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とんでもないこと
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あーーーーーーーーーーーーっ!!!!!
ちょっと……っ!
ちょっとまって……!!!!
クールなのに、
可愛らしさを合わせ持った
くっきり二重の目!
シュッとした輪郭!
笑った時のあのフワッとした感じ!
うわー!似てる!似てる!!似てる!!!
すーーーーーーっごい、似てる!!!
中学1年。春。
わたし……
とんでもないことに気づいちゃいました。
♡♡♡
【乃亜side】
わたし
片瀬 乃愛(かたせ のあ)は
先週、中学生になりました!
わたしが通うことになった
私立ルリカラ中学校は家から歩いて
10分ぐらいの場所にある。
歩く度に胸元で
ゆらゆらと揺れる青いリボン!
歩く度に胸元でヒラヒラと揺れる
青いチェック柄のスカート!
じ、つ、は!
ルリカラ中学の制服は……
とーってもかわいいんだ!
ここだけの話……
何度もパンフレット
見返してニヤニヤしてたんだ!
とにかく!とにかくね!
すーっごく!かわいいのー!
てなワケで
どうしても、どうしても!
この制服を着て中学に通いたかった
わたしは受験を決意!
頑張って受験勉強
たくさんしてよかったぁ!
”合格しました”
のお手紙が家に届いた時は
嬉しすぎて。
飛び跳ねて。
転んで。
机に足ぶつけて。
頭もぶつけちゃったりなんかして。
あわや大惨事……
あやうく病院送りになるとこだったよー。
と、まぁ!そんなこんなで
念願の制服を身にまとったわたしは
ちょーご機嫌っ!
わたしがルリカラ中学受ける、って
言ったら小学校の友達みんな
目を丸くしてびっくりしてた。
だけど「すごい!」
「がんばってね!」って
応援してくれたんだ。
中学校に慣れてきたら、
またみんなに会いたいなぁ……。
そのためにも、
早く新しい環境に慣れるんだ!
クラスメイトの子は
隣町の小学校出身の子や、
名前すら聞いたことのない
小学校出身の子達がたくさん。
知らない顔ぶればかりだった。
正直まだ不安だけど、入学式の時。
たまたま隣の席になった子が話しかけてくれて、さっそく友達が1人できたんだ!
♡♡♡
「ふぁー…あ…」
学校についたらあくびが出た。
自分の机につっぷして
目の縁に溜まった涙を拭う。
朝からはしゃぎすぎて
しまったかもしれない。
反省、反省。
まだ時刻は7時20分。
ホームルームは8時30分から。
1時間以上も早く着席している。
わたしの席は窓側の1番後ろ。
入学式の日に、くじ引きして
たまたまここになった。
すみっちょがいい、と思っていたから、
すごく嬉しかった。
ガチャガチャをしても、
もうすでに持っているやつが出てしまうわたし。どうやらあの時だけはくじ運の神様がわたしに味方してくれたようだ。
ありがと。くじ運の神様。
心の中で礼を言って頭を下げる。
まだ教室には誰もいない。
いつもわたしが1番乗りだ。
時々ピチュピチュ、と
鳥のさえずりが聞こえる
教室の雰囲気はとても穏やかで
落ち着くんだ。
「よいしょ……」
そしてわたしはスクールバッグの中から
1冊の本を取り出した。
机に優しく置いて、念の為。
辺りもキョロキョロ。
本当に誰もいないことを確認して、
ゆっくりとページをめくる。
めくった途端、
わたしの心は天高く弾んだ。
ーー俺の気持ち知ってるくせに……
ーーごめん、だけど私っ、好きな人が…っ
ーー俺のものになれよ
ーーけっ、けど……っ、茶ノ宮くん……っ、
ーーあいつのとこなんて行くな……
ーー俺……っ、
ーーリズムの事がマジで好きなんだよ!
キャーーーーーッ!!!!!
かっこいい!
かっこいい!!
かっこいい!!!
今にも叫んでしまいそうな声を
わたしは必死にこらえる。
こらえるけれど、
やっぱり抑えきれなくて小声で呟く。
「キュンキュンするー……」
パタン、と1度
本を畳んで胸に抱きしめた。
数ページ読んだだけなのに!!
こんなにキュンキュンするなんて!
そう。わたしが1時間以上も
早く学校に登校する理由。それは……
なにを隠そう、これを読むため!
ブックカバーをしてあるから、
周りからみれば小説に見えるかもしれないけれど、本当は違う。
本当は……
【ハピネス・ラブ】
っていう……
超、超、超!キュンキュンする漫画!!
略して【ハピラブ】!
女の子のあこがれが
いーっぱい詰まってて、
誰しも1回はきっと夢見た展開が
てんこ盛り!みたいな漫画!!
ヒロイン
雨乃リズム(あめの りずむ)ちゃんと
ヒーロー
茶ノ宮一茶(ちゃのみや いっさ)くんの
胸キュンラブコメディ!
もう!本当にやばいんだよ!?これ!
「最高~っ!」
おっと、いけない。つい声が。
小説は字ばっかでつまんないけど、
漫画は大好き!
もう何百回……いや!
何千回と読んだことか…!
何回読んでも最高すぎるんですよ!
これが!
朝早く。
こうして……
みんなよりも少し早く学校について、
こうして……
誰もいない教室で
じっくり大好きな漫画を読む。
これがわたしの日課。
この時間が私は大好きなのだ。
ちなみに【ハピラブ】に出会ってから、
わたしはいつも髪型をハーフアップにしてるんだ!なんでか分かるー?
リズムちゃんが
ハーフアップだからです~っ!
♡♡♡
「あ」
もうこんな時間……。
漫画を読んでいたらいつの間にか時間は
8時を過ぎていた。
ふと、窓の外を見ると、
登校してくる人がチラホラいた。
そしてその中で一際存在感を放つ
1人の男の子が目に入った。
スクールバックを肩にかけて、
なんか、キラキラオーラを
放っている黒髪マッシュの男の子……。
クラスメイトの
松村綾斗(まつむら あやと)くんだ。
松村くんはわたしの斜め前の席。
隣町の小学校から来たみたい。
確か自己紹介でそう言ってた。
先週やった
体力テスト&学力テストは、学年1位。
運動神経も良くて、成績もいい。
おまけに顔もかっこいい。
モデル、と言われても
全然疑わないレベルでかっこいい。
きっと、松村くんから
いつもキラキラオーラを
感じるのはそのせい。
本人はそんなつもりなくても、
勝手に放たれている。あ、でも……
男の子と話してるのはよく見かけるけど
女の子と話してるのは
今のところ1度も見た事ないんだよなぁ。
なので女の子であるわたしは
ちょっと近づきがたい男の子だ。
それにしても、クールだなぁ。
歩き方。”ツン”とした表情。
なにもかもが、人の目を惹きつける。
気が付いたらわたしはそんな松村くんを
目で追っていた。
「綾斗ー、おはよーっ!」
あ。友達に話しかけられてる……。
「おはよー」
……っ。
さっきまでクールだったのに、
友達に話しかけられた途端……
フワッと笑った松村くん。
その姿を眺めていたわたしは
その時。あることに気づき、
ガタン…!といきおいよく
椅子から立ち上がった。
そして窓の外を食い入るように見つめた。
「あーーーーーーーーーっ!!!」
少し遅れて、
わたしは誰もいない教室で1人。
大きな声を上げた。あわてて
さっきまで読んでいた
【ハピラブ】を手にとって
ブックカバーを外す。
あらわになった漫画の表紙には
茶ノ宮くんが描かれている。
わたしはそれをサッ…!と
窓の方にかざした。
我ながら忍者のように素早い動きだ。
そしてわたしは窓の外の松村くんと、
漫画の表紙にいる茶ノ宮くん……。
交互に見つめてポツリとつぶやいた。
「似てる……」
そう。すごく似ていたのだ。
どうして今まで
気づかなかったのだろうか。
こうして見るとすごく似ている。
茶ノ宮くんに!!松村くんが!!
一見するとクールなのに、
可愛らしさを合わせ持った
くっきり二重の目!
シュッとした輪郭!
笑った時のあのフワッとした感じ!
うわー!似てる!似てる!!似てる!!!
すーっごい似てる!!!
朝からわたし、とんでもないことに
気づいてしまった……っ!
