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私の初恋

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 雨音あまねくん……今日もかっこいいな。

 いつもなんの本読んでるんだろう……。

 教室の片隅で頬ずえをついてうっとりしていると……

 「あー、また土屋つちやのこと見てるー」

 「はっ……っ」

 友達の穂乃果ほのかに指摘されて慌てて視線を別の方に向ける。

 あれ? さっきまで数学の宿題をやったはずなのにいつの間に雨音くんのこと見てたんだろう、私……。

 鏡なんて見なくても顔がポっ、と赤くなっていくのが分かった。

 「ほんと、飽きないよねー」

 穂乃果とは中学で出来た友達。

 いつもサバサバしていて大人って感じの女の子だ。

 1学期の初めの頃、たまたま席が前後になったのが仲良くなったきっかけ。

 お互いカフェ巡りっていう共通の趣味も相まってかすぐに意気投合しちゃったんだ。

 それからは行動を共にしていることが多い。

 いつも高い位置で結んでいるポニーテールは今日もサラサラと揺れていて、馬のしっぽが脳内で重なった。

 「飽きるわけないよー! だって私の初恋だよ!?」

 そう。私、桃瀬ももせふれあは同じクラスの土屋雨音つちや あまねくんのことが好き。

 雨音くんはクラスメイトと喋ったり、はしゃいだりするタイプじゃないクールな男の子。

 いつも1人で行動しているいわゆる一匹狼だ。

 休み時間は本を読んでいることが多いのだけれど……、ブックカバーをしているからいつもなんの本を読んでいるのかは分からない。

 本当は今にもそのブックカバーをペラ、と剥がして表紙を見てしまいたい欲に駆られているけど、それは我慢だ……!

 「でも初恋は実らないってよく言うよねぇ」

 「うっ……」

 確かにそれはよく聞く話だ。

 「そっ、それでも頑張るんだもん!」

 「頑張るー? それ聞き続けてもう半年も経ってますけどー?」

 「うっ……」

 穂乃果の言葉が容赦なくグサグサと刺さっていく。

 あまりに的を得ていて、穴があったら入りたい! みたいな気持ちになった私はふたつにしばっている髪を両手で掴み、背中を小さく丸めた。

 ​────私が雨音くんに恋をしたのは、さかのぼること半年前の春。

『おい、大丈夫か?』

 中学の入学式の日にお腹が痛くて校門前でうずくまる私を保健室まで連れて行ってくれたのが雨音くんだ。あの時は雨音くんが本当の神様みたいに見えたのを今でもよく覚えている。

「それにー、入学式の日以来まだ1回も喋れてないんでしょー?」

「うっ…」

 穂乃果の言葉がまた棘のようにグサッと刺さる。でも、事実には違いない。

 あの日、雨音くんに恋をしてから、早半年。

 私は喋りかけることすらまだ出来ていないのだ。

 そう。私は‪”‬超‪”‬がつくほどの引っ込み思案。

 好きな人にアタック1つ出来ない臆病者なのです。

 またの名を小心者、とも言う。

「だ、だだ、だって! かっこいいんだもん!」

 私は叫ぶ。

 しり込みしちゃう私の気持ちも少しはわかって欲しいものなのだ。

 雨音くんは容姿端麗。

 そう。ものすごくかっこいいのだ。

 正直…私のタイプです。

 それにそれに、勉強も出来るし、運動も出来るんだよ!?

 それにそれにそれに私にとって雨音くんは見知らぬ女の子(私)を助けてくれた救世主。

 非の打ち所がどこにもないというか……。

 告白したところで、私なんか……木っ端微塵に振られちゃうよ……。

 なんてうじうじと考えてしまって、なかなか勇気が出せないまま随分と時が経ってしまっている状態だ。

「っていうかそもそも土屋はふれあのこと覚えてるのかな? いつもクラスメイトには興味無さそうだけどちゃんと存在認知されてるー?」

「えっ……そ、そう言われれば…」

 喋っていない=私を知らない

 可能性もある訳で……。

 もし今告白したとして、『あ? あんた誰?』とか言われちゃったらどうしよう!?

