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夢じゃない! 現実!

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 ‪”‬ 待 っ て ! ど う い う こ と ! ?  ‪”‬

「わん! わんわんわん!?」

「いやー、ウチも最初びっくりしましたわ。だって目が覚めたらヒトになっとったんですもん。なんでやねん! ってつっこみたくなったわ」

 目の前の私…、いや、やっぱ言い変えよう。目の前の‪”‬おそらく中身チャルルの私‪”‬は豪快にあぐらをかいた。

 わー、なんか男の子っぽい仕草だ。

 ‪”‬元 に 戻 し て !‪ ”‬

「わんわんわん!」

「いやぁ、そないなことウチには分からんて。てかウチも犬の方が気楽でええし」

 …?

 そこで私ははたと気づく。

 ‪”‬ あ れ ? と こ ろ で 、 チ ャ ル ル … 、 私 の 言 っ て る 言 葉 分 か る の ! ?‪ ”‬

「わん!? わんわんわんわん!?」

 チャルルの姿でいる時。

 実際に声になるのはわん、ばかり。

 なのにさっきから普通に会話が出来ていることに驚いた。

「そりゃ、本来は犬ですもん」

 自信満々にそう言う私(中身チャルル)。

 ‪そうか。確かにそうだ。

 私もチャルルの姿でいる時、ヒトの言葉分かるもんね。

「私お風呂出たから。冷めないうちにふれあも入りなさいねー」

 直後のこと。

 リビングの扉から首にタオルをかけたすっぴんのお母さんが顔を出した。どうやらお風呂から出たみたい。

「おおきにー」

 間髪入れずお母さんの声に返事をしたのは中身チャルルの私。

「おおきに?」

 あわわわわ! まずい!

「ふれあ、そんなのどこで覚えたのよ」

 私普段そんな言葉遣いしないからめっちゃ怪しまれてる!

 しかめっ面でこちらを見るお母さん。

 絶体絶命の大ピンチ。

 でもその時、奇跡が起こったのだ。

『そしたら、大家さんがどうもーって言いよってー』

『なんでやねん!』

 テレビから流れる芸人さんの声。

 それを聞いたお母さんが「あー」と納得したように頷いた。

「なんだ。漫才に影響されたのね、もう」

 ‪”‬ そ う そ う ! そ う い う こ と に し と い て ! ‪”‬

「わん!」

 ナイス芸人さん!

「じゃあ、明日私仕事早いからもう寝るわね、おやすみ」

「ほなー」

「もう、ふれあったらまたそんな言い方してー。まぁ、覚えたての言葉使いたくなるお年頃か」

 何かブツブツと言いながらお母さんがリビングから出ていく。

 耳を立てて完全に足音が過ぎ去ったのを確認した後、私(中身チャルル)に尋ねた。

 ‪”‬ と こ ろ で 、 こ れ っ て 夢 じ ゃ …な い よ  ね ?‪ ”‬

「わん、わんわんわんわん?」

「そやなー、夢にしてはやけにリアルやからなぁ」

 ‪”‬ ち ょ っ と ほ っ ぺ た つ ね っ て み て ? ‪”‬

「わんわんわん?」

 口をとがらせながら自身の頬をつねる私(中身チャルル)。

「いてて」

 でも痛がっている様子。

 違うか……。

 ってことは……、夢じゃない。現実……

 夢みたいな話だけど、私とチャルルは確かに入れ替わっているんだ​───────!

 ‪”‬ と こ ろ で チ ャ ル ル ……、 そ の 話 し 方 な に ?‪ ”‬

「わんわんわん、わんわんわん?」 

 さっきもお母さんに不審がられたそれ。

 そんな言葉遣い、私教えたことありませんよ!

「あー、これは母方の方言やで」

 ‪母方……

 チャルルは駅前のペットショップで買ったけど、生まれは大阪の方だったのかな?