一気にテンションが上がっていくわたしは
気がついたら漫画片手に
ニヤニヤ、ジタバタしていた。
トントン……
そんな時。右肩が誰かに叩かれる。
振り返るとそこには
安東奈子(あんどう なこ)ちゃんが立っていた。
「おはよっ!乃愛!」
「あっ、おはよーっ!奈子ちゃん!」
ポニーテールの毛先を
サラサラと揺らしながらエクボ浮かべて
ニコッと笑った奈子ちゃん。
この子が入学式の時、隣の席になって、
話しかけてくれた子!
この中学で
はじめてできたわたしの友達なんだ。
おめめがくりっくりで、
とってもかわいいんだ!
清楚でお人形さんみたいなの!
新学期はいつも
リセットされた気分になっちゃって
不安になっちゃうわたし。
だけど奈子ちゃんが入学式の時に話しかけてくれたおかげで、
今年は不安があまり無かったんだ。
「また漫画ー?」
「てへへ、そう!」
まだ出会ってちょっとしか
経ってないけど、
もうずぅーっと
昔からの友達みたいに接している。
わたしの朝の日課も、
漫画ばっかり読んでることも、
奈子ちゃんはもう知っている。
「見て見て!ここ!ちょーかっこいいの!」
わたしはそう言って、
茶ノ宮くんの名ゼリフ
ーーリズムの事がマジで好きなんだよ!
の部分を見せた。
ライバルの所にいこうとするリズムちゃんの腕をつかんで引き止めるシーン!
しかし、わたしのテンションとは
真逆に冷めた目をする奈子ちゃん。
「そこ読んだの何回目よー?」
「え?う~ん」
まぁ、大体だけど……
「…1205回目?かな?」
「すごすぎる……」
「奈子ちゃんも読んでみなって!
ほんと、やばいから!」
「え~?今何巻まで出てるの?それ」
「10巻!あ、これは1巻だよ!てか!1巻でこの名ゼリフが出る、って……きゃー!」
「10、はもう手遅れじゃーん」
「手遅れじゃない!読んでみたら分かる!あっという間なの!」
「えぇ~?ほんとかなー」
どれだけオススメしても落ちない奈子ちゃんは小説家を目指しているらしく、
圧倒的小説派の子。
この前、小説って字がいっぱいで
目、疲れない?って言ってみたら……
ながーい、ながーい、説教を食らった。
「あ、そういえばさ」
奈子ちゃんはカバンを
自分の机に置きながら
何かを思い出しように手を叩いた。
まだ教室にはわたしと
奈子ちゃんの2人だけ。
「うん?」
「松村、いるじゃん?」
「……松村、くん?」
さっきまでここから
その松村くんを見ていて。
茶ノ宮くんと似ていることに
気づきはしゃいでいたことを思い出す。
そんなことを思い出したら
少し恥ずかしくなってしまった。
ふとさっきまで見ていた窓の外をチラッと見てみるけどもう松村くんはいなくて、
代わりに、斜め前の松村くんの席をチラッと見た。
「うん、いるね!」
先程のあんなことやこんなことは
さとられないようになるべく
自然にうなずいたつもりだ。
すると奈子ちゃんは
人目を気にしながらコソッと言った。
「さっき、玄関のとこで女の子に告白されてるの見ちゃった」
「え!?告白!?」
「ちょっ……、声でかい!」
「あっ、ごめん!」
もう遅いけどあわてて口元を抑えた。
「結果は…?」
改めてそう聞く。
「ふってた。てか秒殺。女の子泣いてたよー」
「あぁ…そうなんだ……」
失恋。なんだか聞いただけで悲しくなってくる。
「松村さー、結構顔かっこいいじゃん?
先輩達から大人気らしいよー。告白してたのも、先輩っぽかった」
「へぇ~」
すごい……まだ入学して2週間なのに。
もう先輩達をトリコにしちゃうなんて。
「あ、わたしはかっこいいとは思った事ないけどね。あくまで一般的な話ね」
「分かってる分かってる」
奈子ちゃんは男の人に
全く興味がないみたい。
恋愛よりも、今は小説家目指して頑張る時なんだ、ってこの前、熱く語ってた。
「まだ入学して1週間なのにね」と
奈子ちゃんはすっかりあきれ顔。
「でも確かにかっこいいもんね…」
特に深い意味はなく
しみじみとそう呟くと
「もしかして……」
「うん?」
奈子ちゃんが真剣な眼差しを
真っ直ぐにわたしに向けた。
「乃愛って、松村のこと……」
何を言われるんだろうか、と
ドキドキしているわたしに
奈子ちゃんは言った。
「好きだったり…する?」
「え!?好きじゃないよ?
奈子ちゃん知ってるでしょ?
わたしが茶ノ宮くんひとすじだ、って」
そう。実はわたしは現実の男の子には
興味がない。
もう、現実に”キュン”を求めるのは、
少し前にやめたんだ~!
いつも”キュン”は漫画の中だけ。
だってほら。
普通に考えてありえないでしょ?
壁ドン、とか、
床ドンとか、
あごクイ、とか。
現実でそんなこと起こる?
……起こらない。絶対に起こらない。
現実の男が、そんなことする?
……しない。絶対にしない。
わたしに”キュン”をくれるのはいっつも漫画だけ。【ハピラブ】だけ!
茶ノ宮くんだけ!!
だからわたしは少女漫画に逃げ込んだの。
現実での”キュン”を諦めたからこそ、
わたしは少女漫画が大好きになったの。
わたしの”キュン”は少女漫画だけで十分!
特にこの……【ハピラブ】。
これがあればわたしはもう……!
「あ~…まぁ、確かにそうか。」
納得したような顔をする奈子ちゃんに
気になって聞いてみる。
「え、なんでそう思ったの?」
いきなり、そんな突拍子もないこと
聞いてくるなんて。
奈子ちゃんは自分の人差し指に
ほっぺを当てた。
「なんか、顔赤いな~、って思って」
「え!?赤い!?」
言われるがままほっぺを触ってみると、
「あ」
確かに、ほんわか熱かった。
♡♡♡
「あっつー」
「もう夏だなー」…
だんだんと
教室に流れ込んでくるクラスメイト達。
わたしと奈子ちゃんは
教室の1番後ろ。背面黒板のそばで
立ち話の真っ最中。
「あっ、そうそう、ここのクレープがね~…」
隣では奈子ちゃんがスマホで人気のクレープ屋さんを見せてくれようと調べている。
「あ、綾斗、おはよー」
「おはよーっ」
そこで今さっき噂をしていた
松村くんが教室に。
胸元をパタパタさせながら
自分の席に座った。松村くんは
男友達と昨日見た
テレビの話をしていたり。
水を飲んだり。
額に浮かぶ汗を拭いたりしていた。
「……っ!」
あっ!いけない!
けれどそこでわたしは我に返った。
朝、奈子ちゃんが唐突に
とんでもないことを言うもんだからつい、
松村くんを目で追ってしまっていた。
こんなんじゃ、
わたしが松村くんのこと
好きみたいになっちゃうじゃん!
危ない、危ない。
本当に恋愛としての感情は何も持っていないのに、変な誤解をされてしまったら困る。
あわてて目をそらそうとしたその時。
キリッとした目鼻立ちの松村くんのお顔を
一筋の汗がスー、と垂れた。
それを少しうつむいて手の甲で拭った松村くんは、一瞬だけ……
後ろを向いた。そして……
パチ……
わたしの気のせいでなければ、
一瞬。本当に一瞬だけだけど、
目が合った気がしたのだ。
だけどすぐに思いなおす。
そんな訳ないか。
多分わたしの勘違いか気のせい。
もう……っ。
奈子ちゃんがあんなこと言うから!
今日のわたしはちょっぴり
自意識過剰になってしまっているのかもしれない。
♡♡♡
翌日もわたしは、昨日と同じように
朝早く学校について、漫画を読んでいた。
今日は2巻。
今、1巻から順番に読み返してるところなんだ。
もう何千回と読んだけど。
ーー忘れられないんだ。リズムのこと
ーー茶ノ宮くん……
ーーわたしも……茶ノ宮くんのこと…っ、
ーーずっと好きだったよ!
キャーーーーーッ!!!!!
自分の気持ちに素直になれなかったリズムちゃんが自分の本当の気持ちに気づくとこー!
気づいた気持ちは……!
茶ノ宮くんが好きってことーっ!!!
キャーーーーーッ!!!!!
なんてもん気づいちゃってんだ!もう…っ!
てか2巻でこの展開は早すぎない!?