 急に不安に取り憑かれ、私は頭を抱えた。

 せめて入学式の日のことだけは覚えていて欲しいな。

 私にとってきっと一生忘れられない大切な出来事だったから​───────…

 ***

「ただいま!​────きゃー! チャルルー! いい子だった!? 寂しくなかった!? よしよし!」

 学校が終わって家に帰ると、早速愛犬のチャルルが出迎えてくれた。チャルルは茶色の毛並みがモフモフで可愛いトイプードルの男の子。

 しっぽがちぎれちゃいそうなくらい左右にブンブン振っていて本当にちぎれちゃわないか時々心配になる。

 ​────私の両親は海外での仕事が多くて、家を空けることが多い家庭。だからひとりっ子の私が寂しくないようにと、一昨年の誕生日にチャルルをプレゼントしてくれたんだ。それからはずっと一緒。弟が出来たみたいで毎日とても楽しい。

「チャルル、私ちょっと手洗ってくるね」

「わん!」

 私の帰宅にテンションが上がってしまったのか、その場でクルクルと自分しっぽを追いかけ回すチャルルにそれだけ言って洗面所に向かった。

「おすわり!」

「わん!」

「おて!」

「わん!」

「いい子ー! はい! 今日のおやつ!」

「わん!」

 手洗いうがいを済ますと、今日1日お留守番を頑張ったチャルルにご褒美のおやつ・ささみジャーキーをあげる。

「チャルルはほんとにいい子だなぁ……」

 パクパクとおやつを食べるチャルルの頭をなでなでする。

 あぁ、今日もモフモフだなぁ。

 こうしてチャルルを愛でるのが私の日々の癒しだ。

「ねぇねぇ、チャルル」

 ふいにおやつに夢中のチャルルに話しかける。

「私ね、今日も雨音くんに話しかけられなかったんだ…」

 今の私は雨音くんがどんな本を読んでいるのかも知らないクラスメイトBの立場。

 いつも思う。

 雨音くんのこと、もっと知りたいな、って。

 あー! 私ってどうしていつもこうなんだろう。

 雨音くんを前にするとどうしても緊張して声を掛けることが出来ない……!

 はぁ……っ。一体どうしたら……。

「好きです、って。いつかちゃんと伝えられたらいいなぁ」

「わん!」

 まるで励ましてくれているかのようにチャルルの手が私の膝にぽん、と乗せられる。

「あっ、もしかしてチャルルも応援してくれてるー?」

「わん!」

 ​────学校が終わるといつもこうやってチャルルに恋愛相談に乗ってもらうのが日課。チャルルは犬だからおしゃべり出来ないけどちゃんと聞いててくれている気がして、雨音くんのこと。学校のこと。ついつい話してしまうんだ。

「へへっ、ありがとう~! 私がんばるからね!  この恋が実ったらいつかチャルルにも紹介するね! すっごくかっこよくて優しい人だからきっとチャルルもすぐに好きになるよ!」

「わん!」

「あ、そういえば今日のお昼ね! 穂乃果に唐揚げもらったんだ!美味しかったなぁ」

「わん!」

 たとえ振られる運命だとしても、この気持ちはちゃんと伝えたい。

 今は遠目で見ているだけで精一杯。

 目で追いかけているだけで精一杯。

 だけどいつか…、めいいっぱいの勇気を出して伝えるんだ。伝えてみせる!


 ***

 今日もかっこいいなぁ。雨音くん。

 今日も読書してる……。

 いつもなんの本読んでるんだろう。

 そんなことを考えていると……

「あー! ふれあ、また土屋のこと見てるー!」

「あっ、ちょっ、穂乃果! シー!」

 そんな大声出したら聞こえちゃうよ!

 私の席は真ん中の列の後ろから2番目。

 そして雨音くんの席は窓際の1番前の席。

 距離があるとはいえ、同じ教室にいるんだから声のボリュームには気をつけて欲しいものだ。

「あっ、ごめんごめん」

 ***

「じゃあ気をつけて帰れよー、部活ある人はちゃんと水分補給するように」

 帰りのHRが終わると1秒足らずで穂乃果がスマートフォンの画面を見せてきた。

「ねぇねぇ! ふれあ! 今日ここ行こうよ! 最近オープンしたんだって! 超美味しそうじゃないー?」

 画面に表示されているのは最近オープンしたらしいカフェ。フルーツがたっぷり乗ったパンケーキやオシャレなドリンクの写真がズラーと、並んでいてつい見入ってしまう。甘いものが大好物の私たちはよくこうしてカフェ巡りの予定を立てているのだ。

 「わ~、美味しそう…っ」

 ごく、と唾を飲み込む。

 あ……、でも…

 私は顔の前でパチン!と両手を合わせた。

「ごめん! 今日はチャルルと長めのお散歩の日だから早く帰らなきゃ」

 「あ~、そっか。残念~」

 「また誘って!」

「おけ! それにしてもほんとふれあは犬バカだよねぇ」

 穂乃果も前に何度か私の家に遊びに来たことがあるんだけどその時にチャルルと対面済み。私の犬バカ事情もちゃんと把握してくれているのだ。

「へへへ、じゃあまた明日​────」

 カバンを肩にかけて教室を出ようとした時。

 ーードン!

 肩に衝撃が走った。誰かとぶつかっちゃったみたい。

「ごめんなさ​────…っ!」

 次の瞬間。私は目を見開いた。

 だって……

 ぶつかったのは雨音くんだったのだから。

 ーーバクン! バクン!!

 心臓は破裂寸前。

 あぁっ、心の準備があああっ!

「ごめん…ねっ、」

 やっぱり雨音くんを前にすると好きな人、なだけあって緊張感が半端ない……!

 視線を左右にきょろょろと落ち着きなく動かしながら謝る。

「あ、ううん。俺も、ごめん。怪我ない?」

「う、うんっ…」

 ーードサッ……

「?」

 その時。足元からなにやら鈍い音が聞こえ、視線を下げる。

 どうやら雨音くんの手元から1冊の本が落ちてしまったみたい。

 あっ、これいつも雨音くんが読んでるやつだ……っ。

 ん……?

 落ちた拍子にブックカバーが少しだけめくれていて表紙が目に飛び込む。
  
 白の表紙にタイトルの文字だけが書かれているシンプルな表紙だ。

【獣医師になる為の本】

 そう書かれていた。

 獣医師……?

 表紙のことに気を取られながらも、深く考える前に体は動いていた。

 慌ててしゃがんで、床に落ちている1冊の本に手を伸ばす。

 直後、トンッ、と指先が触れ合った。

「……!」

 それを合図に、咄嗟に手を引っこめる。

 雨音くんも同じタイミングで拾おうとしたみたい。

「あっ、ごごごごめん……っ」

 やばっ…。雨音くんの手に触れちゃった……っ

 なんだか恥ずかし嬉しくて、ちま。っとダンゴムシのように小さく丸まった私は逃げるようにその場を離れて帰路に着いた。

 あまりに急なことで逃げてきちゃったけど、感じ悪かったかな。

 あぁ、せっかくおしゃべり出来るチャンスだったかもしれないのにいざ目の前にすると緊張して自分でもおもしろいぐらいにテンパってしまう。まさしくさっきみたいに。

 はぁ……とアスファルトの上に小さくため息を吐き出す。

 もう…ぅ、自分が嫌になる……。

「臆病な私、どっか行けぇー…」

 おまじないのように小さく独り言を呟きながらとぼとぼと家に帰った。
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