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理不尽な要求.36

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 不意にポケットの携帯が振動する。

 夏希は淡い期待を抱いて携帯の画面を覗いたが、残念ながらそれは幸助からの着信だった。

「もしも~し、どした?」

 夏希はパソコンのデータを眺めながら幸助の声を待つ。

「夏希、今どこ?」

 幸助は妙にテンションが高めだ。

「うん?まだショップだけど。」

「ほんとか?今日これから予定は?」

「特にないけど。」

 大体のもくろみが分かり、夏希はため息交じりに応える。

「じゃあさ、俺と飯食わない?」

「やだよ。今日何の日か分かってんの?」

 幸助には申し訳ないが、夏希はこれが雅史だったら即OKしたのにと思ってしまう。

「分かってて誘ってるに決まってるじゃん。」

 幸助はなぜだか自信満々だ。

「普通、そういう誘いは前もってするものだと思うけど?」

「そんなのいいじゃん。空いてるんだろ?どーせ夕飯食うんだし、気にする事ないよ。」

 言ってることが無茶苦茶なんだけど、それが肩の力が抜けていて何だか許せてしまう。

「わかったよ。どうすればいい?」

「俺が迎えに行きたいところだが、お前も車乗ってってるんだろうから、商店街の駐車場で待ち合わせよう。着いたら連絡してくれよ。俺、車出すから。」

「分かった。じゃあ後で。」

「うん。」

 幸助は上機嫌で電話を切った。

 期待させてしまうような行動は後で面倒だから、いっそ断ってしまえばよかったのに…。

 今日一人で家に帰るのはやっぱり辛い。

 夏希は仕事を終え、車を走らせる。クリスマス一色の町は人で溢れていた。

 イルミネーションがきらびやか過ぎて夏希の目には眩しく映る。

 駐車場に着くと幸助に連絡を入れた。

「お待たせ。」

 ほどなく幸助は店の名前の入ったバンでやって来た。

「ちょと、何でお店の車?」

 夏希は笑いながら尋ねる。

「いやあ、俺の車今修理中でさ、これしか無かったんだ。」

「まあ、幸助らしいわ。」

「そんなこと、いいから、乗った乗った。」

 全くムードもへったくれも無い幸助に、こいつは本当に自分を落とす気があるのかと、夏希は他人事ながら考えてしまう。

「で、どこに連れてってくれるの?」

「俺はさ、あんまり気取ったのとか得意じゃないんだけど、お前はオシャレな店が似合うからな。とびっきりいいところ予約した。」

 幸助の自信満々な態度はその予約した店がオシャレな店だったからのようだ。

 夏希に予定があったり、断られるということも考えず、いや、考えたかもしれないが、予約を入れているというところがすごい。

 夏希も事前に言われたら絶対断っていた。

 でも、その日のギリギリに予定が無い状態で詰め寄られたせいで、ついOKしてしまったのだ。

 計画的なのか無鉄砲なのか分からないが、幸助の作戦はここまでは成功したようだ。

「着いたぞ。」

 幸助が車を停めたのは、まだ先月OPENしたばかりの「カフェ&ダイニング レオン」というイタリアンのお店だった。

 レンガ造りのお洒落な外観と幸助のコントラストがなんとも言えず絶妙だ。

 幸助はイケメンとまではいかないが、和菓子職人らしくキリッと刈り込んだ髪が似合う昭和顔で、身長は平均よりは高いとは思うが、こちらも人目を引くほどの高さではない。

 そして、ダブルカラーの白シャツに紺のベルベットのジャケットとパンツといういでたちは幸助の目一杯のお洒落だろうと思われる。

「さあ、食べるぞ~!」

「ちょっと、雰囲気無いな~。」

 夏希のツッコミに、「お、雰囲気のあるバージョンがよかったか?じゃあ、お嬢様、どうぞ。」などと、ふざけてくる。

「ああ、もう、いいから食べよう。」

 夏希は店内に入ると店員に案内され、幸助が予約していた席に着いた。

「俺メニューとかよく分かんないから、おすすめのコース予約しといた。評判の店だから、きっとうまいぞ。」

 幸助とは彼の家や町内会の寄り合いで食事をすることはあっても、こうして二人でちゃんとしたお店で食事をするのは初めてだった。

「最初に言っとくけど、クリスマスだからって、それに乗っかって告白とか止めてよね。」

 夏希が幸助のやり方など全てお見通しなのは、今までのつきあいで散々自覚している。

「そんなんじゃねえよ。俺は地道に行くことに決めたんだ。」

 それじゃあ、諦めていないことを公言している事になるのだが、幸助は難しい計算は苦手だ。

 次々と運ばれてくる料理の香りに鼻をくすぐられると、彼の気持ちは食欲へと移動した。

「よし、食べよう。」

「いただきま~す。」

 仕事での接待などとは違い、親しい人と食べる食事は、気のせいか体に吸収されていく感覚が違う様な気がする。

 何と言うか、身体が食物を吸収することにエネルギーを集中できている感じがするのだ。

「美味しいね、このお店のお料理。」

「そうか。夏希が気に入ってくれてよかったよ。俺なんて、町の定食やのラーメンと餃子が一番のご馳走だからな。味の良しあしなんてよく分かんねえんだ。」

 夏希に合わせて選んでくれた気持ちが嬉しい。

「何言ってんの、あんた仮にも和菓子職人なんでしょうが。舌は肥えてないといいもの作れないでしょうに。」

「う~ん、そう言われてもな~。仕事の時はそれなりに素材の味とか気にするんだけど。普段はあんまり気にならないんだよな。」

 そんな他愛もない話をしていると、入り口から新しいお客が入って来た。

 それは、偶然にしては出来過ぎているのだが、またしても雅史と例の女性だった。

 夏希の位置からは見えるが、幸助は背を向ける格好になっている。

(う、うそ…。最悪…。)

 夏希は一気に血の気が引いた。

 今まで和やかに会話をしながら食べていた夏希の手が止まったのを見て、幸助は夏希の目線をたどって後ろを向いた。

 その先には雅史と例の女性がいた。

 雅史はこちらに気づいていない様だが、夏希の様子が明らかにおかしい。

 幸助は、雅史のことに触れないで夏希に話しかけた。

「おい、夏希、どうした?もう腹いっぱいか?」

「あ、うん。もう結構食べたかな。美味しかった。」

 そう言いながらも、夏希の顔はどんどん強張っていく。

「じゃあ、そろそろ帰るか。」

「うん。」

 ガタンと席を立った瞬間、夏希は雅史と目が合ってしまった。

 とっさに目を逸らす。

 幸助は、後ろを振り返ると、少し頭を下げて雅史に挨拶をした。

 それは、幸助にしてみれば宣戦布告だったが、雅史がそれをどう捉えたかは定かではない。

「お前、やっぱり…。」

 そう言いかけて幸助は言葉を濁した。

 彼も過去の失敗から色々学んでいる様だ。

 思っている事をそのまま言って散々な目に遭っているのだから…。

 人が学ぶのに遅すぎることは無い。

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