2 / 6
僕は死んだ
しおりを挟む
いつも無表情で、クールで、冷たい人。先輩はよくそう噂されていた。決していい噂では無かった。先輩は周りからしたら「関わりずらい」らしい。でも、僕はそんな先輩に生まれて初めての恋をした。あれは、入学式の日の事だった。
***
入学式当日。
新しい環境がどうにも苦手で、緊張でお腹をくだした僕はあまり人通りがなさそうなガラン、とした北校舎3階のトイレにこもっていた。やがて校内にチャイムが響き、入学式の始まりを知らせたが僕はトイレから出られなかった。でも…外からけだるそうな声が聞こえてきた。
「はぁー、たっる…」
おそらく女性の声。
「ねぇ、花子いるんでしょ?」
「……」
「ほら、いた。ここ好きだねー」
「……」
「ん?サボった。あんなん主役の新入生がいりゃいいんだから。」
「……」
「あーね。まぁ分かるけど、てかいつもおカッパだね。たまにはイメチェンしたら?」
電話……しているのだろうか?
相手の声は聞こえないのできっとそうだと思った。その人の声を聞いていたらやがて、腹痛は収まり、僕は遅ればせながら体育館に向かおうとトイレの鍵を開けた。
外ではまだ話し声が聞こえる。電話の内容から恐らく先輩。上級生。顔を合わせる事になりそうだけどまぁいっか。と決意を固めトイレから出ると、案の定そこには人が居た。
艶のある黒髪。パチッと切りそろえられた前髪。彼女の胸元のリボンがどこからか吹いてくる風に靡く。その先輩は”綺麗な人”として僕の目に映った。両手をポケットにつっこみトイレ前の壁に寄りかかる先輩は少し視線を下げ言った。
「あ。新入生……?」
先輩の視線の先…、僕の胸元には新入生だけが強制的に付けられる赤いコサージュが揺れていた。縮こまりながら答える。
「あ…はい」
「そう」
それだけ言葉を交わして、僕はその場を後にした。コツンコツン、と徐々にトイレから、先輩から、遠ざかる自分の足音が鼓膜に響く。
あれ。そういえば先輩、電話してなかったな…。とふと思ったその時だった。
「ねぇ」と、後ろから声を掛けられた。
「は、い!」
肩が跳ね上がる。変な返事の仕方になってしまった。振り向いて今1度先輩を見つめる。入学早々先輩に目をつけられてしまったのでは無いか、と心配していると……、思いもよらず優しい声が降ってきた。
「入学おめでとう」
「…っ、」
顔が、火照る。
幼少期から引っ込み事案で臆病な僕が……
今までに味わった事のないトキメキを感じた。
淡いピンク色の感情が胸にじんわりと広がっていく。
「あり…がとう、…ございます」
先輩は、”可憐”で”凛”として見えた。
全校生徒が体育館で校長の長話を聞いている間。ちょっとだけ。僕と先輩は言葉を交わした。北校舎3階トイレ前で。
…なんだか、嬉しかった。
***
入学式から早3ヶ月。
僕は3年生の下駄箱の前でウロウロしていた。
告白、しようとしていたのだ。あの時の先輩に。下駄箱に貼り付けられたネームプレート。
先輩の名前を探し、まだローファーが中にある事を確認。先輩を待ち伏せしていた。正直振られる自信しかない。だって先輩と僕はあの日以来1度も話していない。校内ですれ違ったりは何度かあったけど一方的に僕が視線を送る一方。向こうは多分気付いていない。先輩にとったら、きっと僕はほとんど知らない人、なのだ。だけど伝えたかった。「好きです」って。あの時、僕にくれた「入学おめでとう」って言葉。なんか凄く嬉しかったです、って。それだけでも伝えられたらいいな、って思っていた。
そんな時だった。ちょうど下駄箱を通り掛かった1年生の噂話が僕の鼓膜に届いた。
「ねぇねぇ、知ってる?成瀬絵麻のこと」
「え?なになに」
「同中だった、って子に聞いたんだけどねー、」
成瀬、さん…?まさに僕が今想いを伝えようとしている人の名前に心臓がドクン!と跳ね、盗み聞きは良くないと思いつつも下駄箱の影にこっそり隠れて聞き耳を立てる。
「4年前に交通事故で…
幼馴染の男の子 ───────……」
「えぇ、まじ!?」
「まじまじ!ここだけの話、好きだったらしいよ。その男の子の事」
「うわー、切ないねー。今も好きなのかな?」
「好きっぽいよー、未だに病院しょっちゅう出向いてる、って噂だし」
「ひぇー。純愛だねー」
その日。
僕は、告白を辞めてしまった。
伝えたところで困らせるだけのような気がして。怯んでしまったのだ。
帰り道。僕は思う。
ーーそっか。先輩好きな人いるのか。
振られる、と思いつつも下駄箱に立っていたはずだったのに。結局こうやって告白すらせず帰路に着いてしまいショックを受けている時点で心のどっかでは期待していたんじゃないか。
本当、これだから臆病者は。自分に嫌気が差しどこか自嘲的に笑みを浮かべながら横断歩道を横切ったその時だった。
