幸せが壊れる伏線みたい

今宵恋世

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恋人

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 デパートのガラスに反射した自分のコーディネートが少々心配になりつつ、唯斗は先を急いでいた。
 ダボッ、としたグレーのシャツとジーパン。
 女の子と休日に出かけるなんて初めての経験ゆえ、今日は朝から姿見で幾度となく確認した。

 待ち合わせは10時。

 今日は先日飛ばしあったメモに書かれた麻衣の要望【お花見、行きたい!】を叶えるべく、外出していた。いわゆる、初デート、ってやつかもしれない。あのメモがあったからかどちらからともなく‪”‬行く‪”流れになっていた。

 恋愛初心者の唯斗は昨晩スマートフォンで割と熱心に検索していたのだが、
 男は待ち合わせの15分前、というのは
 その時に得た心得。よって只今の時刻9時40分であった。

 和也にこの事を話した所
 「架空の彼女と上手くやれよ!」と嘲笑っていたが、麻衣は実在するのでこうして唯斗は今自分の身なりを気にながら歩いているのだ。

 唯斗は高校に行くのと同じように倉ヶ丘駅で電車を降りて高校へ行くのとは別の方向に向かって進んでいた。目的地は高校から少し離れた場所にある夢桜ゆめざくら公園。麻衣の家の近くでもあるらしい。

 高校付近の景色ならだいぶ見慣れてきたのだけれど、この辺りは唯斗にとって全く知らない土地。故に唯斗はスマートフォンでマップを表示しながら歩いていた。

 しばらく歩くとブー、と通知を知らせる振動が手に伝わる。麻衣から【今日楽しみ!】のメッセージが届いた所だった。
 唯斗も【僕もだよ!】と返信する。
 「!」の有無は基本的にいつも相手に合わせている唯斗。しかし自分の返信を見返してなんだかテンション高いな、と嘲笑してしまった。麻衣は元々そういうキャラだから特段不自然ではないけど……。画面に反射する自分はまだ笑みが残っていて焦る。1人ニヤニヤしながらこの人通りの中を歩くのは完全に気持ちの悪い人だ。すぐに表情を戻す。

 連絡先は一昨日のお昼休みに「お花見の事色々決めないとね」と、集合場所や時間を決める為にこれまたどちらからともなく交換したのだ。

 途中で通り掛かったデパートが立ち並ぶ通りは日曜日ともあれ人通りが激しい。
 今日は快晴。
 お花見には絶好の天気だった。

 そこまで気温も高くは無いが太陽の日差しが若干強く、日傘をさしている人も先程からチラホラと見かける。

 *

 「あっ!唯斗ー!」

 もう数回、学校で呼ばれはしたが、名前で呼ばれる、というのはまだ慣れず、むず痒い気持ちがあった。

 その響きのある声に顔を上げると袖口がボワッ、とした清楚系のピンクワンピースの女の子が待ち合わせ場所付近で唯斗に手を振っていた。

 彼女が麻衣か、一瞬分からなかった。
 いつも学校では1つに括っている麻衣の髪が今日は下ろされている。それにいつもは制服姿しか見た事がなかったので、外見が唯斗の知る姿とはまるっきり違っていたのだ。

 「ごめん……っ、待った?」

 慌てて小走りで駆け寄って謝る。
 只今の時刻待ち合わせの15分前ちょうどであったがもう既に麻衣は居たのだ。

 「ううん!今来た!」

 「そっか」

 唯斗は和也に言われて、15分前を意識していたのだが、麻衣は「楽しみで早く着いちゃった」と、教えてくれた。

 自分と出掛ける事をそんな風に思ってくれてたなんて。と唯斗は赤面する顔を地面に貼り付けるばかりだった。

 「どう?これっ」

 麻衣はフリルのある薄茶色のワンピースの裾をばたつかせ、唯斗に感想を求めた。

 「……」

 しかし唯斗はというと、こういう時なんと言えば正解なのかばかり気にしてしまい、たじろいでしまった。しかし正解など分かるはずもなく、唯斗は意を決してこう言った。

 「かっ、可愛い……と思う」

 「……っ、ほっ、ほんと!?」

 「うん、ほんと」

 「嬉しい……っ」

 跳ね上がる勢いで喜ぶ麻衣は「これ昨日彩月が一緒に選んでくれたんだ!」と顔をほころばせた。

「新しいんだ」

「うん!初デートだから、って私よりも彩月の方が気合い入っちゃって…」

 初デート、である事は唯斗も同じだったが口に出すのは躊躇ためらった。
 でも無邪気に口に出した麻衣を目の前にしてつい言ってしまいそうにはなってしまう。

 ***

 この夢桜公園は開花時期が少し遅い八重桜やえざくらが有名との事。公園を取り囲むように配置された八重桜は満開だった。一心不乱に咲き誇る木々はこの時期都会の街に彩りを与えていた。

