を鼻にかけて王妃である妾を見下しているのね!』
『呼んでから十分も待たせるなんて、いっそ隣にある妾の衣裳部屋の隅で寝起きしなさい!』
『膝が痛いのよ、ええまだ痛むわ。もっと全力で聖力を使いなさい!』
『治癒のし過ぎで疲れている?修行だと思うのです。泣き言は力を使い果たしてから言いなさい』
十年前に戻ってから三日目、エリスティアの目覚めは最悪だった。
悪夢を見たからだ。自身の過労死の原因となる女性が夢に出てきた。
王妃セイナ・バートン。
この国でもっとも位の高い女性でエリスティアの婚約者だったアキム第二王子の母だ。
けれど彼女は美形の息子と全く似ていなかった。
元の顔立ちは美しいのかもしれないが、あれだけ横に伸びていれば判断がつかない。
エリスティアは王妃の呼びつけ癖が酷くて衣裳部屋で寝泊まりしていた時を思い出した。
彼女のドレスはどれも成人男性二人が軽く入りそうなサイズで布が勿体ないと感じたものだ。
セイナ王妃の並外れた肥満体型は、衣装だけでなく健康にも多大な影響があった。
大食と偏食、そして甘いものと酒と煙草が好きな結果常に胃がもたれ荒れている。
エリスティアが治しても食事や飲酒喫煙の度に再発した。
更に体重を支えている膝や腰の不調。
こちらも一時的に回復してもすぐに悪化した。焼け石に水なのだ。
それをセイナ王妃は治癒の力が弱いだけ、もっと本気になれとエリスティアのせいにして癇癪を起こした。
過労死に至るまでの日々を思い起こしエリスティアは唇を噛む。
「どう考えても絶対私のせいじゃない!貴女が痩せればいいだけじゃない!!」
当人には絶対聞こえないからこそ叫べる。
王宮内ではこんな愚痴を吐くことから許されなかった。
健康の為に痩せた方が良いと凄く遠回しに申し入れた時に扇で額を割られかけた記憶がまだ生々しい。
エリスティアはその時初めて自分自身には治癒が使えないことを知った。
そして傷つくことが恐ろしいと感じたのだ。
流石に息子の婚約者に目立つ怪我をさせたのは不味いと思ったのか、以降は見えない部分を抓られたり軽く叩かれたりで済んだ。
それでもエリスティアの胸から王妃への恐怖は消えることがなかった。
「王妃が怖くて無理難題を断り切れず死んじゃったのだから本当馬鹿よね……」
そう死後に聖女と呼ばれるようになった娘は自嘲の笑みを浮かべた。
他の王族の治癒もしたことはあるが、その記憶が薄れる程エリスティアの中でセイナの印象は強かった。
絶対的な権力を持つ人間に休む間もなく呼び出され癇癪を起されつつ身を粉にして奉仕しなければいけない。
口答えはどんな理由でも許されない。
そんな状況で心身ともに極限まで追い詰められたエリスティアを誰も救ってはくれなかった。
婚約者であるアキムですら。
女神ヴェーラでさえエリスティアが死んでからやっと手を差し伸べてくれたのだ。
飾り気のない寝台の上で幼い顔を苦渋に染め黒曜の聖女と呼ばれた少女は呟く。
「二度と彼女には会いたくない、存在も知られたくない。治癒の力を知られたら今の人生もお終いだもの」
自分に言い聞かせるように口にしてエリスティアは背伸びをした。
この三日間寝たいだけ寝て、食事も十分にとった。
休息はもう終わり、そろそろ自分の未来の為に動けという合図があの悪夢だったのかもしれない。
十歳にしては小柄な少女は寝台から離れ窓へ近づいた。
耳を澄ませると洗濯物を干しているらしき侍女の鼻歌が聞こえる。
「……懐かしいわね、イメリア」
私を可愛がってくれたけれど、同時に絶望のきっかけを与えてくれた人。
エリスティアは苦い笑みを浮かべた。
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