37 / 47
理不尽な要求.36
しおりを挟む不意にポケットの携帯が振動する。
夏希は淡い期待を抱いて携帯の画面を覗いたが、残念ながらそれは幸助からの着信だった。
「もしも~し、どした?」
夏希はパソコンのデータを眺めながら幸助の声を待つ。
「夏希、今どこ?」
幸助は妙にテンションが高めだ。
「うん?まだショップだけど。」
「ほんとか?今日これから予定は?」
「特にないけど。」
大体のもくろみが分かり、夏希はため息交じりに応える。
「じゃあさ、俺と飯食わない?」
「やだよ。今日何の日か分かってんの?」
幸助には申し訳ないが、夏希はこれが雅史だったら即OKしたのにと思ってしまう。
「分かってて誘ってるに決まってるじゃん。」
幸助はなぜだか自信満々だ。
「普通、そういう誘いは前もってするものだと思うけど?」
「そんなのいいじゃん。空いてるんだろ?どーせ夕飯食うんだし、気にする事ないよ。」
言ってることが無茶苦茶なんだけど、それが肩の力が抜けていて何だか許せてしまう。
「わかったよ。どうすればいい?」
「俺が迎えに行きたいところだが、お前も車乗ってってるんだろうから、商店街の駐車場で待ち合わせよう。着いたら連絡してくれよ。俺、車出すから。」
「分かった。じゃあ後で。」
「うん。」
幸助は上機嫌で電話を切った。
期待させてしまうような行動は後で面倒だから、いっそ断ってしまえばよかったのに…。
今日一人で家に帰るのはやっぱり辛い。
夏希は仕事を終え、車を走らせる。クリスマス一色の町は人で溢れていた。
イルミネーションがきらびやか過ぎて夏希の目には眩しく映る。
駐車場に着くと幸助に連絡を入れた。
「お待たせ。」
ほどなく幸助は店の名前の入ったバンでやって来た。
「ちょと、何でお店の車?」
夏希は笑いながら尋ねる。
「いやあ、俺の車今修理中でさ、これしか無かったんだ。」
「まあ、幸助らしいわ。」
「そんなこと、いいから、乗った乗った。」
全くムードもへったくれも無い幸助に、こいつは本当に自分を落とす気があるのかと、夏希は他人事ながら考えてしまう。
「で、どこに連れてってくれるの?」
「俺はさ、あんまり気取ったのとか得意じゃないんだけど、お前はオシャレな店が似合うからな。とびっきりいいところ予約した。」
幸助の自信満々な態度はその予約した店がオシャレな店だったからのようだ。
夏希に予定があったり、断られるということも考えず、いや、考えたかもしれないが、予約を入れているというところがすごい。
夏希も事前に言われたら絶対断っていた。
でも、その日のギリギリに予定が無い状態で詰め寄られたせいで、ついOKしてしまったのだ。
計画的なのか無鉄砲なのか分からないが、幸助の作戦はここまでは成功したようだ。
「着いたぞ。」
幸助が車を停めたのは、まだ先月OPENしたばかりの「カフェ&ダイニング レオン」というイタリアンのお店だった。
レンガ造りのお洒落な外観と幸助のコントラストがなんとも言えず絶妙だ。
幸助はイケメンとまではいかないが、和菓子職人らしくキリッと刈り込んだ髪が似合う昭和顔で、身長は平均よりは高いとは思うが、こちらも人目を引くほどの高さではない。
そして、ダブルカラーの白シャツに紺のベルベットのジャケットとパンツといういでたちは幸助の目一杯のお洒落だろうと思われる。
「さあ、食べるぞ~!」
「ちょっと、雰囲気無いな~。」
夏希のツッコミに、「お、雰囲気のあるバージョンがよかったか?じゃあ、お嬢様、どうぞ。」などと、ふざけてくる。
「ああ、もう、いいから食べよう。」
夏希は店内に入ると店員に案内され、幸助が予約していた席に着いた。
「俺メニューとかよく分かんないから、おすすめのコース予約しといた。評判の店だから、きっとうまいぞ。」
幸助とは彼の家や町内会の寄り合いで食事をすることはあっても、こうして二人でちゃんとしたお店で食事をするのは初めてだった。
「最初に言っとくけど、クリスマスだからって、それに乗っかって告白とか止めてよね。」
夏希が幸助のやり方など全てお見通しなのは、今までのつきあいで散々自覚している。
「そんなんじゃねえよ。俺は地道に行くことに決めたんだ。」
それじゃあ、諦めていないことを公言している事になるのだが、幸助は難しい計算は苦手だ。
次々と運ばれてくる料理の香りに鼻をくすぐられると、彼の気持ちは食欲へと移動した。
「よし、食べよう。」
「いただきま~す。」
仕事での接待などとは違い、親しい人と食べる食事は、気のせいか体に吸収されていく感覚が違う様な気がする。
何と言うか、身体が食物を吸収することにエネルギーを集中できている感じがするのだ。
「美味しいね、このお店のお料理。」
「そうか。夏希が気に入ってくれてよかったよ。俺なんて、町の定食やのラーメンと餃子が一番のご馳走だからな。味の良しあしなんてよく分かんねえんだ。」
夏希に合わせて選んでくれた気持ちが嬉しい。
「何言ってんの、あんた仮にも和菓子職人なんでしょうが。舌は肥えてないといいもの作れないでしょうに。」
「う~ん、そう言われてもな~。仕事の時はそれなりに素材の味とか気にするんだけど。普段はあんまり気にならないんだよな。」
そんな他愛もない話をしていると、入り口から新しいお客が入って来た。
それは、偶然にしては出来過ぎているのだが、またしても雅史と例の女性だった。
夏希の位置からは見えるが、幸助は背を向ける格好になっている。
(う、うそ…。最悪…。)
夏希は一気に血の気が引いた。
今まで和やかに会話をしながら食べていた夏希の手が止まったのを見て、幸助は夏希の目線をたどって後ろを向いた。
その先には雅史と例の女性がいた。
雅史はこちらに気づいていない様だが、夏希の様子が明らかにおかしい。
幸助は、雅史のことに触れないで夏希に話しかけた。
「おい、夏希、どうした?もう腹いっぱいか?」
「あ、うん。もう結構食べたかな。美味しかった。」
そう言いながらも、夏希の顔はどんどん強張っていく。
「じゃあ、そろそろ帰るか。」
「うん。」
ガタンと席を立った瞬間、夏希は雅史と目が合ってしまった。
とっさに目を逸らす。
幸助は、後ろを振り返ると、少し頭を下げて雅史に挨拶をした。
それは、幸助にしてみれば宣戦布告だったが、雅史がそれをどう捉えたかは定かではない。
「お前、やっぱり…。」
そう言いかけて幸助は言葉を濁した。
彼も過去の失敗から色々学んでいる様だ。
思っている事をそのまま言って散々な目に遭っているのだから…。
人が学ぶのに遅すぎることは無い。
0
お気に入りに追加
349
あなたにおすすめの小説
ママと中学生の僕
キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。
小さなことから〜露出〜えみ〜
サイコロ
恋愛
私の露出…
毎日更新していこうと思います
よろしくおねがいします
感想等お待ちしております
取り入れて欲しい内容なども
書いてくださいね
よりみなさんにお近く
考えやすく
【完結】幼馴染にフラれて異世界ハーレム風呂で優しく癒されてますが、好感度アップに未練タラタラなのが役立ってるとは気付かず、世界を救いました。
三矢さくら
ファンタジー
【本編完結】⭐︎気分どん底スタート、あとはアガるだけの異世界純情ハーレム&バトルファンタジー⭐︎
長年思い続けた幼馴染にフラれたショックで目の前が全部真っ白になったと思ったら、これ異世界召喚ですか!?
しかも、フラれたばかりのダダ凹みなのに、まさかのハーレム展開。まったくそんな気分じゃないのに、それが『シキタリ』と言われては断りにくい。毎日混浴ですか。そうですか。赤面しますよ。
ただ、召喚されたお城は、落城寸前の風前の灯火。伝説の『マレビト』として召喚された俺、百海勇吾(18)は、城主代行を任されて、城に襲い掛かる謎のバケモノたちに立ち向かうことに。
といっても、発現するらしいチートは使えないし、お城に唯一いた呪術師の第4王女様は召喚の呪術の影響で、眠りっ放し。
とにかく、俺を取り囲んでる女子たちと、お城の皆さんの気持ちをまとめて闘うしかない!
フラれたばかりで、そんな気分じゃないんだけどなぁ!
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
イケメン彼氏は年上消防士!鍛え上げられた体は、夜の体力まで別物!?
すずなり。
恋愛
私が働く食堂にやってくる消防士さんたち。
翔馬「俺、チャーハン。」
宏斗「俺もー。」
航平「俺、から揚げつけてー。」
優弥「俺はスープ付き。」
みんなガタイがよく、男前。
ひなた「はーいっ。ちょっと待ってくださいねーっ。」
慌ただしい昼時を過ぎると、私の仕事は終わる。
終わった後、私は行かなきゃいけないところがある。
ひなた「すみませーん、子供のお迎えにきましたー。」
保育園に迎えに行かなきゃいけない子、『太陽』。
私は子供と一緒に・・・暮らしてる。
ーーーーーーーーーーーーーーーー
翔馬「おいおい嘘だろ?」
宏斗「子供・・・いたんだ・・。」
航平「いくつん時の子だよ・・・・。」
優弥「マジか・・・。」
消防署で開かれたお祭りに連れて行った太陽。
太陽の存在を知った一人の消防士さんが・・・私に言った。
「俺は太陽がいてもいい。・・・太陽の『パパ』になる。」
「俺はひなたが好きだ。・・・絶対振り向かせるから覚悟しとけよ?」
※お話に出てくる内容は、全て想像の世界です。現実世界とは何ら関係ありません。
※感想やコメントは受け付けることができません。
メンタルが薄氷なもので・・・すみません。
言葉も足りませんが読んでいただけたら幸いです。
楽しんでいただけたら嬉しく思います。
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる