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デート
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***
「あっ、彩乃たち、スイーツ食べ放題行ったんだ!」
ついに夏休み。
クラスメイトの行動はちょくちょくアップされる動画で確認することが出来る。
楽しそうだな~。
今さっき彩乃たちの動画がアップされたので、見ているところ。
机の上には1口サイズにカットされているショートケーキ。モンブラン。チーズケーキ……などなどいろんな種類のケーキが並んでいた。
それを2人で食べている、というなんともほっこりする動画。
雨くんは自分じゃ上手くやってるつもりかもしれないけどチラチラ彩乃のこと見てるし、彩乃は基本的にケーキに夢中だけど時折思い出したように雨くんのこと気にしてるし、お互い好き同士なんだなぁ、ってことがしみじみ伝わってくる。
幸せをおすそ分けしてもらったみたいな気分だ。
「りんごー? 時間そろそろじゃないー?」
1階からお母さんの声が聞こえてくる。
あ! もうこんな時間!
「はーい!」
時間を確認するともう9時55分。
やばい!ゆっくりしすぎた!
「行ってきまーす!」
「行ってらっしゃい」
待ち合わせは駅前10時。
そう。今日は空くんと夏休み中の課題動画を撮りに行く、という名目でのデート。
楽しみで楽しみで、昨日の夜なんかぜんっぜん寝付けなかったんだから!
今日の私は完璧なはず!
覚えたてのメイクもばっちりしたんだ。
ピンクアイシャドウに、薄桃色のチーク。あと唇がプルプルになるティント。
ネイルもお母さんにやってもらっちゃった。夏っぽく水色のベースにパールストーンがいくつか乗っていて、すごく可愛い。
お洋服は散々迷った挙句、最近買ってもらった花柄のオフショルワンピにした。思えば、休みの日に空くんと会うのは今日が初めて。
ときめいてくれるかな、って思って頑張ったオシャレ。ガラス張りのビルに反射した自分を見て、ニッコリ、と笑顔を作った。
「あっ、空くん! こっちこっち!」
そんなことをしていると向こうに空くんの姿が。大きく手を挙げて呼ぶとすぐにこちらに気づいてくれたみたい。
夏休みに入って2週間。
時々電話はしてるけど直接会うのは久しぶりだからか緊張感が増していく。
ていうか空くん昔モデルしてただけあって私服超オシャレ…っ。韓国系ファッション? っていうのかな…。白いTシャツに半袖の黒のジャケット。首元には銀色のネックレスをつけていて自然と周りの目を引いてしまうようなどこからどう見てもイケメンそのものだった。
「わり、待った?」
「ううん、待ってない! 今来たとこ!」
「そうか」
「ねね! 今日の私の格好どうー!?」
財布とスマホが入っているだけの小ぶりのカバンを後ろ手に持ち変えて、空くんを見上げる。
可愛い、とか言って欲しいなぁ~、みたいな眼差しを向けてみるけど、この空くんがそんなこと言ってくれるとは、最初から思っていない。でもやっぱりなんか褒めてくれないかなぁ、と思って一縷の望みを視線に託す。
すると、意外な言葉が落ちてきた。
「…すげぇ可愛いと思う」
「…っ!?」
からかう訳でも、おもしろがってる訳でも無さそうな…、真剣そのものの顔。いや…少し照れながら言ってくれたのか、心なしかほんのり空くんの顔が赤くなっているように見える。
「あっ、ありがとう…」
「ほら、行くぞ」
「うんっ!」
どちらともなく絡ませてくる指。
いわゆる恋人繋ぎで私たちは駅の中へと向かった。
正直恋人繋ぎはまだ全然慣れてなくて。手汗大丈夫かな? とか暑くないかな? とか頭の中はいろいろ心配しっぱなし。でもこうやって何度も積み重ねていけば自然と慣れてくものなのかな?
***
「切符あそこで買うのかな?」
「そう」
切符売り場に到着。率先して画面をいじってくれるのは空くん。
うわー、すごい。
ひとりじゃ絶対電車乗れないよ…。
切符の買い方すらままならない私は空くんの後をただついて行くだけで精一杯だ。
高校生になったら当たり前のように電車で通学、ってみんなって言ってたし、私もいつか覚えないと!
切符を買って、ホームへ出るとタイミングよく私たちが乗る予定の電車が到着したので、乗り込む。夏休みといえ平日。人は少なくてスーツを着た人やおばさまがチラホラ、といったところ。基本的にどの車両もガラン、としていた。
それから1回だけ乗り換えをして車窓から見えてきたのは、思わず声が漏れてしまうほどの絶景だった。
「わぁー! 綺麗……っ」
車窓に手をついて右から左に動いていく外の景色を堪能する。
視界いっぱいの青にはつい見惚れてしまう。
そう。私たちは今日海に来ていた。
夏休み前に雨くんから聞いた、昔、空くんがよく訪れていたらしい場所だ。
「私たちは今! 海に来てまーす!」
早速動画撮影。
空くんがスマホをもって、画角に収まる範囲で私がぴょんぴょん飛び跳ねたり、貝殻を拾ったりしている。
割と自由な校風なだけあって、課題動画も今まで好き放題やって来ちゃったけど、今日も安定の好き放題だ。
「わっ! 見て! 空くん! この貝殻綺麗!」
足元にキラキラ光るものが落ちていて、拾い上げる。その貝殻はなんだかオーロラみたいになっていて、虹が閉じ込められているかのような輝きを放っていた。
「ここの海落ちてる貝殻結構綺麗なんだよ」
「そうなんだ!?」
スマホは交代ばんこで持った。
2人で写真撮影したり。
靴下を脱いで波打ち際で波とじゃれたりもした。
砂浜で砂遊びをする子供。
サーフィンを楽しむおじさんたち。
波の音と、潮の匂いは心地よくいつまでだって遊べる気がした。
「お待たせいたしました!」
お昼ご飯は海辺にある海の家で食べることに。
私が頼んだのはデリシャスオムライス。空くんはロコモコ丼。どちらとも南国風に可愛らしく盛りつけされていて、いわゆる”映え”だ。
「いただきます!」
スプーンで救って1口パクリ。
「ん~~っ、この世にこんな美味しいもがあったなんて……っ」
口いっぱいに広がるオムライスに幸せが溢れていく。
向かいでロコモコ丼を口に運ぶ空くんを盗み見。
あっ、美味しい、って顔してる…っ。
「美味しい?」
「あぁ、うまい」
最近の空くんはちょっと素直。
前はツンケンしてるところがあったけど今はそんなでもない。
毎日新しい空くんに出会えるのは、きっと彼女だけの特権。パートナーでも。友達でもない。私だけの特権だ───────…
***
海の家には、スイーツも豊富に揃っていた。
食後のデザートに、ということで、テイクアウトでかき氷を2つ注文することに。
私はいちごで空くんはブルーハワイ。
「りんごなのに、いちごなんだ」
「だってりんご味なかったし! それに私は昔からいちご味一筋です。空くんはいっつもその味?」
「いや、なんとなく」
そうだ…空くん食べ物には無頓着だった…
海に戻ると並んで丸太の上に腰を下ろす。
すると、スプーンが口元に伸びてきた。
「ん。うまかったからやるよ」
こっ! これって…
関節キスでは……!?!?
なんてことを反射的に考えてしまって、モタモタしてしまう。
「あ、わり。やっぱ────」
空くんも同じことに気づいてしまったのか手を引っ込めようとしたので、慌ててパクリ、と食べた。
「んっ、美味しい! 私のもあげる!」
お返しとしていちごの方をスプーンですくって空くんに。
多分空くんの方ももう気づいているけど、それでも食べてくれた。
「いちごもなかなかいけるでしょ」
「だな」
私たちはカップル。
こうして少しずつ…、”はじめてのこと”を一緒に経験していけたらいいな。
***
「16時45分には電車来るから、それまでに駅向かおう」
時刻表を確認しながら空くんが帰りの予定を立てていく。
「えー、もうこんな時間かー」
と、なると、そろそろ駅に向かわなきゃならない。
楽しい時間ってなんでこんな過ぎるの早いんだろう。
「また来りゃいいじゃん」
不思議だ。
さっきまで少し”寂しい”って思ってたけど…
「じゃあ約束!」
絡ませ合った小指を見ていたら…
「ゆーびきりげんまん! 嘘ついたら針千本のーます! 指きった!」
寂しい気持ちが暖かな思い出に変わっていってくれる気がした。
「じゃあまた来年だね!楽し────」
「お前にだけ教えてやる」
潮風が頬を撫でる。
被さるようにかかる空くんの真剣な声に私は首を傾げた。
「?」
「3年前。俺がユーチューバー引退した理由」
「…っ」
それは聞かれたくないことなのかもって思って、踏み込めなかったことだった。固唾を飲んで、空くんの話に耳を傾ける。
「……怖くなったんだ」
「怖く……??」
「あぁ」
思いに老けるように少し目を伏せた空くん。本人も、何か覚悟を決めているような…そんな表情に見えた。
「軽い気持ちから始めた動画投稿。次第にファンだ、って言ってくれる人も出来て。いつの間にかチャンネル登録者数は100万人を超えていた。でもそうなってくるとだんだん見る側にも……、"SORAくんの動画は絶対におもしろい"っていう、確信が生まれる」
ゆっくりと、慎重に。言葉を選ぶように話す空くんの話に私はただ、黙って相槌を打った。
これはきっと今まで誰にも言えなかった、空くんだけが1人で抱えていた大きなことだから。私もちゃんと聞いて、受け止めたかった。
「次の動画も、そのまた次の動画も、おもしろくなくちゃいけない。そういう見えないプレッシャーを俺が勝手に感じて、怖くなった。誰かからの期待は、今まで積み重ねてきた努力の結晶だと思うし、嬉しかったけど同時に、その期待をいつか自分は裏切ってしまうかもしれない、っていう不安も襲いかかる。それに…、俺は耐えられなかったんだ」
「……そっか」
冷静で。完璧で。いつだって平気そうに見えていたけれど、きっと誰にも見えない所でSORAは……いろんな悩みや葛藤と向き合ってきたのだと思う。
その上で、ユーチューブからある日忽然と姿を消したんだ。そういう道を決断したんだ。
「でも、最近になって何かまたやりたくなっちゃってさ。ユーチューブ。なんだかんだいって、楽しかったんだろうな。そんな時にこの学園のこと知ったんだ。あの時1人じゃ抱えきらなかったもんが今なら抱えられて、乗り越えられる気がした。だからこの学園に入学したんだ」
それは、私の知らないSORA(空くん)の過去。
クールな見た目からは想像もつかないようないろんな想いを垣間見た気がした。
「話してくれてありがとうっ」
「なんで泣いてんだよ」
「だっでぇー」
どうしてか両目からポロポロと涙が溢れていく。
「またユーチューブやりたいって思ってくれて嬉しい…っ、だってそうじゃなきゃ私たち出会えなかったんだもん……っ」
今、カップルユーチューバー育成校である、この学園に来てくれたこと。ただの偶然かもしれないけど、私のパートナーになってくれたこと。私を、好きだと言ってくれたこと。私を空くんの彼女にしてくれたこと。
全部……奇跡みたいだ。
「ふっ」
泣きじゃくる私とは反対に小さく吹き出す空くん。
その笑顔はいつもみたく小馬鹿してるような意地悪な笑顔じゃなくて。優しくて穏やかな笑顔だった。
「そんな泣くな。…ったく」
涙でびちゃびちゃになった頬に伸びてくる空くんの親指。慣れてない手つきで、水滴を拭ってくれた。そしてボソッ、と小さな声で口を開いた。
「────もう辞めない。お前と一緒ならなんか、乗り越えられる気がする」
照れくさそうにそういう空くんの耳はすごく赤かった。
「空くん…っ」
ギュッ、と空くんの首に手を回して空くんの胸に飛び込む。
この先。
何があってもきっと2人なら乗り越えられる。
「期待も。不安も。これからは2人で背負おーね! そしたら半分こ! きっと大丈夫!」
宣言するようにそんな言葉を声に乗せる。
そしたら明るい未来が待っている予感がして、
胸がドキドキして。ワクワクした。
***
「今日は何撮る?」
「待ってました! 私今日授業中ずっとそれ考えてて!」
「お前…ちゃんと授業聞けよ! 赤点取るぞ!?」
「大丈夫大丈夫! 私には空くんっていう最強の天才がついてるので!」
「ばか野郎。で? なんか思いついたの? 動画」
「はい!」
夏休みが開けて、月曜日がやってきた。
恋蘭荘にて絶賛課題動画の話し合い中。
「なんだ」
「私と空くんが…きっ、────」
「ん? なんて言った?」
「だっ、だから、私と空くんが、きっ…」
人差し指同士をつんつんして、言葉にするのをすんでのとこらで躊躇ってしまう。だってなんだか恥ずかしい!
でも! いけ! 私! 勇気を出せー!
「私と空くんがキスしてみた! 動画はどうでしょう!────んっ…」
唇に暖かい感触が触れる。
「!?」
「動画にするまでもなく終わったな」
ニッ、と悪ガキのように笑う空くん。
せっかく思いついたカップルらしいネタと私とファーストキスはこうして空くんに一瞬で奪われてしまった。
【おしまい】
「あっ、彩乃たち、スイーツ食べ放題行ったんだ!」
ついに夏休み。
クラスメイトの行動はちょくちょくアップされる動画で確認することが出来る。
楽しそうだな~。
今さっき彩乃たちの動画がアップされたので、見ているところ。
机の上には1口サイズにカットされているショートケーキ。モンブラン。チーズケーキ……などなどいろんな種類のケーキが並んでいた。
それを2人で食べている、というなんともほっこりする動画。
雨くんは自分じゃ上手くやってるつもりかもしれないけどチラチラ彩乃のこと見てるし、彩乃は基本的にケーキに夢中だけど時折思い出したように雨くんのこと気にしてるし、お互い好き同士なんだなぁ、ってことがしみじみ伝わってくる。
幸せをおすそ分けしてもらったみたいな気分だ。
「りんごー? 時間そろそろじゃないー?」
1階からお母さんの声が聞こえてくる。
あ! もうこんな時間!
「はーい!」
時間を確認するともう9時55分。
やばい!ゆっくりしすぎた!
「行ってきまーす!」
「行ってらっしゃい」
待ち合わせは駅前10時。
そう。今日は空くんと夏休み中の課題動画を撮りに行く、という名目でのデート。
楽しみで楽しみで、昨日の夜なんかぜんっぜん寝付けなかったんだから!
今日の私は完璧なはず!
覚えたてのメイクもばっちりしたんだ。
ピンクアイシャドウに、薄桃色のチーク。あと唇がプルプルになるティント。
ネイルもお母さんにやってもらっちゃった。夏っぽく水色のベースにパールストーンがいくつか乗っていて、すごく可愛い。
お洋服は散々迷った挙句、最近買ってもらった花柄のオフショルワンピにした。思えば、休みの日に空くんと会うのは今日が初めて。
ときめいてくれるかな、って思って頑張ったオシャレ。ガラス張りのビルに反射した自分を見て、ニッコリ、と笑顔を作った。
「あっ、空くん! こっちこっち!」
そんなことをしていると向こうに空くんの姿が。大きく手を挙げて呼ぶとすぐにこちらに気づいてくれたみたい。
夏休みに入って2週間。
時々電話はしてるけど直接会うのは久しぶりだからか緊張感が増していく。
ていうか空くん昔モデルしてただけあって私服超オシャレ…っ。韓国系ファッション? っていうのかな…。白いTシャツに半袖の黒のジャケット。首元には銀色のネックレスをつけていて自然と周りの目を引いてしまうようなどこからどう見てもイケメンそのものだった。
「わり、待った?」
「ううん、待ってない! 今来たとこ!」
「そうか」
「ねね! 今日の私の格好どうー!?」
財布とスマホが入っているだけの小ぶりのカバンを後ろ手に持ち変えて、空くんを見上げる。
可愛い、とか言って欲しいなぁ~、みたいな眼差しを向けてみるけど、この空くんがそんなこと言ってくれるとは、最初から思っていない。でもやっぱりなんか褒めてくれないかなぁ、と思って一縷の望みを視線に託す。
すると、意外な言葉が落ちてきた。
「…すげぇ可愛いと思う」
「…っ!?」
からかう訳でも、おもしろがってる訳でも無さそうな…、真剣そのものの顔。いや…少し照れながら言ってくれたのか、心なしかほんのり空くんの顔が赤くなっているように見える。
「あっ、ありがとう…」
「ほら、行くぞ」
「うんっ!」
どちらともなく絡ませてくる指。
いわゆる恋人繋ぎで私たちは駅の中へと向かった。
正直恋人繋ぎはまだ全然慣れてなくて。手汗大丈夫かな? とか暑くないかな? とか頭の中はいろいろ心配しっぱなし。でもこうやって何度も積み重ねていけば自然と慣れてくものなのかな?
***
「切符あそこで買うのかな?」
「そう」
切符売り場に到着。率先して画面をいじってくれるのは空くん。
うわー、すごい。
ひとりじゃ絶対電車乗れないよ…。
切符の買い方すらままならない私は空くんの後をただついて行くだけで精一杯だ。
高校生になったら当たり前のように電車で通学、ってみんなって言ってたし、私もいつか覚えないと!
切符を買って、ホームへ出るとタイミングよく私たちが乗る予定の電車が到着したので、乗り込む。夏休みといえ平日。人は少なくてスーツを着た人やおばさまがチラホラ、といったところ。基本的にどの車両もガラン、としていた。
それから1回だけ乗り換えをして車窓から見えてきたのは、思わず声が漏れてしまうほどの絶景だった。
「わぁー! 綺麗……っ」
車窓に手をついて右から左に動いていく外の景色を堪能する。
視界いっぱいの青にはつい見惚れてしまう。
そう。私たちは今日海に来ていた。
夏休み前に雨くんから聞いた、昔、空くんがよく訪れていたらしい場所だ。
「私たちは今! 海に来てまーす!」
早速動画撮影。
空くんがスマホをもって、画角に収まる範囲で私がぴょんぴょん飛び跳ねたり、貝殻を拾ったりしている。
割と自由な校風なだけあって、課題動画も今まで好き放題やって来ちゃったけど、今日も安定の好き放題だ。
「わっ! 見て! 空くん! この貝殻綺麗!」
足元にキラキラ光るものが落ちていて、拾い上げる。その貝殻はなんだかオーロラみたいになっていて、虹が閉じ込められているかのような輝きを放っていた。
「ここの海落ちてる貝殻結構綺麗なんだよ」
「そうなんだ!?」
スマホは交代ばんこで持った。
2人で写真撮影したり。
靴下を脱いで波打ち際で波とじゃれたりもした。
砂浜で砂遊びをする子供。
サーフィンを楽しむおじさんたち。
波の音と、潮の匂いは心地よくいつまでだって遊べる気がした。
「お待たせいたしました!」
お昼ご飯は海辺にある海の家で食べることに。
私が頼んだのはデリシャスオムライス。空くんはロコモコ丼。どちらとも南国風に可愛らしく盛りつけされていて、いわゆる”映え”だ。
「いただきます!」
スプーンで救って1口パクリ。
「ん~~っ、この世にこんな美味しいもがあったなんて……っ」
口いっぱいに広がるオムライスに幸せが溢れていく。
向かいでロコモコ丼を口に運ぶ空くんを盗み見。
あっ、美味しい、って顔してる…っ。
「美味しい?」
「あぁ、うまい」
最近の空くんはちょっと素直。
前はツンケンしてるところがあったけど今はそんなでもない。
毎日新しい空くんに出会えるのは、きっと彼女だけの特権。パートナーでも。友達でもない。私だけの特権だ───────…
***
海の家には、スイーツも豊富に揃っていた。
食後のデザートに、ということで、テイクアウトでかき氷を2つ注文することに。
私はいちごで空くんはブルーハワイ。
「りんごなのに、いちごなんだ」
「だってりんご味なかったし! それに私は昔からいちご味一筋です。空くんはいっつもその味?」
「いや、なんとなく」
そうだ…空くん食べ物には無頓着だった…
海に戻ると並んで丸太の上に腰を下ろす。
すると、スプーンが口元に伸びてきた。
「ん。うまかったからやるよ」
こっ! これって…
関節キスでは……!?!?
なんてことを反射的に考えてしまって、モタモタしてしまう。
「あ、わり。やっぱ────」
空くんも同じことに気づいてしまったのか手を引っ込めようとしたので、慌ててパクリ、と食べた。
「んっ、美味しい! 私のもあげる!」
お返しとしていちごの方をスプーンですくって空くんに。
多分空くんの方ももう気づいているけど、それでも食べてくれた。
「いちごもなかなかいけるでしょ」
「だな」
私たちはカップル。
こうして少しずつ…、”はじめてのこと”を一緒に経験していけたらいいな。
***
「16時45分には電車来るから、それまでに駅向かおう」
時刻表を確認しながら空くんが帰りの予定を立てていく。
「えー、もうこんな時間かー」
と、なると、そろそろ駅に向かわなきゃならない。
楽しい時間ってなんでこんな過ぎるの早いんだろう。
「また来りゃいいじゃん」
不思議だ。
さっきまで少し”寂しい”って思ってたけど…
「じゃあ約束!」
絡ませ合った小指を見ていたら…
「ゆーびきりげんまん! 嘘ついたら針千本のーます! 指きった!」
寂しい気持ちが暖かな思い出に変わっていってくれる気がした。
「じゃあまた来年だね!楽し────」
「お前にだけ教えてやる」
潮風が頬を撫でる。
被さるようにかかる空くんの真剣な声に私は首を傾げた。
「?」
「3年前。俺がユーチューバー引退した理由」
「…っ」
それは聞かれたくないことなのかもって思って、踏み込めなかったことだった。固唾を飲んで、空くんの話に耳を傾ける。
「……怖くなったんだ」
「怖く……??」
「あぁ」
思いに老けるように少し目を伏せた空くん。本人も、何か覚悟を決めているような…そんな表情に見えた。
「軽い気持ちから始めた動画投稿。次第にファンだ、って言ってくれる人も出来て。いつの間にかチャンネル登録者数は100万人を超えていた。でもそうなってくるとだんだん見る側にも……、"SORAくんの動画は絶対におもしろい"っていう、確信が生まれる」
ゆっくりと、慎重に。言葉を選ぶように話す空くんの話に私はただ、黙って相槌を打った。
これはきっと今まで誰にも言えなかった、空くんだけが1人で抱えていた大きなことだから。私もちゃんと聞いて、受け止めたかった。
「次の動画も、そのまた次の動画も、おもしろくなくちゃいけない。そういう見えないプレッシャーを俺が勝手に感じて、怖くなった。誰かからの期待は、今まで積み重ねてきた努力の結晶だと思うし、嬉しかったけど同時に、その期待をいつか自分は裏切ってしまうかもしれない、っていう不安も襲いかかる。それに…、俺は耐えられなかったんだ」
「……そっか」
冷静で。完璧で。いつだって平気そうに見えていたけれど、きっと誰にも見えない所でSORAは……いろんな悩みや葛藤と向き合ってきたのだと思う。
その上で、ユーチューブからある日忽然と姿を消したんだ。そういう道を決断したんだ。
「でも、最近になって何かまたやりたくなっちゃってさ。ユーチューブ。なんだかんだいって、楽しかったんだろうな。そんな時にこの学園のこと知ったんだ。あの時1人じゃ抱えきらなかったもんが今なら抱えられて、乗り越えられる気がした。だからこの学園に入学したんだ」
それは、私の知らないSORA(空くん)の過去。
クールな見た目からは想像もつかないようないろんな想いを垣間見た気がした。
「話してくれてありがとうっ」
「なんで泣いてんだよ」
「だっでぇー」
どうしてか両目からポロポロと涙が溢れていく。
「またユーチューブやりたいって思ってくれて嬉しい…っ、だってそうじゃなきゃ私たち出会えなかったんだもん……っ」
今、カップルユーチューバー育成校である、この学園に来てくれたこと。ただの偶然かもしれないけど、私のパートナーになってくれたこと。私を、好きだと言ってくれたこと。私を空くんの彼女にしてくれたこと。
全部……奇跡みたいだ。
「ふっ」
泣きじゃくる私とは反対に小さく吹き出す空くん。
その笑顔はいつもみたく小馬鹿してるような意地悪な笑顔じゃなくて。優しくて穏やかな笑顔だった。
「そんな泣くな。…ったく」
涙でびちゃびちゃになった頬に伸びてくる空くんの親指。慣れてない手つきで、水滴を拭ってくれた。そしてボソッ、と小さな声で口を開いた。
「────もう辞めない。お前と一緒ならなんか、乗り越えられる気がする」
照れくさそうにそういう空くんの耳はすごく赤かった。
「空くん…っ」
ギュッ、と空くんの首に手を回して空くんの胸に飛び込む。
この先。
何があってもきっと2人なら乗り越えられる。
「期待も。不安も。これからは2人で背負おーね! そしたら半分こ! きっと大丈夫!」
宣言するようにそんな言葉を声に乗せる。
そしたら明るい未来が待っている予感がして、
胸がドキドキして。ワクワクした。
***
「今日は何撮る?」
「待ってました! 私今日授業中ずっとそれ考えてて!」
「お前…ちゃんと授業聞けよ! 赤点取るぞ!?」
「大丈夫大丈夫! 私には空くんっていう最強の天才がついてるので!」
「ばか野郎。で? なんか思いついたの? 動画」
「はい!」
夏休みが開けて、月曜日がやってきた。
恋蘭荘にて絶賛課題動画の話し合い中。
「なんだ」
「私と空くんが…きっ、────」
「ん? なんて言った?」
「だっ、だから、私と空くんが、きっ…」
人差し指同士をつんつんして、言葉にするのをすんでのとこらで躊躇ってしまう。だってなんだか恥ずかしい!
でも! いけ! 私! 勇気を出せー!
「私と空くんがキスしてみた! 動画はどうでしょう!────んっ…」
唇に暖かい感触が触れる。
「!?」
「動画にするまでもなく終わったな」
ニッ、と悪ガキのように笑う空くん。
せっかく思いついたカップルらしいネタと私とファーストキスはこうして空くんに一瞬で奪われてしまった。
【おしまい】
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