 時折花びらが風に吹かれてこちらまでやってくる。どれもなんの傷もなく綺麗なピンク色で街の人に親しまれ、きっと大切にされているんだろうなと思った。

 きっと一般的なのはきっとソメイヨシノという桜だが、水曜に降った雨でどこもすっかり散ってしまったらしい。

 真緑色の芝生と噴水。そして八重桜。
 今週から始まった高校生活。何かと張り詰めていた糸、があったが、ここはそれがゆっくりと解けていくような柔らかい自然の癒しが得られる場所だった。

 芝生に持参したレジャーシートをひき、麻衣と並んで腰掛ける。麻衣のワンピースは昨日買ったばかりだと言っていたし、持ってきて正解だったかもしれない。買ったばかりで汚れたら大変だ。

 と、いっても唯斗が子供の頃に使っていたレジャーシートを押し入れから引っ張り出してきたので微妙に小さい。故に麻衣とは必然的に肩が触れ合ってしまう。

 お互い体操座りのような小さくなった姿勢。
 でも麻衣の体は華奢だからもっと小さく思えた。

 レジャーシートを、持ってくる事に張り切りすぎていないだろうか、と心配していた唯斗だったが、「すごい…。やっぱり・・・・気、効くね  ありがとう!」と、むしろお礼を言われてしまった。

 「ん?やっぱり・・・・って?」

 気になってすぐに聞き返したのだが返ってきたのは元気のいい「なんでもない!」だった。

 ***

 「満開だね。桜」

 唯斗の隣。ポツリとそう言い放った麻衣を横目でチラ、と見ると目が合った。桜を見ている風な言葉を発しつつ、どうやら唯斗の事を見ていたらしい。

 「見てないじゃん。桜」

 あまりに透き通るような目でジー、と見てくるので唯斗はすぐに視線を逸らす。だけど横からの視線は止まらない。

 「なんか……ついてる?」

 頭に花びらでも乗ってしまっているのだろうか。パッパッ、と頭のてっぺんを払ってみるが麻衣が「ううん」と首を横に振った。

 「なんか……、やっぱりかっこいいな、って」

 「へ!?」

 突然何を言い出すかと思えば。

 「う、れしいけど……すごく。不意打ちは……」

 不意打ちでこんな言葉を聞かされたら当然あたふたしてしまう。モゴモゴと口ごもるように膝に顔を埋めた。

 でも、からかっているだけかもしれないのに、こんな素直に麻衣の言葉を受け取って照れる。だなんて、なんだか男としてかっこ悪い気がしてしまう。

 「……」

 現に今麻衣から何も言葉が返って来なくて余計焦る。また視線を麻衣に戻すと、どこか瞳をうるうるとさせてまたも儚げに笑う麻衣が居た。
 その表情に、さっきのは決してからかっている訳では無かったんだ、と悟る。

 「どうしたの?」

 「ううん……」

 麻衣の頬に涙が伝う。その瞬間。
 麻衣は儚い笑みを絶やす事無くまた優しく言い放つ。

 「かっこよくて……っ」と。

 唯斗はどう反応していいか分からずに居た。
 僕の顔面がかっこよくて……、泣く?
 いくら何でも、涙の理由はそれでは無く
 もっと別にあるような気がしてしまう。

 「なんか……僕のかっこよさが爆発してしまったようで…、申し訳ない」

 軽い冗談のつもりでそんなナルシスト辞典に載っていそうな言葉を掛けてみる。その甲斐あってか、麻衣が瞳をキュッ、とせばめて笑ってくれた。

 「そういう事言うタイプと思わなかった」と言って、腹を抱えしばらく笑う。涙なんて流さず、普通に笑って欲しい、とは思ったがこれじゃ大爆笑の域だ。麻衣のあまりの大爆笑っぷりに自分がまいた種だがいつのまにか唯斗も釣られてしまう。口角が上がっている自分に、少しだけ不思議な気持ちが胸に漂っていくのを感じた。

 ***

 先程のナルシスト発言に笑い疲れたのか
 麻衣がお腹すいたと言い出したので少し早いがお昼にする事になった。

 まだ10時35分を回ったばかりだったが
 お互い朝食を取っていない事もあり、唯斗もお腹が空いてきていた。どっちにしろここで食べる予定で麻衣が何かしら用意してくれていたのだが……

 「親子丼?」

 麻衣の手に抱えられているのはどこかで買ってきたらしい2つの親子丼だった。 

 「そう!近所のスーパーで買ってきた!」

 麻衣は「今日は通常価格で買ったんだー」と付け足す。どうやらいつもは半額で買っているらしい代物だった。18時になると値札のシールが貼られるんだとか。代金を払おうと思い財布に手を伸ばすが止められてしまった。

 「あ!いいから! 」

 「え、でも……」

 「ほんっと気にしないで!手作りきもいかなーって思って市販にしただけだし!」

 自虐的にそんな事を言う麻衣に唯斗は慎重に口を開いた。

「きもい、なんて……僕思わない、よ…?」

 その言葉を聞いた麻衣の動きがゆっくりと止まる。止まって、唯斗に遠慮しい上目遣いが向けられる。

「……ほんと?」

「…ほんとだよ!逆に…思うような人間、って感じてたなら……ごめん。」

「いや!感じてない!」

 そう否定してくれた麻衣は「じゃあ…」と恐る恐る麻衣は手提げ袋に手を伸ばした。

 「これ、受け取って……くれる?これは…手作りした、んだ……バレンタイン。」

 うるうると不安げに瞳を揺らしながら唯斗に差し出したのはクマの絵柄のラッピングが施されたハートの形のクッキーだった。手のひらサイズにはギリギリ満たないがかなり大きい。
 クッキーの真ん中にはチョコペンで「本命」と書かれている。

「え、僕に?いいの……?」

「だって、好きな人に渡すものでしょ?バレンタイン、って…。」

 頬を赤く染めてそんな可愛らしいセリフを唯斗にぶつけてくる麻衣にドクン、と心臓が跳ねる。こんな事を言われて跳ねない男などこの世界に果たしているのだろうか。

 女の子から手作りを貰う、というのはそもそも男なら誰しも憧れるものだ。だから世の男はバレンタイン当日下駄箱や机の中を期待に満ちた手でサバくる。特別感が漂うこの空間で唯斗は憧れのど真ん中にいる事を感じていた。

「でも…なんでバレンタイン?今4月……」

 どうしてバレンタインという名目で渡すのだろうか。気になって尋ねてみる。

 「まぁ、そこは気にしないの!ほら!結構可愛くラッピング出来たと思わない?昨日頑張って作ったんだよー」

 「お菓子作り上手なんだね」

 市販を疑うレベルにそのクッキーは綺麗だった。

 「そっ、んな事言われたら……照れる、じゃん」

 たどたどしい口調で頬に手を当てた麻衣。
 季節外れすぎるが、麻衣がそう言うなら、と。
 バレンタインという事でクッキーを受け取る。手作りはきもい、と言いつつ、麻衣は唯斗の為にこれを作ってきてくれたのだ。

 「ありがとう、嬉しい」

 「よかった。どういたしまして」

 「女の子からバレンタイン貰うの僕、はじめて…」

 そんな内部事情までスラスラと話す自分がいる事に、唯斗は心のどこかで自分の変化を感じ取っていた。

 最初こそ麻衣相手に緊張していた唯斗だったが最近では思った事をだいぶ麻衣に話せるようになってきていたのだ。自然に2人の間に笑顔も増えたように思うし、その証拠にさっきだって麻衣の隣で気づかぬ間に口角が上がっていた自分が居たんだ。

 麻衣の隣は居心地がよく思えた。先程のナルシスト発言だって、きっと距離が縮まったからこそ出来たものだった。

「うそ!そんな貴重なはじめて、私で良かった?」

 眉をグン、と下げ、これ以上ない程に深刻そうな顔をしてそんな質問をしてくる麻衣に唯斗は「いいに決まってる。麻衣で良かった」
 と、笑いながら返すのであった。

 ***

 今日の予定は午前中お花見して……のとこしか決めていなかった。なんという計画性のなさ。
 男の唯斗がリードしてあげるべきなのだろうが、そんな長時間唯斗といて麻衣は果たして楽しいのか?早く帰りたい、となってはいないだろうか?と妙に気を遣ってしまっていた。

 ーーこの後は解散だろうか。

 桜はもう十分過ぎるほど見たので帰ろうか、となった時、唯斗はレジャーシートを畳みながら
「この後どうする?」が喉まででかかっていたのだが、その時麻衣がキラキラとした眼差しを唯斗に向けた。

「ねね」

「ん?」

「唯斗の家行きたい」

「家!?」

「うん。だめ?」

「だめ…というか……」

 いきなり何を言い出すかと思えば……。
 あまりの衝撃でレジャーシートを畳む唯斗の手はピタリ、と止まる。
 数秒前まで解散だろうか、と考えていた唯斗の頭に突如として‪”‬自宅‪”が思い浮かんで思考が一気にせわしなくなる。

「い、いいけど……、電車乗らないと、だよ?」

「知ってるー、唯斗電車通学だもんね」

 知ってるー、じゃなくて!
 唯斗の反応を見る為に、からかっているんじゃないか、と思ったが、麻衣がそういうタイプでは無い事はもう十分分かっていた。

 今から行くとなると、13時過ぎには着くだろうか。乗り換えの無いいつもの単純なコースを思い浮かばせて「分かった」と返事をしようとした時だ。麻衣が慌てた様子で唯斗に迫った。

「あ、まって!家はよくよく考えたらやばいよね!違うの!唯斗の住んでる町、どんなとこかなー、って思っただけなの!」

「あっ、そういう事…っ」

 言い出した麻衣も何かそちら側の意味を遅ればせながら想像してしまったのかもしれない。
 いやらしい意味のある「家行きたい」では無い事は麻衣の目を見ていれば重々承知していたが、そんな唯斗の心情を知らない麻衣は目の前で必死に弁解していた。

「住んでる町…っていっても、ここよりずっと田舎だし、ほんと何も無い所だよ?」

 この辺りはデパートなどもあり、割と栄えている。でもここから6駅離れた唯斗の住む町は本当に何も無い。ド田舎まっしぐらで電車は進む。

 強いて言うなら最近テレビで取り上げられた熱帯魚専門店が1件あるだけの主に田んぼが広がる町。地元を悪く言う気は無いが、麻衣をあの町に連れて行ったとして、楽しんで貰えるスポットなんてとても……。

「えー、だめ?」

 頭を悩ませる唯斗にたちまち上目遣いが飛んでくる。そんな顔をされたら押しに弱い唯斗は断る事が出来ないのだ。

 ***

 押しに押されるまま。
 唯斗と麻衣は倉ヶ丘駅に来ていた。
 もうすぐで電車が到着する。
 麻衣はあまり電車というものに乗った事がないようでここで切符を買って、ここに入れて。
 など、1から教えてあげると、「へぇ、すごいね!」と、感嘆の声を漏らしていた。

 唯斗の定期を見ては「それなに?」と首を傾げる程。本当に電車に乗った事が人生でないらしい。改札をくぐるのも、麻衣が通ればまるでそこがテーマパークへの入口かのようにきらびやかになった。

「人、いっぱいだね」

 ホームで電車を待っている時、麻衣が人の濁流を物珍しそうに眺め、声を漏らした。

「日曜日だからね」

 そう答えたとのほぼ同時に
 横から麻衣が唯斗の服の裾を掴んだ。

「は、はぐれちゃいそうだから……ここ。掴んででいい?」

「あ、ごめん。どうぞ…」

 自分の気配りが足りなかった気がした。
 人の喧騒に呑まれるようにしてホーム立つ自分達を客観的に見て、申し訳なさが込み上げる。

 唯斗はもう慣れたが、
 これだけ人がいれば、そりゃそう思う。
 服を掴まれたままの唯斗は電車がホームにやって来たと同時に浅い溜息を吐き出した。

 自分のだめだめっぷりが尽く身に染みる。
 それを実感しての溜息だった。

 プシュー、と扉が開いて中に入ろうと
 足を踏み出すが、止めた。断られるかもしれないが、唯斗は今今、別の1歩を踏み出そうとしていた。

「手、繋ぐ……?」

 ツン、とツッパり若干苦しい首元を、感じながら唯斗は震える声を発した。
 調子に乗っている訳じゃない。
 だけどいつも…、告白もこの休日にお花見に行ったのも、こうして今2人で並びホームに立っているのも。麻衣がそうしたい、と言ったから。

 和也にも言われたが常に受け身でどこか保守的に生きている唯斗はこの提案が何かの第1歩な気がした。別に今までの自分は嫌いじゃない。だけど思い返せば物足りない、というか、どこか退屈ではあった気がする。

 なにせ、流れにただ身を任せているだけのちっぽけな存在に過ぎなかったのだから。

「いいの……?」

 麻衣が唯斗の服をそっと離す。

 《まもなくー扉が閉まりますー》

 2人の状況を何も知らないアナウンスを合図にしたかのように唯斗は麻衣の手を取った。
 どこか冷たくひんやり、とした麻衣の手の温度がこちらに伝わる。唯斗は視線を下げ、「違う」と呟きながら足を踏み出した。

「え?」

 電車に乗り込み、いつもなら席がどこか空いていないだろうか、と真っ先に視線をさ迷わせる唯斗の視線は首を傾げたままの麻衣に向いた。


「”‬繋ぎたい‪”です。僕が。」


 きっと、ちょっとのニュアンス。

 気に留める程の事ではなかったのかもしれない。でも唯斗は言い直したかったのだ。

 ***

 電車に揺られて少しすると、唯斗の住む町が車窓から見え始めた。数分前たまたま空いた席に麻衣を窓側にして座っていた。

 まだ手は、繋がれたまま。

 日曜日の昼過ぎ。電車で男女が手を繋いでいる。2人は今、乗客達から見てカップルに見えているだろうか。

「あ、そうだ。今日は髪下ろしてるんだね」

 手を繋いだ事でか妙に緊張してしまい、ずっと無言だったのだが、唯斗から口を開いた。
 無言が嫌だった、とかじゃないが、なんとも言えない空気で、でも手は握り合っていて。
 それがなんだかソワソワして落ち着かなかった。