 ‪”‬ 分 か っ た ……。分 か っ た か ら 、私 の 姿 に な っ ち ゃ っ て る 時 は 、そ の 大 阪 弁 だ け… ど う に か し て ?‪ ”‬

「わんわん、わんわんわんわん?」

「なんでや?」

 ‪”‬ 恥 ず か し い か ら !‪”‬

「わんわんわん!」

「恥ずかしいことあらへんで」

 ‪”‬ 恥 ず か し い っ て ! ‪”‬

「わん!」


 ***

 はーーー……、それにしてもどうしたものか。

 自室のベッドでペタン、と横たわりながら考える。私はいまだチャルルの姿のままだ。

 ーードシン、ドシン

 あ。誰か来た。

 やがて階段を登ってくる音が聞こえてきてチャルル(中身私)は姿勢を正した。

「ふぅー、ええお湯やったわ」

 無遠慮に部屋に入ってきたのは頭の上にタオルを乗せた私(中身チャルル)。

 チャルル、元々シャンプー好きだからなぁ。

 ヒトの姿をしていても、気持ちよかったんだろう。

 少しだけ火照った頬を手でパタパタと仰いでいる。

「チャルルー、先ドライヤーしてきて?」

「ドライヤーってあの、がー!ってなるやつ?」

「そうだよ。風が来るやつ」

「ウチ、あれ嫌いやねん」

「だめ。風邪ひくからやってきて?」

 あ、ムスッとした。

 もう私の表情筋を使いこなしているみたい。

 チャルルはシャンプーは好きだけど、ドライヤーの時は逃げまくる。

 やっぱり嫌いだったんだ……。

「まぁ、耳のいい犬からしたらあれうるさいもんね」

「そやねん! 分かるか!?」

「私も今は犬だからね」

 そこらじゅうの音がどれだけ犬の耳に届くかは身をもって知ったつもりだ。

「人間の体ならそこまで音大きく聞こえて来ないと思うから。ね? 髪乾かしてきて?」

「はーい」

 渋々、といった様子で階段を降りていく私(中身チャルル)。

 さすが私の弟。いい子だなぁ。

 その変な方言?? は、何とかして欲しいけど!

「くぅーん……」

 情けない声が漏れる。

 それにしても、これ現実かぁ……。

 正直全然信じられないけど信じるしかない…。

 明日には元に戻るかな。

 幸い今日は金曜日。

 明日までに戻らなくても月曜日までに戻っていればいいけど……。

 階下から、がー!というドライヤーの音が聞こえてくる。

ちゃんと乾かしてて偉いぞー。チャルルー。


「なぁなぁ、ふれあ!」

 髪を乾かし終わった私(中身チャルル)‪は興味津々の眼差しで隣にやってきて、あぐらをかきながら言った。

「いつもの雨音くんの話してや!」

 ‪”‬ え ? ‪”‬

「わん?」

「ウチ、あれ聞くの好きやねん!」

「……」

 そう……だったんだ…。

 毎日のようにチャルルにしていた恋バナ。

 勝手に話してただけだけど……好きだ、って思ってたくれてたなんて…。

 チャルルの姿でいること。

 月曜日までにちゃんとヒトに戻れるか、ということ。

 いろいろ不安もあるけど、とりあえず今はこの状況を楽しもう! 

 私(中身チャルル)の顔を見ていたらなんだか不安も吹き飛んでいった。

 きっとなかなか出来る経験じゃないもんね!

 ‪”‬ う ん ! し よ う ‪”‬

「わん!」

 ***

 それから私たちは日が昇るまで、雨音くんの話で盛り上がった。

「まー、確かに雨音くんイケメンやもんなぁ。いっつもふれあにいろいろ話聞いとったもんどないな奴やー思っとったけど、あれは惚れるわ!」

 ‪”‬ 分 か る ! ?  ‪で し ょ ! ! ”
 ‬
「わんわんわん!!」

 さすがチャルル。

 いつも聞いてくれているだけあって理解が早い。めっちゃ共感してくれる……。

「分かる分かる。男のウチでも惚れてまうもん! それに、なんていうか……雨音くんは動物との接し方が優しくてええよなぁ」

 ‪”‬ 優 し い … ? ‪”‬

「わん?」

「そうや! ウチに触る時も、優しく呼びかけながら触ってくれる。だからめっちゃ安心するんや」

 そういえば……入院しているチャルルと入れ替わった時、私も同じこと思った。

 ケージを開けて触る時。
『チャルル』と優しく諭すような声でそう呼んでくれたんだ。

 つい『くぅーん』と不安そうな声を出した時も、笑いかけてくれた。

 動物は身体が小さい割に敏感な生き物だ。

 目に入るもの全てが大きく見えるし、その分怖いことだって多いと思う。

 だけど雨音くんはそんな動物たちの恐怖心を無くしてくれるような、そんな触り方をしてくれる。‪

 私も、雨音くんに触られた犬の1匹‪として強くそう思った。

「あ、そうだ」

 そこで私(中身チャルル)は思い出したように手を叩いた。

「そういえば、ウチのこと助けてくれてありがとな!」

 ‪「?」

 キョトン、とするチャルル(中身私)を見て、付け足す。

「ほら、お腹痛くなった時や」

 あぁ~……!

「あん時ふれあ…死んじゃやだ、ってウチの為に泣いてくれたやろ?」

 コクリ、と頷く。助けてください!ってどれだけ訴えてもどうしようもなくて道端で途方に暮れて。

 すべなく涙がポロポロ溢れてきたあの時のことは今でも鮮明に覚えている。

「あん時思ったんや。ウチ…、ごっつい愛されとるんやなぁ…って」

「……っ」

「ウチ、ふれあのこと大好きや! だからふれあの恋、めっちゃ応援しとる! 早く雨音くんとラブラブになりぃーや!」

 男らしくニッ、と歯を出して微笑む私(中身チャルル)。

 ‪”‬ チ ャ ル ル ……‪ 、 あ り が と う 。だ い す き … ”‬

「わん…、わんわんわん……」

「おおきに!」

‪”‬あっ! そういえば今日の数学の時間、チャルル私の体で手挙げたでしょ!?‪”‬

「わん! わんわんわん!わんわん!?」

「なんで知っとるんや!?」

やっぱり…。

話を聞くとつい挙げたくなったから挙げちゃっただけみたい…。

先生には怒られたけど、雨音くんには褒めてもらえたし、まぁいいか、と思ってこの件に関しては私もそこまで怒らなかった。

 私(中身チャルル)とのおしゃべりは意外に楽しく、その日眠りについたのは朝の6時過ぎのことだった。

 たとえ姿かたちが違えど、愛犬とお話出来るなんて、きっと誰もが憧れる展開。

 私たちはそれを大いに楽しんだ。

「んっ…」

 手をカミカミされる感覚で目が覚めた。

「わん!」

 目を開ければそこにはチャルルの顔面がドアップに。ツン、と鼻と鼻がぶつかった。

「んー。チャルルー…、今何時ー…」

「わん!」

 寝ぼけ眼で部屋の掛け時計に視線をやる。

 ちょうどお昼の12時を回ったところだった。
 カーテンの隙間からは眩しいほどの日差しが差し込んでいた。

「わ、もうこんな時間ー…、ふぁーあ」

 私がうーん、と伸びをしながらあくびをしているとチャルルは元気よく部屋を飛び出し、タッタッタッ! と階段を駆け下りていった。

「わん!」

 しばらくするとカチャカチャと音がする何かを引きずりながら持ってきた。

 口にくわえているのはリード。

 お散歩に行きたい時はいつもこうやっておねだりしてくるのだ。

「分かった分かった、お散歩ね。ちょっとまってて…」

「わん!」

 ベッドから起き上がり、そこで二本足で立っている自分自身に気づく。

 ‪寝ぼけてた思考が一気にクリアになった。

「あ! ヒトに戻ってる!」

「わん!」

 昨晩の心配には及ばず、私は無事ヒトに戻っていて、チャルルも無事犬に戻っていた。

 ホッ、と胸をなで下ろす。

 あ…でも、それって……

 安心と同時に頭に過ぎるのは別のこと。

 それってもう…、チャルルが喋ってる言葉聞き取れないんだ…。

 そう思うとなんだか少し寂しい気がしたけど…

「わん!」

 これが普通だもんね。

 足元でクルクルと自分のしっぽを追いかけるチャルルを見ていたら、沈んだ気持ちも晴れていった。

「よしっ! お散歩行こう!」

「わん!」

 喜んでいる時や嬉しい時には、しっぽを振ってくれる。

 お散歩に行きたい時はこうやってリードを咥えて訴えてくれる。

 言葉は分からないけど、気持ちはちゃんと伝わってくる。

 いつだってチャルルは私にいろんな気持ちを伝えてきてくれているんだ​───────…
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