キミの未練

今宵恋世

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約束

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それから日々は、時々死神と、居候状態の春樹と共に、着々と流れていった。他人に干渉されるのはあまり好きでは無い私でも、この生活は決して居心地が悪いものではなかった。もはや家族同然の位置付けだ。弟が居たら、こんな感じなのかな、と何度か思った。でも終わりは必ず来る。春樹の49日間は刻一刻と終わりに近付いていて、そんなある日。春樹があるお願いをしてきた。家族の様子を見に行きたい、とお願いしてきたのだ。

「家…確かここから電車で2駅だっけ?」

「はい」

「私に許可なんか取らなくたって勝手に行ってくればいいのに​────」

律儀だなぁ、と笑おうとした時春樹が不安そうに瞳を揺らし私を見た。

「一緒に…来ていただけないでしょうか」

「…春樹の家に?」

「はい、嫌…ですか」

両親に伝えたい事でもあるのだろうか。
ならそれはここぞとばかりに私の出番な気がした。春樹は未練は自分の力で潰す、と言っていたが、それじゃあ死神から貰う報酬はなんだか受け取りずらい。それこそ春樹の強い意志を利用した他力本願な気がしていたのだ。別に、前までの私なら蒼を目覚めさせる為ならそれでも良かったのだろうけど、春樹と暮らし春樹と接するうちになんだかそんなに自分が恥ずかしく思えてきてしまったのだ。2歳年下、というのもあるのだと思う。年上なのに恥ずかしくないのか、と何度も自分自身に問いかける場面があったのだ。特に先日、三者面談の愚痴を春樹に零してしまった時…

ーー就職はやめろだとかそんな話ばっか。うんざり

口に出してから気づいた。
もう就職も進学も出来ない春樹にとってこんな愚痴はもしかしたら贅沢なもので、デリカシーの欠片もなかったかもしれない、と。あの日は親からも担任から就職を反対され、家に帰るまで本当にうんざりしていたのに、あの時ばかりはうんざりよりも自分に対する羞恥が上回ってしまっていた。

「嫌じゃないよ。行こう」

そうして私達は今度の週末、春樹の自宅を訪れる約束をした。

***

「この服で大丈夫?てか春樹の両親、どんな人?」

次の土曜日。朝っぱらから私はタンスを全開にして服を片っ端から引っ張り出しては戻しを繰り返していた。全身鏡に映る自分はどれも着飾っても自信が無い。

「普通の人です。先輩。どの服もとても似合ってますよ」

「えー、でもさ……」

春樹とは図書委員で親しくなり、時々話す間柄だった。そういう設定で今日は春樹宅に行くつもりだ。ちなみに私も春樹も本当に図書委員だけど、既に1学期の終わりを迎えていても活動は未だ1度もなかった。楽そうだから入ったけれどこんな所に共通点があるなんて、と春樹には昨晩とても嬉しがられた。こんな女と一緒で何が嬉しいんだか。

「本当に、似合ってますから」
「う、ん…じゃあこれにする」

結局普通にTシャツをフレアパンツに若干入れこませただけのシンプルなコーディネートで春樹と共に家を出た。春樹の家に行くことが決まってからというもの、春樹が若干不安がっているのは気付いていた。きっと今日私を誘ったのだってそれなりに勇気がいったのかもしれない。
最寄りの駅で電車に乗りこみ、私から見れば2人だけど1人分の料金で2駅またぐ。あっという間に春樹の家のすぐ側だ。

「私、って他人から見たらどう見える?」
「どう……素晴らしい人に見えるかと」
「どこがよ」

突然押しかけて大丈夫だろうか。春樹は両親にとって1人息子だったらしい。入学式の時もそうだったがどこがビビりで物怖じしてしまうその性格は甘やかされた、とも取れるが大切にされてきた証拠である気がした。話していても春樹はあまり否定しないし、基本的におっとりしていて優しい。きっと大切な1人息子だったはずだ。重い空気の中足を進める。先程「大丈夫?」と尋ねた際「…はい」という返事が微かに震えていた。とても楽しみとは言い難い様子だった。

ーーどうして急に行く気になったのだろうか。

***

「じゃあ押すよ?伝えたいこと、あるならその場で言ってね。ちゃんと伝えるから。私」

「はい、よろしくお願いします」

春樹の家は駅から近く5分くらいでたどり着いた。ごくごく普通の一軒家だ。【市原】の表札を見つめながら唾を飲み込み、息を吐き出す。覚悟を決めてチャイムを押した。

ーーピンポーン

「……はーい」

「あ、私…春樹くんと同じ学校の者で、成瀬といいます。お線香…あげさせていただけませんでしょうか」

「あら、春樹の?ちょっとまっててね」

インターホンはそこで途切れ、その隙に隣に小声で尋ねた。

「お母さん?」
「はい、そうです」

すぐに春樹のお母さんが玄関から出てきて軒先に立つ私の姿を目視するなり「まぁ」と声を発した。

「来てくれてありがとう。どうぞ」

春樹に似ていた。肩ぐらいの髪を1つに括っていて、おしとやかな女性な印象を受ける。美奈子さんというらしい。

「お邪魔します……」

案内された質素なリビングに置かれた仏壇。中学の卒アルかな?学ランを来た春樹が笑顔で写された遺影の前で手を合わせる。「この写真はやめて欲しかったな」とブツブツ隣で文句を垂れ流す春樹の気持ちに勝手に共感してしまう。私も中学の卒アルは嫌。

「あ……僕のプラモ」

手を合わせ終えた時、春樹がボソッと呟いたので視線の先を追うと遺影の隣にロボットみたいなのが1体ちょこんと置かれていた。

「あぁこれ?」

私の視線を察した美奈子さんはそれを手に取り「あの子のなの」と教えてくれた。

「春樹が亡くなった前日ね、私掃除の時に壊しちゃって……。多分あの子の宝物だったのに。それでちょっと喧嘩しちゃって……」

「喧嘩……」

「そう。近所の玩具さんで直してもらって、もう1度謝ろう、って思ってたんだけどね」

もう1度、ということはきっと美奈子さんは壊した際にも春樹に謝ったのだろう。どうやらその謝罪を春樹は受け入れなかったようだけど…。

「そう、なんですね」

意外とあんたもちゃっかり反抗期じゃん。みたいな目で畳の部屋の隅に立ちすくむ春樹をチラ、と見る。すぐに逸らしたのは言うまでもない。声も必死に押し殺し、ボロボロと涙を流していたのだから。春樹のお父さんはいつも通り仕事に行っているらしく美奈子さんにしか会えなかったけれど、春樹の通夜で。葬式で。とても泣いていたのだと言う。通夜も葬式も、少し前春樹に行くか、と尋ねたけれど「大丈夫です」と言われてしまい行かなかったので初めて知る事実だった。それを語る美奈子さんのそばで止まりかけていた春樹の涙がまだぶり返していたのを私は滲む視界の端でしっかりと捉えていた。

「今度ね生け花教室やるの。良かったら来てね」

滞在時間は15分にも満たないほんのわずか。帰り際。美奈子さんは私に、そう言った。

「生け花…教室?」

「お年寄りばっかりだけどね。前春樹を誘ってみたけど……反抗期ね。ガッツリ断られたわ」

その時の春樹を思い出しているであろう美奈子さんは優しい笑みを私に向けた。

ーーどうしてそんなに強いんですか?

春樹のお父さんだって、いつも通り仕事に行って美奈子さんだって生け花教室を開く元気があるんですか?家にこもったり息子の死に立ち止まったりしないんですか?と聞いてしまいそうなってしまった。そんな私を察してか、美奈子さんは空を見上げて言った。

「前向かなきゃね。まだ寂しいけど」

その清々しい笑顔に見入る。隣で春樹がコソッ、と耳打ちしてきたので私はそのまま口に出した。

「……お母さんとお父さんの家に生まれてこれて良かった」

「え?」

「って!春樹くん、委員会の時に言ってました」

慌てて付け加えると美奈子さんは「そうなのね」と清々しい笑顔を私に向けてくれた。

「今日は来てくれて本当にありがとう」

「いえ……あ」

歩きかけた足を止めもう1度美奈子さんを見る。自分でも意外な言葉が喉をスルッ、と通った。

「…生け花教室、いつですか」

「えー、とね、第3土曜日!あ、でも絵麻ちゃん今年受験かしら……?あっ、でも勉強の気晴らしとかに!良かったら」

「ありがとうございます。第3土曜日……。覚えました」

なんだか新鮮な気持ちだった。何かに興味を持ったのはいつぶりだろうか。つい昨日までは現実なんてクソ喰らえだと思っていたし、現実で迫られる選択肢も片っ端から無関心に近い状態だったように思う。それが僅かに覆るような湧きあがってくるこの意志はなんだろうか。考えた時、答えはすぐに出た。きっと私は前を向く美奈子さんに、何らかの影響を受けた。ほんの15分にも満たない会話は…、出来事は……、いつの間にか私に行動意欲をもたらしていたらしい。

***

「……泣いてもいいけど」

帰り道。下を向いて下唇を噛んで、今にも泣き出してしまいそうな春樹は足を止める事なく私の言葉を境にわぁわぁと泣きじゃくった。どこか大人びている春樹のイメージがその瞬間サッ、と崩れる。私とは違って、人目を気にする必要はない姿なのは不幸中の幸いなのか、どうなのか。春樹が死んでから22日目。
初めて私は春樹の‪”素‪”を垣間見た気がした。
春樹的に母親との別れがあれで良かったのか、私には分からない。でも……

ーーお母さんとお父さんの家に生まれてこれて良かった

あの言葉を伝えてくれてありがとうございました、と泣きじゃくる春樹に何度も言われた。私からしたらただ伝えただけ。でもそれは……、親子間ではきっとなかなか言えない事だったりするのだろうか。当たり前だけど、‪”生きているうちに‪”が出来るのは本当に、生きているうちだけなのだ、と実感した日でもあった。

***

無言で帰宅し、2階の自室に吸い込まれるように上がろうと階段の手すりを掴む。適当にコンビニで買ったおにぎりが入ったビニール袋がカサカサと音を立てていた。

「あぁ、絵麻。おかえり。休日に出掛けるの珍しいわね」

娘の帰宅に気づいた母がリビングのドアをやって私の元へやってきた。先日の三者面談中ずっと、就職したい、の1点張りだった娘に、母は笑みを浮かべる。私はそっと視線を外し、おもむろにビニール袋を握り直す。最近の母との関係が最悪なのは自覚していて、そして……、このままじゃだめだ、って事も今今春樹の家を訪れて感じていた。遺影の隣に置かれていた、プラモを残念そうに見つめる美奈子さんがポウッ…、と思い浮かぶ。あの人は私に……

ーー近所の玩具さんで直してもらって、もう1度謝ろう、って思ってたんだけどね

‪”もう1度‪”が訪れなかった事を教えてくれたのだ。

「……お母さん」

「ん?」

階段の手すりに当てていた視線を母に移す。

「……ごめん」

それだけ言って私は階段を上がった。「いいわよ」という返事が背中にそっとぶつかる。後ろから後を追うように着いてくる春樹は「かっこいいです」となぜだか私を褒めたたえた。

「どこが…」

どこがかっこいいんだか。
呆れたようにおにぎりを頬張るとまだ涙の名残が残る僅かに赤い春樹の目が狭められた。フワッ、とした笑顔はどこか美奈子さんと重なった瞬間だった。

あれから春樹も連れて、1度だけ行ってみた生け花教室は同い年の子がいなくてなんだか気が楽だったりした。そこでいけた花は帰りに病院に寄って、蒼の病室に飾ったりもして、その休日は久しぶりに充実していた気がして、胸が高鳴っていた。昔から花は好きな方だった。趣味が何かあった訳じゃないし、こういう些細な出来事や1歩が案外趣味になるきっかけになるのかもしれないなんて思う。

ある日突然持ってしまった霊が見える、という何とも特殊な能力。迷惑がっていた事もあったけれど、結果的にこうして春樹と出会えた事や美奈子さんに出会えた事。それらか重なった事でこの能力も悪くないかもしれない、と思い始めていた。

***

「ちなみに先輩は就職…どこにしたいんですか?」

この日は既に春樹が死んで45日が経っていた。
いつもみたくダラダラと過ごす休日。春樹は唐突にそんな質問を投げ掛けた。ずっと気になっていたのだという。

「…どこ、って言われると……」

あれから進路の事は相変わらず一向に話が進んでいなかった。

「うーん……」

小さく唸って、寝返りをうつ。だって別に私は就職をしたいわけじゃない。ただ…蒼が居なくても着々と進んでいく現実に抗いたいだけ。蒼はずっと1人闇の中なのに。私だけあれしたい、これしたい、の欲望を持つのは​────…
悶々としている私に春樹がまたも的確な一文を投げ掛ける。

「前を向いたら、蒼さんが怒る、と?」

春樹はきっと分かっている。あるいは察している。私の心情を。

「いや…」

蒼は怒るような人じゃない。そんな事分かってる。だけど……物心着いてからずっと一緒だったから…なんとなくこの先の人生にも蒼は絶対いるものだ、って思ってたとこはあった。蒼がいない毎日はこんなにもつまらなくて呆気ないんだ、って身に染みて感じていた。

「そうじゃないけど…」

春樹の言葉に歯切れの悪い返事しか出来ない。
きっと私を庇った蒼は今も目を覚まさないままなのに、ってどこか後ろめたい気持ちに苛まれて、前を向けない罪悪感は常にあった。だけどそれに加えて、進路を決めなければならない時期に突入し、否応でも周りに進路を急かされはじめ、まるで……前を向け。蒼を忘れろ。と、私の心に引っかかり続ける内面的な部分までも急かされている気がしてたまらないのだ。
だから立ち止まりたくて、だから抗いたい。
蒼を置いていかないで欲しい。忘れないで欲しい。若干の反抗と共に、でも切実に私が願うのはずっとこれなのだ。

「僕が言うのもなんですけど、目が覚めた時、幼馴染が落ちぶれていたらガッカリしますよ」

「落ちぶれ……、ん?落ちぶれ?え。なんか失礼じゃない!?」

「え!すみません!そうですよね!今のは失礼でした!」

アタフタとする春樹を見ているとつい笑みが零れ落ちた。

「あはは……っ、いい、って、ホントの事だし。後輩の癖に結構ズバッ、と言うじゃん」

「すみません、って!」

確かに……
蒼は……、前を向いて怒るような人じゃない。
そして蒼は目が覚めた時に私が落ちぶれていたらこう言う。「バカか」って。これはずっと昔からの蒼の口癖だ。分かっていた事実なのに、こんなにもスッ、と私に溶け込み始める。そんな私に春樹がどこか誇らしげに言った。

「もうすぐ、49日、経っちゃいますけど…、僕応援してますから。先輩の選んだ道」

分かっていたはずなのに、もう、すっかり慣れてしまった春樹とのこの生活は4日後プツリ、と終わってしまう。引越しの荷造りをするような激励の言葉には無性に涙が込み上げてきた。
学校での私のイメージはきっと冷たい、とかが強いと思う。でも本当は涙脆かったりする。

「もしよければ、この先も僕のこと…覚えてて居てくれたら嬉しいです」

「当たり前だよ。覚えてるに決まってるじゃん。忘れない。」

胸に刻み込むように頷くと「約束ですよ」と小指を差し出された。触れる事は出来ない事は両者分かっていたけど、指切りげんまんをした。

その晩の事だった。

「未練潰しの件は報酬と引き換えに記憶から一切消すからな」

「え?」

死神が現れ突然春樹を部屋の外に出るように促したかと思ったらこれだ。

ーー記憶から…消す……?

「どういうこと…」

「そのまんまだ。これはルール。言い忘れていたからいいに来た。じゃ」

「ちょっと待って!」

「なんだ」

「……それって、春樹の事、忘れちゃうの?私」

「まぁ、死後の春樹に関しては…だがな。じゃ」

死神は本当にその要件だけ伝えに来たようだ。
またすぐ消えてしまった。突きつけられた事実に頭がフリーズする。だって約束したばかりだ。

ーー当たり前だよ。覚えてるに決まってるじゃん。忘れない。

‪”忘れない‪”と​───────。

会えなくても私の記憶の中で‪”春樹‪”という存在は暖かく見守ってくれているものだと思っていた。一緒に過ごした49日間。私はこの先もずっと……。かけがえのない時間として、大切に留めていられると思っていた。それが出来ない。跡形もなく、忘れる……?忘れない、と指切りげんまんした事さえ、も?一向に馴染む事のない事実はいつまでも私の心を蝕むばかりだった。

***

春樹が死んで48日目。
別れは明日に迫りつつあった。
「最後にどっか行く?」と提案してみたけれど「学校あるじゃないですか、先輩は」と突っぱねられてしまった。真面目だ。それにしても、未だに先日死神に言われた言葉が頭から離れない。同時に春樹と過ごした時間がフラッシュバックして仕方ない。春樹にはこの事は言っていない。言えない。言えるわけない。重たい足を進めながら重たいため息を吐き出し、下駄箱で靴を履き替えている私の耳にひそひそ話がやってくる。同学年の女子だ。

「ねぇねぇ1年の、市原の事故知ってる?」
「知ってる知ってる、なんかあれでしょ?」

市原と春樹が静かに頭の中で結び付く。下駄箱からゆっくりと上靴を取り出し何となく聞き耳を立てる。聞き捨てならない言葉が鼓膜をぶち抜けた。

「自殺でしょ?」

履いたばかりの上靴が地面に張り付いて動けない。足が鉛のように重くなる。

「そうそう、なんか根暗だったみたいだしー、好きな人とかいたっぽいよー」

「まさか振られて自殺ーとか?」

「あー、かもねー、メンタル弱ー……」

「ちょっと」

女子2人の会話に私は割って入った。
だってこんなのあんまりだ。あれは不慮の事故。どちらかと言えば歩行者用の信号は赤なのに渡ってしまったらしい春樹が悪いかもしれないけど自殺では無い事は知っている。こいつらなんかより私は春樹の事を知っている。

「自殺じゃないから。やめて」

‪”死人に口なし︎︎‪”‬には絶対させたくなかった。
それだけ言い放って私は階段を上がった。何あれー、なんて小馬鹿にしたような言葉が降り注ぐけどそれはこっちのセリフだった。何も知らない癖に。

「怒ってくれなくて良かったのに」

え?3階の踊り場を横切った辺りで声がかかったので振り向くと困ったように眉を下げた春樹がいた。

「春樹……なんで…」

死後の春樹が学校に来たのは死んだ翌日の1日だけ。それ以外は一貫して行かない、と言っていたのに。今日だって……。

「あ……、あと3日ですからやっぱり行こうかな、って思って…」

気まづそうに春樹の視線が下げられる。

「あんなの気にしなくていいから」

春樹の肩に手を乗せる。案の定上手く乗らなくてすり抜けただけだったけど。

「どうして僕もあれが出来なかったんだろう」

そんな春樹の独り言は、上手いこと予鈴に掻き消され、私の耳には届かなかった。

***

時間は淡々と過ぎていくばかり。
あっという間に押し寄せる波に身を任せるように私達は今日を迎えた。今日は春樹が成仏する日。そして……未練を潰す日でもあるのだ。
私はまだ春樹の未練を知らない。というか結局今日まで頑なに教えてもらえなかった。それが今明らかになるのだ。

「で?春樹の未練、って一体なんなの…?」

そろそろ潰しておかないと、時間切れにでもなったら困る。困るのは、もちろん春樹にとっても、だ。春樹が地縛霊になるのは嫌だし、綺麗に成仏して欲しい。

「あぁ……え、と……」

ーーブーブー……

「あ、ちょっとごめん」

「はい」

タイミング悪く、ポケットでスマートフォンが揺れてしまったので春樹に背を向け、耳に当てる。相手は蒼のお母さんだった。

「もしもし!?絵麻ちゃん!?」

「おばさん……っ、、どうしたんですか…」

「蒼がね、たった今病院で​───────…」




17時21分。
蒼のお母さんとの電話を切った直後。
春樹は無事未練を潰し、この世を去った。

春樹の成仏と入れ替わりで姿を現した死神が、「未練潰しご苦労だった」と私に向けて大袈裟に拍手した。涙でぼやける視界の端っこで死神は‪”‬報酬‪”‬について細かく説明しだした。死神曰く、未練潰しの報酬が支払われるのはどうやら1ヶ月後らしい。そしてやっぱり未練潰しの件は私の記憶から綺麗さっぱり消えてしまうのだそうだ。要するに、死後の春樹と交わした会話が主に欠けるのだろう。

「じゃあ、報酬は幼馴染の目を覚ます、でいいか?」

当初の予定であった私の願いを死神は当然かとのように口にする。私は赤く晴れた目を押さえ静かに首を振った。

「ううん。別のお願い、してもいい?」

「別?なんだ?」

私は今の私が心から望む‪”‬願い‪”‬を口にした。

「可能だが…お前…、幼馴染はいいのかよ」

それ願いを聞いた死神は面を食らっていた。

「うん。いいの」

今の私は、晴れやかな気持ちと、ちょっと切ない気持ち。2つが曖昧に交差していた。でも決意は揺るがない。

「わかった。いずれにせよその願いが叶うのは1ヶ月後​だ───。いいな?」

「うん。ちゃんと願い叶えてよ」

「当たり前だ」

信用ならない。うさんくさい。
そもそも死神、って何?そんな言葉が漏れそうになるが抑えた。気分を害され願いを叶えない、と言われたらそれこそたまったもんじゃない。

「次首筋舐めたらぶん殴るから」

そんな威圧を最後に夕空の下、

ある日突然私の前に現れた不気味なエロ死神と

春樹と過ごした49日間の記憶に笑顔で別れを告げた。
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