「そうー!サラサラに見える?彩月と比べると私髪質あんま良くないからさー」

 もう片方の手で毛先を指でクルクルと弄り不満げな表情を浮かべる麻衣。でも唯斗から見たら十分綺麗だと思った。

「え、そう、かな?サラサラだと思うし、なんかいい香りもする気がする」

 麻衣と今日会ってからずっと石鹸?フローラル系?のいい香りが漂っていた。きっと麻衣が何か付けているのだろう。

「唯斗ってサラッ、と褒めるの、なんか上手いね!?」

「そんな事……」

 麻衣は手首を擦り合わせるようにスリスリして唯斗に向ける。

 「これでしょ?」

 「あっ、うん、この香り」

 フワッ、とした香りが鼻腔に届く。
 優しい香りだった。

「これも昨日彩月が選んでくれたんだ!」

「へぇ、いい香りだね」

 立花彩月は唯斗達の今日の為に、どれだけ尽力してくれたのだろうか。
 今日は麻衣との会話の至る所に「これは昨日彩月がね…」が登場してくる気がする。

 《まもなくー藤中駅に到着しますー》

 やがて少し弾んだ2人の会話にアナウンスが入る。

「あっ、もうすぐ着くよ」

「藤中駅、って言うんだね!」

 それから2人は唯斗の生まれ育った町で電車を降りた。降りて早速、田園風景なので若干申し訳なさが募る。ガッカリされていたら…。と思ったのだ。

 だけど唯斗の予想に反して麻衣はポケットからスマートフォンを取り出した。そして遠くに掲げる。田園風景の上には青空が広がっていて、
 綺麗に緑色と青色が2つに別れる景色を麻衣は写真に収めているようだ。

「綺麗だね……っ、なんか和む~」

 田んぼを抜けてきた涼やかな風が優しく頬を撫でる。子供の頃からずっとこの町。もうすっかり見慣れてしまった景色だが、麻衣にとっては写真に収めたい、と思ってくれるものだったのだ。

 そんな麻衣の姿に和むのはこっちだ、と微笑みながら唯斗もこの景色を今日の記念に1枚写真に収めた。麻衣が隣に立っている。‪”‬いつも‪”‬との違いはたったそれだけなのに、不思議だ。この見慣れた景色がいつもより綺麗だ、と感じていた。

 ***

 数羽の鳥が頭上を通り過ぎるのを興味深そうに麻衣が目で追っていた。唯斗は、というと…、風に押され揺れ動く麻衣のサラサラストレートの髪を視界に収めながらまた頭を悩ませていた。

 連れて来たはいいものの……
 ほんとに何も無いぞ?この町は……。

 麻衣はこの町を何も知らないのだから
 行く先はきっと唯斗が決めてやらねばならない。でも……どこに?

 唯斗の住んでる町、どんなとこかなー、って思っただけなの!と言っていたが、ただこうして降り立っただけで、麻衣の気が済むとは、はなから思っていない。

 隣でブランブラン、と歩に合わせて揺れる麻衣の手に視線がゆく。ほんの数分前までこの手は唯斗が握っていたのだ。電車から降りる時に駅員さんに切符を見せる云々でどちらかともなく離したが

 ‪”‬麻衣と手を繋いでいた時間があった‪”‬

 その事実は改めて考えると驚きだった。

 しかも唯斗から提案した感じだ。
 自分が自分じゃないみたいな、
 そんな気持ちで淡々と暫く一直線に続く道を2人で歩いていた。

 この道をここで真っ直ぐに進めば時期に和也の家が見えてきて、唯斗の家に到着する。
 しかし今日は1歩手前で右に曲がる事にした。

「なにここ!抜け道みたいでワクワクするっ」

 人が1人通るのがやっとの木々に囲まれた細い通路を突き進んでいた。一際はしゃぐ麻衣の声が後ろから聞こえる。

 唯斗達は今この細い道を抜けて
 熱帯魚専門店【ハイビスカス】に向かっていた。

 先程麻衣に数ヶ月前にテレビで取り上げられたという旨の話をしたら、「行ってみたい!」と言われたのだ。唯斗的にも行く先として思い浮かぶのはここだけで。
 唯一麻衣を連れて行ってもいいかもしれない、と思える場所だったのだ。

 テレビに取り上げられたその頃、唯斗は受験真っ只中だったので撮影風景を見に行ったりはしなかったがこんな細い道を取材班が重い機材などを運びながらせっせと歩いたのだろうか、と思い、関心した。

 四方八方から垂れ下がる枝をいくつか避け、進むとやがて開けた場所が見えてくる。
 小さな建物がその中でちょこんと佇んでいて、それに添えられるように設置された
【熱帯魚】と今にも消えそうな薄くてか弱い文字が印刷された旗が1本だけ揺れている。

 無事目的地に到着した。

「ここ!?なんかレトロって感じで可愛いね!」

 建物をキラキラとした眼差しで見つめる麻衣はもう入る気満々といった様子だ。
 実は唯斗はここまで来た癖に引き返そうか迷っていたのだがもう麻衣のはしゃぎようを見てもう後に引けない気がしていた。

「入らないの?」

 不思議そうに麻衣が唯斗を見つめていた。

「あぁ、え、と……」

 建付けの悪い扉を開けたらそこは綺麗……とは言えないような藻か何かで緑色に染まった水槽がズラー、と並んでいるのだ。唯斗が最後にここに訪れたのは1年ちょっと前。なんか……見た感じ悪化してないか?

