【完結】失くした記憶と愛の紋章

日車メレ

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拾いモノと失くした記憶2

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 レオの体調ではまだ長旅をするのは無理だと判断し、数日間はデュトワ家で大事を取り、その後で都へと向かう計画がアレッシアによって立てられた。

 彼を拾った翌日、朝食を食べ終えた後、ラウルは町の自警団の仕事に出掛けていった。本来なら、この状況でラウルを外にやるのは得策ではないが、普段と違う行動を取ると怪しまれるし、昨日の事件についての情報が手に入る可能性があり、仕事に行くことにしたのだ。

 レオは一晩寝たら起き上がれるようになり、顔色もよくなった。普段から体を鍛えていると思われる彼の回復は早かった。
 居間のソファに座った彼は、やたらとロゼッタの話を聞きたがる。ロゼッタは文句を言いながらもそれに付き合った。他愛のない会話から記憶の欠片が出てこないかと探ってみるが、今のところその効果はない。
 それでも彼との会話で得られたものはあった。彼の頭の中から、王族や『十六家』の当主などの人名はすっかりなくなってしまったが、魔法の知識だけはきちんと残っていた。魔法がきちんと使えることを確認できたことは大きな収穫だ。

「母様、レオさんにはここに居てもらって、誰かが都まで知らせにいけばいいのでは?」

 彼女専用の一人用のソファにゆったりと足を組んで座るアレッシアに対し、ロゼッタは疑問に思っていることを聞いてみた。

「おほほほほっ。この未熟者! だからあなたは半人前なのですわ。敵が騎士の服を着ていたと言ったのはロゼッタ、あなたですわよ?」

 騎士の服を着ていた以上、彼らがどこまでこの町に影響力があるのかは予想がつかない。最悪の場合、この町を管轄するヴァルトリ領の領主ですら、あちら側の人間ということもある。そのことはロゼッタもすでに母から説明されていた。

「殿下の死体が見つからない、生きている可能性もある。単なる偶然だとしても、縁のある『瑠璃色の魔女』の家がある。……ここはそのうち敵に発見されますわ」

 敵からすればアレッシアとルベルティ家が絶縁状態にあることなど関係ない。王太子妃の叔母が近くに住んでいたら、匿っている可能性を疑うだろう。
 ルベルティ家の当主であるリベリオと約束も取りつけずに会えるのは実妹であるアレッシアだけで、そうなると少なくとも彼女は都までいかなくてはならない。
 ラウルは強いがあくまで剣士で、『契約の紋章』を持つレオに怪我を負わせたような強敵を相手にできる能力はない。対抗できるのはアレッシアだけだろう。

「私と父様、レオさんの三人を家に残すより、全員で都へ行くべきということですか?」
「ええ、そうですわ。……レオ殿もいいですわね?」

 レオは神妙な面持ちでうなずいた。

「ロゼッタ、彼の髪の色を変えておきなさい。髪なら万が一失敗して燃えても死なないでしょう? おほほほほ!」

 そう言ってアレッシアは未熟なロゼッタに課題を出す。

「もっと別の部分を変えてしまえば正体がばれにくくなりませんか? 母様ならできませんか?」
「はぁ……、これだからあなたは。髪や爪なら痛みはないですし取り返しがつきますけど、ほかは無理ですわ!」
「うぅっ、ごめんなさい」

 痛みを感じる部分、例えば人の骨格を魔法で歪めることは理論的には可能だが、人がその痛に堪えられない。だから魔法で変えられるのはせいぜい髪の色くらいだ。

「さて、あなたに問題です。この状況で髪の色を変えるのなら、どんな手法をとるべきかしら?」

 アレッシアが不出来な弟子を試すような視線を向ける。
 ロゼッタは母の求める答えを探す。
 すぐに思い浮かぶ方法は二つ。一つは彼の髪に光を遮る魔法をかけて色を暗く見せる方法、もう一つは何かの色素を魔法によって定着させる方法だ。前者なら、ロゼッタが作った水晶を常に持たせなければならないし、石に込められた魔力がなくなれば効果が消えてしまう。後者の場合、そもそも髪染め用の染め粉というものが存在しているので、あえて魔法を使う意味がない。

「今回は魔法ではなく、普通に染め粉を使うのが正解だと思います」

 ロゼッタは師である母にはっきりと自分が出した答えを告げる。「万が一失敗して燃えても」という言葉で、あたかも魔法を使うことを前提にしているようだが、それは母の引っかけだと思ったのだ。

「……それはなぜ?」
「旅に備え、魔力は可能な限り温存するべきだから、です」

 魔法は無から有を生み出すものではないし、魔力には限りがある。魔法使いは常に先を見越して無駄なことに魔力を消費すべきではないのだ。

「正解よ。これをお使いなさい」

 満足そうな笑みを浮かべて、アレッシアが差し出したのは小さな瓶に詰められた染め粉と説明書きだった。

「ではレオさん、一緒に来てください。浴室じゃないとできませんから」
「はい、お手数をおかけしますが、よろしくお願いします」

 ロゼッタは浴室の洗い場に椅子を用意し、そこにレオを座らせた。汚れないように上半身は脱いでもらったが、驚くほど引き締まった身体を間近で見てしまい、ロゼッタは動揺する。彼の体は森の中でも見たが、あの時は必死だったためにあまり気にならなかったのだ。
 王太子イルミナートといえば三年前の紛争で指揮を執り、ヴィオレッタとともに先頭に立って戦ったという話だから、魔法だけでなく剣術の腕前も相当なものなのだろう。ロゼッタはどこに視線をやっていいのかわからず目を泳がせる。

「そんなに顔を赤くして、可愛らしい方ですね。ロゼッタさんは」

 レオの後ろに立って髪を梳くロゼッタに、彼は鏡越しから微笑んだ。ロゼッタの動揺を見透かすような曇りのないその笑みに胸のあたりが騒めく。ロゼッタは彼の言動でいちいち動揺させられることに腹が立ち、水で溶いた染め粉を乱暴に塗りつけた。柔らかく光を反射する少し癖のある金髪にドロドロとした濃褐色の染め粉を塗り付けていく作業は、少しだけ爽快だった。

「だ・か・ら、そういうこというのやめてもらえませんか!? 何度も説明していますよね? 死にたいんですか!?」

 レオのように『契約の紋章』を持つものは現在、三組しかいない。互いの絆が壊れれば『紋章』がどのように体をむしばむのかよくわかっていないのだ。

「そのことですが……。もし『契約の紋章』でつながった相手がいたとしたら、こんなにも何も残らないものなのでしょうか? 魂が繋がっているというのに、記憶を失くしたくらいで、こんなにも……」

「それは、私にはわかりません。でも、ちょっと助けたくらいでそんなに懐かれても迷惑です!」

 記憶を失い、すがる者がいないレオに酷なことを言っているという自覚は彼女にもある。過去を忘れてしまったのは不幸な出来事で、決して彼のせいではない。そして何も覚えていない人間に「自覚を持て」と言っても受け入れられるわけがない。けれども、ここで流されては彼のためにはならないだろう。単なる記憶喪失であれば、過去に囚われず新しい人生を歩む道もあるのかもしれないが、彼はあらゆる意味で特別な存在。記憶がなくてもそんなことは許されない。

 鏡に映るレオの表情は、捨てられた犬のように悲し気だ。ロゼッタの心の中に、今度は罪悪感が湧きだす。ロゼッタの言葉はレオのためを思ってのことなのに、こんな気持ちになるのは理不尽だ。

「じゃ、じゃあ、あとは自分でしっかり流してくださいね」

 ロゼッタはそう言って逃げるように部屋に戻る。洗い流すなら服を全部脱ぐ必要があるから、あとは彼に任せるのだ。

 母のいる居間に戻ったロゼッタはとにかく彼に嫌われなければと焦り、どうしたら嫌われるかを考えた。記憶を失ったとはいえ、彼は立派な王族でプライドの高い男性のはずだ。だったら、彼のプライドをめちゃくちゃに壊すようなことをすれば、きっと心は離れるはずだ。

「は、早く嫌われなきゃ……」

 ロゼッタのつぶやきを聞きながら、アレッシアはまだ優雅に爪を磨いている。いつもはラウルにさせているが、旅の準備で忙しいのでさすがの彼女も自分ですることにしたようだ。家事をしないアレッシアの指先は美しく、その全てが子持ちとは思えないほど整っている。
 そこでロゼッタは考えた。普通の男性は、アレッシアが既婚者子持ちだと知っていても、彼女の圧倒的な色気にあてられチラチラと彼女を見つめてしまうものだ。だが、レオという青年はアレッシアには全く興味を示さず、ロゼッタだけに執着している。単純にロゼッタの方が彼の好みに合う女性なのだろう。もし、ロゼッタが彼の想像を覆し、彼の好みでない女性だとわかれば自然と心が離れるはずだ。

「よ、よーしっ!」

 横目で母を観察しながら、ロゼッタはレオが出て来るのを待つ。
 しばらくすると、浴室の方から物音がしてレオが現れた。光を纏う金髪はありきたりな茶色に変わったが、不自然さはない。

「どうですか? おかしなところはありませんか?」
「…………」
「まだ、怒っていますか? ……どうしたら許してもらえますか?」

「何でもするんですね? じゃあ、レオさん! 『膝まずいて靴をお嘗め』!」

 言っている方が恥ずかしくなるが、レオから嫌われるためなら恥を捨てるロゼッタである。アレッシアが時々ラウルに命じているこの行動はごくごく普通の男性には到底受け入れられない屈辱的なものだ。記憶がないと言っても、レオが変態でなければ間違いなく腹を立て、ロゼッタを軽蔑するだろう。

「はい、あなたの可愛らしいお御足みあしに触れる許可をいただけたこと、光栄に思います」

 ロゼッタの願いは虚しく打ち砕かれる。レオは頬をうっすら赤く染め、なんの躊躇ためらいもなく木の床に膝をつく。そしてすぐそばに立つロゼッタの足を軽く持ち上げるように手を添えて、顔を近づける。

「いやぁぁぁぁっ! 変態既婚者は無理ぃぃぃぃっ!!」

 ロゼッタは予想外の事態に我を忘れて、レオの頭を踏みつけた。完全に彼が王族であることも病み上がりであることも頭から吹き飛んでいた。

「ロゼッタったら……、いぬにそれはご褒美でしてよ?」

 綺麗に整えられた自身の指先を、窓から射し込む穏やかな日の光にかざしながら、アレッシアは娘の愚かな行動を愛でた。
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