辺りに響き渡るピーーッ!!!!という、けたたましいクラクション。空高く舞い上がる身体が激痛に呑まれ落ち、僕は……
死んだ───────。
***
入学式当日。
新しい環境がどうにも苦手で、緊張でお腹をくだした僕はあまり人通りがなさそうなガラン、とした北校舎3階のトイレにこもっていた。やがて校内にチャイムが響き、入学式の始まりを知らせたが僕はトイレから出られなかった。でも…外からけだるそうな声が聞こえてきた。
「はぁー、たっる…」
おそらく女性の声。
「ねぇ、花子いるんでしょ?」
「……」
「ほら、いた。ここ好きだねー」
「……」
「ん?サボった。あんなん主役の新入生がいりゃいいんだから。」
「……」
「あーね。まぁ分かるけど、てかいつもおカッパだね。たまにはイメチェンしたら?」
電話……しているのだろうか?
相手の声は聞こえないのできっとそうだと思った。その人の声を聞いていたらやがて、腹痛は収まり、僕は遅ればせながら体育館に向かおうとトイレの鍵を開けた。
外ではまだ話し声が聞こえる。電話の内容から恐らく先輩。上級生。顔を合わせる事になりそうだけどまぁいっか。と決意を固めトイレから出ると、案の定そこには人が居た。
艶のある黒髪。パチッと切りそろえられた前髪。彼女の胸元のリボンがどこからか吹いてくる風に靡く。その先輩は”綺麗な人”として僕の目に映った。両手をポケットにつっこみトイレ前の壁に寄りかかる先輩は少し視線を下げ言った。
「あ。新入生……?」
先輩の視線の先…、僕の胸元には新入生だけが強制的に付けられる赤いコサージュが揺れていた。縮こまりながら答える。
「あ…はい」
「そう」
それだけ言葉を交わして、僕はその場を後にした。コツンコツン、と徐々にトイレから、先輩から、遠ざかる自分の足音が鼓膜に響く。
あれ。そういえば先輩、電話してなかったな…。とふと思ったその時だった。
「ねぇ」と、後ろから声を掛けられた。
「は、い!」
肩が跳ね上がる。変な返事の仕方になってしまった。振り向いて今1度先輩を見つめる。入学早々先輩に目をつけられてしまったのでは無いか、と心配していると……、思いもよらず優しい声が降ってきた。
「入学おめでとう」
「…っ、」
顔が、火照る。
幼少期から引っ込み事案で臆病な僕が……
今までに味わった事のないトキメキを感じた。
淡いピンク色の感情が胸にじんわりと広がっていく。
「あり…がとう、…ございます」
先輩は、”可憐”で”凛”として見えた。
全校生徒が体育館で校長の長話を聞いている間。ちょっとだけ。僕と先輩は言葉を交わした。北校舎3階トイレ前で。
…なんだか、嬉しかった。
***
入学式から早3ヶ月。
僕は3年生の下駄箱の前でウロウロしていた。
告白、しようとしていたのだ。あの時の先輩に。下駄箱に貼り付けられたネームプレート。
先輩の名前を探し、まだローファーが中にある事を確認。先輩を待ち伏せしていた。正直振られる自信しかない。だって先輩と僕はあの日以来1度も話していない。校内ですれ違ったりは何度かあったけど一方的に僕が視線を送る一方。向こうは多分気付いていない。先輩にとったら、きっと僕はほとんど知らない人、なのだ。だけど伝えたかった。「好きです」って。あの時、僕にくれた「入学おめでとう」って言葉。なんか凄く嬉しかったです、って。それだけでも伝えられたらいいな、って思っていた。
そんな時だった。ちょうど下駄箱を通り掛かった1年生の噂話が僕の鼓膜に届いた。
「ねぇねぇ、知ってる?成瀬絵麻のこと」
「え?なになに」
「同中だった、って子に聞いたんだけどねー、」
成瀬、さん…?まさに僕が今想いを伝えようとしている人の名前に心臓がドクン!と跳ね、盗み聞きは良くないと思いつつも下駄箱の影にこっそり隠れて聞き耳を立てる。
「4年前に交通事故で…
幼馴染の男の子 ───────……」
「えぇ、まじ!?」
「まじまじ!ここだけの話、好きだったらしいよ。その男の子の事」
「うわー、切ないねー。今も好きなのかな?」
「好きっぽいよー、未だに病院しょっちゅう出向いてる、って噂だし」
「ひぇー。純愛だねー」
その日。
僕は、告白を辞めてしまった。
伝えたところで困らせるだけのような気がして。怯んでしまったのだ。
帰り道。僕は思う。
ーーそっか。先輩好きな人いるのか。
振られる、と思いつつも下駄箱に立っていたはずだったのに。結局こうやって告白すらせず帰路に着いてしまいショックを受けている時点で心のどっかでは期待していたんじゃないか。
本当、これだから臆病者は。自分に嫌気が差しどこか自嘲的に笑みを浮かべながら横断歩道を横切ったその時だった。
辺りに響き渡るピーーッ!!!!という、けたたましいクラクション。空高く舞い上がる身体が激痛に呑まれ落ち、僕は……
死んだ───────。
0
お気に入りに追加
5
あなたにおすすめの小説