 暫く見ていなかったこの1年ちょっと間に水色の外壁は所々剥がれていて、旗だってよく見ればビリビリだ。なんて惨い有様に……。

 やはり麻衣を連れてくるべき所では無かったかもしれない。唯斗はすっかり寂れてしまった【ハイビスカス】を唖然として見つめていた。

「でも……お気に召すかどうか…」

 ポツリ、と飛び出た唯斗の一言に隣で麻衣が即座に声を上げた。

 「そっ、そんな事考えてたの!私のお気に召そうとしなくたっていいよ!…その、、せっかくこうして日曜日に会えてるんだし……さ?‪”‬唯斗と一緒に‪”‬どっか行く事に意味がある、っていうか……」

 ‪”‬唯斗と一緒に‪”‬

 をやけに強調した麻衣はフワッ、と笑みを零しながら唯斗を見つめた。

「好きな人とどっか行く、ってなんかもうそれだけで嬉しいじゃん」

 唯斗の心情を全て。
 見透かしたかのような、そしてそれを
 柔らかく溶かすかのような笑みを向けられた。
 地元を恥じている訳では無いが、
 そこまで身構えなくてもいいのかも、と思えた瞬間だった。

 「あ、ありが、と…」

 どうにも照れが混じって上手くお礼が言えない所が厄介だ。

 「じゃあ…入ろう。あ。小汚いかもだけどそこら辺はまぁ勘弁してね」

 「うん!」

 軽く注意喚起して歩き出そうとしたその時、後ろから唯斗の頭にコツン、と拳が降ってきた。

「小汚い、ってなんだよ!」

「うわっ、おばちゃん…」

 振り向くとこの【ハイビスカス】を経営している年齢不詳のおばちゃんが立っていた。
 絶対に年齢は教えてくれないが50代後半じゃないか、とこの前和也と話したばかりだった。

 「うわっ、って失礼ね!まったく!っていうか唯斗ちゃん。久しぶりじゃない?!最近全然顔出さないからおばちゃん寂しかったわぁー」

 去年以降もそこまでここに足を運んでいた覚えはないが、熱帯魚が水槽の中で揺らめく様子は時に癒されるので年に10回程度は訪れていたかもしれない。

 馴れ馴れしく……というか、誰とでも分け隔てなく距離感ゼロで接してくるおばちゃんは唯斗の事を‪”‬唯斗ちゃん‪”と‬呼んでくるのだ。

 「あぁ、受験で……」

 「なるほどね!あーあー、暫く見ないうちに大きくなってぇ!」

 そんなに大きくなってはいないと思いますけど……。なんて言葉にする隙間などこのおばちゃんは与えちゃくれない。すぐにおばちゃんの視線は麻衣に食いついた。

 「ちょっとちょっと!何この子!見ない顔ねぇ!まさか!唯斗ちゃんのガールフレンド!?可愛いじゃない!」

 「あっ、はじめま…」

 恐らく麻衣は挨拶しようとしたのだが言い終わる時間などこのおばちゃんは与えちゃくれない。

 「唯斗ちゃん、大人しそうに見えて結構大胆なのね!高校始まったのなんて先週くらいでしょ!?それがもうガールフレンドだなんて!いやんもう!唯斗ちゃんのお・と・し・ご・ろ」

 なんて剣幕なんだろうか。
 凄まじい勢いで迫ってくる。
 まぁ、いつもこんな感じではあるが久しぶりだからか、その勢いに大いに拍車が掛かっているように思う。

 そういえばテレビに取り上げられた際、勉強の合間チラッ、と見てみたのだが取材に来た芸人もこんな調子で迫られていたのを思い出す。

 ***

 それから問答無用に迫り来るおばちゃんの圧から逃れるように麻衣と店内に入った。ちょうどおばちゃんに電話が掛かって来たのだ。その隙だ。ジャストタイミング。

 と、いってもここはおばちゃんの店なので電話を終えたおばちゃんが戻ってくるのは時間の問題だろう。

 「いっぱいいるね!」

 「こんな田舎じゃあんまり売れないからみんな大きいけどね」

 店内にさほど変化はなく、唯斗の知る安定の【ハイビスカス】がそこにはあった。
 所狭しと奥の方までズラー、と並んだ水槽を見る麻衣。暫くは色々と見ていたのだがやがてある1匹に目をつけた。

 「あ、これ知ってる」

 おいでー、と水槽のそばに人差し指を近付けている。麻衣が一際見入っていたのは唯一値札が付けられていないカクレクマノミだった。

 「あ、来た!私の指の方来てくれるよ!この子!」

 「懐いてるよね。その子。この店の看板魚?だよ」

 「へぇー。どうりで!名前あるの?あっ、また来た!あっ、お辞儀した!」

 「クマちゃん、らしいよ」

 「あははっ…、魚なのに?」

 「ね。同じこと思ったよ。おばちゃん適当だからね」

 少し後ろに立って
 麻衣の指をパクパクしながら追い掛けるカクレクマノミを見ていた唯斗。その様子に、つい笑みが零れる。それは微笑まし過ぎる光景だった。

 結局麻衣がカクレクマノミと心ゆくまで遊んでいるのを唯斗も心ゆくまで見ていた。
 割と長い間滞在していたと思うがおばちゃんは一向に電話から戻ってこずでずっと外でワーワーと話し声が聞こえてきていた。

 またその隙に2人はそそくさと【ハイビスカス】を後にしたのだった。

 ***

 それから2人は大した事は何1つとしてない。唯斗の町をあてもなくブラブラと歩き、
 気付けば夕日が顔を出す時間帯に突入していた。‪”‬あてもなく‪”‬が出来たのは言うまでもない。麻衣が‪”‬唯斗と一緒に‪”‬どっか行く事に意味がある、と言ってくれたからだろう。

 そろそろ日が落ちる。
 唯斗は麻衣を送る為、藤中駅へと歩いていた。
 そこまででいいよ、と言われたのだが、唯斗も倉ヶ丘駅まで着いていく事にした。

 「いいよ!大変でしょ!今日だけで2往復だなんて」と遠慮されてしまったが電車についての知識が皆無に近い麻衣が無事倉ヶ丘駅まで到達出来るか心配だったのだ。ここは譲らなかった。

 駅までの道。
 それは唯斗が朝通学時に通っている道であった。きっと明日登校する際、今日の事を思い出しながらこの道を歩くんだろう、と思いながら
 くだらない雑談をした。

 今日という日も終盤に差し掛かった所。
 なんだか空気が涼しげで唯斗はふと肺いっぱいに吸い込んでゆっくり吐き出した。そんな仕草をしていると隣で麻衣が唯斗をじっと見つめていて唯斗は少し焦る。しまった、と思ったのだ。

 ただ深呼吸をしていただけに過ぎない今の動作は傍から見ればでっかい溜息に思わせてしまったのでは無いか?、と。無理矢理休日に駆り出されて面倒臭そうにここに居る、と思わせたんじゃないか、と一気に不安になった。

 「ごめん…」

 別に無理矢理駆り出された、などとは1ミリも思っていないが、思わせたのならそれは同じ事だ。とりあえず謝ってみるが麻衣は
 「え!?何が!?」とびっくりしている様子だ。

「あ、いや…、なんか今の溜息に思われたかと…」

「思ってない思ってない!」

 全力で首を振られ、ただの考えすぎかとホッ、と息を出す。

「なんか…」

「ん?」

 麻衣が思いにふけたようにゆっくりと口を開く。

「そういう所、……なんだよね」

「そういう、所?」

「うん。人って自分にないもの持ってる人に惹かれるって言うでしょ?ほんと、その通りだなぁ、って…。」

 その通り、の真意とは一体?
 と考える唯斗に麻衣は続けた。

「ほら、唯斗って、見てるこっちが眩しいくらい相手に対する?思いやりがすごくあって。考え過ぎなぐらい、相手の事考えてて、優しくて…。いつも丁寧で。どっか繊細、っていうか」

「そっ、そうかな…」

 そんなベタ褒めされる事に慣れていないので隣を歩く麻衣を直視出来ない。代わりに声だけに耳を傾ける。しかしそれだけでは飽き足らず、さらには小学生のように指をいじいじしだした。

「そうだよ!?気遣い上手で、見てると心が綺麗になる。偏見だけど男なんてガサツで常にばー、ってイメージしか持ってなかったならギャップ、っていうのかな…。 ……いいなって。」

 体の芯から熱を帯びる。
 決して嫌な熱じゃない。
 けどどう反応したらいいのやら…。

 そんな事をグルグルと考えていると麻衣が「レジャーシートにまで気が回るんだもん…。」と呟いた。

 ーーやっぱり・・・・気、効くね  ありがとう!

 あのやっぱり・・・・は、そういう事だったのか。いつからかは分からないが、少なくともあの時点で麻衣は唯斗をそういうふうに思ってくれていたのだ。

 隣でただ赤面しながら歩く唯斗にふんわりと影がさす。麻衣が進行方向に立ちはだかって唯斗と向かい合う。

「顔も、もう……めっちゃ!私のタイプだし!」

 この上ないくらいハッキリ、と言い放つ麻衣の顔は清々しいものだった。夕日がそっと麻衣を照らす。

「初恋フィルター付いちゃってるから、っていうのもあるかもだけど、世界で1番かっこいい、って本気で思ってるから!私」

「世界で1番!?」

 おいおい、それは言い過ぎじゃないか、と思う。まぁでも…、今日だって唯斗を見て、
 「かっこよくて……っ」と涙を流す麻衣が居たんだ。信じ難い事実ではあるが、嬉しいに越した事は無い。それに麻衣にとって唯斗が初恋、という新事実にも驚かされ、思いっきりたじろいでしまう。

 初恋はきっとその人にとって特別だ。
 僕なんかでいいのだろうか。

 「世界で1番だよっ?」

 透き通る綺麗な瞳は決して嘘偽りが無さそうで。そんな真っ直ぐな想いがとてもストレートに唯斗の心にぶっ刺さる。

 だけどなんというか……
 麻衣が語ってくれる‪”‬唯斗‪”という人間は時々、この自分ではない気がしていた。それは今も微かに感じていた。
 じゃあ誰だ?って話になるのだが。
 それは唯斗自身上手く説明出来ないし、単なる思い違いかもしれないので下手に口に出したりはしなかった。

 しかし……和也にも
 お前の見た目は確かに一目惚れしやすい、とか言われたが皆買い被り過ぎた。もちろんかっこいい、に越した事はないのだが、そんなに言ってくれると、いよいよ唯斗は調子に乗ってしまうかもしれない。

「そんなこと言ってくれるの…麻衣だけだよ」

「私だけじゃないと困る!…彼女だもん」

 そう言って口をムスッ、とさせたはいいがすぐに「やば、今の重かった!?ごめん」と肩をシュン、とさせていた。麻衣のコロコロと変わる表情は見ていて飽きない。おもしろ嬉しい気持ちだった。

「重くない。嬉しいってば」

 一緒に居ると自然と笑顔になれる。
 そういう事に気付いた日曜の夕暮れだった。

 *

 「今日すっごく楽しかった!ありがと!」

 倉ヶ丘駅のホーム。
 無事麻衣をここまで送り、
 唯斗が乗る電車の扉が閉まろうとしていた。

 唯斗は最寄り駅から倉ヶ丘駅区間を2往復した事になったのだが、とても充実した1日だったように思う。

「良かった。なんかこうやって休日に会ったらちょっと違った。みたいに思われてたら。って思ってたから」

「思ってない思ってない!」

 麻衣は全力で手をヒラヒラとさせ否定してくれた。その否定にどれだけ安堵したか。

「友達とかにはお前はコミュ障だからーとか言われるからさ…」

「コミュ障…、あはは、大人しい方ではあるかもね!でもこれでも私、唯斗にだいぶ・・・片想いしてたからちょっとやそっとの事で幻滅なんてしないよっ」

だいぶ・・・?」

 高校で初めて会った間柄なのに。まるでずっと昔から知っているかのような言い方だ。
 それに出会いから麻衣が告白に至るまでの時間はたった数時間のはず。あの数時間はだいぶ、と呼ばれる時間に値するのだろうか。

 しかしそんな疑問が浮かんだのはほんの一瞬に過ぎなかった。

 《まもなくー扉が閉まりますー》

 「あっ、じゃあ、行くね!」

 「うん!送ってくれてありがとう」

 「いいえ」

 唯斗を乗せた電車が見えなるなるまでこちらに手を振ってくれていた麻衣に唯斗も振り返していた。

 気持ちがあやふやなまま‪”‬恋人‪”といい肩書きを持った2人の初デートはこうして終わりを迎えた。

 ***

 その晩。
 唯斗は麻衣から貰ったクッキーを部屋で1人食べていた。【本命】の文字が削れていくのがなんとも切ない。しかしそんな切なさをかき消すかのようにこんがりとしたバターの味が口いっぱいに広がる。コーヒーととても相性が良かった。明日美味しかったよ、と感想を伝えよう、と考えている所だった。

 そして思考はまたすぐ別の事へと向く。
 1人静かな部屋の中にいるとなんだか落ち着かなくて頭が忙しなく動いてしまうのだ。

 思い出すのは昼間の事。
 お花見の際の麻衣との会話だった。

 ーーもうメモ飛ばしはいいの?

 あれから一切メモを飛ばしてこない麻衣にふと気になって聞いたのだが……。

 「あぁ、うん、ほら!ちゃんと真面目に授業受けないと私達・・やばいじゃん?留年になったらやでしょ?」

 「あはは、まぁ、確かに​───」

 確かにそうだね

 そこで唯斗が言いかけてやめたのは、麻衣の言葉に少しばかり引っ掛かる点があったからだ。

 私達・・‪……。

 中学までとは違い、高校は同じレベルの人間が集められた場所。そんな中で唯斗はどれほど埋もれてしまうのか。中学までは真ん中辺りの順位を確保していた唯斗だが倉ヶ丘高校は第1志望。しかも自己採点の感じ…合格したのだって、きっとギリギリに違いないんだ。正式な合格発表があるまでどれだけ第2志望の高校へ行く気満々でいた事か。

 つまり…、おそらくだが、この高校での唯斗は頭がさほどいい方ではないだろう。
 しかし、そんな事はただの予想でしかなく
 それは中間テストの結果が出て、
 そこで初めて明らかになる事だ。

 まだ中間の試験すら終わっていない今このタイミングで麻衣はどうしてあのような言い方をしたのだろうか。
 私達・・と、自分も含んでいるので麻衣も自分は成績が悪い、という自負を持っているよう。それにしても、引っ掛かる。

 勝手に悪い呼ばわりされて怒っている訳では無い。そもそも怒る程自分の学力をどうの言われて、それが癪に障るような高いプライドなどない。

 ただ……‪”‬なんでだろう?‪”‬と。

 そこだけが唯斗の心を霧が覆い尽くすように、モヤモヤと引っ掛かりをみせたのだ。

 しかしながらその問い掛けに当然だが返事などなく、さしずめ、その疑問を気にしてしまうのも今日限りの事だった。
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