テンポ良すぎないー!?
これからどうなるのー!?
ーー忘れられないんだ。リズムのこと
真剣な眼差しをリズムちゃんに
向ける茶ノ宮くんの描写…。
あぁ……。
なんか、そんなつもりないのに、
茶ノ宮くんの描写がところどころ
松村くんと重なってしまう…。
……って!なに重ねてんだ!わたし!
あぁー。もう……!
普通に【ハピラブ】を楽しみたいのに!
昨日松村くんが茶ノ宮くんに容姿が似てることに気づいてからもうずっとだ。
重ねてしまう……。
まぁでも、性格は全然違う。
茶ノ宮くんは優しくて、
リズムちゃんに超一途!
茶ノ宮くんの溺愛ぶりといったら
もう……!
あ、で!
松村くんはこう……なんていうか……
溺愛、とは程遠そう……。
やっぱりそう思ってしまうのは
女の子と話してるところを
あまり見たことがないから……かな?
昨日。隣の席の女の子に
ちょっと話しかけられてた時も
なんか”ツン”って感じだった。
男の子と話す時は
そんなことないんだけど。
無愛想……というか、
そっけない……というか…。
そんな感じ。
まぁでも。多分そういうとこも、
女の子からの人気がある理由の1つなのかもしれない。
誰のものでもない感じ?っていうか。
松村くんはみんなのもの。的な。
かっこいいのに、恋愛をしている、
というオーラが一切感じられないその姿。
本人は自覚してないんだろうけど、
多分そういうところが
女の子からの人気に
火をつけているんだろう。
今、クール男子?
流行ってるもんなぁ……。
女の子からしてみれば
松村くんみたいなタイプは
とても旬なんだと思う。
まぁっ!わたしには関係ないけど!
さぁ!【ハピラブ】読むぞー!
ふぅー、と深呼吸してページをめくる。
今から読むシーンは絶対にキュン死してしまうから!深呼吸して心を落ち着かせないと……。
ちなみにどういうシーンかっていうと、
誰もいない教室………。
揺れ動くカーテンの中でこっそり
茶ノ宮くんとリズムちゃんが
見つめ合うシーン!
ほんっとうにやばいから!ここ!!
ーーマジかわいい……
ーー(えっ…)
ーー(今……茶ノ宮くん…、)
ーー(かわいい、って…言った?)
キャーーーーーっ!!!!!
もうなんですか、これ!
ここの茶ノ宮くんの表情!!
ちょっと顔が赤くなってるの!!
やばい!やばい!!やばい!!!
かっこよすぎるーっ!!!
あと!!
ここのリズムちゃんも
ちょーかわいくて!!
ーー(えっ…)
……ってなる
リズムちゃんがほら!!
目をまん丸に開いて
茶ノ宮くんを見つめてるの!!
もう……っ!!たまらん!
誰もいない教室でなにやってんだ!
2人は!
キャーーーーーっ!!!!!
あっ!
危ない。危ない。
1回冷静に冷静に。
キュン死寸前の自分を落ち着かせようと
上を向いて、深呼吸したその時だ。
「……」
ん?
その時。ふと、
後ろから視線を感じた気がして
ゆっくりと振り向いた。
まだ7時45分だし
誰もいないと思うけど…
「わぁっ!!」
次の瞬間。
悲鳴に近い声がわたしから出る。
「あっ、ごっ、ごめん…」
向こうも、わたしの声を聞いて、
びっくりしたみたいだった。
「まっ、松村……くん?」
そこにいたのは、
なんと松村くんだったのだ。
いつの間に……!?
多分わたし、漫画に夢中で
教室に入ってきたの…
全然気づいてなかった。
って…
あーーーーーーーーっ!!!!
そこでわたしは開きっぱなしの
漫画に気づく。
うわ!やばい!
わたしは漫画をサッと、
閉じて膝の上に置いた。
わたしが漫画読んでる、って……
見られ、ちゃった……かな?
まるで万引きしていたところを見られて
それを隠そうとする犯罪者みたいになってしまったけれど、こうするしかない!
見られていませんように!
見られていませんように!
頭の中はプチパニック。
目の前では未だに目をまん丸に開いて
わたしを見つめる松村くん。
変な空気が2人の間に流れている。
どうにかしなければ!
そう思ったわたしは
とっさに時計を見あげた。
わたし以外の生徒が教室に入ってくるのは
いつも大体8時過ぎ。
なのに松村くんは今日はなぜか早い。
教室だって今、
わたしと松村くんしかいなかった。
「あっ、あれ~?まっ、松村くん…っ、
はや……いね。今日」
かなりたどたどしい口調になってしまったが、質問してみた。その隙に
わたしは膝の上に隠した漫画を机の中に
急いで入れる。
よしっ!隠した!
心の中でガッツポーズをしたその時。
「あぁ……、今日日直なんだ、俺。
だからこれ書かないと」
松村くんは学級日誌を取り出して
フワッ、と笑った。
あれ…?笑っ…………た?
なんか”ツン”って返されると
思ったから思わず拍子抜けしてしまう。
「あっ、そうなんだ」
窓の外から差し込む光が
そっと松村くんを照らす。
うわ~…やっぱり似てるなぁ……。
1話のリズムちゃんとの出会いのシーンの
茶ノ宮くん……
まさにこんな感じだったんだよね~。
あっ!いけない!
また漫画の世界に引きずり込まれるところだった!だけどこんな目の前で
茶ノ宮くんみたいにフワッ、って
笑われたら、つい重ねちゃうよ……。
頭の中は茶ノ宮くんでいっぱいだ。
あ……。
そういえば、松村くんと話すのって、
今が初めてだ……。
なんか新鮮。
そんなことを呑気に考えていると
松村くんは少し視線を下げて言った。
「もしかして、それって【ハピラブ】?」
「へ!?」
思いっきり椅子から立ち上がったわたしは
変な声が出てしまった。
え?え?え?え?
やっぱり……
見られてた、、?
吸い込まれちゃいそうな
唇をキュッ、と引き結んで
うるうるおめめで
わたしを見つめる松村くん……。
うわー……ほんっと…、
茶ノ宮くんみたい……。
……じゃなくて!!
どうしよう、どうしよう!
バカにされるのかな?
「漫画?ガキみたい」……とか?
「学校でそんなもん読んでんのかよ、きっも」
……とか!?
女の子には
クールな松村くんのことだ……。
ありえるー……。
冷たい言葉を言ってくるんじゃないか、と
ヒヤヒヤしてしまった。そしてつい、
「ちっ、違うよっ、?!」
嘘をついた。けど……
「え?絶対そうじゃない?だって
その男の子、茶ノ宮……」
そう言いながら松村くんは
わたしの机の中をのぞきこんだ。
わたしも、ゆっくりとのぞき込むと…。
そこにはさっき机の中に
押し込んだ【ハピラブ】が
顔を出していた。
いつの間にかブックカバーは外れていて、表情イラストの茶ノ宮くんが
思いっきりピースサインして
こちらを見ていた。
「……」
全然隠れてなかったー!!!
奥に押し込んだつもりなのに!!
松村くんは丸見えだったようだ。
「あっ」
げ。まずい…。これじゃなんの言い訳も…
あれ……?っていうか……
さっき、松村くん……
((もしかして、それって【ハピラブ】?))
((え、?絶対そうじゃない?だって
その男の子、茶ノ宮……))
あれ……………………????
”【ハピラブ】”& ”茶ノ宮”
この2つのワードが松村くんの口から出ていたことに今になって気づいたわたし。
も、も、も、も……っ、もしかして!
「【ハピラブ】…、知ってるの?」
おそるおそる、聞いてみた。すると……
「うん、俺も読んでるよ」
「……」
「え!?」
えっ!?、そ、そ、そうなの!?
松村くんから帰ってきた
あまりに想定外な答えに
わたしはびっくりして、
オドオドしていた。
まさか……っ、
【ハピラブ】を知ってる人が
同じクラスにいるなんて!!!
「キュンキュンするよね」
松村くんがそう言ったので
わたしはすぐに答えた。
「するっ!ここのシーンとかっ!わたし特に好きで……!」
わたしは机から【ハピラブ】を取り出して
松村くんに見せた。
もちろん見せたのはあのシーン!
ーーマジかわいい……
ここ!ここの茶ノ宮くんを指さして
松村くんに見せた。
「この顔!やばくないっ!?見て見て!この茶ノ宮くん!ちょっと顔が赤くなってるの!!照れてるんだよ!!かわいいって言いながら照れてるんだよ!?あっ、あと!このリズムちゃんも心の中で動揺しまくりでさ……!!もう!この2人まじ尊いっていうか……っっ!きゃー!って感じで……っ!」
「……」
あっ……。やばい。
わたしってば、語りすぎた……?
目の前でポカンとする松村くんを前に
わたしはどんどん顔が赤くなっていった。
引かれた……かな…。
そう思ってサッ…と、
漫画を閉じようとした時。
「あはははっ……」
松村くんが笑いだしたのだ。
今度はわたしがポカンとしてしまう。
「やばいよな、そこ」
そして目に浮かんだ涙を
人差し指で拭いながら
そう言ってくれた松村くん。
とても優しいトーンで、
言われたので、びっくりしてしまう。
っていうか……
松村くんって…結構、
優しい…………?のか…?
なんか、今まで思ってた
印象と全然違う…。
ドクン、ドクン……ッ。
っていうか、なんか胸がうるさい。
眩しすぎるその笑顔から
わたしは目をそらしてうつむいた。
漫画を握る手に熱がこもっていく。
そして心の中でポツリと、つぶやく。
笑った顔まで……
茶ノ宮くんそっくりなんですけど……。
「どうした?」
気がつくとうつむいているわたしを
松村くんが不思議そうにのぞきこんできた。
首を傾げるその仕草は……まさに!
1巻の最初ら辺……!
引っ込み思案のリズムちゃんの声を……
必死に聞き取ろうとする茶ノ宮くんの仕草……!
そのまんまだった。
やばい…なんてこった……。
ここまで似ているとなるとわたしも
正気を保っていられるかどうか……。
「大丈夫…?」
優しい声が上から落ちてくる。
顔を上げると、
わたしという人間を突き抜けちゃいそうなほど。真っ直ぐでどこまでも透き通った綺麗な瞳と、目が合う。
「あっ、ううん!いや!なにも!?」
髪をかき分けて、
なんとなく手を首に当てたわたし。
熱い体温がじんわりと伝わってくる。
ドクン、ドクン、と血液が流れる
スピードが早くなっていた。
「そっか。あ……
ちょっと気になったんだけど……」
1人あたふたとするわたしに松村くんは目をぱちくりさせて言った。
「漫画に……付箋?」
松村くんの視線の先はわたしが手に持っている【ハピラブ】。
もっと細かく言うと四方八方に付箋がぺたぺたと付けられた【ハピラブ】だ。
「あっ、こっ、これは……っ、!」
やばいーーー。
そうだよね、そうだよね。
普通に漫画にこんな
ペタペタ付箋付けないよねぇ……。
どうしよう。なんて言い訳……
「え、と……これはその、なんていうか……。わぁー!”キュン”だー!いう……その、」
オロオロと視線をさ迷わせて必死に言い訳を探すわたし。
「かっこいいなぁー、みたいな!?、ほら!あれだよあれ!あこがれ!……みたいな?」
って!全然言い訳になってない!
全部本当のやつじゃん!
そう。わたしは”キュン”をすると、
そこの場面を何度も何度も
読み返したくなっちゃうため、
とりあえず付箋を貼っておく癖があった。
周りからしたら意味の分からない行動かもしれない。だけど……
「あ~っ、なるほど」
そんな声が返ってきた。
納得……してくれた? …のかな?
100枚以上付箋が付けられた漫画を見て
納得したようにうなずいてくれては……いる。
うわぁ…。
心の中でドン引きされてたら嫌だなぁ……。
あぁ、もう【ハピラブ】の話になると、
つい熱くなってしまう…!
これ以上引かれてしまいそうな
発言はやめておきたい。
そんなことを考えてるにも関わらず……
この後、わたしは……
この……松村くんに……………
とんでもない提案をすることに────。
「あっ、ごめんね?
読んでるところ邪魔して…」
「ううん…っ!全然…」
「……」
教室には今…2人きり。
会話が一区切りついて、
自分の席に歩いて行く松村くんの背中。
わたしの手には…、【ハピラブ】……。
気がついたらわたしの口から
「あの…っ」が飛び出ていた。
「ん?」
足を止めて再びわたしを
見つめる松村くん。
「え、と……そのっ、」
もう1度、手に持っている
【ハピラブ】に視線を落とすわたし。
ーーマジかわいい……
ちょうど開かれているページは
さっきわたしが読んでたとこ……。
誰もいない教室で
茶ノ宮くんとリズムちゃんが
見つめあってるシーン……。
そしてリズムちゃんを見つめる
茶ノ宮くんがドアップで
描かれているページ。
顔を赤くしてそんなキュンゼリフを言う
茶ノ宮くんの表情に何度
心を奪われたことか……!
ちゃんと付箋もついているページだ……。
漫画に描かれた
茶ノ宮くんと松村くんを交互に見た。
うっ……!
にっ、似てる……っ。
こんな状況なのに
またそんなことを心の中で
思ってしまった。
松村くん、そもそも顔小さいし……。
このページの茶ノ宮くんは
今にも飛び出してきちゃいそうなほど、
全力で大きく描かれているから……。
こうして松村くんと茶ノ宮くんを
近くにやられたらそれはもう……。
顔の大きさまでもが一緒くらいに
なっちゃってるんだよー……っ!
「ここ…っ」
震える手でスカートをギュッ、と握って、
声を張る。
「ここ…っ!やりませんか!?」
「……」
「え…っ?」
「あっ、え、と!ここのシーン!その……っ、今まさに…っ、こんなシチュエーション、だなぁ、って…!」
まるで【ハピラブ】から
飛び出してきたような男の子と…
2人っきりの教室……。
こんなチャンスはきっと…2度とない。
ここまで…っ、ここまで…、
原作の世界観が味わえる状況……。
きっと……っ、もうない…!!!
けど……
またふと。我に返る。
まって、まって、まって…!!!
なに言っちゃってんの…!わたし!
面食らったようにキョトンとする松村くんに申し訳なさがじんわりと込み上げる。
「……」
うわー…。沈黙が重い…。とても重い。
なんてこった。
恥ずかしさのあまり、
カーーーッ、と全員が熱くなっていく。
おそるおそる顔を上げて
松村くんの表情を見る。
松村くんもわたしを見ていて、
ぎこちなく視線がからみ合った。
うわー…。困ってる…?困ってるよね!?
絶対困ってるよね!?てか、引いてるよね!?ドン引きしてるよね!?
「ごめん…っ、変なこと言った!」
ぎこちなく笑いながらわたしはそう言って顔の前で手を合わせた。
「忘れて!」
無理に笑ったほっぺがピクピクする…。
席に…座ろう……。
いくら茶ノ宮くんに似てても
さすがに距離の詰め方が
おかしかったかもしれない!
今になって気づいた…。
あぁ~!なにやってんの!わたし!
「……」
気まずい空気がただよう
まだ2人しかいない教室…。
椅子に手を伸ばし、
席に座ろうとしたその時だった。
「…俺でよければ」
そんな声が聞こえてきた。
「えっ…?」
落としかけた視線をもう1度、
松村くんに向ける。
目に映る松村くんは…
うっすら…ほっぺが赤くて…。
まるでこのページの
茶ノ宮くんみたいな表情をしていた。
うっ……!
にっ、似てる……っ。
こんな状況なのに
またまたそんなことを
心の中で思ってしまった。
いやー……これは、もう……
表情まで、似ちゃったらもう……
やばいって……。
「…そんな見んなよ……」
「あっ、ごめ……っ」
慌てて視線を逸らす。
いつの間にか見入ってしまっていたみたいだ。
「あ…え、と、いい…の?」
逸らした視線をまた松村くんに。
「あこがれ…なんだろ?」
ドクン……ッ。
あまりに優しく微笑むから…
わたしは石みたいに固まってしまった。
「う、うん…っ!」
どこからともなく教室に入ってきた風が
わたし達の間を通り過ぎたその瞬間。
今まさに…わたしの視界の中では
松村くんがドアップに描かれていた。
現実での”キュン”は
もうとっくの昔に諦めていたわたし。
漫画の中で繰り広げられる
数々のありえないような展開……。
もちろんいっぱい
あこがれたりはするけれど、
現実にその”あこがれ”を
期待したりはしない。
”キュン”は少女漫画だけで十分。
そう思って……いた。
こんな…っ、茶ノ宮くんにそっくりな
男の子に出会うまでは…!