彼女にも愛する人がいた
まるまる⭐️
恋愛
既に冷たくなった王妃を見つけたのは、彼女に食事を運んで来た侍女だった。
「宮廷医の見立てでは、王妃様の死因は餓死。然も彼が言うには、王妃様は亡くなってから既に2、3日は経過しているだろうとの事でした」
そう宰相から報告を受けた俺は、自分の耳を疑った。
餓死だと? この王宮で?
彼女は俺の従兄妹で隣国ジルハイムの王女だ。
俺の背中を嫌な汗が流れた。
では、亡くなってから今日まで、彼女がいない事に誰も気付きもしなかったと言うのか…?
そんな馬鹿な…。信じられなかった。
だがそんな俺を他所に宰相は更に告げる。
「亡くなった王妃様は陛下の子を懐妊されておりました」と…。
彼女がこの国へ嫁いで来て2年。漸く子が出来た事をこんな形で知るなんて…。
俺はその報告に愕然とした。

【完結】仰る通り、貴方の子ではありません
ユユ
恋愛
辛い悪阻と難産を経て産まれたのは
私に似た待望の男児だった。
なのに認められず、
不貞の濡れ衣を着せられ、
追い出されてしまった。
実家からも勘当され
息子と2人で生きていくことにした。
* 作り話です
* 暇つぶしにどうぞ
* 4万文字未満
* 完結保証付き
* 少し大人表現あり

夫は私を愛してくれない
はくまいキャベツ
恋愛
「今までお世話になりました」
「…ああ。ご苦労様」
彼はまるで長年勤めて退職する部下を労うかのように、妻である私にそう言った。いや、妻で“あった”私に。
二十数年間すれ違い続けた夫婦が別れを決めて、もう一度向き合う話。
わかりあえない、わかれたい・2
茜琉ぴーたん
恋愛
好きあって付き合ったのに、縁あって巡り逢ったのに。
人格・趣味・思考…分かり合えないならサヨナラするしかない。
振ったり振られたり、恋人と別れて前に進む女性の話。
2・塩対応を責められて、放り投げてしまった女性の話。
(5話+後日談4話)
*シリーズ全話、独立した話です。

あなたの秘密を知ってしまったから私は消えます
おぜいくと
恋愛
「あなたの秘密を知ってしまったから私は消えます。さようなら」
そう書き残してエアリーはいなくなった……
緑豊かな高原地帯にあるデニスミール王国の王子ロイスは、来月にエアリーと結婚式を挙げる予定だった。エアリーは隣国アーランドの王女で、元々は政略結婚が目的で引き合わされたのだが、誰にでも平等に接するエアリーの姿勢や穢れを知らない澄んだ目に俺は惹かれた。俺はエアリーに素直な気持ちを伝え、王家に代々伝わる指輪を渡した。エアリーはとても喜んでくれた。俺は早めにエアリーを呼び寄せた。デニスミールでの暮らしに慣れてほしかったからだ。初めは人見知りを発揮していたエアリーだったが、次第に打ち解けていった。
そう思っていたのに。
エアリーは突然姿を消した。俺が渡した指輪を置いて……
※ストーリーは、ロイスとエアリーそれぞれの視点で交互に進みます。

[完結]思い出せませんので
シマ
恋愛
「早急にサインして返却する事」
父親から届いた手紙には婚約解消の書類と共に、その一言だけが書かれていた。
同じ学園で学び一年後には卒業早々、入籍し式を挙げるはずだったのに。急になぜ?訳が分からない。
直接会って訳を聞かねば
注)女性が怪我してます。苦手な方は回避でお願いします。
男性視点
四話完結済み。毎日、一話更新

愛する貴方の心から消えた私は…
矢野りと
恋愛
愛する夫が事故に巻き込まれ隣国で行方不明となったのは一年以上前のこと。
周りが諦めの言葉を口にしても、私は決して諦めなかった。
…彼は絶対に生きている。
そう信じて待ち続けていると、願いが天に通じたのか奇跡的に彼は戻って来た。
だが彼は妻である私のことを忘れてしまっていた。
「すまない、君を愛せない」
そう言った彼の目からは私に対する愛情はなくなっていて…。
*設定はゆるいです。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる