キミの未練

今宵恋世

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僕は死んだ

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いつも無表情で、クールで、冷たい人。先輩はよくそう噂されていた。決していい噂では無かった。先輩は周りからしたら「関わりずらい」らしい。でも、僕はそんな先輩に生まれて初めての恋をした。あれは、入学式の日の事だった。

***

入学式当日。
新しい環境がどうにも苦手で、緊張でお腹をくだした僕はあまり人通りがなさそうなガラン、とした北校舎3階のトイレにこもっていた。やがて校内にチャイムが響き、入学式の始まりを知らせたが僕はトイレから出られなかった。でも…外からけだるそうな声が聞こえてきた。

「はぁー、たっる…」

おそらく女性の声。

「ねぇ、花子いるんでしょ?」
「……」
「ほら、いた。ここ好きだねー」
「……」
「ん?サボった。あんなん主役の新入生がいりゃいいんだから。」
「……」
「あーね。まぁ分かるけど、てかいつもおカッパだね。たまにはイメチェンしたら?」

電話……しているのだろうか?
相手の声は聞こえないのできっとそうだと思った。その人の声を聞いていたらやがて、腹痛は収まり、僕は遅ればせながら体育館に向かおうとトイレの鍵を開けた。

外ではまだ話し声が聞こえる。電話の内容から恐らく先輩。上級生。顔を合わせる事になりそうだけどまぁいっか。と決意を固めトイレから出ると、案の定そこには人が居た。

艶のある黒髪。パチッと切りそろえられた前髪。彼女の胸元のリボンがどこからか吹いてくる風に靡く。その先輩は‪”‬綺麗な人‪”として僕の目に映った。両手をポケットにつっこみトイレ前の壁に寄りかかる先輩は少し視線を下げ言った。

「あ。新入生……?」

先輩の視線の先…、僕の胸元には新入生だけが強制的に付けられる赤いコサージュが揺れていた。縮こまりながら答える。

「あ…はい」

「そう」

それだけ言葉を交わして、僕はその場を後にした。コツンコツン、と徐々にトイレから、先輩から、遠ざかる自分の足音が鼓膜に響く。
あれ。そういえば先輩、電話してなかったな…。とふと思ったその時だった。
「ねぇ」と、後ろから声を掛けられた。
「は、い!」

肩が跳ね上がる。変な返事の仕方になってしまった。振り向いて今1度先輩を見つめる。入学早々先輩に目をつけられてしまったのでは無いか、と心配していると……、思いもよらず優しい声が降ってきた。

「入学おめでとう」

「…っ、」

顔が、火照る。
幼少期から引っ込み事案で臆病な僕が……
今までに味わった事のないトキメキを感じた。
淡いピンク色の感情が胸にじんわりと広がっていく。

「あり…がとう、…ございます」

先輩は、‪”‬可憐‪”‬で‪”‬凛‪”として見えた。
全校生徒が体育館で校長の長話を聞いている間。ちょっとだけ。僕と先輩は言葉を交わした。北校舎3階トイレ前で。
…なんだか、嬉しかった。

***

入学式から早3ヶ月。
僕は3年生の下駄箱の前でウロウロしていた。
告白、しようとしていたのだ。あの時の先輩に。下駄箱に貼り付けられたネームプレート。
先輩の名前を探し、まだローファーが中にある事を確認。先輩を待ち伏せしていた。正直振られる自信しかない。だって先輩と僕はあの日以来1度も話していない。校内ですれ違ったりは何度かあったけど一方的に僕が視線を送る一方。向こうは多分気付いていない。先輩にとったら、きっと僕はほとんど知らない人、なのだ。だけど伝えたかった。「好きです」って。あの時、僕にくれた「入学おめでとう」って言葉。なんか凄く嬉しかったです、って。それだけでも伝えられたらいいな、って思っていた。
そんな時だった。ちょうど下駄箱を通り掛かった1年生の噂話が僕の鼓膜に届いた。

「ねぇねぇ、知ってる?成瀬絵麻なるせ えまのこと」
「え?なになに」
「同中だった、って子に聞いたんだけどねー、」

成瀬、さん…?まさに僕が今想いを伝えようとしている人の名前に心臓がドクン!と跳ね、盗み聞きは良くないと思いつつも下駄箱の影にこっそり隠れて聞き耳を立てる。

「4年前に交通事故で…
幼馴染の男の子 ​───────……」
「えぇ、まじ!?」
「まじまじ!ここだけの話、好きだったらしいよ。その男の子の事」
「うわー、切ないねー。今も好きなのかな?」
「好きっぽいよー、未だに病院しょっちゅう出向いてる、って噂だし」
「ひぇー。純愛だねー」

その日。
僕は、告白を辞めてしまった。
伝えたところで困らせるだけのような気がして。怯んでしまったのだ。
帰り道。僕は思う。

ーーそっか。先輩好きな人いるのか。

振られる、と思いつつも下駄箱に立っていたはずだったのに。結局こうやって告白すらせず帰路に着いてしまいショックを受けている時点で心のどっかでは期待していたんじゃないか。
本当、これだから臆病者は。自分に嫌気が差しどこか自嘲的に笑みを浮かべながら横断歩道を横切ったその時だった。
辺りに響き渡るピーーッ!!!!という、けたたましいクラクション。空高く舞い上がる身体が激痛に呑まれ落ち、僕は……






死んだ​───────。
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