ちょっと……っ!
ちょっとまって……!!!!
クールなのに、
可愛らしさを合わせ持った
くっきり二重の目!
シュッとした輪郭!
笑った時のあのフワッとした感じ!
うわー!似てる!似てる!!似てる!!!
すーーーーーーっごい、似てる!!!
中学1年。春。
わたし……
とんでもないことに気づいちゃいました。
♡♡♡
【乃亜side】
わたし
片瀬 乃愛(かたせ のあ)は
先週、中学生になりました!
わたしが通うことになった
私立ルリカラ中学校は家から歩いて
10分ぐらいの場所にある。
歩く度に胸元で
ゆらゆらと揺れる青いリボン!
歩く度に胸元でヒラヒラと揺れる
青いチェック柄のスカート!
じ、つ、は!
ルリカラ中学の制服は……
とーってもかわいいんだ!
ここだけの話……
何度もパンフレット
見返してニヤニヤしてたんだ!
とにかく!とにかくね!
すーっごく!かわいいのー!
てなワケで
どうしても、どうしても!
この制服を着て中学に通いたかった
わたしは受験を決意!
頑張って受験勉強
たくさんしてよかったぁ!
”合格しました”
のお手紙が家に届いた時は
嬉しすぎて。
飛び跳ねて。
転んで。
机に足ぶつけて。
頭もぶつけちゃったりなんかして。
あわや大惨事……
あやうく病院送りになるとこだったよー。
と、まぁ!そんなこんなで
念願の制服を身にまとったわたしは
ちょーご機嫌っ!
わたしがルリカラ中学受ける、って
言ったら小学校の友達みんな
目を丸くしてびっくりしてた。
だけど「すごい!」
「がんばってね!」って
応援してくれたんだ。
中学校に慣れてきたら、
またみんなに会いたいなぁ……。
そのためにも、
早く新しい環境に慣れるんだ!
クラスメイトの子は
隣町の小学校出身の子や、
名前すら聞いたことのない
小学校出身の子達がたくさん。
知らない顔ぶればかりだった。
正直まだ不安だけど、入学式の時。
たまたま隣の席になった子が話しかけてくれて、さっそく友達が1人できたんだ!
♡♡♡
「ふぁー…あ…」
学校についたらあくびが出た。
自分の机につっぷして
目の縁に溜まった涙を拭う。
朝からはしゃぎすぎて
しまったかもしれない。
反省、反省。
まだ時刻は7時20分。
ホームルームは8時30分から。
1時間以上も早く着席している。
わたしの席は窓側の1番後ろ。
入学式の日に、くじ引きして
たまたまここになった。
すみっちょがいい、と思っていたから、
すごく嬉しかった。
ガチャガチャをしても、
もうすでに持っているやつが出てしまうわたし。どうやらあの時だけはくじ運の神様がわたしに味方してくれたようだ。
ありがと。くじ運の神様。
心の中で礼を言って頭を下げる。
まだ教室には誰もいない。
いつもわたしが1番乗りだ。
時々ピチュピチュ、と
鳥のさえずりが聞こえる
教室の雰囲気はとても穏やかで
落ち着くんだ。
「よいしょ……」
そしてわたしはスクールバッグの中から
1冊の本を取り出した。
机に優しく置いて、念の為。
辺りもキョロキョロ。
本当に誰もいないことを確認して、
ゆっくりとページをめくる。
めくった途端、
わたしの心は天高く弾んだ。
ーー俺の気持ち知ってるくせに……
ーーごめん、だけど私っ、好きな人が…っ
ーー俺のものになれよ
ーーけっ、けど……っ、茶ノ宮くん……っ、
ーーあいつのとこなんて行くな……
ーー俺……っ、
ーーリズムの事がマジで好きなんだよ!
キャーーーーーッ!!!!!
かっこいい!
かっこいい!!
かっこいい!!!
今にも叫んでしまいそうな声を
わたしは必死にこらえる。
こらえるけれど、
やっぱり抑えきれなくて小声で呟く。
「キュンキュンするー……」
パタン、と1度
本を畳んで胸に抱きしめた。
数ページ読んだだけなのに!!
こんなにキュンキュンするなんて!
そう。わたしが1時間以上も
早く学校に登校する理由。それは……
なにを隠そう、これを読むため!
ブックカバーをしてあるから、
周りからみれば小説に見えるかもしれないけれど、本当は違う。
本当は……
【ハピネス・ラブ】
っていう……
超、超、超!キュンキュンする漫画!!
略して【ハピラブ】!
女の子のあこがれが
いーっぱい詰まってて、
誰しも1回はきっと夢見た展開が
てんこ盛り!みたいな漫画!!
ヒロイン
雨乃リズム(あめの りずむ)ちゃんと
ヒーロー
茶ノ宮一茶(ちゃのみや いっさ)くんの
胸キュンラブコメディ!
もう!本当にやばいんだよ!?これ!
「最高~っ!」
おっと、いけない。つい声が。
小説は字ばっかでつまんないけど、
漫画は大好き!
もう何百回……いや!
何千回と読んだことか…!
何回読んでも最高すぎるんですよ!
これが!
朝早く。
こうして……
みんなよりも少し早く学校について、
こうして……
誰もいない教室で
じっくり大好きな漫画を読む。
これがわたしの日課。
この時間が私は大好きなのだ。
ちなみに【ハピラブ】に出会ってから、
わたしはいつも髪型をハーフアップにしてるんだ!なんでか分かるー?
リズムちゃんが
ハーフアップだからです~っ!
♡♡♡
「あ」
もうこんな時間……。
漫画を読んでいたらいつの間にか時間は
8時を過ぎていた。
ふと、窓の外を見ると、
登校してくる人がチラホラいた。
そしてその中で一際存在感を放つ
1人の男の子が目に入った。
スクールバックを肩にかけて、
なんか、キラキラオーラを
放っている黒髪マッシュの男の子……。
クラスメイトの
松村綾斗(まつむら あやと)くんだ。
松村くんはわたしの斜め前の席。
隣町の小学校から来たみたい。
確か自己紹介でそう言ってた。
先週やった
体力テスト&学力テストは、学年1位。
運動神経も良くて、成績もいい。
おまけに顔もかっこいい。
モデル、と言われても
全然疑わないレベルでかっこいい。
きっと、松村くんから
いつもキラキラオーラを
感じるのはそのせい。
本人はそんなつもりなくても、
勝手に放たれている。あ、でも……
男の子と話してるのはよく見かけるけど
女の子と話してるのは
今のところ1度も見た事ないんだよなぁ。
なので女の子であるわたしは
ちょっと近づきがたい男の子だ。
それにしても、クールだなぁ。
歩き方。”ツン”とした表情。
なにもかもが、人の目を惹きつける。
気が付いたらわたしはそんな松村くんを
目で追っていた。
「綾斗ー、おはよーっ!」
あ。友達に話しかけられてる……。
「おはよー」
……っ。
さっきまでクールだったのに、
友達に話しかけられた途端……
フワッと笑った松村くん。
その姿を眺めていたわたしは
その時。あることに気づき、
ガタン…!といきおいよく
椅子から立ち上がった。
そして窓の外を食い入るように見つめた。
「あーーーーーーーーーっ!!!」
少し遅れて、
わたしは誰もいない教室で1人。
大きな声を上げた。あわてて
さっきまで読んでいた
【ハピラブ】を手にとって
ブックカバーを外す。
あらわになった漫画の表紙には
茶ノ宮くんが描かれている。
わたしはそれをサッ…!と
窓の方にかざした。
我ながら忍者のように素早い動きだ。
そしてわたしは窓の外の松村くんと、
漫画の表紙にいる茶ノ宮くん……。
交互に見つめてポツリとつぶやいた。
「似てる……」
そう。すごく似ていたのだ。
どうして今まで
気づかなかったのだろうか。
こうして見るとすごく似ている。
茶ノ宮くんに!!松村くんが!!
一見するとクールなのに、
可愛らしさを合わせ持った
くっきり二重の目!
シュッとした輪郭!
笑った時のあのフワッとした感じ!
うわー!似てる!似てる!!似てる!!!
すーっごい似てる!!!
朝からわたし、とんでもないことに
気づいてしまった……っ!
一気にテンションが上がっていくわたしは
気がついたら漫画片手に
ニヤニヤ、ジタバタしていた。
トントン……
そんな時。右肩が誰かに叩かれる。
振り返るとそこには
安東奈子(あんどう なこ)ちゃんが立っていた。
「おはよっ!乃愛!」
「あっ、おはよーっ!奈子ちゃん!」
ポニーテールの毛先を
サラサラと揺らしながらエクボ浮かべて
ニコッと笑った奈子ちゃん。
この子が入学式の時、隣の席になって、
話しかけてくれた子!
この中学で
はじめてできたわたしの友達なんだ。
おめめがくりっくりで、
とってもかわいいんだ!
清楚でお人形さんみたいなの!
新学期はいつも
リセットされた気分になっちゃって
不安になっちゃうわたし。
だけど奈子ちゃんが入学式の時に話しかけてくれたおかげで、
今年は不安があまり無かったんだ。
「また漫画ー?」
「てへへ、そう!」
まだ出会ってちょっとしか
経ってないけど、
もうずぅーっと
昔からの友達みたいに接している。
わたしの朝の日課も、
漫画ばっかり読んでることも、
奈子ちゃんはもう知っている。
「見て見て!ここ!ちょーかっこいいの!」
わたしはそう言って、
茶ノ宮くんの名ゼリフ
ーーリズムの事がマジで好きなんだよ!
の部分を見せた。
ライバルの所にいこうとするリズムちゃんの腕をつかんで引き止めるシーン!
しかし、わたしのテンションとは
真逆に冷めた目をする奈子ちゃん。
「そこ読んだの何回目よー?」
「え?う~ん」
まぁ、大体だけど……
「…1205回目?かな?」
「すごすぎる……」
「奈子ちゃんも読んでみなって!
ほんと、やばいから!」
「え~?今何巻まで出てるの?それ」
「10巻!あ、これは1巻だよ!てか!1巻でこの名ゼリフが出る、って……きゃー!」
「10、はもう手遅れじゃーん」
「手遅れじゃない!読んでみたら分かる!あっという間なの!」
「えぇ~?ほんとかなー」
どれだけオススメしても落ちない奈子ちゃんは小説家を目指しているらしく、
圧倒的小説派の子。
この前、小説って字がいっぱいで
目、疲れない?って言ってみたら……
ながーい、ながーい、説教を食らった。
「あ、そういえばさ」
奈子ちゃんはカバンを
自分の机に置きながら
何かを思い出しように手を叩いた。
まだ教室にはわたしと
奈子ちゃんの2人だけ。
「うん?」
「松村、いるじゃん?」
「……松村、くん?」
さっきまでここから
その松村くんを見ていて。
茶ノ宮くんと似ていることに
気づきはしゃいでいたことを思い出す。
そんなことを思い出したら
少し恥ずかしくなってしまった。
ふとさっきまで見ていた窓の外をチラッと見てみるけどもう松村くんはいなくて、
代わりに、斜め前の松村くんの席をチラッと見た。
「うん、いるね!」
先程のあんなことやこんなことは
さとられないようになるべく
自然にうなずいたつもりだ。
すると奈子ちゃんは
人目を気にしながらコソッと言った。
「さっき、玄関のとこで女の子に告白されてるの見ちゃった」
「え!?告白!?」
「ちょっ……、声でかい!」
「あっ、ごめん!」
もう遅いけどあわてて口元を抑えた。
「結果は…?」
改めてそう聞く。
「ふってた。てか秒殺。女の子泣いてたよー」
「あぁ…そうなんだ……」
失恋。なんだか聞いただけで悲しくなってくる。
「松村さー、結構顔かっこいいじゃん?
先輩達から大人気らしいよー。告白してたのも、先輩っぽかった」
「へぇ~」
すごい……まだ入学して2週間なのに。
もう先輩達をトリコにしちゃうなんて。
「あ、わたしはかっこいいとは思った事ないけどね。あくまで一般的な話ね」
「分かってる分かってる」
奈子ちゃんは男の人に
全く興味がないみたい。
恋愛よりも、今は小説家目指して頑張る時なんだ、ってこの前、熱く語ってた。
「まだ入学して1週間なのにね」と
奈子ちゃんはすっかりあきれ顔。
「でも確かにかっこいいもんね…」
特に深い意味はなく
しみじみとそう呟くと
「もしかして……」
「うん?」
奈子ちゃんが真剣な眼差しを
真っ直ぐにわたしに向けた。
「乃愛って、松村のこと……」
何を言われるんだろうか、と
ドキドキしているわたしに
奈子ちゃんは言った。
「好きだったり…する?」
「え!?好きじゃないよ?
奈子ちゃん知ってるでしょ?
わたしが茶ノ宮くんひとすじだ、って」
そう。実はわたしは現実の男の子には
興味がない。
もう、現実に”キュン”を求めるのは、
少し前にやめたんだ~!
いつも”キュン”は漫画の中だけ。
だってほら。
普通に考えてありえないでしょ?
壁ドン、とか、
床ドンとか、
あごクイ、とか。
現実でそんなこと起こる?
……起こらない。絶対に起こらない。
現実の男が、そんなことする?
……しない。絶対にしない。
わたしに”キュン”をくれるのはいっつも漫画だけ。【ハピラブ】だけ!
茶ノ宮くんだけ!!
だからわたしは少女漫画に逃げ込んだの。
現実での”キュン”を諦めたからこそ、
わたしは少女漫画が大好きになったの。
わたしの”キュン”は少女漫画だけで十分!
特にこの……【ハピラブ】。
これがあればわたしはもう……!
「あ~…まぁ、確かにそうか。」
納得したような顔をする奈子ちゃんに
気になって聞いてみる。
「え、なんでそう思ったの?」
いきなり、そんな突拍子もないこと
聞いてくるなんて。
奈子ちゃんは自分の人差し指に
ほっぺを当てた。
「なんか、顔赤いな~、って思って」
「え!?赤い!?」
言われるがままほっぺを触ってみると、
「あ」
確かに、ほんわか熱かった。
♡♡♡
「あっつー」
「もう夏だなー」…
だんだんと
教室に流れ込んでくるクラスメイト達。
わたしと奈子ちゃんは
教室の1番後ろ。背面黒板のそばで
立ち話の真っ最中。
「あっ、そうそう、ここのクレープがね~…」
隣では奈子ちゃんがスマホで人気のクレープ屋さんを見せてくれようと調べている。
「あ、綾斗、おはよー」
「おはよーっ」
そこで今さっき噂をしていた
松村くんが教室に。
胸元をパタパタさせながら
自分の席に座った。松村くんは
男友達と昨日見た
テレビの話をしていたり。
水を飲んだり。
額に浮かぶ汗を拭いたりしていた。
「……っ!」
あっ!いけない!
けれどそこでわたしは我に返った。
朝、奈子ちゃんが唐突に
とんでもないことを言うもんだからつい、
松村くんを目で追ってしまっていた。
こんなんじゃ、
わたしが松村くんのこと
好きみたいになっちゃうじゃん!
危ない、危ない。
本当に恋愛としての感情は何も持っていないのに、変な誤解をされてしまったら困る。
あわてて目をそらそうとしたその時。
キリッとした目鼻立ちの松村くんのお顔を
一筋の汗がスー、と垂れた。
それを少しうつむいて手の甲で拭った松村くんは、一瞬だけ……
後ろを向いた。そして……
パチ……
わたしの気のせいでなければ、
一瞬。本当に一瞬だけだけど、
目が合った気がしたのだ。
だけどすぐに思いなおす。
そんな訳ないか。
多分わたしの勘違いか気のせい。
もう……っ。
奈子ちゃんがあんなこと言うから!
今日のわたしはちょっぴり
自意識過剰になってしまっているのかもしれない。
♡♡♡
翌日もわたしは、昨日と同じように
朝早く学校について、漫画を読んでいた。
今日は2巻。
今、1巻から順番に読み返してるところなんだ。
もう何千回と読んだけど。
ーー忘れられないんだ。リズムのこと
ーー茶ノ宮くん……
ーーわたしも……茶ノ宮くんのこと…っ、
ーーずっと好きだったよ!
キャーーーーーッ!!!!!
自分の気持ちに素直になれなかったリズムちゃんが自分の本当の気持ちに気づくとこー!
気づいた気持ちは……!
茶ノ宮くんが好きってことーっ!!!
キャーーーーーッ!!!!!
なんてもん気づいちゃってんだ!もう…っ!
てか2巻でこの展開は早すぎない!?
テンポ良すぎないー!?
これからどうなるのー!?
ーー忘れられないんだ。リズムのこと
真剣な眼差しをリズムちゃんに
向ける茶ノ宮くんの描写…。
あぁ……。
なんか、そんなつもりないのに、
茶ノ宮くんの描写がところどころ
松村くんと重なってしまう…。
……って!なに重ねてんだ!わたし!
あぁー。もう……!
普通に【ハピラブ】を楽しみたいのに!
昨日松村くんが茶ノ宮くんに容姿が似てることに気づいてからもうずっとだ。
重ねてしまう……。
まぁでも、性格は全然違う。
茶ノ宮くんは優しくて、
リズムちゃんに超一途!
茶ノ宮くんの溺愛ぶりといったら
もう……!
あ、で!
松村くんはこう……なんていうか……
溺愛、とは程遠そう……。
やっぱりそう思ってしまうのは
女の子と話してるところを
あまり見たことがないから……かな?
昨日。隣の席の女の子に
ちょっと話しかけられてた時も
なんか”ツン”って感じだった。
男の子と話す時は
そんなことないんだけど。
無愛想……というか、
そっけない……というか…。
そんな感じ。
まぁでも。多分そういうとこも、
女の子からの人気がある理由の1つなのかもしれない。
誰のものでもない感じ?っていうか。
松村くんはみんなのもの。的な。
かっこいいのに、恋愛をしている、
というオーラが一切感じられないその姿。
本人は自覚してないんだろうけど、
多分そういうところが
女の子からの人気に
火をつけているんだろう。
今、クール男子?
流行ってるもんなぁ……。
女の子からしてみれば
松村くんみたいなタイプは
とても旬なんだと思う。
まぁっ!わたしには関係ないけど!
さぁ!【ハピラブ】読むぞー!
ふぅー、と深呼吸してページをめくる。
今から読むシーンは絶対にキュン死してしまうから!深呼吸して心を落ち着かせないと……。
ちなみにどういうシーンかっていうと、
誰もいない教室………。
揺れ動くカーテンの中でこっそり
茶ノ宮くんとリズムちゃんが
見つめ合うシーン!
ほんっとうにやばいから!ここ!!
ーーマジかわいい……
ーー(えっ…)
ーー(今……茶ノ宮くん…、)
ーー(かわいい、って…言った?)
キャーーーーーっ!!!!!
もうなんですか、これ!
ここの茶ノ宮くんの表情!!
ちょっと顔が赤くなってるの!!
やばい!やばい!!やばい!!!
かっこよすぎるーっ!!!
あと!!
ここのリズムちゃんも
ちょーかわいくて!!
ーー(えっ…)
……ってなる
リズムちゃんがほら!!
目をまん丸に開いて
茶ノ宮くんを見つめてるの!!
もう……っ!!たまらん!
誰もいない教室でなにやってんだ!
2人は!
キャーーーーーっ!!!!!
あっ!
危ない。危ない。
1回冷静に冷静に。
キュン死寸前の自分を落ち着かせようと
上を向いて、深呼吸したその時だ。
「……」
ん?
その時。ふと、
後ろから視線を感じた気がして
ゆっくりと振り向いた。
まだ7時45分だし
誰もいないと思うけど…
「わぁっ!!」
次の瞬間。
悲鳴に近い声がわたしから出る。
「あっ、ごっ、ごめん…」
向こうも、わたしの声を聞いて、
びっくりしたみたいだった。
「まっ、松村……くん?」
そこにいたのは、
なんと松村くんだったのだ。
いつの間に……!?
多分わたし、漫画に夢中で
教室に入ってきたの…
全然気づいてなかった。
って…
あーーーーーーーーっ!!!!
そこでわたしは開きっぱなしの
漫画に気づく。
うわ!やばい!
わたしは漫画をサッと、
閉じて膝の上に置いた。
わたしが漫画読んでる、って……
見られ、ちゃった……かな?
まるで万引きしていたところを見られて
それを隠そうとする犯罪者みたいになってしまったけれど、こうするしかない!
見られていませんように!
見られていませんように!
頭の中はプチパニック。
目の前では未だに目をまん丸に開いて
わたしを見つめる松村くん。
変な空気が2人の間に流れている。
どうにかしなければ!
そう思ったわたしは
とっさに時計を見あげた。
わたし以外の生徒が教室に入ってくるのは
いつも大体8時過ぎ。
なのに松村くんは今日はなぜか早い。
教室だって今、
わたしと松村くんしかいなかった。
「あっ、あれ~?まっ、松村くん…っ、
はや……いね。今日」
かなりたどたどしい口調になってしまったが、質問してみた。その隙に
わたしは膝の上に隠した漫画を机の中に
急いで入れる。
よしっ!隠した!
心の中でガッツポーズをしたその時。
「あぁ……、今日日直なんだ、俺。
だからこれ書かないと」
松村くんは学級日誌を取り出して
フワッ、と笑った。
あれ…?笑っ…………た?
なんか”ツン”って返されると
思ったから思わず拍子抜けしてしまう。
「あっ、そうなんだ」
窓の外から差し込む光が
そっと松村くんを照らす。
うわ~…やっぱり似てるなぁ……。
1話のリズムちゃんとの出会いのシーンの
茶ノ宮くん……
まさにこんな感じだったんだよね~。
あっ!いけない!
また漫画の世界に引きずり込まれるところだった!だけどこんな目の前で
茶ノ宮くんみたいにフワッ、って
笑われたら、つい重ねちゃうよ……。
頭の中は茶ノ宮くんでいっぱいだ。
あ……。
そういえば、松村くんと話すのって、
今が初めてだ……。
なんか新鮮。
そんなことを呑気に考えていると
松村くんは少し視線を下げて言った。
「もしかして、それって【ハピラブ】?」
「へ!?」
思いっきり椅子から立ち上がったわたしは
変な声が出てしまった。
え?え?え?え?
やっぱり……
見られてた、、?
吸い込まれちゃいそうな
唇をキュッ、と引き結んで
うるうるおめめで
わたしを見つめる松村くん……。
うわー……ほんっと…、
茶ノ宮くんみたい……。
……じゃなくて!!
どうしよう、どうしよう!
バカにされるのかな?
「漫画?ガキみたい」……とか?
「学校でそんなもん読んでんのかよ、きっも」
……とか!?
女の子には
クールな松村くんのことだ……。
ありえるー……。
冷たい言葉を言ってくるんじゃないか、と
ヒヤヒヤしてしまった。そしてつい、
「ちっ、違うよっ、?!」
嘘をついた。けど……
「え?絶対そうじゃない?だって
その男の子、茶ノ宮……」
そう言いながら松村くんは
わたしの机の中をのぞきこんだ。
わたしも、ゆっくりとのぞき込むと…。
そこにはさっき机の中に
押し込んだ【ハピラブ】が
顔を出していた。
いつの間にかブックカバーは外れていて、表情イラストの茶ノ宮くんが
思いっきりピースサインして
こちらを見ていた。
「……」
全然隠れてなかったー!!!
奥に押し込んだつもりなのに!!
松村くんは丸見えだったようだ。
「あっ」
げ。まずい…。これじゃなんの言い訳も…
あれ……?っていうか……
さっき、松村くん……
((もしかして、それって【ハピラブ】?))
((え、?絶対そうじゃない?だって
その男の子、茶ノ宮……))
あれ……………………????
”【ハピラブ】”& ”茶ノ宮”
この2つのワードが松村くんの口から出ていたことに今になって気づいたわたし。
も、も、も、も……っ、もしかして!
「【ハピラブ】…、知ってるの?」
おそるおそる、聞いてみた。すると……
「うん、俺も読んでるよ」
「……」
「え!?」
えっ!?、そ、そ、そうなの!?
松村くんから帰ってきた
あまりに想定外な答えに
わたしはびっくりして、
オドオドしていた。
まさか……っ、
【ハピラブ】を知ってる人が
同じクラスにいるなんて!!!
「キュンキュンするよね」
松村くんがそう言ったので
わたしはすぐに答えた。
「するっ!ここのシーンとかっ!わたし特に好きで……!」
わたしは机から【ハピラブ】を取り出して
松村くんに見せた。
もちろん見せたのはあのシーン!
ーーマジかわいい……
ここ!ここの茶ノ宮くんを指さして
松村くんに見せた。
「この顔!やばくないっ!?見て見て!この茶ノ宮くん!ちょっと顔が赤くなってるの!!照れてるんだよ!!かわいいって言いながら照れてるんだよ!?あっ、あと!このリズムちゃんも心の中で動揺しまくりでさ……!!もう!この2人まじ尊いっていうか……っっ!きゃー!って感じで……っ!」
「……」
あっ……。やばい。
わたしってば、語りすぎた……?
目の前でポカンとする松村くんを前に
わたしはどんどん顔が赤くなっていった。
引かれた……かな…。
そう思ってサッ…と、
漫画を閉じようとした時。
「あはははっ……」
松村くんが笑いだしたのだ。
今度はわたしがポカンとしてしまう。
「やばいよな、そこ」
そして目に浮かんだ涙を
人差し指で拭いながら
そう言ってくれた松村くん。
とても優しいトーンで、
言われたので、びっくりしてしまう。
っていうか……
松村くんって…結構、
優しい…………?のか…?
なんか、今まで思ってた
印象と全然違う…。
ドクン、ドクン……ッ。
っていうか、なんか胸がうるさい。
眩しすぎるその笑顔から
わたしは目をそらしてうつむいた。
漫画を握る手に熱がこもっていく。
そして心の中でポツリと、つぶやく。
笑った顔まで……
茶ノ宮くんそっくりなんですけど……。
「どうした?」
気がつくとうつむいているわたしを
松村くんが不思議そうにのぞきこんできた。
首を傾げるその仕草は……まさに!
1巻の最初ら辺……!
引っ込み思案のリズムちゃんの声を……
必死に聞き取ろうとする茶ノ宮くんの仕草……!
そのまんまだった。
やばい…なんてこった……。
ここまで似ているとなるとわたしも
正気を保っていられるかどうか……。
「大丈夫…?」
優しい声が上から落ちてくる。
顔を上げると、
わたしという人間を突き抜けちゃいそうなほど。真っ直ぐでどこまでも透き通った綺麗な瞳と、目が合う。
「あっ、ううん!いや!なにも!?」
髪をかき分けて、
なんとなく手を首に当てたわたし。
熱い体温がじんわりと伝わってくる。
ドクン、ドクン、と血液が流れる
スピードが早くなっていた。
「そっか。あ……
ちょっと気になったんだけど……」
1人あたふたとするわたしに松村くんは目をぱちくりさせて言った。
「漫画に……付箋?」
松村くんの視線の先はわたしが手に持っている【ハピラブ】。
もっと細かく言うと四方八方に付箋がぺたぺたと付けられた【ハピラブ】だ。
「あっ、こっ、これは……っ、!」
やばいーーー。
そうだよね、そうだよね。
普通に漫画にこんな
ペタペタ付箋付けないよねぇ……。
どうしよう。なんて言い訳……
「え、と……これはその、なんていうか……。わぁー!”キュン”だー!いう……その、」
オロオロと視線をさ迷わせて必死に言い訳を探すわたし。
「かっこいいなぁー、みたいな!?、ほら!あれだよあれ!あこがれ!……みたいな?」
って!全然言い訳になってない!
全部本当のやつじゃん!
そう。わたしは”キュン”をすると、
そこの場面を何度も何度も
読み返したくなっちゃうため、
とりあえず付箋を貼っておく癖があった。
周りからしたら意味の分からない行動かもしれない。だけど……
「あ~っ、なるほど」
そんな声が返ってきた。
納得……してくれた? …のかな?
100枚以上付箋が付けられた漫画を見て
納得したようにうなずいてくれては……いる。
うわぁ…。
心の中でドン引きされてたら嫌だなぁ……。
あぁ、もう【ハピラブ】の話になると、
つい熱くなってしまう…!
これ以上引かれてしまいそうな
発言はやめておきたい。
そんなことを考えてるにも関わらず……
この後、わたしは……
この……松村くんに……………
とんでもない提案をすることに────。
「あっ、ごめんね?
読んでるところ邪魔して…」
「ううん…っ!全然…」
「……」
教室には今…2人きり。
会話が一区切りついて、
自分の席に歩いて行く松村くんの背中。
わたしの手には…、【ハピラブ】……。
気がついたらわたしの口から
「あの…っ」が飛び出ていた。
「ん?」
足を止めて再びわたしを
見つめる松村くん。
「え、と……そのっ、」
もう1度、手に持っている
【ハピラブ】に視線を落とすわたし。
ーーマジかわいい……
ちょうど開かれているページは
さっきわたしが読んでたとこ……。
誰もいない教室で
茶ノ宮くんとリズムちゃんが
見つめあってるシーン……。
そしてリズムちゃんを見つめる
茶ノ宮くんがドアップで
描かれているページ。
顔を赤くしてそんなキュンゼリフを言う
茶ノ宮くんの表情に何度
心を奪われたことか……!
ちゃんと付箋もついているページだ……。
漫画に描かれた
茶ノ宮くんと松村くんを交互に見た。
うっ……!
にっ、似てる……っ。
こんな状況なのに
またそんなことを心の中で
思ってしまった。
松村くん、そもそも顔小さいし……。
このページの茶ノ宮くんは
今にも飛び出してきちゃいそうなほど、
全力で大きく描かれているから……。
こうして松村くんと茶ノ宮くんを
近くにやられたらそれはもう……。
顔の大きさまでもが一緒くらいに
なっちゃってるんだよー……っ!
「ここ…っ」
震える手でスカートをギュッ、と握って、
声を張る。
「ここ…っ!やりませんか!?」
「……」
「え…っ?」
「あっ、え、と!ここのシーン!その……っ、今まさに…っ、こんなシチュエーション、だなぁ、って…!」
まるで【ハピラブ】から
飛び出してきたような男の子と…
2人っきりの教室……。
こんなチャンスはきっと…2度とない。
ここまで…っ、ここまで…、
原作の世界観が味わえる状況……。
きっと……っ、もうない…!!!
けど……
またふと。我に返る。
まって、まって、まって…!!!
なに言っちゃってんの…!わたし!
面食らったようにキョトンとする松村くんに申し訳なさがじんわりと込み上げる。
「……」
うわー…。沈黙が重い…。とても重い。
なんてこった。
恥ずかしさのあまり、
カーーーッ、と全員が熱くなっていく。
おそるおそる顔を上げて
松村くんの表情を見る。
松村くんもわたしを見ていて、
ぎこちなく視線がからみ合った。
うわー…。困ってる…?困ってるよね!?
絶対困ってるよね!?てか、引いてるよね!?ドン引きしてるよね!?
「ごめん…っ、変なこと言った!」
ぎこちなく笑いながらわたしはそう言って顔の前で手を合わせた。
「忘れて!」
無理に笑ったほっぺがピクピクする…。
席に…座ろう……。
いくら茶ノ宮くんに似てても
さすがに距離の詰め方が
おかしかったかもしれない!
今になって気づいた…。
あぁ~!なにやってんの!わたし!
「……」
気まずい空気がただよう
まだ2人しかいない教室…。
椅子に手を伸ばし、
席に座ろうとしたその時だった。
「…俺でよければ」
そんな声が聞こえてきた。
「えっ…?」
落としかけた視線をもう1度、
松村くんに向ける。
目に映る松村くんは…
うっすら…ほっぺが赤くて…。
まるでこのページの
茶ノ宮くんみたいな表情をしていた。
うっ……!
にっ、似てる……っ。
こんな状況なのに
またまたそんなことを
心の中で思ってしまった。
いやー……これは、もう……
表情まで、似ちゃったらもう……
やばいって……。
「…そんな見んなよ……」
「あっ、ごめ……っ」
慌てて視線を逸らす。
いつの間にか見入ってしまっていたみたいだ。
「あ…え、と、いい…の?」
逸らした視線をまた松村くんに。
「あこがれ…なんだろ?」
ドクン……ッ。
あまりに優しく微笑むから…
わたしは石みたいに固まってしまった。
「う、うん…っ!」
どこからともなく教室に入ってきた風が
わたし達の間を通り過ぎたその瞬間。
今まさに…わたしの視界の中では
松村くんがドアップに描かれていた。
現実での”キュン”は
もうとっくの昔に諦めていたわたし。
漫画の中で繰り広げられる
数々のありえないような展開……。
もちろんいっぱい
あこがれたりはするけれど、
現実にその”あこがれ”を
期待したりはしない。
”キュン”は少女漫画だけで十分。
そう思って……いた。
こんな…っ、茶ノ宮くんにそっくりな
男の子に出会うまでは…!
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